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魔法使いの素質

 パトカー、鑑識車両、消防車、クレーン車、ダンプカー。

 非常線の外から、車が続々と集まってくる。

 降りてきた男たちは淡い青緑の鎧をつけたゴーレムを見上げて感嘆を漏らし、その足によりかかって電話をかけている少女がパイロットであると知ると、口笛を吹いた。

「校長、終わりました」

「うむ、こちらにも連絡があった」

 通話中の二人の距離は、数十キロメートルに及ぶ。この間隔では、テレパシーは校長からのものしか届かない。

「早かったな」

「二人ですから」

「そうか」

「息吹さんの攻撃がうまく決まりました」

「そうだろう。あの者には素質がある。私の目は節穴ではない」

「別のものに節穴ができましたが」

 スマートフォンを片手に、梓がゴーレムの破損状態を確認する。体や装備のダメージは小さいが、顔のある部分の損傷が大きい。このまま飛行すれば風が入る。修理が必要だった。

「何のことだ。ところで、ちゃんと見たか」

「何を」

「合体したところだ。ライオンの側が翼持ちの腹を背中から食い破って、そこでケンタウルスのようにくっつくんだ。翼持ちの側はライオンの前足をバキボキへし折ってつなげて、熊手みたいな武器にする。面白そうじゃないか。以前に出現したときの報告によれば、カッコよさ、キモさ、バカさ、ダサさが入り交じって、そこはかとなくシュールだと聞いている。どうだった」

「戦う本人にとっては面白くないです。合体する前に倒しました」

「何だ。お前はほんとに面白くない奴だな」

「面白くなくていいです」

「そんなことでは発想力が磨かれんぞ。敵の武器を取り上げて、『かゆいところに手が届くう! 忙しいアナタにピッタリの、孫の手肉球猫パーンチ!』と叫んで反撃すれば、世界が変わる」

「ヘンな方向に変わります。私はその世界で生きたくありません」

「ハッハッハ。まあよかろう。それも一つの生き方だ。そのまま行けるところまで突き進むがよい。この世界でな。課題クリアのスピードを評価しよう」

「ありがとうございます。ですが、戻るのは少し遅れます」

「魔力切れか。到着した警官の中に卒業生がいるはずだから、その者に補給を頼め」

「はい」

 梓は通話を終わらせると、倒した石像から出てきた杖を近くの男に手渡した。白い手袋を嵌めた背広姿の男は、眉をひそめて「指紋が……」と一言つぶやき、杖を手にして歩き去った。

「あのっ。一文字さんっ」

 響がゴーレムの右目から身を乗り出して叫んだ。

「ん、何? 帰るのはまだだよ」

「いえ、そうじゃなくて……」

 響は伏目がちに、もじもじと話す。小声になり、聞き取れない。梓は箒でコックピットに戻った。

「どうしたの」

「その、緊張して……」

 内股になっている。

「……トイレ?」

「はい……」

 見知らぬ土地で、トイレの場所は分からない。外にいる大勢の男たちに尋ねることもためらわれた。

「それはよかった!」

「よくないですっ」

 理解しがたい反応を示した上級生を、響が睨みつける。その紅潮した顔に浮かんだ汗から、一つの粒子が蛍のように飛んだ。粒子は梓の顔にぶつかった。

「あ、うん、ごめん。そこから下りて」

 部屋の中央の床に、四角い金属製の枠が嵌めこまれてある。梓が箒の先で軽く叩くと、スライドした。金属製のはしごが見える。下へと続く。

「下にあるんですね」

 響が梯子を下りていった。ゴーレムの頭部から頚部へ抜け、胸部と向かう。

 その様子を見て、梓が呟いた。

「これでよし、と」



 数分後、ふうふう息をつきながら、響は梯子を上りきった。

「済みました」

「うん、こっちも済んだよ。応急修理完了だ」

 窓が直っていた。水晶玉モニタを見ると、ゴーレムの体と鎧にあった傷も消えていた。

「修理できるんですね」

「魔力があれば、ある程度はね。さすが特待生」

「特待生……わたしのこと、ですか」

 修理などした覚えがない特待生がとまどう。

「そうだよ。さあ、戻ろう。話は帰り道にゆっくりできる。席に座って」

「はい」

 梓は先に席についた。操縦桿となった箒に魔力を込める。

 ゴーレムが魔法の翼を広げる。機体が少しずつ浮上し、外で男たちの歓声が上がった。

 高高度にまで浮き、高速飛行状態になった。

 響が梓に話しかけた。

「トイレ、お腹のところにあるんですね。食ヴぇられてるみたいです」

 梓は笑って答える。

「君をそのまま食べるわけじゃないよ」

「それは、どういう意味でしょうか」

「魔力の源が何かは、知ってるね」

「わたしたちの体の中にある、魔法ホルモンです。習いました」

 それが何か、と響は表情で語る。

「更年期障害のことは知ってる? 女性ホルモンが不足して起こる病気」

「わたしが小さいときに、おヴぁあちゃんがなったと、母から聞きました」

 だからそれが何か、と表情が語る。語り口調は強くなった。

「その薬のことも聞いてるかな」

「それが、何か」

 黙っていられなくなった。

「うん、その薬ね、昔は馬の尿から作っていたんだ。妊娠中の、雌馬の尿」

 尿から薬。

 ホルモンの薬。

 魔法ホルモン。

 魔法で動くゴーレム。

 ゴーレムの中にあるトイレ。

 尿から薬。

 同じ思考が何度もループした。

「お、お、お」

 今度は声が出なくなった。

「あ、私たちは妊娠してなくてもいいからね」

「おし、おし……」

「推定到着時刻は……と。うん、早く着く。魔力残存量も十分。濃度が高いから、型変換しても燃料としての質がいい」

「わわわ、わたしの……おしっこで……おしっこで飛んでる……。おしっこで飛んでる……。おしっこが飛んでる……?」

 意識が飛びそうな新入生が隣にいても、上級生は動じない。

「うん、気持ちはわかる。すごく恥ずかしい。私も最初はそうだった。だけどね、こう考えることもできる。排泄物の中にも美学と諧謔かいぎゃくの精神があると」

「む、むりがあるかと」

「そんなことはないよ。近代の高名な俳人も、こう詠んでいる」

「なんて」

「『馬糞うまくその 中から出たり 鷦鷯みそさざい』。ミソサザイという鳥の色と、馬糞の色が同じなんだ。わかる?」

「ヴぁふん。ヴぁふんのヴぃがく……。わかりません……もう何もかも………」

 混乱した新入生と混乱させた上級生を乗せ、校舎ゴーレムは学校の敷地に向かい、飛び続ける。

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