ラトリスとアテナ
完全に国王は沈黙した。後に残ったのは30人程の死体と、未だバインドで拘束されている衛兵達、そして無傷のマリア達だけだった。
「貴様、よくも!」
なおも襲いかかって来そうな衛兵達、しかし、そこにレンが現れた。
「一体、先ほどの悲鳴は!?」
「レン様、お下がり下さい!奴は危険です。」
「えっ、兄さん、何をしたの!?」
「兄さん…?まさか、レン様、あの方は…!?」
「私の兄、ジン兄さんです。」
「じ、ジン様!?」
衛兵達は驚いて声が裏返った。
「レン、腐りきった国王はこの通りだ。」
国王の首根っこを掴んで、レンの方に放り投げる。
「お前ももう21歳だ。国を継ぐならいい年だろう?お前がこの国をよくすればいい。」
ラトリスは笑ってレンに語りかけた。
「兄さん、でも…本来受け継ぐ兄さんがいるのに、わたしが継ぐわけには…」
「俺はもう死んだ身だ。この国とは関係ない。それに、各国の騒動に巻き込まれるのはご免だ。」
そう言ってレンに近付き、優しく抱きしめた。
「今まで辛かったな。」
「兄さん…」
レンは涙を流した。
「俺はこれからもただの冒険者のラトリスだ。お前はこの国の女王になって国を治める。それで良いんだ。」
「解りました。」
レンは泣き止んで、ラトリスから離れた。
「いい話ね。」
「…うん。」
マリア達も涙を流して見ていた。そんな中、1人蚊帳の外のような扱いを受けていたララが、レンに話しかけた。
「新女王就任、おめでとうございます。」
「…有難う。」
「父上からの書状を、国王に渡すよう承っていましたが、新女王にお渡しするのがよろしいかと。」
そう言って、書状をレンに渡す。レンはそれを受け取り、中を読む。すると、少し困った顔をした。
「これは…」
「どうした、レン?」
レンはラトリスの顔を見て、
「兄さん、この中身をご存じですか?」
「いや?」
そう返事するラトリスに、レンは書状を渡した。それを読んで、ラトリスは眉の皺を寄せた。
「…何だと?」
「ラトリスさん、そこには何と書いてあるんですか?」
「巫山戯やがって…!」
ラトリスは書状を床に叩きつけた。それを拾って、マリア達が読む。
「えっと、“そちらのジン王子と、ララを結婚させたく…“って、えっ、結婚!?」
「つまりどういう事!?」
「お父様の考えでは、私とラトリスが結婚すれば、2国間で争いが無くなるのではと考えたのです。私は、良い話だと思っています。」
ララは顔を赤らめて言った。
「でもそれって…」
「ラトリスさんがこの国に戻らないと成立しない話じゃ…」
「はい。ですからラトリス。この国の王になって下さい。そして、私と結婚を…」
そこまで言って、ララはラトリスを見た。しかし、そこにはいつも優しい顔をしていたラトリスの顔は無かった。
「巫山戯るな…」
「ラトリス?」
「俺を政治の道具にするつもりか!」
「いいえ、ラトリス。私はあなたが純粋に好きなだけです。」
「ラトリスさん!?」
ラトリスは怒っていた。そしてララに近付いて、
「ララ、右手を出せ。」
「えっ、ラトリス?」
「とっとと出せ!」
怒りに任せて、ラトリスがララの右手を取り、何やら魔法をかける。すると、ララの右手からフーが出て来て、ラトリスの肩にとまった。そしてラトリスは、
「残念だ。まさか、こんな事で友達を無くすとはな。」
「え…」
不意に力無くララが倒れた。
「ラトリスさん!?」
「ララちゃんに何を!?」
「五月蠅い!」
ラトリスが一喝した。
「信じていた…政治やら何やら関係なく、俺を慕ってくれているんだと。だがどうだ?七聖武器の件にしろ、今回にしろ、俺を道具か何かにしか考えちゃいない!そんな奴らに気を許していたなんてな、自分の甘さに反吐が出る。」
ラトリスは続けて言った。
「最早、こんな大陸に用は無い。」
ラトリスは踵を返して出ていこうとする。が、マリア達が立ち塞がった。
「ラトリスさん、何処へ行こうって言うんですか!?」
「ララちゃんを元に戻して!」
「…お前等も、所詮は俺を道具として見ていたのか?」
「そうじゃありません!でも、今のラトリスさんは何かおかしいですよ!」
「おかしいのはこの世界だ…」
「何を言っても無駄なのね。」
「そこをどけ、死にたくないならな。」
「退きません!」
マリア達と一触即発状態になった。が、その時ラトリスとマリア達の間に光が生まれた。
「何!?」
「きゃあ!」
マリア達は思わず目を閉じた。光が止んで、目を開けると、そこには美しい女性が立っていた。異様なのは、後光を背負い、毅然とした態度を取っているところだった。
「ラトリス…いえ、ロキシス。」
「アテナ様…」
ラトリスが膝をついて挨拶をする。
「天界で全ては見ていました。あなたの行い全てを、です。」
「はい。」
「あなたが我慢ならないのはよく解ります。ですが、ここで暴れても仕方が無いでしょう?」
「はい…」
「ロキシス、あなたの最愛の人の元へ向かいなさい。彼女が待っていますよ。」
「解りました、全てはゼウス様の名の元に。」
そう告げて、ラトリスはそれ以上何も言わずに部屋を出ていった。マリア達は、突然現れたアテナに驚いて、言葉も出ない。
「さて、貴方達に忠告しておきましょう。」
そう言って振り返り、アテナはマリア達を見た。
「彼を追うことは止めておきなさい。」
「そっ、それはなぜですか!?」
何とかマリアが言葉を発する。
「彼には辛いことをさせてきました。もうゆっくりとさせてあげたいのですよ。」
「そんなこと、貴方が決めることじゃないでしょう?」
「いいえ、決めることです。」
そう言うと、マリア達に向かって手をかざし、何やら魔法を唱えた。
「これは…!?」
「う、動けない!?」
「ロキシスの邪魔はさせるわけにはいきません。彼を追えば、貴方達が死ぬことになります。」
「どういうことよ!」
「…直ぐに解るでしょう。少なくとも知り合いの誰かにメッセージぐらいは残す子ですから。」
そう言って、アテナも踵を返す。
「待って下さい、貴方は一体!?」
「私はアテナ。貴方達とこの大陸の創造主です。」
それだけ伝えて消えてしまった。マリア達が動けるようになったのは、一日経った後だった。結局ララは目を覚まさず、そのまま死んでしまった。ラトリスが何処に行ったのか解らず、マリア、レイナ、ミーア、ミーナは項垂れ、レンは涙を流すだけだった。母親である王妃はその後目を覚まし、元気を取り戻した。そこまでを見届けて、マリア達はフィリア王国への帰路についた。
読んでくださっている方々、有難う御座います。




