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開戦

 岩石砂漠のイメージに覆われた飛行場の上。

 対峙するのは、海外逃亡を図る犯人と警察官。

 お決まりの警告が出された。

『お前たち・・はすでに包囲されている。無駄な抵抗はやめてゴーレムから出てきなさい。そうすれば命の保証はする』

『なに!?』

 先制攻撃を受け、警察ゴーレム内の隊員が声を荒げた。

 警告を出したのは犯人。すなわち【ブラッドノア】に乗る男の方だった。皮肉な調子の声が回線を通じて、警察の二体と附属校の一体に伝わった。

『貴様――』

 警察機が一歩前に出ようとした。

 しかし、僚機がその肩に手をかけ、とどめた。あらためて警告に入る。

『瀧殿に告ぐ。投降せねば当方二機は武力行使も辞さず。貴殿の安全は保証しかねる』

『ただの物まねじゃあないぜ』

 爆音が警察機と附属校機の左方、西南西の空から近づく。右方の東北東からも別のものが近づく。両方ともジェット戦闘機のエンジン音だ。研究学園本島を爆撃した二機と同じ音。

『降りるならあと三十秒。ほら、三十、二十九、二十八』

 カウントのタイミングは全く合わない。

 戦闘機は早くも幻影の昼空を突き破って夜空から現れ、搭載兵器を射出していた。

 兵器は前に見たものよりも太い筒状。細部は警官たちにも梓たちにも把握できなかったが、着弾まであと数秒もない状況。それがミサイルか精密誘導爆弾スマートボムかなどという区別は、その場の誰にとってもどうでもよかった。

『ロッド展開!』

『【ユラヌス】展開!』

 警棒から警杖けいじょうへ。警告を出した警察機は手に緑色の武器を作り、長く変化させた。両端を両手それぞれで持ち、中央部分で防ぎにいく。梓たちの附属校機は魔法の翼をケープのように纏った。

 警杖と翼に、二方向からの飛来物がそれぞれ命中した。

 対戦車ミサイルが爆発する。

 警杖は折れ、警察機は炸薬の生み出す重い衝撃に後ずさりさせられたが、こらえた。

 一方、附属校機は一歩も揺らがない。

 魔法の翼はふわりとミサイルの先端を受け止めたかと思うと、爆風もメタルジェットも軽やかに四散させた。爆発音すらしない。机上の埃を手で払ったときのように、静かに塵が舞った。

 コックピット内では、超高速魔法演算の終了を知らせる小さな音が鳴ったのみだった。響は高位魔法の力に呆気あっけにとられ、大城戸ガラスは「防げて当然」と言わんばかりの態度。ミサイルは眼中になく、黙って敵機のみを睨み続ける。

『おお!』

 響たちに代わり、挑発にのった方の隊員が感嘆した。

『ミサイルは私が!』

『了解!』

 両脚と背中の計四基の魔法エンジンから魔法粒子のジェットを噴出、警察のゴーレムは地上を滑るように飛び、赤いゴーレム・ブラッドノアに突っ込む。

 互いの両腕が激突し、取っ組み合いになった。

 ブラッドノアの大きさは附属校のゴーレムと同じ。警察のゴーレムよりやや小さい。体格差を活かし、警察側は抑え込みにいく。

『ドライブ、単独式!』

 隊員の声に気合がこもる。

 その気合にふさわしい魔力がゴーレムの腕にこもった。

『ドライブ、単独式』

 瀧殿の声は落ち着いていた。

 その落ち着きにふさわしくない、より強い魔力がブラッドノアの両腕に宿った。

 押し合うことわずかに二秒。警察機は体勢を崩し、仰向けに倒れた。

 次の瞬間。

 轟音とともにブラッドノアが蹴り上げられた。上空にすっ飛んでいく。それによりテレポーター管制塔をジャックしていた魔法波が途切れ、あたりが夜の姿に戻った。

「巴投げだ」

 梓の短い言葉が終わるか終わらぬかという間に、追撃が入る。警杖を作り直した機体が大きく跳躍、空中でブレーキをかけたばかりのブラッドノアを追い抜き、より高い位置についた。武器を両手で上段に構え、振りかぶる。

『胴ッ!!』

 夜空をバックに鋭い一声。

 武器は鮮やかに半円を描いて敵機の背中を強打する。赤い甲冑の破片と魔法エンジンの残骸を空中に置き去りにして、ブラッドノアは人工島の地面に叩きつけられ、めりこみ、大量のコンクリートと土煙をまき散らして姿を消した。

「やりましたっ」

 響が歓声を上げた。脇でカラスが小さく首を横に振った。梓は索敵魔法で戦闘機の行方を捜したが、見つからなかった。

『確保するぞ』

『了解』

 警察機が大きく穿たれた穴に近づく。二体はクリエイト魔法でワイヤーの束を作り出した。ワイヤーは先端にフックがついているものと、巨大な手錠がついているものとが数本ずつ。

 数十秒後、穴からゆっくりと赤いゴーレムが引き上げられた。

 ワイヤーでがんじがらめにされ、腹部の甲冑は大きく破損。背中の魔法エンジンは片側が大破。両腕を大の字に広げ、首をうなだれ、はりつけにされた罪人のような姿勢だ。警察のゴーレム二体は、その後ろ側左右から挟み込む。

「倒した……?」

道場みちヴぁ警察署、すごいですね!」

 警察ゴーレムの上腕部に文字が書かれていた。響はその一部を読んだ。

「読む順番が違うよ。警察署道場どうじょう

 梓はブラッドノアに視線を戻した。モニタの俯瞰映像を拡大表示する。

 甲冑は附属校が青緑、ブラッドノアは真紅。

 ゴーレムの皮膚に当たる部分、すなわち元々は校舎の壁であった部分は、附属校が赤レンガであるのに対し、ブラッドノアは塗装による白色。香甲第二高校潜入時に見たものと同じだ。色落ちもなく、穴も欠け目もなく、ひび割れもない。メンテナンスの行き届いた、実にきれいなものだった。――地面に打ち付けられた機体前面のどこを見ても。強く蹴られたはずの、腹部の甲冑の割れ目から見える箇所までも。

「おかしい」

『君たちは奴の得意技を知っとるはずだぞ!』

「とくいわざ?」

 響はそのときふらついていたり、気絶したりしていたので、よくわからなかった。

 梓が答える。

「全然正確じゃないけれど」

「何ですか」

「……死んだふり」

 ブラッドノアを縛るワイヤーが青く光った。青い魔法波はワイヤー上を一気に伝播して、ブラッドノア全体と、ワイヤーの出元である警察機二体にも青い光を纏わせた。附属校機の水晶玉モニタは、それがブレイン系の魔法であることを表示した。

『どうだ。何かわかったか』

 通信回線はつないだまま。隊員同士の会話が聞こえる。

『スキャンは貴殿がしているではないか』

『おれはそんな性に合わんことはせん』

 青い板状の光が警察機二体の足下に現れた。足から頭の方向へ通り抜けてゆく。

『うん?』

『いかん。これは我々が』

 板状の光が警察機を離れた。光は形を変えてワイヤーを伝わり、ブラッドノアに吸い込まれる。

『汗か。ふん、汗だけ・・・か』

 瀧殿の声だ。

『剣道の方が増えたな。ずいぶんとにじんでいるぞ』

 ワイヤーが徐々に緩む。ブラッドノアを中心に、散乱していた周囲の瓦礫がさらに外側に吹き飛ぶ。

 間もなくワイヤーがちぎれ、その細切れが吹き飛ぶ瓦礫の中に加わった。ワイヤー片と瓦礫の一部は附属校のゴーレムに当たり、梓の手にもうっすらと汗が滲んだ。

 柔道使いの僚機が立ちすくむ中、警察機は警杖を三度みたび展開させる。

『予測済みだ』

『面――』

 衝撃波が警杖の警察機を吹き飛ばした。機体は二百メートル以上先の地面に背中から落ち、勢いでそこから数十メートル引きずられた。

『お前もだ』

「【ユラヌス】展開――」

「あっちからっ」

『左もいるぞ!』

 附属校のゴーレムは再来したジェット戦闘機に挟み撃ちにされ、機銃の掃射を浴びた。魔法の翼により、防御は完全。機体は全く傷付かず、無数の銃弾は溶けるように消える。しかし足止めもまた完全。簡略化された魔法の性質が仇となり、附属校の魔法演算補助機能は多方向からの機体防御と機体推進を同時に処理しきれない。警察機の援護にゆくことができない。

 億劫おっくうになったのか、残る機体のパイロットに瀧殿は何も言わなかった。

『貴様――』

 行動のみで意思を示した。

 ブラッドノアが右手で警察機の左肩を軽くつかんだ。つかまれた部分は砂のように崩れ出した。

 警察機は左腕が落ちぬうちに反撃に出る。右手で敵機の首筋を強くとらえ、左手で敵機の右腕をとらえ、自機の右脚を敵機の右脚裏側に勢いよくひっかける。敵機の重心は動かずバランスを全く崩せなかったが、それでも強引に大外刈おおそとがりを仕掛けた。

 右脚が飛んだ。

 技を仕掛けた脚がちぎれて飛んだ。断面から砂をまき散らして地面に落ちた。鈍い音が響き、落ちた衝撃でさらに砂がぶちまけられる。道場の一部分だった右脚は、すべて砂に変わってしまった。

『くっ』

 体勢を崩さざるを得ない警察のゴーレムだったが、パイロットはあきらめない。寝技に持ち込むべく懸命に右腕を伸ばし、敵機の赤い甲冑をとらえにいく。

 しかし、より早く悪い結果が出た。

 触れたとたんに、右手は砂に変わった。

 魔法波が手から腕へ、腕から肩へと伝わり、右腕もすべて砂になった。左腕も肩の部分でもげ、右脚と同じ末路をたどった。

 警察機のゴーレムはうつ伏せに倒れた。

『脱出せよ!』

 声は吹き飛ばされた警杖のゴーレムからだ。

『すまん! 面目ない』

 柔道のゴーレムの頭部が崩壊し、中から白い卵形のシールドが現れる。座席がパイロットを乗せて射出された。

 ブラッドノアの頭部がわずかに動く。視線の先には射出されたばかりの座席がある。梓が香甲第二高校の教室で見た、瀧殿の仕草とほぼ同じ。パイロットの癖と意思を反映した動作だった。

「とどめを刺す気だ」

「たすけないと!」

 動くなら今。

 二機のジェット戦闘機は自動操縦で無人。パイロットにかかる負荷を全く考慮せずにすむため、旋回半径が通常より小さい。戻ってくるのに大した時間はかからない。

「発進!」

 迷わず敵機に突っ込む。

 最短距離、直線軌道。高速をもたらす魔法の翼で超低空飛行し、一気に迫る。

 敵機・ブラッドノアは動かない。魔法エンジンは翼より機動性が低く、しかも片側が大破したまま。附属校ゴーレムのショルダーチャージが決まるかに見えたが――。

「あっ」

 当たる直前でふわりと浮き、軌道を変えた。衝撃に備えていた響が肩透かしを食らった。

 梓には理由を説明する余裕はない。

 機体同士がぶつかる寸前、敵機の両肩、左右の上腕部と前腕部、同じく左右の大腿部外側と下腿部外側が青く光っていた。警察機をスキャンしたブレイン魔法の光と同じ色。それらが十個の青い魔法弾となって、間合いを取って振り返ったばかりの附属校機に襲いかかってきた。

「ブレイン、【干渉防御ファイアウォール】!」

 光の盾を前面いっぱいに展開した。

 薄いブルーの半透明壁が最初の一発と二発目を左右にはじく。盾の両縁が大きく削られる。

 続く三発目は正面に撥ね返したが、ファイアウォールの盾は粉々に砕けてしまった。

 残り七発はもう目前。

 梓は操縦桿である箒の柄を思い切り手前に引いた。

 ゴーレムは翼をすぼめ、垂直に急上昇。慣性力が働き、座席の二人に強い下向きの力がかかる。デフォルトの加速度制御魔法では吸収しきれず、追加の減圧魔法を使う間もない。梓と響は手足に力をこめ、言葉もなく耐えた。カラスは座席の床に押し付けられた。

 すっと圧力が抜け、ゴーレムが空中で静止する。

「三発で粉々か」

 まず梓が口を開いた。魔法弾の幕を大きくかわして、高度は百メートル超。敵機ブラッドノアはまだ地上にあり、次の斉射準備を終えたところだった。

「あたると」

 響が尋ねた。

『次の攻撃で塵さ!』

 カラスが答えた。と同時に附属校機は急旋回し、二段目の弾幕も大きくかわした。

『奴はPの機体の構造と組成を分析したのだ。機動予測用の情報も洩れるぞ。フン、下見すれば効率的に分解できるというわけさ!』

「脱出した警官の位置は!」

 梓が尋ね、響は水晶玉モニタの表示を見た。

「この島からでてますっ」

『もう三十秒も稼げば十分だな。戦闘機のレーダーでは見つからん!』

「撃ちますっ」

 響が操縦桿となっている杖を握りしめる。充血した目と血管の浮き出た両手で作られた魔力が杖から座席、座席からゴーレムの頭部、胴体、そして両腕へと速やかに転送された。ゴーレム自体に組み込まれた魔力と合わさり、力はさらに増幅される。

 ゴーレムが突き出した左右の拳を交差させる。

 その砲撃姿勢のまま、三段目の弾幕を水平にかわした。両拳にはゴーレムをまるごと包むまでの大きさにチャージされた白光の魔法弾。弾の向こう側には粉砕すべき敵機の姿。

「クリエイト! 【キャノンフォース】!」

 必殺の砲撃――。

 弾速は相手のブレイン弾を上回る。敵機に魔法の翼はない。かわせない。あたる。

 そのはずだった。

 しかし魔法弾は敵機後方の地面に命中し、浮島を貫通してしまった。戦果は大量の土砂と海水を爆散させて、敵機の背中と島の飛行場を汚したのみ。

「よく狙って!」

 梓には、敵機の位置が砲撃前とほとんど変わっていないように見えた。

「ねらってますっ」

 第四の弾幕を回避しつつ、今度は敵機の真上に回り込む。附属校機は両腕を振りかぶって力をため、前回と同様に交差させた両拳から魔法弾を撃つ。

「【キャノンフォース】!」

 叩きつけるがごとく、両腕を振り下ろした。

 今度は外しようもない位置。敵機の動きは相変わらず鈍い。魔法エンジンにも足にも、こちらの攻撃を回避できるほどの出力は感じられない。間違いない。あたる。

 梓はそう確信していたにもかかわらず――。

 魔法弾は敵機左側の地面に当たった。またも浮島だけを貫いた。

 大きな穴が二つも開いた人工島。そこには泥まみれの敵機が堂々と立つ。無論、ただの泥などはダメージのうちに入らない。警察機による最初の攻撃以降、与えた損害はゼロ。

「しっかりと」

 狙うんだ、と響に言いかけて、梓はそこで言葉を飲み込んだ。

「あてないと。わたしが、あてないと」

 響の小さい両手が震える。握りしめた杖には文字が刻まれている。交通事故に見せかけて殺された、響の姉の名の刻印がある。その小さな溝に、響の汗が滲み込んだ。

 梓はすぐメインモニタに視線を戻した。

 響が全力で姉の仇を討とうとしていることは間違いない。

「魔法で予測されてる? いや」

 附属校はスキャンされていない。ブレインの青い魔法弾はすべて避けるか防ぐかしている。つまり相手にこちらの魔法演算に関する情報は与えていない。魔法抜きによる予測。予測はブラッドノアのパイロット、瀧殿の経験と勘によるもの。梓はそのように判断した。

『またFだぞレッド君!』

 ジェット戦闘機によるすれ違いざまの銃撃。これをひねり後方宙返りの旋回でよけ、附属校機は着地した。前方数十メートル先には敵ゴーレムの背中。真後ろに回り込んだ。

 この位置からの攻撃ならば反応が遅れる。また、反対側には何もないので、島をこれ以上破壊することもない。距離も詰めた。これ以上ない絶好のポジションとタイミング。

 しかしまたしても――。

「残像!?」

 敵機の全身が、色付けされたガラス像のように赤く透き通っていた。浴びた泥までもが形はそのままに、赤色透明になっていた。

『んん、さては【ハルシネーション】か!』

「ブレイン、【索敵】――」

 梓はすかさず探索の強度と範囲を強化しようとした。

『いかんぞ! こちらの索敵の反射波を操ってファイアウォールをくぐる魔法だ!』

「左です一文字さん!」

 いつになく早く強い響の口調に押され、梓は反射的にゴーレムを左に向かせた。砲撃体勢は維持したままだ。

『やめたまえ二人とも! 本物のイヴィルガム相手では歯が立たんッ』

 カラスの口調も早かったが、ゴーレムの操作も早かった。攻撃も響の意思も止められない。

「【キャノンフォース】!」

 魔法弾が飛ぶ。

 敵機の真正面・・・に飛んだ。

 ブラッドノアは両手を前に突き出し、構えていた。両手首の内側部分を合わせ、指を広げ、花のような形を作る。周囲の空間が歪んだ。

 攻撃魔法が先か、防御魔法が先か。

 白い閃光がほとばしる一瞬の間に、答えが出た。

 衝撃を生み出すことなく、響の撃った魔法弾は敵の両掌に吸い込まれ消えてしまい、そしてまた現れた。向きを正反対に変えて。

 キャノンフォースの白光の中、ブラッドノアの両掌には魔法陣。テレポーターを複雑にした形状の魔法陣が赤く、血の色に輝いていた。

「反射――」

 梓たちの正面、コックピットの二つの窓全体が真っ白に染まる。

 壁に大きな亀裂が走る。そこから入る、光と熱と暴風。

 附属校機は、大きな破壊のエネルギーに呑まれた。

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