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鵜の目・鷹の目・鴉の目

「治療は済みましたが、患者の負担になりますから、長くなさらないようにして下さい」

「わかっています」

 中年の男の医師が注意し、それより若い女の刑事が答えた。

 国立総合防災大医学部附属病院・第一救急医療棟の一室。室内には四人の男女がいた。出入り口の近くに刑事と医師と女性看護師。ベッドには梓がぼんやりと腰掛けていた。ベッドの脇には血液透析器ダイアライザーがあり、看護師は梓から外した体外式ペースメーカーを持っている。

「あの薬は私から渡しておきます」

「そうですか。では」

 医師と看護師が退室すると、女の刑事はすぐに梓に話しかけた。

「あなたがあそこにいたとは思わなかったわ、一文字さん」

「あなたは確か……氷神さん」

 魔獣園で聞き取り調査をした県警の刑事だ。

「その似合わない髪型をしている理由と別の学校の制服を着てる理由はお友達から聞いた。潜入調査ですって? そんなことに手を貸すなんて、とんだ校長先生もいたものね」

 氷神は腰に片手を当て、軽く首を横に振った。

「さて、無駄話してる時間もないし、本当のことを喋ってもらおうかしら」

「何のことですか」

 梓はカツラを外しながら答えた。

「とぼけても無駄。波賀クン、入って。波賀クン?」

 氷神はテレパスに切り替えて呼びかけた。やや遅れて、若い男の刑事・波賀が部屋に入ってきた。鳥かごを抱えている。

「参りましたよ。抗菌の魔法で覆ってあるって説明しても、中々入れてくれないんですよ」

 透明の幕がかけられた鳥かごの中には、ヤタガラスがいた。

「あ……。つかまってしまったんですね」

『疲れてたんだから仕方ないだろ!』

 看護師が部屋をのぞきこむ。大城戸の声が怪しまれた。

 氷神が天井のカメラを見た。このカメラは患者の容態をチェックするためのものだ。

「あまり聞かれたくないわね。場所を変えましょう。展望室へ行きます」

 看護師に行き先を告げ、巨大ゴーレムに変形した建物の中をエレベーターで移動した。展望室は肩の部分にある。

 展望室に着くと、三人は窓に近寄った。

 空は晴天。日差しが眩しい。

「時間は……」

 梓は服のポケットを探ったが、スマートフォンは見当たらない。左手の炎瑪瑙ファイアー・アゲートの指輪もない。

「かさばる荷物はナースステーションにあるの。スマートフォンはぺしゃんこに壊れてるけどね」

 壁時計の針は午前十時を指していた。

「県警に通報があったのは昨日。あなたは麻酔が効いて丸一日寝ていた」

「最初聞いたときは何の冗談かと思いましたよ。『校舎が盗まれて飛んでいった』だなんて。でも冗談みたいなシロモノ、世の中にはいっぱいあるんですよねえ。魔法技術が開発されてからは特に」

 そう言って波賀は手元のヤタガラスを眺め、次に病院ゴーレムの内部を見回した。

「校舎が飛んでいった」

 梓は空を見上げた。空を飛ぶゴーレムはおろか、雲一つない。

 視線を転じて地上を見下ろす。

 この病院ゴーレムは香甲第二高校のグラウンドに立っていた。高校の敷地全体を覆うドームは解除されているが、グラウンドの空間拡張魔法は解除されていない。広大なグラウンドには大量の机と椅子がうず高く積もり、警察官と高校の職員らしき人物が何人か集まって片づけに忙殺されていた。

「水渡君たちはどうなったんですか」

「水渡というと、一緒に潜入した、同じ学校の?」

「そうです。彼らもこの病院に?」

「そうよ。収容されて寝ているわ。大ケガしたまま凍りついてね……」

 刑事二人がカラスを見た。梓もそれにつられてカラスを見た。

『レッド君、けが人の中に友達がいたのかね』

「友達というほど親しくないですけど、助けてもらったんです」

『むむむ、そうか』

「博士がコールドスリープ状態にしたんですね』

『うむ。なにぶん重傷者が多すぎてな。栗子くんひとりではとても手が回らんよ』

「解除はできないわ。水渡君たち三人は全身骨折と内臓の破裂。医師も足りないし、魔法で治療するにしても、この病院は魔法ホルモンの在庫が少ないのね」

「そうですか……」

 梓の声が沈む。

「魔法医はあなたのも借りて使うつもりだったけど、ホルモンの型が合わなくてやめたの。ドライブ適性型は医療向きじゃないそうよ。はい」

 氷神は梓の左手を取り、その手の平にカプセル錠をいくつか置いた。

「それはあなたの。毒を抜く際に血液から採ったものよ。治療中に魔法が暴発するのを防ぐためね」

 梓は一粒を口に入れて噛み潰し、中のホルモンを飲み込んだ。

「これもね」

 今度は炎瑪瑙の指輪を取り出した。

 梓は受け取ってすぐに魔力変換を試した。

 拒絶反応はおろか、わずかな違和感すらもない。飲んだカプセルは自分のホルモン型のもので間違いない。

「あなたはゴーレムのパイロットだったわね。あの校舎のことは知ってたの?」

「いいえ」

「なぜそのカラスがあなたたちとあの学校にいたの?」

 梓はカラスを見た。喋っていいか判断を仰ぐ。

『やむをえんな。話したまえ』

「わかりました。大城戸さんが部室に魔法具を置いていて、息吹さんがそれを取りに行くのについていきました。警察には言わないように頼まれました」

「その道具というのは、大城戸さんと息吹……紗都希さんが魔法研究所から盗んだものね」

『盗んだとは失礼な。大学との共同開発とは名ばかりで、ほとんど我々が作ったのだ! 両親媒性魔法分子に関する私の研究成果を使ってだな、紗都希くんも手伝ってだな』

 波賀が手帳をめくって言う。

「捜査二課の職員が研究所員にたずねたところ、大城戸さんたちに所有権はなかったそうです」

「波賀クン、何の道具か聞いた?」

「答えてくれなかったそうですよ。重要機密だからって」

「あれが重要機密……?」

 梓が小さく呟く。呟きは氷神たちには聞こえなかった。

「二課の眼鏡野郎に聞いても、『ソウイチさんたちに出しゃばってもらっちゃ、困るんですよねえ』と」

 波賀はわざわざ眼鏡をクイッとあげる仕草をしてモノマネした。

「そう……まあいいわ。あとで返してもらうからその話はひとまず置いておくとして……」

 氷神と波賀は県警の捜査一課に所属する。横領は捜査二課、窃盗は捜査三課の担当だ。

「大城戸さん、瀧殿の居場所について何か知っていることはない? あなたと紗都希さんは以前に瀧殿と接触したことがある。メールを調べてわかったわ」

 補足の説明をするため、波賀がさらに手帳のページを繰る。

「まだ一日しかたっていないこともありますが、県内の警察署や交番からの目撃報告はありません。おそらく全国に指名手配することになります。強盗殺人、殺人未遂、傷害、建造物侵入、窃盗、器物損壊、威力業務妨害の容疑に加え、魔法具の無許可製造、危険魔法物生成及び使用の容疑ですね。建造物侵入と窃盗はこの病院と魔獣園から魔法ホルモンを盗んだときのもの――病院の件では急患の名簿に瀧殿の名前があったそうです――、器物損壊と威力業務妨害は魔獣園の事件に関して、危険魔法物生成と使用はガーゴイルに関してです。無許可製造した魔法具は登録が必須の魔力変換補助装置と測定装置。偽造グループに加担して荒稼ぎしていました。殺人や傷害は被害者が多いので……」

 彼はそこで説明を終わらせた。

「盗んだ物が大きいから必ず見つかるとは思うけれど、できるだけ早く逮捕したいのよ」

『君たち警察に逮捕できるとは思えんな』

「言ってくれるわね。理由は?」

『警察の装備ではあのゴーレムは倒せんよ。一機だけなら軍隊でどうにかなるだろう』

「そんなに強いんですかね。訓練すれば女の子も動かせるものですよ」

 波賀が疑問を口にした。

『あれは戦闘用のゴーレムなのだ。強さの比率・・を車で例えれば、そこのレッド梓くんが動かせるのはダンプカーやパワーショベルで、やつが盗んだのが戦車。飛行機ならジャンボ旅客機とジェット戦闘機ぐらいの差……とまあかなりアバウトではあるが、そんなところだな』

「校舎のゴーレムが魔法兵器……?」

「そんなものが学校にあるなんて、信じられないわ」

「ですよね」

 三人とも鵜呑みにしなかった。

 梓は半信半疑。

 刑事たちは鳥かごの格子を取調室か留置所の格子のようにみなして、実に刑事らしい疑惑の視線をカラスに送った。

『ええい、軍事機密は世間に公表しないものだろうが! それとも、あの学校の教育制度の戦闘狂ぶりが許されてることに説明がつくというのかね!? あれはゴーレムを戦闘仕様にするための工作なのだ。陰謀だ!』

「あなたも香甲第二高校出身でしょう? 母校なのにずいぶんな言いぐさね。あの地域は規制特区よ」

「オカシイぐらいにスポーツに力入れてる学校、たまにありますよね」

『むむむむむむむっ、クソがッ! 警察などやっぱりアテにならんな』

 展望室の入り口近くで看護師が眉をひそめた。鳥の糞は病原菌を媒介する。

「可能性がないとも言い切れない……。普通のゴーレムを盗むためだけにあれだけの犯行を重ねるのはおかしいです」

 梓が刑事たちに言った。

「いずれにしても、盗んだ動機は何でしょうかね。身元はもうバレバレですし……。ヤケになってテロでもされたら嫌ですねえ。自動車が歩道を暴走するよりひどいことになりますよ」

 ゴーレムの重量は自家用車やトラックなどの比ではない。

「高飛びするためじゃないかしら」

「そうか、外国へ逃亡ですか。何しろ飛べますもんね」

『おお、なかなかの塩梅になってきたじゃないか。イイ線いっとるぞ、ヒガミくん』

氷神ひかみよ」

『ただ本末転倒なところが実におしい! 奴の目指す場所は海外のある紛争地域。紛争の元は魔力変換装置用の宝石を産出する鉱山でな、奴は奪ったゴーレムで他の勢力を蹴散らし、その鉱山を支配するつもりなのだ』

「そんなことできるのかしら」

『燃料切れさえ起こさなければ、あのゴーレムにはそれだけの力がある!』

「でも外国の飛行物体が勝手に領空に入ってきたら、どこの国も撃ち落としにいくわね。紛争以前の問題よ」

「外国のスパイとかなら安全に……あ、公安は何も言ってきてないですね」

「地対空ミサイルや戦闘機が配備されていないルートで人気ひとけのないところへ着陸すれば……」

『おお、ますますいい塩梅だ。やればできるじゃないか、女将おかみくん」

「氷神よ、ヒ・カ・ミ。その言い方だと思い当る場所があるのね、鳥頭さん」

『私を鶏に例えるな! ルートと着陸の順番も逆だぞ。着陸してから魔力節約のためにミサイルの無いルートを通るのだ!』

 三人はカラスの言うことがすぐに飲み込めず、少し間が空いた。

「つまり、地上を進むと」

 梓が確認する。

『いんや、違うよ』

「どこかの海岸から潜水ですか?」

『んんん、残念。それも不正解。フッ……梓くん、奴が着陸する中継地点は、たぶん君も聞いたことのある場所さ』

「私が知っている場所?」

『私と紗都希くんは奴との取引材料にするためにそこの情報を与えた。こうして最後に罠を仕掛けるためでもある。さあ、ブツを取り返しに行こうじゃあないか。奴が持っている超高性能ヒーリング装置・ウロボロス。それがあれば魔獣園の犠牲者も高校の犠牲者も救えるぞ!』

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