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ちょっとだけ怖い話 -実体験- 

作者: 司 征

少し昔の話。

当時勤めていた会社が所有していた、賃貸オフィスビルでのこと。

そのビルは9階建てで、1フロア60坪と少しの広さで9階だけはその半分強の広さだった。1棟丸ごと借りていたテナントが事業不振のため退去した後、原状回復工事の前に状況確認をするため一人でビルを訪れた。


それまでに2度ほど訪れてはいたので、いつものようにビルに入った。全く無人なので正面玄関のシャッターは降ろしっぱなしで、必要のない機械警備も全館切っていたから、マスターキーを使って通用口からの入館だった。

この通用口も大分古く、この時は手で最後まで締めないと自動では完全に閉まりきらないような状態だった。その日の用事はそれほど長く掛かるものではなかったので、最後まで閉めないままにしていた。一見すると扉は閉まっているように見えただろうが、その気になれば誰でも中には入れる状態であったのは確かだ。


この日の確認は9階のみのことだったので、まっすぐにエレベーターに向かった。1基だけあるエレベーターは誰も使う人がいないので、当然のごとく1階に待機していたから、すぐに乗り込み目的地である9階へと向かう。

9階に到着し、目的を果たすべく作業を始めた。原状回復工事でテナント造作の間仕切りを解体するので、費用算出のための寸法を測るのが目的だった。この階は他よりも狭いし、間仕切りの数も少なかったから20~30分で作業は終了した。会社に戻るのを少し遅らせてどこかでお茶でもするかと、すぐにビルを出ようとしたら不思議なことにエレベーターが2階に止まっていた。


先に述べたように、無人となったビルなので機械警備をセットしていない。何かあるたびいちいちON/OFF操作をするのが面倒だったのと、「エレベーター不停止」設定があったからだ。これは各階で警備をセットするとその階にエレベーターも止まらなくなるというもので、警備の強化に役立つ。

それを全館OFFにしていたのだから、どこの階にもエレベータは止まれるようになってはいた訳だ。エレベーターがどの階に止まっていようと特段不思議なことではない。


では何が不思議なのかというと、前提としてこのエレベーターは最後に降りた階に留まるように設定されているのだ。誰かが他の階でエレベーターを呼ばない限りは。


例えば、ビルによっては待機階(たいきかい)が設定されていて、どの階で降りても設定された階に自動で戻り次に呼ばれるまでそこで待機する、ということがある。その場合、10階まである建物なら5階が待機階にされていたりする。なぜかというと、前に使用した人が10階で降りたとする。次に来た人が1階でエレベーターを呼んだとき、10階から来るのと5階から来るのでは待ち時間が短縮されるからだ。わずかな時間であるが、ストレス軽減に役立っていると思う。


しかし、このビルにはそういう設定は導入されていない。これは思い違いでもなく、後日このビルを訪れたときもそうだったし、メンテナンス会社にも確認した。だから、己一人しかいないはずのこの時は自分が降りた9階に止まっているべきなのだ。


今のエレベーターは遠隔操作で走行試験をして異常がないかを調べることも出来るそうであるが、そういう作業は夜間無人の時に行うものだというし、そのビルは当時の時点で築20年ほどのビルでそんな設備はそもそも搭載されていなかった。

つまりこの日ビルに来たのが自分だけである以上、エレベーターが2階に下りていることはあり得ないことだったのだが、その時は一瞬不思議に思いはしたものの、すぐにもしかしたら、と思ったことがあった。


当時ビル周辺にホームレスがいたのだ。実際、このビルとは別の近場にあった所有ビルで、地下2階まである非常階段に居着かれたことがあったものだから、ちゃんと閉めていなかった通用口から入り込んだのではないかと考えたのだ。


境遇に同情はするものの、敷地内に入り込まれれば不法侵入であるし、会社の活動に支障も出る。

しょうがねえなぁとか、どうやって追いだそうかとか、誰か人が入り込んだ前提で考えていた。過去に警察から一人で対処しないよう注意を受けていたこともあって、侵入を確認したら通報かなぁ、と考えながらエレベーターを呼んだ。ボタンを押せば2階からすぐに昇ってきた。

チーンと到着の電子音を鳴らしてエレベーターが止まり、しばらくして扉が開いた。もしかしたらエレベータに乗ってるかも、と脳裏でチラと考えたりもしたが、当たり前のように無人であった。


エレベータに乗り、2階のボタンを押す。閉ボタンを押し扉を閉めた。ゆっくりとエレベーターが下降し始めた。9階から2階までノンストップならごく短時間だ。乗用エレベーターはたしか秒速1.4メートルぐらいと聞いた覚えがあるから、1フロア高さ3メートルとして7階分21メートルであると考えると大体十五秒前後だろう。

到着を知らせる電子音がチーンと鳴り、軽くGが掛かる。自分のよくやる癖だが、何気なくカゴ内の階数表示に目をやると、到着階を知らせる表示が「3」で点滅していた。

ここからエレベーターが完全に止まるまで2~3秒だろうか。


なんで、なんで?

自分は間違いなく2階を押した。その証拠に今も2階のランプは点いている。1回しかボタンに触れてないしボタンのランプが1つだけ点いていたこともカゴ内で確認していた。

カゴ内で行き先ボタンを押してないから、3階で呼ばなければ止まるはずがない。

誰が?

侵入したヤツしかいない。いやまて、エレベーターは2階にいた。エレベータは1つ、上下の移動はあり得ない。

外階段か? 中から開けられても外からは鍵がないと入れるわけがない。


このようなことが、わずかな時間に頭の中を駆け巡った。

ともかくもエレベーターが止まると言うことは、誰かが3階でエレベータを呼んだのは確かなはずだ。

扉が開く時に、その向こうにいるであろう誰かに備え、わずかに身構えた。

そして扉が開くと、真っ暗なエレベーターホールをカゴ内の照明がわずかに照らす。果たしてそこには誰もいなかった。


背筋がぞっとした。

人がいても怖いが、誰もいないのに勝手にエレベーターが止まるのもよほど怖い。まるで目に見えない何かが乗り込んでくるような不気味さを抱え、閉ボタンを連打した。再びドアが閉まりエレベーターが下降し始めた。すぐに2階に着きドアが開く。当たり前のように3階と同じく、ホールは暗く誰もいない。

もう勘弁して、と思いながら1階のボタンを押して閉ボタンを連打する。1階に到着すると脱兎のごとく、一目散にビルを後にした。


何かを見たり、後日不運な目に遭ったりしたわけではないが、実際に体験したちょっと怖い思いをしたという話である。

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