3話 love
パンチ
〇タカシは自分の部屋にいた。タカシには何も無いが自分のセンスを疑わぬ心だけがあった。タカシはそれを自覚しつつあった。おれの自分がセンスの塊だと疑わない所やべーと思っていた。センスやべえと疑わぬ心だけで食っていきたいと思っていた。バイトしたくないと思っていた。こんなにセンスやべえのにバイトしてるとかやばいでしょ、と思っていた。
タカシの脳に一瞬、異国の考えがよっぎた。
「センスがないからバイトしてんだよ」
タカシは「おれやべえ」と独り言をべちゃくちゃ言っていたがその瞬間黙り込んだ。その沈黙はわずか2秒だった。部屋の中は無音に近かった。時計の針がカチカチと二回なる音、それだけがあった。その2秒はタカシにとって果てしなく長かった。心身が疲れ果てるほど果てしない2秒の後、タカシはまたべちぁくちゃ独り言を言い出した。
おれやべえ、センスやべえ。
タカシは思った。おれやべえと言いながらがら思った。今の異国の考えは危ない。あんなものがおれの頭の中にあるのがやばい。必要ない。あんなのおれの考えではない。誰かの考えだ、異国の考えだ。汚らわしい。あんなのおれのものじゃない。いらない考えをおれに埋め込むな。おれはおれ。侵入してくるな。ネガティブもポジティブ攻撃的だ。おれはおれ。ネガティブもポジティブも捨てた。おれはおれのためにある。自分の気持ちを言葉でぴったりハメれたときは快感だが、その言葉に慣れるとその感情がその言葉で例えられてることに憤りを覚える。ネガティブはやめた。ポジティブもやめた。まっすぐ進みたい限りである。おれはおれ。異国は異国。異国もLOVEだが、おれが一番LOVE。ナンバーワンLOVE。ナンバーワンセンス。
タカシは気分転換がてら散歩に行った。夜2時。外は寒い。11月。1年の終わりがすぐ先に見える。寒いなと独り言を言った。毎年「寒いな」と言う時これまでの「寒いな」と言った時の感触を思い出す。時には子供の頃の、時には高校の頃の、時には去年の。今思い出したのは去年、東京でホームレスまがいの生活をしてた頃の「寒いな」だった。その頃を思い出したことに対して、タカシは年取った懐古厨おじさんみたいでヤダなと思った。今を生きることは難しいなと思った。今を生きるって何なんだろうと思った。おれって今を生きてないのかな、去年のことを回想しちゃってさ、でもそうやって時間が過ぎる瞬間も素晴らしいからな。そういう日もあるよなと思った。
タカシは歩いてるとよく喋りかけてくる近所のおじさんにあった。このおじさんは静かに喋るから優しそうに見えるが、口を開けば「中国嫌い」「韓国嫌い」と言うおじさんである。タカシはそれに対して「でもやっぱりラブ&ピースでしょー」と言って胸の前で♡を作ったり、「うん」を「ラブ」と「ピース」に変えて相槌を打ってる。会話は全く成り立ってないが、何故か気に入られてよく喋りかけてくる。少し困ってるがヘイトに対して「ラブ」と「ピース」で相槌を打つのは楽しいので拒まづにいる。
中国嫌いのおじさんが「おれは戦争は嫌だが、もしそうなれば戦地にしっかり向かう」といきなり言った。話の流れはあったのだろうが、タカシは「ラブ」と「ピース」の相槌に夢中だったので、いきなりに聞こえた。タカシは聞いた。
「お国のために?」
「嫌、お国じゃない。まず家族のために、そしてお国のために」
「やばいね。家族LOVEじゃん。」
「そらね」
「でも、ほんとのLOVEは何が何でも家族と自分のために戦争に行かないことだね」
タカシはおじさんに人差し指を振って「わかってないね」という顔をした。
「若いな。頭の中ハッピーか」
「おじさんはシリアスだね」
「みんなシリアスさ」
「どうかな」
タカシはおじさんとの会話を打ち切り、散歩を続行した。空を見ると雲が無く、住宅地のこの町にしては星が綺麗だった。雲の無いいつもより広く感じる空を見ながら歩いてると、散歩道がいつもより狭く感じた。道に意識を合わせると、道はいつも通りの広さに戻った。
タカシは星って綺麗でやばいなと思った。星はやばい、おれもやばい、嫌、流石に星の方がやばいか?めっちゃ光ってるし。いやいやおれの方がやばいでしょ。正直一緒くらいやばいね。同じだよね。全く同じ。100cm=1m。おれ=星、みたいなとこある。あるのだからしょうがない。
タカシは自分を星だと思ったらしい。いかれてるのか、ギャグなのか明らかにしてほしい。
タカシは言った。
「特に何もしてないけど今日もやばかった。おれ今日もオツカレ!」
パンチ