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臨海学校

「『旅鳥よ 果てなき波濤はとうに 飽いたなら 羽を休めよ われらの島で』」

 紀伊半島の先端から南へ約百キロメートル。

 そこにひとつの人工島があった。

 科学技術と魔法技術の双方を用いて作られた正円の浮島であり、その直径は約三・七キロメートル。総面積は約千百ヘクタール(十一平方キロ。二十一世紀初頭における東京ドームの建築面積の二百三十五倍)に及ぶ。

 通称『研究学園島』。

 俗称は『流刑の島』。

 インターネット上では『メガ浮浪島』と呼ばれることもある。

 島にある施設は飛行場と港のほか、複数の大学のキャンパスのみ。大学は産業大・海洋工学大・防災大の三つ。防災大は本土のキャンパスに加え、ここでも地震と津波に関する研究調査と防災訓練を行っていた。島は南海トラフのほぼ真上に位置し、台風について同様の研究調査と訓練を行うこともある。この本島の他にも三大共通の主な研究設備として数多くの超大型浮体構造物メガフロートがあり、これらが南海トラフのラインに沿って設置されている。

 香甲第二高校への潜入から二日後の午後。

 梓は高校・・の校舎屋上に立ち、双眼鏡で見張りをしていた。

 校長の許可を得て、治療を終えたその日に防災大附属校のゴーレムで高速飛行し、この島にやってきた。

 校舎はゴーレム変形の解除状態で、人工島の海岸に居座っている。一時的な迷彩として魔法で白く塗られ、壁に大きく『HOTEL怜美伊亜淡レヴィアタン』『OPEN準備中』と書かれてある。なお、迷彩はゴーレム変形時には効果がなくなる。

『きたかね』

 ヤタガラスが鳥かごの中から話しかけた。校舎の屋上には円形のテーブルが二つあり、鳥かごはその一方の上に置かれてある。

「きませんね」

 洋上に飛ぶのは普通の鳥だけだ。

『目だけで奴のゴーレムを探してはいかんよ。ブレインの索敵を併用して、空間の歪みと魔法波を探すのだ』

「わかっています」

『私も空から見張ればよいのだがな』

 カラスがちらりと女刑事・氷神を見た。彼女は梓の隣にいる。

「あなたは横領の容疑者よ。出せないわね」

 瀧殿と戦うための武器として、押収したマジカルスカンクのコートも持ってきた。いまだにワイヤートルソーから外していない。少し離れたところに置いてある。

『動物を司法の対象にするのかね』

「動物扱いならなおさら檻の中にいるべきね。人を凍らせる魔獣なんだから」

『ヴェリィ・イムポートゥァントゥーな捜査協力者だぞ? V、I、! B! B……』

 大城戸カラスはアルファベットを体で表現しようとしたが、バードのBは無理だった。

 氷神は冷めた目で鳥を見た。

「瀧殿がここに来るとは限らないわ。もし来なかったら肝心なときに自分から島流しで私たちは笑い者。あなたの読み通りになった場合には仮釈放してあげる」

 屋上に出入りするためのドアが開いた。

 手洗いに行っていた響が戻ってきた。

「わたしも見張り、しましょうか」

「ここは私たちだけで十分だよ。君は続きを読んで」

 梓は戯曲集の続きを読むように勧めた。響は見張りに参加していない。ブレイン系統の魔法が使えないからだ。

『うむ、ロック解除のパスワードがいるものな』

 残留思念探知サイコメトリーを使える者はこの場にいない。この島に魔法鑑識官は常駐しない。ブレイン専門の教師・十六夜は姫宮や栗子と連れ立ってここにやってくる予定だが、到着が遅れている。

「わかりました」

 響は自分の椅子に座り、手提げ袋から本を出した。英語の原文と日本語の訳文の両方を読んでいく。どちらの言語の台詞ともパスワードになりうる。

 字を追う目つきは真剣そのもの。肩にも力が入る。

『うむうむ、がんばりたまえ。何としても見つけ出すのだ。ズキュゥゥゥン! と! ハートにクる台詞を! 琴線にフれる台詞を! フルフルフルフル、フルえるぞッ! ユーアーショック! 震撼だッ! ズキュゥゥゥゥゥゥン!!!』

「うるさいわね。張り込み中に騒がれると頭にクるわ」

 女刑事は懐から回転式拳銃リボルバーを出した。

『撃つ気かね!? バキュゥゥゥゥゥゥン!?』

「弾のチェックよ。私も武器の準備をしないとね。閃光弾、信号弾、麻酔弾、捕縛弾……」

「あなたは、あのスカンクのコートが役に立つと思ってるんですか」

 梓は氷神に訊ねた。

 刑事たちは梓と同様に大城戸からコートの説明を受けた。そのとき梓は手洗いに行っていたので、刑事たちがどう反応したのかを知らない。

 氷神は銃から目をそらさずに言う。

「あなたは役立つと思わないの?」

「あまり……」

「臭いものは強いわ」

「え?」

「臭いものは強いの」

 銃を懐に収めた。

 ふたたび屋上出入り口のドアが開く。

 男の刑事・波賀が報告にきた。

 差し入れの飲み物を袋から出しながら言う。

「ここの各大学の管理責任者と消防署長に会ってきましたよ。滞在者の避難準備はいつでもできてるそうです。シェルターと大型救命艇が揃っています。点呼と所在確認の結果も今のところ異常ありません。交番でもパトロールを強化しています。人質を取られちゃかないませんからねえ」

 立地上、この島では避難訓練が十分に行われている。

『奴が暴れても心配なしだな!』

「暴れさせたりしないわよ」

 氷神は渡されたミネラルウォーターを口に含んだ。

 響は緑茶を受け取った。響はその前に紅茶も飲んでいる。梓は利尿作用のある飲み物をさりげなく響に勧めて、燃料補給をしていた。

「どうぞ」

 波賀が袋を差し出して梓にも飲み物を勧める。袋の中身はミネラルウォーターと緑茶のボトルが一本ずつと、缶入りのブラックコーヒーが二つ。

 梓はどれにするか迷った。

 コーヒーや緑茶にはカフェインが多分に含まれる。利点は眠気覚ましの効果と利尿作用によるゴーレムの燃料補給。欠点は利尿作用のせいで張り込みの隙ができることと、緊急発進スクランブルが遅れる恐れのあることだ。

「すぐに来るか、夜に来るか……」

「わからないわね」

『奴にもいろいろと準備があるんだろ。目的地でドンパチやらかすつもりだからな』

「どんな、準備じゅんヴぃですか」

 響が本から目を離し、尋ねた。

 響にはヒーリング装置奪還の他にも目的がある。大城戸の話によれば、いま刑事たちが逮捕しようとしている瀧殿は、姉の仇になる。自分の手で捕まえるなり倒すなりしたいという思いがある。

 梓はこの島に来る前、響がひとり教室の席にぽつんと座り、無言で出発をせかしていたことを思い出した。

『そりゃ、あっちの仲間連中との連絡と情報収集だろう。食い物も集めとるかもしれん。むん、そう言えば小腹がすいてきたな』

武器ヴき準備じゅんヴぃじゃ、ないんですか?」

『HAHAHAHA。響くん、あのゴーレムそれ自体が武器なのだよ?』

「ちがうんですか?」

『ま、得物の一つや二つは作るかもしれんが。マイク波賀くん、オヤツの準備はしとらんのかね』

「誰がマイクですか。ありませんよ」

武器ヴきだと……」

 梓はハッと思いとっさに周囲を見回したが、異常は見当たらない。遠くを観察しても同様だ。穏やかな潮風、のどかな波の音、綺麗な青空、形の良い白雲。あるのはそれだけだった。屋上の四人と一羽を傷つけるものがあるとしたら、少し強めの紫外線ぐらいだろう。

「そうか、まだ準備だ」

 二着目の赤い帽子をかぶり直した。マントも新しいものを用意してある。

『うむうむ、もっと準備万端にしとかんとな。腹が減っては戦ができん。誰か売店でオヤツを買ってきたまえ。梅ソフトクリームにチャレンジといこう。奇襲に備えるには紀州梅!』

 誰も相手にしなかった。刑事二人は見張りに戻り、響は読書に戻り、梓は緑茶を飲んで「どんな武器を」と考えこんだ。

『口を酸っぱくしてもう一度! 奇襲に備えるには紀州梅! ……ふん、なっとらんな。そんなことで張り込みができるとでも思っとるのかね、まったく』

 カラスはブツブツ言い、鳥かごの中で寝転んだ。

 そしてその鳥らしくない格好のまま、いつしか寝入ってしまった。



『……んふうぅぅう。ムニャムニャ……ディナーはまだかね……ディナーは……。もう夜なのだよ夜……。夜……!? ハッいかん! 寝てしまった!』

 太陽はすでに沈みきり、夜空に星々が輝く。

『奴は……きとらんか』

 近くを見回せば、寝ていたのは大城戸ガラスだけではないことがわかった。

 波賀はデッキチェアの背もたれに身を任せて仮眠中。

 響も力の入れすぎで疲れ、椅子でウトウトと眠っていた。毛布の代わりに黒マントが前からかけられている。書物はテーブルの上に広げたままだった。

「『からす座の 黒き翼は に紛れ スピカの火をて 乙女は探す』」

 梓は箒を持って柵のそばに立ち、南の空を見張っている。箒の穂先からは間欠的に光が放たれ、サーチ用の魔法波が飛ぶ。ビーチパラソルに偽装したアンテナで反射波を捉えることで、通常より遠くを探索可能だ。パラソルのアンテナは鳥かごとは別のテーブルに設置され、氷神がそこの席に着き、反射波に注意を払う。

『いま何時かね』

 返事はなかった。

『何時かね、レッド梓くん?』

 梓は振り向かない。

『ま、いいとしよう。邪魔するほどのことでも――うおっ!?』

 突如、カラスは体が痺れた。

 鳥かごが細かく振動し続ける。

『反応あり!』

 氷神が叫び、波賀が跳ね起きた。振動の原因はアンテナにあった。

『聞こえているか一文字!』

 アンテナから放たれる大音声。声は姫宮のものだ。テーブルも椅子も揺れた。

「うっ」

「うわっ」

『おふぅっ』

 響も飛び起き、全員が両耳をふさいだ。

『繰り返す。こちらSFG二号棟、姫宮。聞いているか一文字!』

『いやでも聞こえます。どうぞ』

 梓がテレパスで応答する。

 防災大附属校二号棟内には放送室がある。搭乗する姫宮の能力とも相まって、通信機能は強い。

『いま追いかけられている!』

『査問委員会にですか』

 日常茶飯事に付き合っている暇はない、という口調になった。

『査問の連中はいた。学校テロリストとやらの手先だ! 二つそっちに行ったぞ!』

「飛行場から緊急連絡! 飛行物体が一機接近中!」

 波賀もスマートフォン片手に叫び、異常を告げた。

『きたか! 最強のゴーレム、その名は――』

武器ヴきだと……」

 夜空の中、飛行物体が高速で近づいてくる。

 索敵魔法で感じ取れた大きさは、小型旅客機の約半分。しかしその物体が出す爆音は、小型旅客機の倍以上。

 飛行物体の下部が扉のように開き、そこから新たな飛行物体が飛び出した。

 三角形の翼がついた金属製ボールペン。

 遠くから見た形状はそれだった。近づくにつれて、大きさも把握できた。ミサイルとほぼ同じだ。

「兵器だよ! 伏せて!」

 伏せる間はなかった。

 飛来した物体――精密誘導爆弾スマートボムは定められた座標どおり校舎の側面中央の壁に激突し、爆発した。

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