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東方銀訪傳  作者: くまっぽいあくま
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土星軌道。

エイラクマルの乗組員達は地道な調査を続けていた。

土星は木星と似たようなガス系の星で、恒常的な輪を持つことで知られる。

輪を構成するのはほとんど氷の粒だが、岩や塵なども含まれている。

衛星は全部で82個あり、そのうち名前がついているものは53個。小衛星は含まれない。

衛星の中には、大気を持つものがある。

タイタン、レア、エンケラドゥスだ。


外の世界では、レアは薄い大気しかなく生命は発見されなかったが、タイタンとエンケラドゥスは生命が発見された。


タイタンはかつて太陽系で最も有意な大気を持つと言われていた。

地球と同じで窒素があり、メタンが循環している。

地表には液体メタンの海がある。

このメタンの海の中には、シアン化ビニルで構成されるイカのような生き物が確認された。


エンケラドゥスは水が存在しており、海が形成されている。海があれば地球の深海やエウロパと同じ環境ができやすい。

熱水噴出孔というヤツだ。

エンケラドゥスの深海にはやはりチューブワームなどに代表される生物群がいた。


「この世界の宇宙ではどうなのかな」

アズマが一人ワクワクしつつ呟いている。

「なんでも良いけど、面倒な霊的生物は居てほしくないわね」

青娥が気だるそうに答える。

「霊的生物が進化をしたら、やっぱり人になるのかな?」

「どうかしら、でもあり得なくはないわね」

青娥は興味なさそうに言う。

「調子はどう?」

そこへ入ってきたのはムラサだ。

「やほー」

続いて芳香も入ってくる。

「一応、私と芳香も付き合えってさ」

「船長命令なのだー」

芳香は敬礼をしようとしたが、腕が曲がらずナチスのようなポーズに終わる。

芳香は見習い隊員という身分を与えられていた。

ワッペン型通信機、ペン型スキャナーを与えられている。

「あー、土星の生き物は初めてだからねぇ」

アズマはその意図を察した。

前のように後手に回らないよう、できるだけの準備を…との配慮なのだろう。

「またエウロパみたいに霊と生き物のセットになるのかなぁ」

ムラサは面倒くさそうに言う。

「その可能性は大ね」

青娥はニヤニヤしながら、

「この世界では霊が主体で、体を持つ生物は補助なのよ」

「やっぱそうかー」

ムラサの困る様子を見て楽しんでいるのだった。


探査機が戻ってくる。

タイタンの場合は、シアン化ビニルのイカ型生物とウツボのような霊的生物だった。

エンケラドゥスは、エウロパと同じくチューブ型の生き物が捕獲されたが、霊的生物の方は直立型の四肢を持つ人間に似た生き物だった。顔はのっぺりしていて目鼻口がない。指もほとんど発達しておらず体をくねらせて宙を泳ぐ。

21世紀にネットで噂されたヒトガタというヤツに似ていた。


「うえ、気持ち悪い」

「人に似てると罪悪感あるなぁ」

アズマとムラサは引き気味であったが、

「倒した時の爽快感がパナイわね」

青娥はニコニコしている。

「このヒトガタ、うまー!」

芳香に至っては頭からバリバリと食ってしまった。

霊を吸収して力にするってのは聞いてたけど、えげつない光景を見て、アズマとムラサは吐きそうだった。


「てか、ヒトガタって呼ぶのまずくね?」

ムラサが青ざめた顔で言うと、

「じゃあ、ニンゲンにしましょうか」

青娥が違う方の呼び名を出す。

「いや、それもなんかな…」

アズマはこめかみを押さえる。


「呼び名は後でもいいわ、ムラサと芳香は船長に報告して。私とアズマはレポートを作るから」

「了解」

「了解なのだー」

ムラサと芳香はラボを出て行く。


その時、入り口の所に副長のイズマックの姿が見えた。


(あら?)


イズマックは青娥に気づかれた途端、さっと立ち去ってしまう。


(トライアイ人に想いを寄せられてるのかしら?)


青娥はニヤリとした。

面白そうな展開になりそうだ。



イズマックの様子が変だ。

ムラサがそれに気付いたのはそれから少し後のことだ。

妙にそわそわしている。

「副長、どうかしましたか?」

ムラサはストレートに聞いてみた。

「はっ…いや、なんでもない。なにかあるはずがないだろう」

イズマックは挙動不審である。

「なんでもないならいいですが…。でも誰かに話したらちょっとは楽になりますよ」

ムラサは続けたが、

「気づかいはありがたいが、本当に何でもないんだ」

イズマックは頑なだった。

「副長」

パープルが言った。

「休憩を入れよう、Aシフトの者は交代で休め、それ以外のクルーは休憩だ」

「はい、船長」

イズマックはうなずいた。

「アズマ、ムラサと交代だ」

『了解です』

パープルは通信機を介して指示した。


「…青娥さん」

ラウンジの一角で、イズマックは話し出した。

「はい?」

ムラサは予想外の名前が出て来て困惑した。

「そう、その反応は予測できた。だから話したくなかったんだ」

イズマックは面倒くさい性格をしているようだった。

「彼女の思考回路が分からない。非論理的だ」

「確かに、あの分からなさは異常ですよね」

「だが、その一方ではきちんとしたレポートを書く頭脳も併せ持っている」

イズマックはムラサを見た。

「信じられん」

「まあ、古代の中国では文人が国を運営してたそうですし、仙人もそうなんじゃないですか」

ムラサは適当な事を言って茶化そうとしたが、

「それは思考の論理性とは関係がない」

イズマックは超のつく生真面目だった。

トライアイ人には地球人の冗談は通じにくい。


「青娥さんの考え方を理解できないものかと色んな角度から考察してみたりもしたが、やはり分からない。僕は分からないのが嫌なんだ、分からない存在というのは予測もなにもあったもんじゃない」

「予測不能ですもんねぇ」

ムラサはうんうんとうなずく。

なんか自分で引っ張り出したくせに、もう面倒くさがっている。

「そのうちに、どんな思考をしているのか知りたくなってきたんだ」

「え、それってつまり…」

ムラサはゴクリと唾を飲んだ。

「気付くと、青娥さんを追っていたりする」


(ストーカーかよ)


ムラサは思ったが、

「ストーカーみたいなのは重々承知している。だが、気になるんだ。考えると夜も眠れない」

「…せ、船長に相談しましょう」

ムラサは自分の手には負えないと判断した。


船長のパープルに報告し、医務室のカウンセラーに相談するようにした。

トライアイ人の悩みが、人に解消できるかは疑問だったが、この場合、問題が特殊過ぎて仕方ないのかもしれない。



そして、ついに事件は起こった。


『船長、大変ウサ!』

てゐが通信してきた。

「どうした?」

『イイイ、イズマック副長が!』

「副長だと?」

『青娥に精神ジャックをしかけて』

「なにっ?!」

パープルは思わず立ち上がった。

「すぐに向かう!ムラサ、一緒に来い!」

「はい、船長!」


(うわ、なんか大変な事になった…!?)


ムラサはパープルの後に続いた。


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