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軽ロックと重ロック

『木を切って以って棚となし、小片チップを煮て紙を作る。書は棚の中に在って埃をかぶり、棚は室の中に在って埃をかぶる。もと是れ同根に生まれるゆえに、相似ること甚だ尤もなり』

『あんた何言ってんの?』

『偵察の結果だよ』

 梓と栗子がテレパスで連絡を取り合う。梓がいるのは校舎三階の図書室の中、栗子は校舎の外だ。

 中に入ってわずかに七歩。それだけの間に、警備の手薄さは把握できた。

 利用者は一人もおらず、カウンターに学校司書が一人いるのみ。

 彼女はスマホの操作で忙しい。

「やったー! ギブチュー、ゲットだぜー! かしこさボーナス♪ かしこさボーナス♪」

 図書の整理や掃除などにかまけていられないようだった。

 梓は普通の利用者を装って文学書のコーナーに近づく。

「書架分類、932」

 分類記号と教えられた書名を頼りに、二冊の戯曲集を選び出した。

 大城戸ガラスによれば、魔法具のロック解除パスワードは紗都希のお気に入りの台詞だという。大城戸は紗都希からヒントだけを聞いていて、具体的なフレーズは知らない。いま梓が手にした本の中にそれが書かれているので、そこから探す必要がある。

 閲覧席に向かった。

 椅子には座らず、すぐ近くにある窓を大きく開けると、叩きつけるような豪雨の音が小さく・・・室内に飛び込んだ。地上八十メートルほどの高さにある透明なドームのおかげで、雨水が入ることはない。司書はちらりと梓を見て、またスマホの操作に戻った。

 梓が窓を閉める。ただし、本一冊が通るだけの隙間を残した。

「クリエイト、単独式」

 魔法で紐を作り、二つの戯曲集のうち一冊を縛る。これでページは開かない。

 ふたたび司書の様子を窺う。

「あっ、コウチューきた! たえてカンチュー! たえてー!」

「よし、いける」

 ためらいなく、縛った書物を窓から外に放り投げた。窓の下方で、ぼふっ、と音がした。

 すばやく窓を閉めきり、席に着いた。

 残り一冊を読んで時間をつぶすこと約十分。席を立ち、一冊を元の位置に戻し、余剰スペースを埋めるように少しずつ同じ列の本をずらした。

 それから約一分後。梓は素知らぬ顔をして図書室から立ち去った。



「無事に借りられました」

 開口一番、梓は大城戸ガラスに戦果を報告した。

 場所は校舎裏。響とカラスはここで梓と栗子の戻りを待っていたのだった。

「借りる、ねえ」

 栗子が呆れて言った。図書室の窓の下にいて、投げられた本をキャッチするのが彼女の役目。キャッチには魔法のマントを広げて使った。避難訓練の際に人間を受け止めたこともある。

「もう犯罪じゃね?」

「あとで返せば大丈夫じゃないかな」

『在校生がおらんのだから仕方なかろ』

「よくわかんないけど、部室んときもすごい音してたしさー。あれは?」

「ガラス戸を斧で破っただけだよ。はい、これ」

 梓は入手した本を響に手渡した。

「破っただけ……斧で破っただけ……」

 ひきつった笑いを浮かべる栗子の横で、響がページをめくってゆく。本に目印になるような折り目や書き込みはない。汚れもほとんどなく、『天』と呼ばれる部分に埃がついていることぐらいだ。

「棚にあったときの埃の量から見て、お姉さんが返した後は誰も借りていないと思うよ」

 響は梓に返事をせず、最後までめくってから本を閉じた。そして大事そうに抱え込み、目を閉じた。上級生二人と師の一羽は黙ってその様子を見守った。

 少し経って、響が目を開けた。本をじっとみつめる。

 梓がカラスに話しかける。

「この本に残留思念探知サイコメトリーを使うんですよね」

『そのとおり!』

 少女三人の視線がカラスに集まる。響の視線が特に熱い。

『……んんん? 何かね。そんなに見られると照れるじゃあないか』

「おねがい、します」

『何をかね』

「何をって、あんたがやるんでしょ。サイコメトリー」

『君たちはできんのかね』

「できません」

 梓が代表して答えた。

『んんんん、いかんな』

「博士もできないんですか」

『前に、いまの私はスペシャルな魔法【仮想召喚】で作られた仮想人格だと説明しただろう? この仮想召喚もまた、記憶を再現する系統の魔法なのだ。いわば、私自身が人格を持った残留思念のようなもの。重複してつかうことは難しい。サイコメトリーの結果に私の記憶が混ざるし、魔法が不安定になって人格が保てなくなることにもなりかねん』

「そうなんですか。息吹さん、十六夜先生に頼むしかなさそうだね。帰ろう」

「はい」

「ちょっと、それどうすんのよ」

 すぐそばに置いてある、ワイヤートルソーに掛けられたコートのことだ。トルソーから外すと誤作動の恐れがあり、そのまま持ち運ぶのは目立つ。

「カバーをかけて箒に縛ろう。雨水を防げるものを作って」

 響がクリエイトで青いビニールシートとロープを作る。梓ができたシートでトルソーごとコートを覆い、箒の柄に縛りつけ、箒をドライブの魔法で地面と平行に浮かせた。荷造りが完了した。

 正門に向かって出発する。

 カラスは『らくちんらくちん』と箒に乗って休む。梓自身は箒に乗らず、柄に片手を当てた状態でその横を歩く。その後ろを栗子と響が並んで校舎裏を歩く。

 一分歩き、さらに校舎裏を歩く。

 二分歩き、さらに校舎裏を歩く。

 角にたどり着かない。

「おかしいな」

「道、間違えたんじゃない?」

「校舎、きたときより長いです」

 梓はスマートフォンを取り出し、方角を確認することにした。しかし3Dコンパスアプリを起動させてみても、その表示が安定しない。磁針は激しく揺れたかと思うとめまぐるしく回転し、とまったかと思えば今度は北磁極にいるかのように鉛直方向を指す。

「だめだ」

『道はあっとるぞ。空間歪曲魔法が強化されとるな』

 三分歩き、四分歩き、五分歩いて、ようやく角を曲がった。そこから校門までの道も、同じく五分かかった。

「どんだけ長いのよ」

「でも、もう出れますね。わっ」

 響が梓の背中に追突しそうになった。

「門が閉ざされてる」

 金属製の門扉はかんぬきと錠で封鎖されていた。鍵がなければ開けることができない。

「門が」

 響は校門を見た。

 門扉も門柱も高さは普通のもの。飛行、跳躍、階段生成、いずれの魔法でも容易に対応できそうに見える。

「うえから、いけませんか」

「ごつんといくでしょ」

 遅刻する生徒を阻む壁。その見えない壁は通常、魔法学校の塀と校門の上に時間指定付きで設置されることが多い。

「ゴツンじゃなさそうだよ」

 梓が門扉に近づいてかがみこむ。少し観察して立ち上がり、近くの坪庭の方へ行って小石を拾い、校門の方を向いた。セットポジションに構え、右アンダースローのモーションに入る。

 びゅん、と小石を思い切りよく投げた。

 ジュッと音がした次の瞬間には、小石は砂となり、校門の上空からパラパラと落ちていった。

『見えたかね』

「みえました……」

「あたしもあたしも。赤いレーザーみたいなの。細いのがぱっと柱から出て」

『対空迎撃モードさ。レンガでやっても粉微塵だぞ。私は試したことがあるのだが、一度に捕捉できるターゲットの数は最大で十二万千二百。マッハ二・五の物体も吹っ飛ばされた』

「とおれません」

「通ったら死ぬって……。図書室と違いすぎ……」

「別の出口を探そう」

 梓が戻ってきて、二人に提案した。

「また歩くの?」

「はやく、帰りたいです」

 構内の移動には相当な時間がかかる。

 響は目に力を込めて言う。

「塀をヴっとヴぁせヴぁ」

「さすがにそこまでするのはどうかと。でも、どうして閉めているんだろう」

 そのとき、校内放送のチャイムが鳴った。

 校門に関して何か校内連絡があるのかもしれないと梓たち全員が思い、静かに続きを待つ。

 しかし、放送はチャイムだけで終わった。

「お昼休み、でしょうか」

「祝日なのに?」

 梓は響に問い返しつつ、スマートフォンを取り出した。帰りの電車の時刻表と混雑予測を調べるためだ。

部活ヴかつは、あります。テニスやサッカーの人がいました」

「そうか、なるほどね。今は十一時三十四分だから……あれ?」

「昼休みじゃないじゃん」

 ふたたびチャイムが鳴った。メロディは少し異なる。続いてアナウンスもあった。

『授業開始時刻がすぎました。生徒は速やかにそれぞれ指定の場所に集合してください。繰り返します。授業開始時刻がすぎました……』

「授業?」

 おかしいのは祝日ということだけではない。一回目のチャイムが鳴ったのは一、二分前。すなわち午前十一時三十二分か、三十三分。中途半端な時刻だ。

『最終警告です。授業開始時刻がすぎました。指定の場所にいない場合、校則に従い処罰します』

「変なの……」

「故障かな」

 三人はいぶかしんでスピーカーを見上げる。

『むむむむむむむっ』

 大城戸カラスが唸る。

 そのカラスの唸り声とは別に、ウィイイイイイン、と唸りときしみが混ざったような音がした。

 あたりが急に暗くなった。

 太陽はすでに雲と豪雨に覆い隠されている。別のもので照明からの光が遮られたのだった。

 ピピピ、ピピピ、ピピピピピピ……。

 単調な電子音が三重奏で鳴り、その音で三人が振り向く。

「あっ」

 驚いた響の身長の二倍はある半透明の黒い壁。厚さは響の位置からではわからず、幅は高さと同じく三メートル。

 それが押し迫る。

「うっ」

「な、なに?」

 とっさに逃げようとした三人だったが、反対側の斜め二方向からも同様の壁が迫ってきた。

 三人は三方向から取り囲まれ、追い詰められた。

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