かごめかごめ
パンチ
〇やばい。やばいったらやばい。また4:46分。もうダメやって。絶対病気。毎日毎日おかしい。逆に松果体やわ。
タカシは恐怖していた。
毎日4:44分付近で起きる自分に。4:44分に起きてしまうと四次元に飛ばされるという都市伝説に、恐怖していた。
「ゲロくせえ」
タカシは昨日ゲロ吐いたことを思い出した。昨日あまり酒は飲まなかったが、例の「かごめかごめ」の妄想のせいで、完全にバッドに入ってしまってたようだ。アルコールの摂取量は関係なく吐かずにはいられなかった。キッチンに行き、口をゆすぎ顔を洗う。隣の部屋からお祖母ちゃんのいびきが聞こえる。少し安心する。お祖母ちゃんだけがタカシの癒しである。
「お祖母ちゃん。おれやべえ。なあおれやべえ」
「タカシ。うるさい」
「ごめん」
タカシはベッドに戻った。
まあ仮に4:44分四次元説はおれの過剰妄想でメンタルの崩れにより、それに取りつかれてるだけだったとしても、かごめかごめ問題はどうしようもない。かごめかごめ問題が一番の課題である。4:44分四次元説は妄想だ。かごめかごめ問題は妄想じゃない。あれは限りなく現実である。
タカシはそんなことを考えていたらまたかごめかごめに取りつかれた。自分の周りをみんなが回る。手をつないで、笑って、笑って、回って、笑う。空は黒い。人はネガフィル。笑ってる。そいつらの声に耳を傾ける。そいつらが何を言ってるか聞こうとする。「やばい。やばい。タカシやばい。やばい。やばい。タカシやばい。やばいやばいタカシやばい。タカシやばい。やばい。やばいタカシやばい」
聞こえる。笑いながら、言ってる。みんなで大合唱。「やばい。やばい。タカシやばい。タカシやばい。やばいやばい」
タカシは「死ね!!!!!!」と言って自分の脳天をしばき布団に潜り込み、眠ることに努めた。
妄想であってくれ。そう思った。
タカシには、「自分のセンスやばい」と疑わない心を持っていた。自分だけは自分を信じるという気持ちがあった。おれのセンスはやばい。
同時に周りの人もそう思ってると思っていた。自分が思ってることは周りも思ってる。そうに違いない。ある意味タカシにとってタカシのことをセンスやばいと思ってるのはタカシだけでは無かった。勝手にみんなも自分のことやばいと思ってると思っていた。錯覚していた。根拠のない自信である。タカシには根拠らしきものがあった。自分が自分のことやばいと思ってる。それだけで十分に根拠らしきものになった。
タカシは四日ぶりにバイトに行った。バイト先にまた黒人が来た。また彼女は何人も必要だと講釈している。裏切られるのが怖くて先に裏切り続ける。見た目よりみみっちい黒人だな、と思った。
タカシは黒人にプレーンチューハイを一杯奢ってもらい、乾杯する。肩を組まれる。タカシは苦笑いする。はは、マジサイコーっす。あざっす。
苦笑いで「まじサイコーっす。あざす」
やばいでしょ。コミュ力0かよ。
ほんと自分がみみっちくて嫌になる。タカシはそう思った。
タカシは考えた。この黒人は自分が黒人なことにそれなりにコンプレックスがあるらしい。そりゃ誇りでもあるだろうが、コンプレックスと誇りはメンタルに依存する。
「おれは黒人だから、裏切られるかもしれないから、彼女いっぱい必要」と言ってたくらいだ。
タカシは黒人を見つめた。肌の色。目、唇、鼻、髪、服。全部を見つめた。ゆっくり、ゆっくり。少し笑みを浮かべながら。まるで自分が「かごめかごめ」の周りの人間だと信じながら。黒人を見る。笑みを浮かべ。プレーンチューハイを一口飲みながら、見つめた。肌の色、黒人の特徴全て見つめた。
黒人はタカシから目をそらす。どこを見たらいいかわからないのか、店内に微かに流れる音楽に身体を揺らしだす。
タカシは思った。こいつも今「かごめかごめ状態」に入った、と思った。
愛じゃない。タカシはやった後に気づいた。全く愛じゃない。最悪なことをした。一番やりたくないことをした。相手をバッドに入らせる。これほど害悪なことは無い。最悪だ。人の悪意は伝わる。黒人は間違いなくおれの悪意を感じとっていた。ごめん。タカシはそう思った。愛じゃない。全く愛じゃない。こんなの愛じゃない。おれのせいで今の瞬間世界は愛じゃなくなっていた。そう思った。
くらえ