2話 おれやばい
パンチ
〇タカシは歓喜した。たまに飲みに行く友達のコアラに「おれってやべえ」と言うと「確かにお前はやべえ」と言われたからだ。喜んだ。やっぱりおれはやべえんだ。おれってやべえんだ。こいつはわかってるなと思った。おれのやばさがわかるとかこいつはわかってるなと思った。やべえと思った。こいつやべえと思った。だけどおれのほうがやべえ。間違いなくやべえ。何がやべえかわからないがおれはやべえ。こいつはおれですらおれのやばさをわかってないのにおれのやばさをわかってるなんてやべえ。こいつやべえ。こいつは友達。やべえ友達。
タカシは興奮のあまりプレーンチューハイを一気飲みしてコアラに握手を求めた。コアラははにかみながら握手を返した。
タカシは家に帰っても喜びは消えなかった。膝の震えが止まらなかった。風呂に入って短い髪を乾かして、電気を消し、布団に入っても膝の震え、胸の高鳴りは止まらなかった。眠れない、そう確信した。眠れるはずがなかった。おれはやべえんだ。やばいやつは眠らない。そう思った。タカシは布団から起き上がり、電気を付け、机の上に置いてある小さい鏡を覗き込んだ。そこにはやばい男がいた。やばいらしい男がいた。コアラによるとやばい男。初めてやばさを認められた。気分が高揚していた。おれのやばさはおれが思ってるだけじゃなかったのだ。
「おれはやばい。センスやばい」
タカシは鏡に向かって言った。鏡の中の男も「おれはやばい。センスやばい」と口を動かした。タカシは鏡の中の男を見つめながら煙草を吸った。煙草の煙はやばい男の口から吐き出されて鏡にぶつかって、鏡に沿って広がって空気に薄まっていった。タカシもう一度電気を消し布団に入り目を瞑った。センスのやばさについて考えてるうちに眠ってしまった。
女が言った。タカシってやばいよね。わらける。あいつさむいよね。自信ありげでさ、自分のこと賢いとでも思ってるような感じ。自分のセンスやばいとか思ってるんだろうね。まあある意味やばいけどね。まあそういうところ見ててかわいいからいいけど。おもろいよねわらける。みんな笑ってる(笑)
おれに向かって言ってるのか、何かカメラに向かって言ってるのかわからなかった。
男が言った。まあね。あいつはね。それがあいつの良いところだからね。さむいよね。でも見てておもろいよ。分かってないよねあいつ、何もわかってないよ、自分の身分ってものを、フン(笑)笑われてるってことを自覚しちゃいない。笑かしてるとでも思ってるんだろうか。フン。自分のことアリっちゃアリとか思ってそうだよな。わらける。あいつたぶんおれと仲いいと思ってるよ。笑われるとも知らづにね。かわいそ。さむ。
おれに向かって言ってるのか?カメラに向かって喋ってる?なんだこの人を下層に見てるような映像は。おれってやばいよな。やばくないの?みんなおれのこと笑ってんの?
タカシはその瞬間、「かごめかごめ」の風景に頭を蝕まれた。皆笑いながらタカシの周りを回り続けるのだ。
おれってやばいよな。センスやばいよな。笑われてないよな。おれってやばいよな。アリだよな。アリっちゃアリだよな。みんな笑ってんの?それはやばいって。おれめっちぁさむいじゃん。超さむいじゃん。さむ。笑われてるとも知らずおれはやばいって信じて止まないって、やばいでしょ。逆にやばいでしょ。やばいって、ありえないって。ありえないって。嘘だって。嘘だって言えって。逆に嘘っておれが言う?おれがやばいのは嘘でーす。ネタでーす。って?
眠りから覚めると汗だくだった。タカシは「夢か」と言った。夢落ち物語の主人公のように「夢か」と言った。
タカシはベランダから刺す朝日に目を細めながら机に向かった。鏡がある。鏡に映る自分がいる。眠たそうである。いつもより顔もやつれてる。煙草を一本取り出し、口に咥えた。火をつけ、煙を吐きながら言った。
「おれ、今日もやべえ。間違いない」
くらえ