ナイト・スクール・ブラッドファントム
「くく、くヴぃっ。くヴぃがっ」
響はガタガタ震えだし、ふっと力が抜けて、梓のほうに倒れこんだ。梓はそれを受け止めた。
「CG……だよな」
「そうだよきっと」
水渡と角野はそう自分たちに言い聞かせた。介見も無言で二度うなずいた。
しかし、恐怖や疑念を振り払えたわけではない。映像中の生首は男子三人の意に反し、きわめて現実的な存在感を放ってやまない。隙間風が生首の頭髪を揺らそうとしたが、血に浸る毛の先端部がそれに制限をかける。髪の散らばる部分と散らない部分、それらは風の動きにあわせ、きわめて微細な部分に至るまで、実に多彩な変化をし続ける。CGにしては手の込みすぎた動きであり、また、皮膚の質感にも自然な汚さがあった。
「本物だぞ」
校長姫宮は、彼らの心理的な努力をあっさりと台無しにした。
「リアルの生首、ガチの生首だ。なに、それを撮った場所ではな、夜な夜な腐ったゾンビがふて腐れて徘徊しているだの、吸血鬼が『トマトジュースMZYYYYYY!』しているだの、面白いうわさがあったんだ。そこで私がスタッフを連れて――」
『ちがうよ! あのときは僕が部長だったじゃないか!』
「潜入調査をしたというわけだ」
『スルーなの!? いやスルーされる空気なんだけどさ、でも言いたいんだよ。今が今だけに!』
「ちょっと! おかしいでしょ! 何なのあれ!?」
栗子が立ち上がって姫宮に叫んだ。梓は彼女に響を任せようとしたものの、十六夜同様にスルーされた。
「生首だといったばかりではないか。早戻しして見るか」
映像が一時停止になった。
「そういうことじゃなくて! 何で死人が出てんのよ! あれじゃ殺人でしょ!」
「初見ならば、そう思うのも無理はないがな。まあ黙って続きを見ろ。長くはかからん」
「んなこと」
「見ろ」
「う……」
栗子はなおも言い返そうとしたが、姫宮の落ち着き払った態度と眼光に気圧された。
「医療魔法科の者は知っておくべきことだ」
「検死なんてやりたくないっての……」
しぶしぶの表情で座り直した。
映像が再び再生される。
生首に火がついた。バラバラになった他の部分にもまた、火がついた。
「あっ」
「さっきのファイアーボールか」
角野と水渡が声を上げた。
「でも防がれて」
「全部消えたはずだよな」
風の魔法を使った少女はすでに去っており、しかも火球の魔法を使ったのは当の死人となった少年の方だ。術者自らの遺体を焼く魔法というのは理解しがたい。
炎がたゆたう。
炎はそれから遺体を包むように広がった。オレンジ色のベールは青、白、緑、黄と様々な色の火の粉を無数に散らして、画面全体を覆った。その彩りは奇妙な美しさを伴い、観衆に惨殺の場面をいっとき忘れさせるほどだった。
ふと、画面の中央に何かが浮かんだ。
円形の物体だ。
それは首飾りほどの大きさで、デザインには炎の美しさとは対となるような禍々しさがあった。
「蛇……?」
「だけど……」
その蛇は、自らの尾を飲み込む形で円環となっている。
蛇は動き出した。
自らの尾をそのまま飲もうとするように。しかしその尾は当然、頭部の動きに合わせて回転し、飲まれることはない。
不毛な回転。不毛に違いない回転。速度を上げ、上げ続け、形が蛇だと認識できないくらいになっても、不毛なものに間違いなかった。そして激しい光を発して動きは突然に終息し、蛇は消えた。炎も火の粉も一緒に消えた。
「何だったのよ……。わけわかんない」
「お、おい、あいつ」
「体が元に」
「えっ?」
栗子も少年の遺体を見た。
バラバラになってはいなかった。つながっている。首には縫い目も傷跡もない。
「服まで元に戻ってる」
梓はそう言い、姫宮を見た。
「早戻しはしておらんぞ」
少年がゆっくりと立ち上がった。目はうつろで顔面蒼白だが、死者のものではない。
「生き返った……」
「まさか」
「そのまさか……?」
「絶対的な情報把握能力と高出力ヒーリング・高精度アルケミーに基づく完全再生。魔法開発特区で生み出された中でも上位十指に入る魔法だ。これがゾンビの噂の元だったというわけだ」
おぼつかない足取りで少年が歩く。彼のうしろ姿が通路の奥に消えたところで、映像は終了した。
「短時間で再生するには事前に対象や範囲を決めておく必要はあるがな。ドライブ、複合式」
姫宮は魔法で窓から暗幕を外し、体育館の照明をつけた。
館内に明るさが戻る。
「さて、もうわかったであろう。今のは私的なケンカのようだったが、強豪校の中にはこの魔法具を使って模擬戦の練習をしているところがある。けが人なんざ当たり前、死人続出も上等の本気のぶつかり合い。極限をほんの二、三歩越えて戻る少しイカレた練習だ。勝ち進めばそういう相手と戦わねばならん」
話をしつつ、姫宮は台車を引き寄せた。
モニタと指輪状の装置が載せてある。
「となれば、こちらも相応の鍛え方をせねば面白くはなるまい。さあ、実力測定だ。ベリィハードモード、スーパーハードモード、ハイパーウルトラハードモード、アルティメットハードモード、オーバーアルティメットハードモード姫宮スペシャル改。練習メニューをどれにするか決める参考にするぞ」
「あ、一応測定はしてきました……」
水渡はか細い声で答えた。彼はポケットから一枚の紙を取り出し、それを姫宮に渡した。
「どこで測定した」
「街のジムです」
「ジムだと? トレーナーは確かな者か」
「装置だけです。事故で一人亡くなったとかで、人手が足りないって」
「いかんな。最近は正規品が品薄のうえに粗悪品や偽造品がやたらと出回っていたんだ。うちでも一つ掴まされてしまってな。偽造犯のアジトと工場は見つかったのだが。どれ……」
受け取った紙に目を落とした。
「ふうむ。私の見立てではどうやら過大評価っぽいな」
「過大……!?」
用紙に記された評価通りの能力でおいてさえ、試合に勝つのは容易でない。実際の能力がそれより低いとあれば、結果がどうなるかは明らか。
「まあ気にするな。戦う前に気づけてよかったではないか。どうやら、練習はハイパー以上になりそうだな。医療スタッフがもう一人ほしいところだが。お前たち、ピースは嵌めたか」
指輪状の測定器具のことをスキャナー・ピースと呼ぶ。血液をわずかに採取し、それに含まれる魔法ホルモンの成分や濃度を調べる装置だ。その分析結果に魔力変換補助装置の魔法使用履歴と試行履歴を組み合わせることで、現在時点での能力測定が可能となる。
男子三人は測定装置には近寄らず、呆然と立ちすくむ。残っていた意欲も測定器の件で消し飛んだ。出場すれば半殺しの目に遭う。相手によっては全殺し。
「……やめたくなったか。私は無理強いせんぞ。退くのも勇気がいることだ。遭難するぐらいならハナから登らない。道に迷ったらとにかく頂上を目指せ。それが天辺に立とうとする者たちの心構えだ。お前たちはまだふもとにいる」
男子たちが顔を見合わせる。撤退の気配が濃厚だ。その傍らでは栗子が気絶した響を介抱する。「あんなの信じらんない……病院でも見たことないのに……」とぶつぶつ言い続けていた。
そのような雰囲気の中、ひとり測定器に手を出す者がいた。
「【スキャナー・ピース】、始動」
全員の視線が梓に集まった。
ヴン、と小さく音がして、二本の細く青白い糸のような光が現れ、モニタ下部と梓の右手をつないだ。右手の小指にピースがある。
モニタのスピーカーから、その場の誰とも違う若い女の声が流れる。
『予備測定開始』
『体液組成チェック……異常なし』
『体水分量測定……異常なし』
『血液量測定……異常なし、予備測定完了』
『血液採取開始……完了』
『魔法分子化合物抽出……完了』
『魔法分子化合物分析……分析中』
分析の合間に梓は別のピースを台車の上から取って、響のところに持っていった。響の小指にも嵌めようとする。
栗子がすぐに見咎めて言う。
「何やってんの、あんた」
「私たちは出ようかと思っています」
梓は姫宮に向かって言った。
「そうか、私の参考資料がいい刺激になったということだな。フハハハハ。そうだろうそうだろう。物好き以外は誰も見ない普通の『学習参考資料』とは違うからな。スタッフにさんざん苦労させた甲斐があったぞ」
『今ごろ自覚したの!? 遅いよ!』
「だが、息吹はどうなのだ。その様子では」
『またスルー!?』
「こう見えても、息吹さんはもう引き返せないところまで来ているんですよ。私も彼女のガイドとして途中まで一緒です。ブレイン、【精神感応】」
魔法を使い、体育館放送室の方を見た。
『十六夜先生、聞きたいことが』
『あ、君はスルーしないんだ。よかった。聞きたいことって何?』
『さっき見せてもらった映像、少し古いですよね』
『うん。僕たちが……僕はまだ半分学生か。校長先生が学生のときに撮ったものだからね』
『最新の情報が欲しいんです』
『直近の大会のは市販されてるよ。普通に編集されてるけど』
『最近の練習を撮ったものは』
『ないよ。あるわけない。どこも手の内は見せたがらないよ』
『わかりました。それなら頼みがあります』
『また潜入取材してこいっていうの? 僕も忙しいんだけど』
『いえ、二番目の映像の場所のことを詳しく教えてもらえればいいです。どうやって撮影したのかも』
『そんなこと聞いてどうするのさ。……まさか?』
十六夜のみならず、栗子も男子三人も意表を突かれた顔をした。姫宮だけはニヤリと小さく笑った。
『そのまさか。今度は私たちが潜入調査します。あの場所……』
梓はいったん検査結果のプリントアウトを待ち、そして力強く続きを言った。
『香甲第二高校に――』




