出会い
ここはアテーネ大陸。
神アテナにより、人間の住まう大陸として、長い間統治されてきた大陸。
大陸の中には八つの国があり、そのうちの一つ、フィリア王国よりこの物語は始まる。
フィリア王国都市から30キロ離れた街、フィリンには今日も多くの人間が集まっていた。
特に、冒険者の集まるギルド協会本部フィリン支部は今日も大盛況。沢山の冒険者が素材の換金、クエスト受注のために夕方にもかかわらずひしめき合っていた。
その中で、窓際の席には一人の男が座っていた。
真っ赤なコートに身を包み、漆黒のズボンを履いている。無駄な筋肉や贅肉はないしっかりとした体型である。黒髪を腰辺りまで伸ばし、後ろで一本に結んでいる。ただ、異様とも言えるのは、顔には口元以外を隠すかのように仮面をつけていた。
男はポットからカップにお茶を注ぎ、一口、口に含んだ。
と、ほぼ同時に
「いい加減にして下さい!」
女の罵声が建物の中に響いた。
「毎日毎日、お茶だけ飲みに来てないで、クエスト受注して仕事をして下さい!」
「・・・」
「聞いてるんですか!」
「やれやれ・・・」
男は、首を傾げながら続けて言った。
「協会には、金も支払っているし、指図される筋合いも無いだろう?それに・・・俺は、人を待っているんだ。」
「半年間も待っている人なんか、本当に来るんですか?」
女がそう聞くと、肩を竦めながら、
「あぁ、明日で丁度2年だからな・・・明日来なければ、もう待つのは辞めにするさ。」
男は、そういって、お茶を飲み干した。
と、その時ギルド協会の扉が開かれた。
入ってきたのは二人、両方とも女だった。
一人は金色の髪を後ろでくくり、革の鎧を身にまとっている。いかにも剣士だというかのように腰にはロングソードをぶら下げていた。
もう一人は杖を持ち、黒いローブを身にまとい、銀色の髪を短く刈り込んでいる。
二人とも、美少女といえる風貌ではあるが、どこか幼さが残る印象を人は感じるだろう。
そんな二人は、受付の前に来て、
「すみません、あるギルドを探して居るのですが・・・」
と、金髪の少女が受付嬢にたずねた。
「何という名前でしょうか?」
「“天の猫“です。」
銀髪の少女が答えた。
受付嬢はしばらく黙考して、首を傾げながら、
「すみませんが、そのような名前のギルドはありませんね。」
そうこたえた。
「そんなはずはありません。私達の家族がそこに所属しているはずなんです。」
「失礼ですが、その方の名前は?」
「マリクとレイカです。」
「失礼ですが、この1年間そのような名前のギルドも、マリク、レイカという方々もギルド協会には来ておりません。従って、登録を抹消されたのかもしれませんね。残念ですが・・・」
「そんな・・・」
二人は落胆の表情をみせた。と、その時二人の背後から四人の男達が近づき、
「よう、姉ちゃんたち。“天の猫“ギルドに用事かい?」
男中の一人が二人に尋ねた。
「はい。でも、存在しないと言われました。」
「俺達は知っているぜ、“天の猫“ギルドの場所をよ。良かったら、案内してやろうか?」
男達はニヤニヤと笑いながら、二人にいった。
「本当ですか!?お願いします!連れて行って下さい!」
二人は渡りに船とばかりに男達の話にのった。
「へっへっへっ、困った時にはお互い様さぁ。さあ、いこうか。」
六人の男女は、ギルド協会をでていった。
その話を聞いていたのは、一人の仮面の男だけだった。
「やれやれ・・・」
男は立ち上がると、テーブルに金をおき、女に向かって、
「用事を片付けてくる。」
そう言い残してギルド協会を後にした。
二人の少女達は、四人の男達に連れられて路地の裏手まで来ていた。
「本当にこんなところにあるんですか?」
「あぁ、あるぞ。こんな路地裏にあるから、誰にも気にとめられず、有名にもならなかったんだよ、“天の猫“はよ。」
そんなことを話しながらどんどん路地裏の奥へとはいっていく。
「早くマリク兄さんに会いたいなぁ。もう3年も会ってないから・・・」
「そうね、私も姉さんにあいたいわ。全く、3年も連絡もなにも無いなんて、どうしてたのかしら、二人とも・・・」
その時、後ろからこえがした。
「おい、待ちなよ。お二人さん。」
六人は後ろを振り返った。
そこには仮面の男が立っていた。
「二人って、私達のこと?」
「他にいるのか?いいか、そこの四人に騙されてるぜ。こんな路地裏に、そんなギルドなんかありゃしない。そのままついて行くと、一生消えない傷をつけられるだけだぞ。」
仮面の男がそういった。
「何だと!?俺達は親切にも“天の猫“ギルドの場所を教えてやってる・・・」
「阿呆が、てめぇらの考えてるのは、その子達を慰み者にして、あわよくば奴隷市にでも出そうって魂胆だろ?」
「えっ・・・」
「嘘でしょう・・・」
二人の少女の顔が強張った。
「てめぇ、黙って聞いてりゃ好き放題言いやがって、何者だ、てめぇは!?」
「ふん、本性がでたな。」
「アニキ、この野郎をどうします?」
「ふん、相手は一人だ、お前等3人で片付けな。その間に、女どもは静かにさせておく。」
男は少女達の方に振り返った。
「騙してたんですか!?」
「けっ、騙されるやつ悪いのさ。見たところ、二人とも上玉だ。大人しくしとけよ、痛い目みたくなけりゃあな。まだ冒険者にもなってないんだろ?Dクラス冒険者にはどうあがいても勝てねえよ。」
男はそう言って二人に近づく。
と、その後ろから悲鳴が聞こえた。
「ぐえッ!」
「ぎゃんッ!」
「うぎゃーッ」
「何だぁ!?」
後ろを振り返ると、惨めにも倒れた三人の姿が見えた。
一人たっていた仮面の男が言った。
「Dクラス冒険者?この程度でか?」
仮面の男はそう言うと、自身の長い黒髪をサッとかき上げた。
「Dクラスって言うなら、もう少し楽しませろよ、半人前。」
わざと挑発するように仮面の男はいった。
「てめぇは死んだぜ。調子に乗るな!」
男は殴りかかるが、仮面の男は避ける動作もとらず、真っ向から、顔からそのパンチを受けた。
グシャッと、凄まじい音がして、男の拳から血が迸る。
「うぎゃぁ、お、俺の拳がぁ!」
「うるせぇなぁ、たかだか拳が砕けた位でびぃびぃ喚くなよ。」
仮面の男は何事も無かったかのように言い放った。
「てめぇの仲間の三人も気絶しているだけだ。てめぇも今から気絶するから、金輪際こんなことはしないようにしろ。さもなくば・・・」
仮面の男は男の顔の前に手をかざして、
「次は殺す。」
そう言い、魔法を発動させた。
初級魔法サンダーボルトを浴びて、男は気絶した。
「ふん、やれやれだ。」
仮面の男は二人の少女に近づくと、
「怪我はないか?」
と、聞いた。
「はい、ありません。」
「助けてくれたんですか、ありがとうございます。」
二人は仮面の男に礼を述べた。
「いや、別にいいさ。ギルド協会でも、どこでも悪いやつは多いから、これからは気をつけな。じゃあな。」
仮面の男は踵を返した。
「待って下さい!」
金髪の少女が言った。
「あの、もしかして、“天の猫“を御存知なのではないですか?“こんなところにそんなギルドはない“、そうおっしゃってましたよね?」
「・・・」
男は少し振り向き、
「知っているとしたら、何だっていうんだ?君たちには関係ないだろう?」
「いえ、関係あります。私達の家族がそこに居るはずなんです。マリクとレイカ、その二人を頼って、田舎から出て来たんです。二人に会わないと、何のためにここに来たのかわからなくなります。」
銀髪の少女がそういった。
「それに・・・」
金髪の少女が・・・
「もう一人、ラトリスという人を探しているんです。“天の猫“ギルドのギルド長をされているそうで、出来れば私達も入会出来ないかと考えているんです。お願いです、どんな些細なことでもいいんです。教えて下さい。」
二人の少女は頭を下げた。
「・・・」
仮面の男は少し考えて、
「いいだろう、“天の猫“ギルドの場所まで案内してやるよ。ただし、無駄口叩かず、俺の後に黙ってついてくること。それが条件だ。」
仮面の男は歩きはじめた。
二人の少女は顔を見合わせて笑顔になり、黙ってついていくことにした。
歩きはじめて15分、夕方から夜になりはじめた頃、街中のとある一件の大きな屋敷の前に三人は立っていた。
「あのぅ、ここがそうなんですか?」
金髪の少女が呟いた。
「あぁ」
仮面の男はそう言うと、門にかかった看板を裏返した。そこには大きく“ギルド 天の猫“と書かれていた。
「そういえば、二人とも名前は?」
仮面の男が聞いた。
「マリアです。」金髪の少女が言った。
「レイナよ。」銀髪の少女が言った。
「そうか・・・」
仮面の男はそう言うと、門を開けて中に入っていった。
「・・・」
二人は不思議そうにしながらも後をついて行った。
ドアの前まで行くと男はいきなり
「クリア!」
と叫んだ。
「泥棒避けに、プロテクトの魔法をかけてるんだ。この町も、治安がいい方じゃないからな。」
そう言うと、ドアを開けて入っていった。
屋敷の中は良く掃除されているのか、ホコリもカビの匂いもしなかった。
二人の少女が周りを見渡していると、裏口の方から、
「こっちだ、早く来い。」
と、声がした。
二人は顔を見合わせて、それでも呼ばれた方に進んで行き、裏口を出ると広い裏庭が広がっていた。
その裏庭の端っこに男はいた。見ると、大きな石が男の目の前にあった。
「約束より一日早いが、お前達の妹達が来たぜ。マリク、レイカ。」
石に向かって男は話しかけていた。
「あの・・・」
「・・・二人の墓だ。」
二人の少女は固唾を飲んだ。
「・・・2年前、ドラゴン強襲事件があってな。王都もこのフィリンも大量のドラゴンに襲われた。二人はこの街にいて、懸命に戦ったけど、数が数だった。・・・俺は王都で戦っていて、帰って来たときにはもう二人とも死んでいた。なんとか家族に引き渡そうにも、二人の故郷がわからなくてな。お前達が来るのをずっと待っていたんだ。」
男はそう言うと、墓を掘り始めた。少しすると、小さな壺が二つ出てきた。
「二人の骨が入っている。俺がしてやれたのは、これくらいだけだった。」
そう言ってマリアとレイナにそれぞれ壺を渡した。
「二人が死んで、新しいメンバーを入れる気にもならなくてな、“天の猫“は自然消滅したのさ。」
マリアとレイナは顔を見合わせて、
「じゃあ、あなたが・・・」
「そう、ラトリスだ。女みたいな名前だろう?」
男はそう言うと、屋敷の方に向かって歩き出した。
「今日はもう遅いから、泊まっていけばいい。腹もへってるだろ?適当に作ってやるから、しばらく応接間で待ってろ。なに、場所はすぐわかるだろう。」
ラトリスはそう言うと、中に入っていった。
応接間で3人で食事をした後、ラトリスはお茶を飲みながら、マリク、レイカのことを話した。
二人が同郷であることを知っていたこと、二人が結婚を考えていたことなどを。
それをマリアとレイナの二人は泣きながら聞いていた。
「2人を鍛えたのも俺だった。ま、サボってばかりで文句ばかり言っていたな。・・・あんな事になるなら、もっと厳しく訓練させておくべきだった。」
ラトリスがそう言うと、
「兄さん達、なにも教えてくれませんでした。」
マリアが言った。
「ギルドで何をしているのかも、結婚を考えていたことなども、何も教えてくれませんでした。」
「そりゃそうだ。俺からあいつらに言ったからな。」
「えっ・・・」
「人のことをべらべらしゃべるなんて、愚者のすることさ。そんなことをしている暇があるなら強くなれ。それが俺の持論だからな。それに、人に噂されるのは嫌いなんでな。」
ラトリスは続けた。
「そんなことより、マリア、レイナ。2人はどうするんだ?2人はもういない、ギルドも無いんだ。故郷に帰って静かに暮らす方がいいと思うが?」
レイナが答えた。
「故郷に帰っても、何も出来ないんです。畑を耕して、牛を育てるよりも魔物を倒せる力が欲しいんです。2年前のドラゴン強襲事件では村は無事でしたが、次また同じことが起こっても無事とは限りませんから。私達は強くなりたいんです!」
「・・・」
「それに、“天の猫“じゃなくても、入れるギルドはあるはずです。そこに入って、力をつけます。」
マリアが言った。すると、ラトリスは溜息をついてから言い放った。
「無理だな。」
「えっ・・・」
「今の2人だと何処のギルドにも入れない。Dクラス冒険者に騙される人間を入れてくれるギルドなんてありはしない。それに、仮に入れたとしても人柱のように危険地帯に放置されたりするのがオチだ。辞めておけ。」
それでもマリアが食い下がり、
「それでもなんとかします!」
レイナが、
「だいたい、ギルドを捨てた人には関係ないことでしょう?」
そう言うと、ラトリスは笑い出した。
「ふふふ、確かに関係ないが、関係あるんだよ。マリクとレイカから、お前達のことを頼まれているからな。」
そう言って、一枚の紙を二人の前に差し出した。その紙には
“俺達の妹達が来たら、一人でも生きていけるだけの力を与えてやって欲しい“
そう書かれていた。
「二人には遺言書をいつも書かせていた。それを読んでもまだ関係ないといえるか?」
ラトリスはお茶を飲んだ。
「一つだけ、簡単な方法がある。」
「それはどういう方法ですか?」
「お前達がギルドを作るんだ。新しいギルドを作り、それぞれギルド長と副長になる。そこに俺が入ればギルドを作るために必要な、最低限の三人が集まるからなんとかなる。」
「ラトリスさんが長では駄目なんですか?」
「言ったろ?俺は“天の猫“の長だった。かつて長だった者はギルドを二度と作れないんだ。同じ名前のギルドも不可能だし、一度無くなったギルドを再興することも禁止されている。しかし、ギルドに入ることは禁止されていないからな、なんとかなるだろう。どうする?」
マリアとレイナは少し考えたが、
「そうですね、それが最善かもしれませんね。」
「知らないギルドに入るよりもマシかもしれないわ。あなたのこともよくわかってないけれど。」
「もっとゆっくり考えて良いんだぞ。まあ追加で話をすると、ギルドの拠点にこの屋敷も使っていいし、お前達の特訓もしてやれるけど。」
「尚更いい話ばかりだと思うけど、特訓ってキツいのかしら?」
「強くなりたいならな。地獄ともいえる過酷な特訓だな。しかし、真面目にやれば3か月ほどで強くなれるさ。・・・お前達次第だがな。どうする?」
「明日返事をします。」
「それでも早いと思うけどな。まあいい。2階の正面に部屋がある。今夜は二人でそこに泊まるといい。マリクとレイナが結婚したら使うはずだった部屋で、荷物もそこに入れてある。一人で寝るのは辛いだろう?」
「ラトリスさんは何処で?」
「俺は1階の奥の部屋にいる。まぁ、ゆっくり寝て、疲れをとるんだな。」
そう言うとラトリスは食器を集めて台所へと消えていった。
次の日朝早く、マリアとレイナの2人は香ばしいパンの焼ける匂いで目を覚ました。
身支度を整えて下におりると、ラトリスが朝食の用意をしていた。
「「おはようございます。」」
「おはよう」
それぞれ挨拶を交わす。
「二人とも、あまり寝れなかったようだな。目が赤いぞ。」
「そうですね、悲しくて泣いちゃいました。」
「でも、もう大丈夫です。」
「それならいい。もうすぐ朝食が出来るから、顔を洗ってくるといい。洗面所はそこの奥だ。」
ラトリスはそう言うと、朝食の準備に戻った。
朝食を食べ終え、片付けが終わると、ラトリスは二人に小さな袋をそれぞれに渡した。
「何ですか、これ?」
「中にお金が入っている。それを持って、一度故郷に帰ってマリクとレイカの葬式を挙げてきてやって欲しい。それが終わって戻ってきたら、ギルドの話や、冒険者の手続きをしよう。」
「ラトリスさん・・・」
「それが、俺に出来る今の精一杯だ。わかったら、早く行ってきな。」
そうして、二人は故郷へと戻っていった。
これからの事に期待と不安を感じながら・・・
初投稿です。よろしくお願い致します!