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多すぎるものと残されたもの

「警察の人が話してくれたんですが、姉を轢いた車、いくら探しても見つからなかったそうです」

 ランプの光に照らされた響の表情は、暗い。

 消灯時刻を過ぎた女子寮の一室。二段ベッドと箪笥と二つの机が部屋の大部分を占める。二つの椅子には響と栗子が座り、梓は机に寄りかかって立つ。三人ともジャージ姿だ。

 三人は、朝の話の続きをしていた。

「ちゃんと探してんのかな。サイコ……、あのサイコ何とか……」

残留思念探知サイコメトリー

 栗子の言葉を、梓が補足した。

「そう、それ。それをすれば事故の様子はすぐわかるでしょ」

「それが、雨が強くて、血の跡がすヴぇてなくなってしまったって言うんです。スリップの跡は残ってたらしいんですけど……」

「道路にはなくても、お姉さんの体にはあったはず」

 梓が口を挟んだ。

「いえ、それも……全く反応がなかったそうです」

「全く……? 血は固まっても乾燥しても魔法ホルモン濃度が高いから、残留思念が体のどっかにあるでしょ。あんたのお姉さん、魔法使えない体質だったの?」

「クリエイト以外なら、全部ぜんヴわたしよりずっと上手でした」

「そう言われても、あんたがどのくらいか、わかんない。凄いの?」

「姉は、香甲第二高校を卒業しました」

「え、うそ。あたしそこ入試で落ちた……」

 香甲第一高校と香甲第二高校は、魔法模擬戦インターハイの強豪校として有名だった。三人が現在通う防災大附属校はその反対で、常に地区予選最下位を争う。災害時の緊急出動とその備えのため、ほぼ全ての試合で不戦敗と棄権になっているからだ。これは防災大附属校の入学希望者が少ないことの一因にもなっていた。

「わたしも、落ちました」

「あ、あんたもね。梓は?」

 香甲第二高校は私立、防災大附属校は国立で、併願することができた。

「私は受けていないよ。古代の高名な軍人も、こう言っている。『彼を知り己を知れば、百戦あやふからず』」

「うるさい黙れ」

「自分から聞いたんじゃないか」

「あんたも不合格仲間だと思ったのに」

「別の学校を受験して滑っていても、友人であることに変わりはないよ」

「クール面して、サラっと滑ったとか言うな。他になんか、気持ちを込めて、優しくかける言葉あるでしょ」

 梓は少し上を向いて考えた後、栗子の肩にポンと手を掛けた。

 そして目を閉じ、しみじみと言う。

「こうだね。『涙とともにパンを食べた者でなければ、人生の味は分からない』。高名な文豪の言葉だよ。君はいい体験をしたんだ」

「そっかー。落ちてよかったー……なわけあるか! これからは響があたしの親友だ」

「通じなかったみたいだね」

「あんたの相手はもういいわ。そんで、響はどうしたいわけ?」

 栗子は響のほうに少し身を乗り出した。

「どうって」

「お姉さんにもう一度会いたいとか、最後の言葉をちゃんと聞きたいとか、犯人を捜したいとか、あるんでしょ」

「はい」

 響は即答したが、すぐに俯いた。

「でも……警察の人が調ヴぇても駄目でしたし、私はヴレインが苦手……」

「人手不足で、ちゃんと調べてないんじゃないかな」

 梓が言った。

「えっ」

「数年前から交通事故が増えてるんだよ」

「そうなんですか」

「ゴーレムが駆り出されるたびに、現場で警官が愚痴をこぼしてるの聞いてるから」

 自動ブレーキシステムの導入と普及により交通事故はいったん減少し、予算の都合もあって、警察では採用抑制をして交通課の人員削減を進めていた。しかし政府の予測に反し、事故はそれから増加傾向に転じた。事故に占める轢き逃げの割合も上昇傾向にある。

 この梓の説明が終わると、栗子が話し出した。

「それは、あたしも治療の手伝いするときに聞いた。でもさ、轢き逃げ犯の捜査って刑事の仕事じゃん? 交通課のリストラ、関係なくない?」

 実際には交通課内部に轢き逃げ捜査班が存在していたが、三人はそのことを知らない。飛行魔法による違法行為の取り締まりについて、省庁間や警察内で縄張り争いが起きていることも知らない。

「ブレインのできる人が少ないとか」

「警察の人、たくさん家に来ました。ヴレインのできる人も、結構いました。目つきの悪い……鋭い人が何人もやってきて、姉の部屋を見て回りました。そのとき魔力が出ていました。それから優しそうな女の人達が心配して、交代で泊り込んでくれたりもしたんです。母も私も取り乱してしまって……。魔力の制御ができなくなるといけないからって。父は事故から今まで、ずっと塞ぎこんだまま」

「それなら違うかな」

「今でも家に来てくれるんですよ。女の刑事さんと婦警さんはいいんですけど、男の刑事さんたちは、捜査の参考にするからと言って姉の物をいっぱい運ヴぃ出すから、本当はあまり来てほしくないんですけど……」

「ん……?」

 梓と栗子が一瞬、視線を交わした。響はそれに気づかなかった。

 何事もなかったかのように、二人が相槌を打つ。

「なるほど」

「そりゃーウザいねえ。男のほう」

「そう思いますよね、やっぱり」

「男に見られたくない物、あるもんね」

「服と電話だね」

「電話とパソコンは持っていかれたけど、服はだいじょうヴでした。他はノートとか、本とか、アルヴァムなんかです。魔法道具も」

「返してもらった?」

 栗子が問いかける。

「三つだけ。これと……」

 答えながら、響は左手に嵌めていた紫水晶アメジストの指輪を外した。

「あとは、この二つ」

 机の上に置いていた杖と、黒いとんがり帽子を目で示した。この二つは、登校初日に響が身につけていたものだ。

「ああ、それ、形見だったんだね。見ていいかな」

「どうぞ」

 まず、帽子を手に取った。

 結構古い物らしく、生地がすれて薄くなっていたり、糸がほつれている箇所がある。新しい生地で破れ目を補修したと思われる部分もあり、そこだけ色が他より濃い。

 表の観察を終えて裏返してみると、小さなネーム用の布が縫い付けられていた。『Satsuki Ibuki』とある。

「梓、サイコ……サイコメトリーできんの?」

「できない。私には」

「だよねえ」

 梓は帽子を栗子に渡した。

 栗子は色々な角度から帽子を眺め回し、肌触りを確かめ、頭に乗せた。

「黒、似合う?」

 二人とも返事をしない。

 それどころか、見ようともしていない。梓は指輪と杖を観察し、響はずっと梓を見つめたままだ。

「ねえ、ちょっと」

「この変換補助装置のイニシャル、君のじゃないけど、登録変更は」

「してあります」

 指輪には刻印がある。『S・I』の後に、非常に細かな字で十桁以上の英数字が続く。

「ちょっとこっちを」

 杖にも同様の刻印がある。『S・I』の後に、同じく十桁以上の英数字。さらに『National University of Disaster Prevention』と続く。

「ここの大学のだ」

「姉の進学先がここだったんです。それでわたしも、併願はこの高校に」

「おい、見ろよ」

 梓は呼びかける声に耳を貸さず、指輪と杖を響に返した。

「あの、いいですか」

「何」

「クリエイト、単独式」

 魔法の粒子群が透明な容器のような物を形作ってゆく。それでも、二人は相手にしなかった。

「さっき、『私には』って言いました。できる人、知ってるんですか」

「先生ができると思うよ。ブレインを専門で担当している先生」

 響の顔に、喜色が浮かぶ。

「それなら、頼んでみます」

「それがいいね」

「そこの箒と掃除が好きな奴。こっち向け」

 梓が振り向く。

「私は別に掃除好きじゃな……ぶっ」

 頬に何かが押し付けられた。

「似合うかって聞いてんだろ」

「よ、よく似合うよ。すごくよく似合う。似合いすぎ」

 手でぐりぐりと押し付けられる物は、無色透明なガラスでできた、ある物の突起部。その突起部のことは、一般にヒールと呼ぶ。

「意地悪な継母と姉と魔女をいっぺんにやるなんて、すぐぉいよ……」

「この魔法、十二時まで切れないからな」

「それならあとちょっと……」

「あの、シンデレラの靴の魔法は、解けないです。十二時過ぎても」

「余計なこと言ふぁないで……」

 夜は更けてゆく。

 外のどこかで、フクロウが鳴いていた。

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