方舟に乗って
非常ベルが途切れ、立体映像の巨大黒板に次々と新たな文字が現れる。
スピーカーから女の声が流れ、その字を読み上げていく。
『ブレイン・システム、正常起動』
『魔法回路接続』
『空間歪曲魔法、強制解除』
「こ、これ」
「ゴー……レムだ」
角野と水渡が倒れたまま言いあう。そばに介見も倒れている。
「どうしてここ……に」
「知る、かよ。つッ」
校舎をゴーレムに変える魔法は、国家プロジェクトとして知られる。私立高校に適用されたケースは三人とも聞いたことがない。
『クリエイト・システム、正常起動』
『熱制御開始』
『磁力場制御開始』
『空気圧制御開始』
『緩衝用異空間生成』
『アルケミー・システム、正常起動』
『空気濃度制御開始』
『ドライブ・システム、正常起動』
『重力場制御開始』
『平衡制御開始』
彼らから離れた場所で、瀧殿が卵形の赤いシールドに包まれた。
『メインモニタ生成』
『サブモニタ生成』
『機体生成開始』
校舎が激しく揺れる。
天井が急速に落ちてくる。教室の壁は異空間に椅子と机を吸い込みつつ、梓や水渡たちに迫ってきた。
「まずい……」
梓は壁に目をやった。
吸い込まれても別の出口から外へ出られることは予想がつくが、吸い込み方は極めて乱暴。異空間の中と出口で大量の机に押しつぶされてしまう。階段席にある机の数は、数万に及ぶ。
ブラックキューブも激しくぶつかりながら、いくつも吸い込まれる。ただしキューブの上に乗っていた透明球は壁とは逆方向に引き寄せられる。室内中央に円形の魔法陣が描かれ、すべての球はその中心に吸い込まれて消えた。
梓はふらつきながらも箒を持って立ち上がり、同校生三人に近づく。
「窓から……」
梓のマントは傷みがひどく、防御機能の低下が著しい。マントで防ぎきることは難しい。
水渡は首を小さく横に振った。彼には梓の声が聞こえていなかったが、表情と目線から内容を察した。仲間二人と目で合図をかわした。
空間の縮小が進む。
梓は水渡の左腕をつかんで引っ張ろうとしたが、逆に彼から腕をつかまれた。彼は遠隔操作魔法を放ち、切られた自身の右腕を拾って右脇に抱える。
その間に角野は呻きながらやっとのことで立ち上がり、パイルバンカーの杭を遠くのキューブのヒビに打ち込んだ。介見が杭につけた魔法のロープを使い、キューブを全力で引き寄せる。キューブの側面には人ひとりがどうにか通れるだけの裂け目がある。
角野が言う。
「この中なら潰されない」
このキューブの歪みは他よりも小さい。机や他のキューブの重量に耐えられそうだった。
「君たちも」
「僕は無理だよ」
角野は快活に笑った。
「間に合わない」
介見はぼそっと、しかし真剣に言った。
水渡は相当に弱体化したプロテクターの魔法を解除し、残りの魔力をドライブの魔法に充てて、梓と箒をキューブの中に押し込んだ。
「一文字! 山崎に伝えろ! す……ゴホッ」
「す……?」
「すぐに治しにこい、だ! 三人分な!」
梓がキューブの中から叫んだが、水渡はクリエイトの魔法で補強用の蓋をして、その言葉を聞かなかった。
その直後、彼は光る壁に吸い寄せられた。別の二つのキューブ、五つの机と一緒に消えた。
残る少年二人にも壁が迫る。
「女の子を助けて倒れるのは……」
角野はそこまで言って倒れた。
「男のロマン」
介見が言葉を引き継ぐ。そして彼も倒れた。
壁がさらに迫り、二人も異空間に飲み込まれた。梓の入ったキューブもまた吸い込まれた。その後から何個かのキューブと数え切れないほどの机と椅子を吸い込んで、空間の縮小は止んだ。香甲第二高校二号棟、二年A組の教室は、ゴーレムの体の一部になった。
校舎と外界をつなぐ暗い異空間の中でもアナウンスは続く。漂うキューブの中から少年三人の姿を探しつつ、梓はその声を聞き続けた。アナウンスは異空間内の乱雑ぶりとはきわめて対照的な、秩序ある冷静な調子だった。
『余剰座席および余剰人員排出、完了』
『機体パーツ生成完了』
『機体結合準備……準備完了』
『統合用イヴィルガム、複合開始……構築完了』
出口の光が見えた。
それと同時に、声は聞こえなくなった。




