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楽な仕事などない

 梓の乗る箒は、無人の構内を飛んだ。

 無人だった。

 道路にも、芝生にも、遠くのグラウンドにも人影はない。話し声もなければ、掛け声もない。悲鳴すらしなかった。香甲第二高校は不気味な静けさに包まれていた。

 校門の近くには、動かない三つのブラックキューブがそのまま残っていた。それを越えて、校舎の入り口前で箒を降り、校舎の中へ。

 下駄箱が並ぶ。

 梓は一番近い下駄箱を猛スピードでどんどん開けていく。

 上履きより外履きの靴が多い。校舎の中に結構な人数の生徒がいることを意味する。

「これならどこかに……」

 そこで言葉を失った。

 下駄箱の列の間に、異質な箱がある。幅は下駄箱間の道をぴったり塞ぐサイズ。そして高さと材質はブラックキューブと同じだった。

「まさか」

 おそるおそる中をのぞき込む。左手からの魔法で作ったライトが、箱の中にいる人間を照らした。

 男子生徒が立ち姿勢で浮いていた。顔は天を仰ぐように上を向き、口の端からはよだれが垂れる。両手首と両足首には、テニス部の少女と同様の傷も見受けられた。

「変形して、中にまで?」

 梓は数秒考えた。

「一人じゃ無理だ」

 まずは助けを、と進もうとしたとき、ある疑問が浮かんだ。

 スマートフォンで見取り図を呼び出し、黒い四角のマークを数えていく。一、二、三、四、五、六、――今までに見た数を超えた――、八、九、十、十一、十二……。まだ数え終わらない。十三、十四、十五、十六……。二十まで数えてやめた。

「どうすれば……ひとまず保健室の位置だけでも」

 ふたたび見取り図に目を落とす。

 一つの発見があった。

 校舎の一角、配電盤の近くに『管理室』の表記がある。文字通り、この学校の設備を管理する場所。ここへ行けばブラックキューブを機能停止させることができるかもしれない。

「操作できるのはたぶん職員……そうか、キューブは校則違反の取り締まり用みたいだから、職員の人は捕まっていない……はず」

 不安は残る。おそらくブラックキューブは重度の故障か魔法式のエラー。職員がそのまま放置しておくとは考えにくい。

 キューブを直すことができなければ校門を開ける必要がある。鍵による解錠はキューブの場合と違って職員がいなくても専門知識がなくても可能だ。重傷者を駅前の病院に運ぶことができるし、救急隊も呼べるかもしれない。校門の鍵があるのは管理室か職員室。

 まず管理室を目指して廊下を低速で飛ぶ。

 この廊下の空間も校庭と同じく魔法で拡張されており、長さが端から端まで数百メートルはある。天井の照明の間隔が大きく、各部屋のドアの間隔もまた大きい。梓はドアや階段、分かれ道などから出てきた者との激突をさけるべく注意していたが、それは杞憂に終わり、管理室の前で箒を降りた。

 心配は別のことで生じた。

 管理室のドアが歪んでいた。金属製のドアは中央部を頂点にして、室内から廊下側に向かって山のように盛り上がっている。ドア前の床には赤く小さな斑点。血の滴った跡だ。

 ドアをゆっくり押し開けた。

 職員室ほどの広さの部屋だった。ただし天井が高く、二階分の高さがある。正面と左右の壁一面には数十個のモニタが備え付けられている。

 梓は室内に入るなり、モニタの状態に目を奪われた。

 正面の壁のものの多くが破損している。それだけならば、さほど気にするほどのことでもない。しかし、割れた部位が大の字を描き、生命力を失った人体がそこに深々とめりこんでいるとあっては、到底無視するわけにはいかない。

「死んでる……」

 一度振り返って背後を確認した後、ゆっくりと近づく。

 死体は春物のビジネススーツに身を包んだ二十代くらいの歳の男。

 見開いた両目と歯噛みしたまま固まった口。顔は憤怒の形相と呼ぶにふさわしい。

 死因は医学の知識がなくとも一目瞭然。

 胸の中央から少しだけ左手側の位置に穴が空いている。そこから彼の背後のモニタが見えそうなほどに大きな穴だ。

「いったい何が……? いや、それは後だ」

 梓は優先すべきことを思い出した。治療しなければならない重傷者がいる。謎の死体にかまっている余裕はない。ブラックキューブのコントローラーを探すことにした。

 すぐ目についたのは死体の真下にあるワークステーション。筐体に描かれた魔法陣が魔法式の演算補助用であることを示しているとみて間違いない。

「これが入力用」

 入力装置もすぐに判明した。

 血のこびりついたキーボード。そのキーボードのすぐ真後ろにあるモニタにはブラックキューブのアイコンが並び、そのうち三つの現在位置が校門エリアであり、ステータスが『コマンド待機中』とある。他のキューブのステータスはほとんどが『Auto』。また、キューブは全てカスタムモードに設定されていた。

「停止か待機か解除にすれば」

 しかしワークステーションは梓の操作を受けつけなかった。

 認証画面が出た。

 パスワード、声紋照合、指紋照合、魔力変換装置のいずれかが必要と表示された。

 パスワードは知っているはずもない。声紋も当然合わない。

「指紋……」

 梓は頭上の死体を見た。

 右手がなかった。右前腕部の途中から先がない。また、左手は何らかの強い力で押しつぶされている。

「変換補助装置は」

 つぶれた左手に指輪は嵌っていない。腕輪や腕章もしていない。耳にピアスもない。

 室内に落ちているかもしれないと思い、すばやく探したが、装身具はどこにもない。杖や箒も見当たらない。死体の右手も見つからなかった。

「キューブが無理なら校門の鍵……だめだ」

 右側の壁にある複数のモニタが職員室を映していた。

 そのうちの一つを見ると、一人の女性が仰向けに倒れている。図書室にいた司書だ。彼女は左手の指がすべて根元から切断されていた。四本の指が床にあるスマートフォンの周囲に無残に散らばる。小指だけが画面に映っていない。

 彼女を除けば職員室は無人。さらに別のモニタを見れば、校門の鍵も収めていたであろう壁掛けのキーボックスが開けられ、中が空になっていることもわかる。

「どこかに安全な出口は」

 構内各所を映すモニタを順に眺める。通用口や生け垣は一見すると楽に乗り越えられそうだが、校門の例を考えれば危険だった。きっと何かが仕掛けられているだろう。安全な出口がどこにもないのであれば、響に塀かドームを破らせて作るしかない。梓は構内の略図を表示した画面を見つめてしばらく動かなかった。

 一分見つめて、手を動かした。指で図上のあるマークを示し、そのマーク下部の英文をなぞり、それが済むと機器にも画面にも死体にも背を向けて歩き出した。

 マークの形状は一本の杖とそれを取り囲む円環。

 杖は『アスクレピオスの杖』と呼ばれる医療のシンボル。一匹の蛇が巻き付く。

 円環は、自らの尾を飲み込もうとする蛇。下に『Ouroboros, the amulet for resurrection』の文字が並ぶ。

 この円環のマークは図上に二つあり、場所は香甲第二高校二号棟の二階。一方は端の部屋。もう一方は中央付近の部屋。

 ともに模擬戦インターハイ・校内二次選抜会場と重なっていた。





 梓は箒に乗り、校舎内を高速で飛ぶ。

 香甲第二高校二号棟は生徒棟で、ほぼすべての部屋が教室となっている。

 その教室の多くが二次選抜会場に割り振られていた。

 模擬戦に力を入れる同校では、出場候補者は基本的に生徒全員。一学年の生徒数が約二百人なので、出場者は約六百人の中から選ばれることになる。他の魔法スポーツ出場が決まった者や実技成績下位の生徒を一次で除いても、二次選抜対象は百人を軽く超える。会場の数も多くならざるを得ない。

 空間魔法で廊下は異常に拡張され、職員室や管理室がある棟のものより広い。幅は百メートル以上。長さは一キロメートルを超える。天井の高さは通常のビル数階分ほどもある。階段の空間も拡張されており、一階部分の手すりに寄って真上を見れば、無限にあるのではと思えるぐらいに階段が続く。歩いて屋上まで行くのは登山と同等だ。

 短いフライトで二号棟二階部分に達し、そこの廊下をいくらか進んだところで床に降りた。大型のタッチパネル式モニタが数台置いてある。

 表示されていたのはクラスごとの時間割だった。

 二年A組の四限は魔法式演算処理ⅡB、授業の場所は音楽準備室。二年B組の四限は美術、場所は体育館倉庫。二年C組の四限は魔法史、場所はプール……。授業の実施場所は支離滅裂だが、日付と曜日の表示に誤りはない。祝日である今日のものだ。

「いったい何のために……」

 梓はひとり呟いた。

 誰が、とは口にしなかった。管理室と職員室の状況が魔獣園の管理事務所の事件と似ている。

 同じ手口。この学校のことにある程度詳しい人間。

 パネルに触れ、画面を切り替える。

 案内表示用なのでロックはかかっていない。すぐに教室の配置が図示された。

 梓の目的は高性能ヒーリング装置・『Ouroborosウロボロス』。ここの校内模擬戦において、救護班の上位互換として使用されているであろう魔法具だ。心臓救命装置・AED(自動体外式除細動器)の使用に許可がいらないことを考えれば、このヒーリング装置にはロックがかかっていないと期待できる。現在位置から最も近い二年A組の教室に、管理室のモニタで見たものと同じマークが二つある。

「二つ……」

 一方の位置が変わっていた。管理室で見た際には、A組の教室には一つしかなかった。誰かが魔法具を使って治療してまわっているのか、あるいは――。

 手に汗がにじむ。

 箒を握り直した。飛行用の握りからアックス用の握りへ。

 呼吸を整える。廊下は息を吐く音までがこだましそうな静けさ。むやみやたらに広い空間内で、動くものは梓のみ。

 歩みを進めて、A組の教室前側の戸の前に立つ。

 戸に魔法はかかっていない。大きさも重さも通常のものと変わりない。それでも梓は非常にゆっくりと、慎重に開けていった。音をたてないように。中にいる者に自分の存在が察知されるのを遅らせるために――。

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