クリティカルヒット
搭乗者を守る卵形のシールド二つが激しく揺れる。
シールド位置はほぼゴーレムの眼球。激しい揺さぶりは相似形となって、中にいる梓たちの両目も襲った。宙を舞う壁の破片が、いくつもの像に分かれた。
「【平衡制御】! 複合式!」
梓の魔法は座席の安定とゴーレムの姿勢制御を兼ねるものだった。
しかし魔法の効果は半分にとどまった。
魔法弾を正面に受け大きく吹き飛ばされたゴーレムは、そのまま背中から地面に叩きつけられた。壁の破片は二度目の衝撃でふたたび宙を舞い、細かいものは床に壁に天井にと跳ね返り、シールドにも当たってやかましい。
『やられたか』
カラスがよろよろと起きる。被弾の際に羽は数本抜け、そのうち一本がふわっと響の頭部に落ちた。とんがり帽子の鍔に乗った。
「うう……」
響が呻く。響はシールドに守られ、体のどこも打っていない。以前のように、めまいで目を抑えたりもしていない。両手は操縦桿の杖を握りしめたまま。閉じた瞼に、悔しさの涙がうっすら浮かぶ。
「まだやれるよ」
梓は響を励ますため、ことさら強く言い切った。ゴーレムを起き上がらせた。
附属校のゴーレムは甲冑の前側が大きく破損。特に腕と胸部の被害が大きい。ただし甲冑の内側、ゴーレムの体はところどころに大きなひび割れがあるものの、完全に崩壊した箇所はない。クリエイト魔法による応急補修が間に合う。頭部も少しづつ元に戻ってゆく。
『逃げたまえ、梓くん』
「やれますよ」
ウッディ・ゴーレムのときと主張が逆になった。
『このゴーレムに秘密兵器はなかろ?』
「【ユラヌス】をぶつければ」
『んんなるほど。しかしそうだとしても、魔力が足りんと思わんかね』
黒板に警告の表示が出ている。魔法ホルモンの残量が少ない。
『あのブレインの弾は奴の全力ではない。魔力消費量なんぞタカがしれとる。ところがどっこい、こちらのユラヌスは消費が激しい。当てる前に墜落しかねんな』
「でも、でも」
響が会話に割って入った。
『気持ちはわかるがな。んん、時間がないぞ!』
戻ってきた戦闘機の銃撃を魔法の翼【ユラヌス】で防ぐ。残量はさらに減った。
その間に敵機・ブラッドノアがゆっくり歩いてくる。
「これ以上の消費は避けないと」
翼をぶつける以外、他に有効な攻撃手段はない。
魔法弾は吸収されて撃ち返される。格闘では警察機の二の舞になる。
梓はゴーレムにタックルを仕掛ける姿勢をとらせた。相手から間合いを詰めてくる状況を利用して魔力を温存し、当たる寸前に翼を展開させるつもりだった。
そのとき、ゴトッと音がした。
音はコックピット内部、響の座席の真後ろからだ。
「そうだ博士。そのコートを」
トルソーが倒れていた。その拍子にか、スカンクのコートはトルソーから外れていた。幸い、暴発はしていない。
『んんん、これか』
大城戸ガラスが切り札と言っていた道具だ。
使用できる状態になったのに、カラスの調子は浮かない。そのことを梓は不審に思ったが、理由を尋ねる暇はない。少なくとも足止めにはなるだろうと踏んで、作戦実行を促す。
「頼みます」
ゴーレムの襟首に小さな搭乗口が開いた。
『うむ。響くん、私に何かあったら、このヤタガラスの体のことは頼むぞ。ちゃんと返してやらんとな』
「師匠?」
ヤタガラスは三本の足でコートをまるめ、それを持って搭乗口から出ていった。
ブラッドノアは格闘戦に持ち込める距離にまで来ようとしていた。
『まだやる気か?』
瀧殿からの通信だ。
梓は応じることにした。何かの罠かもしれなかったが、カラスが移動するための時間稼ぎにはなる。
『帰るわけにはいかない』
『ん、どこかで聞いた声だな。ああ、お嬢様か。ご無事で何より』
余裕のある口ぶり。皮肉な笑みが目に浮かぶような言い方だった。
瀧殿が続けて言う。
『なぜそんなものに乗っている? そいつはせいぜい土木作業用だぜ』
『馬鹿にしないでもらいたいね』
『ああ、そうか。たしかに弾は強かったな。ハハハハハ』
響の手が震える。杖を握る両手にさらに力が入った。
瀧殿の笑いが止まった。
『俺を追うつもりなら、理事長に他の【ブラッドノア】をおねだりしてから来るんだな。おっと、偽者のお嬢様には無理か』
『偽者……?』
『いまの髪形はなかなか似合ってるぜ。防災大附属校の一文字さん』
「漏れてる!?」
ゴーレム足元の地面が青く光っていた。機体の詳細情報をスキャンする魔法が地面を伝う。それまで梓の注意は敵機と空のみに向いており、気づくのが遅れた。作戦は裏目に出た。
グズグズしていれば、警察機と同じく砂塵にされてしまう。
攻撃のために操作用の魔力と魔法イメージを送り込む。
「【ユラヌス】展開!」
「翼、でませんっ」
窓の下部にある黒板を見れば、魔法式演算エラーの表示。エラー項目は十数種類、エラー箇所の総数は数千万と表示され、機能復元も再試行もできない。水晶玉モニタの画像は乱れ、空間座標や時刻も表示が乱れた。意味不明な文字と記号と数字の羅列に置き換わった。
「演算妨害されてる」
梓は自機をジャンプさせて逃れようとしたが、ゴーレムの脚は動かない。左腕がボクシングのジャブの動きをして、空を切っただけだった。操作系統にも乱れがある。
『フン……。にわか仕込みの、借り物の【ゴーレム】と【ユラヌス】でブラッドノアを倒せると思ったか?』
瀧殿の口調がわずかに変わった。今まで見せたことのない、何かに対する矜持のようなものが窺えた。
『死んでやり直してこい』
ジェットエンジンの爆音が近づく。二機の戦闘機が戻ってくる。
二機の位置は、それぞれブラッドノアの斜め左右後方。着陸するかのように、高度を落としてくる。しかし速度が落ちない。そのままこちらに突っ込んでくる。機銃弾もミサイルも精密誘導爆弾も切らし、特攻を仕掛けてきたものと思われた。
「わたしが落としますっ」
響が立ち上がり、すぐに魔法を撃とうとする。もはや窓の破損など気にしていられない。
「クリエイト……えっ?」
戦闘機は附属校機に向かってこなかった。二機ともブラッドノアの背中に突っ込み、スッと吸い込まれて消えた。突然のあっけない消滅に梓も響も意表を突かれた。
『私立香甲高校では』
ブラッドノアからの通信が入る。同時に、その敵機のすぐ横の地面に、クリエイトの魔法粒子が集まった。
附属校の二人は戦闘機の作り直しかと思ったが、違っていた。
『どんな出来の悪い生徒でも、自動車ぐらいは作れるものさ』
瀧殿の言うとおり、集まった魔法粒子は一つの車両を形作っていく。
車両は上下に大小二つの箱を重ねた形のボディ。不整地走行用の無限軌道。緑系と茶系の色による迷彩。そして上部構造から正面中央に突き出た砲身。
『自動車ぐらいはな』
「武器ですっ」
「兵器だよ! 砲撃を防がないと! システム強制再起動!」
梓の額に汗がにじむ。
「撃ちますっ」
「席に戻って! 戦車砲で目を狙われる! なかなか元に……」
「あっ、動きましたっ」
「だから戻って!」
梓は響も敵ゴーレムも戦車も見ずに言った。機体ステータス表示から目を離せない。
「よし、そろそろ。そうだ博士も」
「ああっ。うたれますっ」
響は慌てて卵形シールドの中に戻った。
「撃たれる?」
復旧したモニタで戦車を見ようとした。
しかし地面に戦車はいなかった。
「うえですっ」
顔面蒼白の響が窓の外を指差す。
「戦車が飛ぶはずが」
梓も窓から外を見た。
二人の言う通り、確かに戦車は上にいて、かつ空を飛んではいなかった。近づいたブラッドノアが片手で戦車の砲身を握り、高々と持ち上げていた。
「武器です……」
「金づち?」
梓の顔が引きつった。
『増加装甲、一重』
戦車に魔法の光が集まる。
その直後、武器が打ち下ろされた。
機能がどうにか戻ったばかりの附属校機に、かわす力はない。左腕で頭部を守るのが精いっぱいだった。ブラッドノアの腕の動きは軽々としたものだが、衝撃には異様な重みがあった。ただでさえ厚い戦車の装甲がさらに強化され、重量は戦闘機の数十倍。附属校機の左腕は粉々に砕け、のけぞった際に肩からもげ、地に落ちた。
『増加装甲、二重』
戦車の外郭が増してゆく。歪んだ砲身はクリエイト魔法によって金属の芯が充填され、空洞でなくなった。砲塔と下部の車体の隙間も塗り固められ、より堅固な鈍器になった。
ブラッドノアがふたたび振りかぶる。
『させんッ』
警察機が附属校機の前に飛び込む。
衝撃波で吹き飛ばされていた機体だった。
このゴーレムは得意の警杖で戦車を受け止めようとしたが、腕が寸刻と持たなかった。杖を持つ両腕は一気に崩壊し、胸部は杖ごと戦車の一撃に押しつぶされ、胴体が地面に豪快にめりこんだ。頭部は胴体から外れ、パイロットを乗せたままどこかに転がっていった。
『増加装甲、三重』
響が息をのむ。重量を増してゆく相手の武器から、目をそらすことができなかった。
梓は別のものに注意が向いた。振り上げられた武器と敵機体の間から見える夜空に、球状の毛の塊が浮いているのを見つけた。
「防ガスシールド展開!」
巻き添えを防ぐために、残り少ない魔力で張ったシールド――。
それは無駄だった。
マジカルスカンクのコートは、ガスを放出する前に火だるまになった。
「気づかれてる!」
「えっ。師匠っ!」
『HAHAHA! このコートは簡単には燃えないのだよ! いけっ、勝利の大暴は……つ?』
コートが輝く。
コートとその中のヤタガラスを包む炎が、青、白、緑、黄、オレンジと、鮮やかに彩られた。
瞬間、梓は既視感にとらわれた。
その既視感を確かめる間もなく、炎の塊はパッと散った。
炎の球は八十一個の火の粉に変わり、そのうちの一個はヤタガラスの姿になった。残りの八十個は次々と毒々しい毛色と毛並みの生けるマジカルスカンクになって、戦車とブラッドノアに飛び乗っていく。
「がんヴぁって!」
響が魔獣たちに声援を送った。言葉に切実さがこもる。
「だめっぽい」
梓は早々と諦めた。地面に落っこちたカラスがぽかんと口を開け、スカンクの群れを眺めていたからだ。期待していた動きでないことが見て取れる。
『いけ』
瀧殿が冷たく言い放つ。
スカンクたちはその号令に従った。青い光を帯びて八十匹は戦車を駆け下り、ブラッドノアのボディも駆け下りる。人工島の地面に着くと列を作って走り出した。脚の運動の速さも狂気的ならば、目つきも狂気的。向かう先は島の外側。すなわち海。
「あ……」
響の期待むなしく、マジカルスカンクは順々に夜の海へダイブ。幾度となく海にしぶきと光る波紋が生じ、正体不明の液体の膜が海面に広がる。ダイブは一匹も残さず敢行された。そして海水の動きがおさまり、膜が波間に消え去っても、飛び込んだスカンクたちは浮いてこなかった。
『汚物は片付いたな』
どこかで読んだ気がする言い回しだ、と梓は思った。
ブラッドノアは戦車を下ろし、あたりを見回す動きをした。魔法による索敵と目視を併用している。
『どこにいる大城戸。いまの臭いブツはお前のものだ』
『いうと思うか?』
カラスの姿は見えなくなっていた。
『隠れてばかりだな。ああ、そういえば、引きこもりの先輩だったと言われてたな』
『何が引きこもりなものか! 部室も学校のうちだ!』
『さあて、部室はどのへんだったか……。校舎の裏側か』
ブラッドノアが全身から赤い雷電を発した。雷電はブラッドノアの背後の空間に伸びた。
『ポパァプォパポゥーッ!』
赤いゴーレムの巨大な踵のそばで、小さなヤタガラスが転げまわった。
『使い魔か』
瀧殿は吐き捨てるように言った。
『吐け』
スキャン用魔法の青い光がカラスを包む。ヤタガラスはファイアウォールで防ごうとしたが、張ると同時に防護壁は割られてしまった。
『ぐ、ぬ、頭ががががが。出力高すぎィ! ギブギブギブギブギ……してたまるグボァー!』
『増加装甲、四重』
「いま、たすけにっ」
「ドライブ! 複合式!」
附属校機が敵機に殴りかかる。右腕に響の魔力が込められた。翼を作る機能は回復していない。
敵機の動きは早い。スキャンで入手した予測用データを使い、附属校機の動く数秒前から迎撃態勢に入っていた。
三撃目は振り上げだった。附属校機の鳩尾に、重すぎる一撃が入った。
胴体に受けた衝撃がコックピットにまで伝わった。頭部室内には地震のような重低音が続く。窓から見える地面は即座に遠ざかり、長い機体上昇が止まると光景は一面の夜空に変わり、やがてその夜空も遠ざかった。機体はまたも背中から地面に叩きつけられた。
何度も制御用の魔力を送り込み、ようやくコックピットの振動が止まった。
響は杖にしがみついたまま、おそるおそる周囲を見回した。座席シールドに加えてマントと帽子の保護機能も作動し二人は無事だったが、壁や窓の破損はキャノンフォースを撃ち返されたときよりひどい。自動修復機能も働かず、元に戻る兆しは全くない。
「もうだめだ。動かない」
梓はステータス表示を確認して言った。
水晶玉モニタには、仰向けに倒れた自機の姿が映る。腹部から胸部にかけて大きく開いた穴。ボロボロの甲冑。左肩から先もない。機体に詳しくない響にも一目瞭然の被害状況だ。
「出よう!」
衝撃吸収で魔力も使い、タンクに穴も開き、燃料はほぼカラ。相手の攻撃力を考えれば、中にとどまるわけにはいかない。そのまま棺桶になる。
梓は箒を机から引き抜いた。
「シールド解除。解除!」
座席を守るシールドは、消えなかった。
「故障だ」
「一文字さん」
響は先にシールドから出ていた。
「わかってる。破るしかないな」
「はやく。師匠もたすけないと」
響が梓の席のシールドを手で叩いた。シールドが割れた。
「えっ?」
「えっ?」
「かんたんに……」
「手で割って出たの?」
梓はシールドから出た。
「はじめから溶けて……」
ゴーレムは仰向きで倒れていて、平衡制御が働く卵形シールドを除き、部屋は横向きだ。いまの天井はゴーレムの顔部分となっている。
水滴がひとつ、その天井から垂れた。水滴は床に落ちた。あたった箇所からは焦げるような音がして、白い煙がのぼった。
「もえ――」
「ちがう」
梓はゴーレムの顔だった部分を見上げた。
そこは腐食し、変色していた。ふたたび水滴が垂れ、落ちた水滴は梓の帽子の鍔に当たり、当たった部分の繊維を溶かした。
溶けた繊維と染みた水滴が魔法粒子に変わり、消えてゆく。
「魔法の酸だ! よけて!」
梓は響の手をつかんで引き寄せた。ひどい雨漏りのように、天井から液がぼたぼたぼたぼたと流れ落ちてきた。特に響の座席に集中して落ちる。シールドの残骸も、机も椅子も、みるみるうちに溶けてゆく。
「あっ」
響が悲鳴を上げた。
机に杖が嵌ったままだった。杖は亡き姉の形見の品だ。その大事な杖が、魔法の酸によって溶かされる。
梓が素早く手を伸ばした。響よりもはるかに早い。
杖を掴んだ。しかし、掴んだ部分は梓の手の中で溶け、皮膚を焼いた。そして溶解は急速に進み、紗都希の名の刻印は見えなくなり、折れて、机だったものと混ざり、ドロドロの塊になった。なすすべもなく、響はその様子を呆然と眺めた。
「本を」
梓は室内後方に落ちていた書物に目を向けた。紗都希が好んだという戯曲集。これもまた酸の池の中にあって、溶けかかっていた。この戯曲集はコートのロック解除用パスワードを得るためのものだったが、そのコートはもはやない。それでも梓は躊躇せず素手の両手で本をつかみ、酸の中から拾い上げた。
響の前まで持っていこうとしたとき、ボロボロの表紙が外れた。表紙は床に落ち、完全に溶けて消えた。
それを皮切りにページが次々と脱落していく。
魔法の酸はコックピット側面の壁も侵し、亀裂を広げる。
そこから風が入り込み、細切れになっていく紙片を舞い踊らせる。
響は脱出することも忘れて、書物の最期を見届けた。
書物の欠片がすべて宙に溶けて消えたとき、涙の粒が一滴、また一滴と床に落ちた。
潮風と波音が穏やかに部屋を満たすさなか、魔法の酸はその涙の跡だけを残し、壁材を侵食し続けていった。




