魅惑のアイテム
ヤタガラスは机の上を歩き出した。首をひねり、うなり、しばしの思案にふける。そしておもむろに嘴を開いた。
『んんん、いくぶん込み入った話になるがね。そうだな……我々の行動全体を一言でいえば、陰謀を利用した陰謀を阻止しようとした、といったところだな。陰謀には三種類の魔法具の存在が絡んでいる。魔法兵器、超高性能ヒーリング装置、対魔法専用魔法具の三種だ』
「あ、なんかほんとにややこしそう」
『まあなんだな。君たちも関係オオアリなのだから、これぐらいは理解してもらわんとな』
梓はわずかに、栗子は大きく首をかしげた。
二人は怪しげな陰謀話に関わった覚えもなければ、過去に大城戸や紗都希に会ったこともない。
『多発している交通事故のことさ。コンビニの駐車場からトラックが突っ込んできたと、響くんから聞いている』
「それが、どうして陰謀と」
響も詳しいことは知らされていなかった。響は干渉防御や音声遮断の魔法が使えないので、寮で秘密の長話はできない。大城戸の仮想人格を宿らせたヤタガラスならばファイアウォールを使えたが、寮内で使えば彼の存在が発覚する恐れがある。外で会話することも、彼のいう『機関』に見つかる恐れがあるので避けていた。
『さて! ではとっておきのトップシークレットを言おうか。最近増えた交通事故はな、あれはじつは殺人だったんだよ!』
部屋がしーん、と静かになった。
ただし話を聞いた三人が驚いたわけではない。三人とも、何事も起きなかったような素の表情だ。
『おい、驚いてくれたまえよ……』
「予想してましたから」
「そんなこと言いそうな気がしてた」
「わたしも、なんとなく」
『ええい、だが次は驚くぞ。交通事故の死体からは魔法ホルモンがことごとく抜かれておったのだ! ホルモンの回収こそが事故に見せかけた殺人の目的だ!』
「えっ」
「へー」
「それも可能性の一つとして考えていました」
響だけが驚いた。
『まだ驚かんというのか……。だが響くんだけは素直だ! 君のそういうところが素晴らしい!』
褒められた響は少しはにかんだ。
「終わり?」
栗子が拍子抜けしたような声を出した。
『終わるわけないだろ! 魔法ホルモンだけでなく、細胞内の魔法器官も抽出されていたのだ!』
「そんなことが?」
梓だけが驚いた。響は姉の事件のことに気を取られて生物の授業の内容をあまり覚えておらず、何のことかよくわからなかった。
「あー、そういう実験やったわ。梓、葉緑体とか、ミトコンドリアとか、コラーゲンとかのはあんたもやったでしょ。それと似たようなもん。医療魔法科だと細胞や組織の復元までやらされるけど」
『ブレインで魔法の発動手順をあらかじめプログラムしておけば、分離・抽出・復元はスピーディーにできるのだよ。ゴーレムの起動や格納と同じだな。さあ、次こそは栗子くんも驚くぞ。陰謀を企んでる奴は、抽出したホルモンとα器官を魔法兵器のエネルギー源にするつもりなのさ!』
数秒、静かになった。
「波動砲でも撃つの?」
「衛星からレーザーだよ」
『こらこらこらこら。君たちの魔法観はどうなっているんだ。魔法兵器といっただろ』
「だって兵器なんて現実感ないしー」
『ううむ。君はどうもいかんな。響くん、君は信じるだろう?』
「カヴォチャの巨大戦車がまちを……」
響は驚愕の表情でそんなことを呟いた。
『うむ! その純真無垢な想像力、実に結構!』
栗子は師弟に呆れ、梓は話の続きを、と促した。
『まあ響くんの想像ほどメルヘンチックではないが、恐るべき代物には違いない。その試作機が秘密裏にいくつか開発されていたのだ。動機は何であれ、軍事力強化に熱心な政治家は常にいる。作り方は少し酷くてな、私も危うい目に……おっと、響くんは知らない方がいいな。君には刺激が強すぎる』
「仮に本当だとして、あなたも開発に関わったんですか」
『いんや、兵器の開発はしておらんよ。別のかかわり方さ。さて、この秘密兵器開発が一つめの陰謀というわけだな』
「アホくさ……。それ使うためのホルモンを役所が交通事故起こして集めてるっての? テレビの見すぎじゃねーの」
『話は最後まで聞きたまえ。交通事故の件は別の不届きな奴だ。そいつは魔法兵器の起動用部品を政府機関から奪った。私と紗都希くんはそれに対抗するために対魔法専用魔法具を入手した。残りの高性能ヒーリング装置はやつが某所から奪い、我々はやつと結託するふりをして装置を手に入れた。この装置は魔法兵器の補助部品なのだが、紗都希くんがやつの悪用防止がてら、こっそり災害犠牲者の救助に転用しようと言ってな。ところがやつに奪い返されてしまった、というわけだ』
「ほんとかねえ」
栗子はやれやれと手を広げ軽くかぶりを振る。梓はあごに手を当てこれまでに起きたことを思い出して考えこみ、響は大城戸ガラスを食い入るように見つめていた。
そのとき、梓のスマートフォンがメールの着信を知らせた。ブレイン系魔法と音声を遮断する魔法は使ったが、電波の遮断まではしていない。盗聴器があったらどうするつもりかね!? というカラスの主張を無視して、梓はメールを閲覧した。
発信者は『相澤小夏』とある。響と同室の少女の名だ。メール本文の内容は、状況がどうなっているか教えてほしい、というものだった。
すぐには返信せず、メール用アプリを閉じ、動画サイトにアクセスした。
「息吹さん、相澤さんに返事をするから口裏を合わせて」
「あっ、はい」
「ゲームの声だったということにしよう」
スマートフォンで女性向け恋愛ゲームのプロモーションビデオを再生した。
『何をしているのかね』
「あなたの声と似た声を探しているんです。よし、これだ。体験版もある。見て」
梓は響に画面を見せた。
ゲームのタイトルは『L'ange et la princesse(天使と王女)体験版』。現代人の主人公が剣と魔法の中世世界に転生し天女様と扱われ、やがてその世界にある一国の王女様と入れ替わり、トラブルに巻き込れるというストーリーだ。
その登場人物の一人に注目が集まった。
「師匠の声と、似てますね」
「似てる似てる」
『そうかね。まあ、骨導音がないとこんなものかもしれんな』
「息吹さん、今までこういうゲームで遊んだことは?」
「わたしは、ないです。小夏ちゃんはよく遊んでて、誘われたことがあるんですけど、ことわりました。ちょっと恥ずかしいです」
響の言葉に栗子はわかるわかると頷いた。大城戸ガラスは二人に「ゲームに偏見を持つのはいかん」と短く説教した。
「一回これを遊んで、内容を覚えておくんだ。相澤さんには照れ隠しのために内緒にしていた、と答えて」
「わかりました」
響は自分のスマートフォンを取り出し、さっそく実行にかかる。
それを脇目に、栗子は梓にたずねた。
「あんたもこの鳥頭の言うこと信じてんの?」
「信じるか信じないか決めるのはまだ早いよ。ある高名な軍人の辞書には、多分こう書いてある」
「なんて」
「『深く考えるときは時間をかけろ。しかし、戦いが始まったら考えることをやめ、戦え』」
「ながっ」
「例文だから。博士、警察はそんなに信用できませんか」
カラスのことをさりげに博士と呼び続ける梓に対し、栗子は思わず変な顔をした。カラスはそれを無視した。
『できんな。Pは私と紗都希くんが悪党の一味だとしか思っとらんさ』
「その悪党は『T』ですね」
今度は大城戸ガラスが変な顔をした。目を剥き、嘴を大きく開き、突き出した舌を左右にピロピロと動かした。
『なぜ分かった! さてはおぬしPの隠密! 《エージェントD・セカンドセクション》の手の者か!』
「何時代よ……ってなんで梓がそんなこと知ってんの」
梓は撮影した動画と息吹家で見た卒業アルバムと魔獣園で見たことの三つを、簡単に説明した。
二回目となる響は聞き流し、カラスは『ほう』と感嘆し、栗子は納得のいかない表情をした。
「そいつがコンビニ事故を起こしたって、それじゃ自滅じゃん。そいつ大ケガしてたし」
「でもその可能性が高いね」
「そんな間抜けな奴、どうでもいいんじゃない」
『Tは間抜けではない。したたかな男だ』
「どうだかね。んで、これからどうすんのよ。まさか、ここにずっといるつもり?」
『そんなことはせんよ。私は奴の企みを止めねばならんのだ。これは紗都希くんの遺志でもある! と、言える!』
響が作業の手をやめて、カラスの方をじっと見た。
梓が言う。
「彼のことは刑事に話しました。いま魔獣園の件で捜査していると思います」
『Pでは止められないのだよ、レッド梓くん。Tこそがガーゴイルどもや巨大コカトライスの大ボスさ。大ボスだけに、奴は警察官より強い。束になっても勝てんだろうさ』
「はあ? んなわけないでしょ。警官だって魔法使えんだから」
『ところがどっこい、そうなのさ。まあ言ってもわからんだろうが。私は折を見て、そいつと戦うための道具を取りに行く』
「ふーん」
『響くんも一緒にきたまえ。私だけでは怪しまれてしまう』
「はい」
「あ、何それ。響、あんた真に受けすぎだって」
『梓くんもくるかね。いまのところ、その道具を使うには君が一番ふさわしい。このボディでは扱いづらいし、響くんでは起動させにくいのだ』
梓はゴーレムのことかと一瞬思った。魔法の重機であるゴーレムならば、その相手が魔法使いであってもひねりつぶすことはたやすい。しかし大城戸の仮想人格はミクロサイズながらも魔獣園でウッディ・ゴーレムをうまく機能させていたことを思い出し、その考えを否定した。
「しばらく考えさせてください」
梓は再び考え込んだ。
「あんたまで」
『まあ、君はもともと無関係だしな。無理には頼まんよ。おっ、もうこんな時間か。夕食はまだかね』
カラスが机上の置き時計を見て言った。響はスマートフォンのゲーム画面と時計表示との切り替えに失敗してまごつき、答えられない。
栗子がカラスにあきれて言う。
「まだ食う気かよ」
『レディがそんな言い方をしてはいけない。よく聞いてほしい』
『聞きたまえ』
「何よ。大事なことなの?」
『君のことを想うと、食事も喉を通らない』
『このボディは食いだめできるのさ!』
同質の声が同時に言い放った。二つの声は実によく似ていた。
「どっちよ」
『言わなくてもわかるだろ!』
『僕の気持ち、言わなくてもわかるだろう?』
再び声が重なった。
「わかるか!」
カラスの怒声もゲームボイスの妙に甘ったるい調子も、ともに栗子の癪に障った。
『察しろよ!』
『君はもうわかってるんだ』
「う、うざ」
「ムーヴィー、とまらないですっ」
『さあ僕だけを見つめて』
そのとき、偶然カラスと栗子の目が合った。
『僕は君を愛している。そして、君は僕のことを愛して……』
「いきなりきもいわー!!!」
『グェーーー!!!』
カラスはまたも首を絞められた。
王子様が響の手元で微笑んでいたが、彼の甘いささやきは、もう誰の耳にも届かなかった。




