話したければ腹を割れ
ヤタガラスを手提げ袋に入れ、三人は寮の梓と栗子の部屋へと移動した。
部屋へ入るなり、梓と栗子はそれぞれ干渉防御と音声遮断の魔法を使って防御壁を張った。内部の会話が廊下や隣室に聞こえないようにするためだ。
「これでいいでしょ。さ、さっきの話の続きだけど」
栗子はそこまで言って口をつぐんだ。響と同室の一年生から話を聞いたことは言わない約束だ。うまい言い訳は思いつかない。そのため響を問い詰めることはやめ、梓に話しかけた。
「あんた、何か知ってるの」
「これは推測だけど」
梓はまず前置きの言葉を言った。その間に響が手提げ袋をそっと机の上に置き、両手でカラスを取り出した。
「そのカラスは大城戸さんからの使者だね」
『んんん残念、不正解! この畜生スタイルは、世を忍ぶ仮の姿さ!』
「しゃべった!?」
栗子が大城戸の声に驚く。
「テレパスだよ」
最初からカラスを注意して見ていた梓は驚かなかった。カラスは上下の嘴をぱくぱく動かしていたが、その動きは回数・タイミングともに言葉と合っていなかった。
「テレパスなの? ほんとに話してるみたいじゃん」
声の質感は肉声と変わりない。
『HAHAHAHA! 聞きたまえ……おっと名前を聞いておらんかった。何くんかね?』
「山崎、栗子さんです」
響が本人に代わって紹介した。
『ほうほう、栗子くんか。うむむむ、名字が間違っとるな。山崎でも悪くはないが、もっといい組み合わせがあるぞ』
「は? いきなり何言ってんのこのカラス」
栗子の表情が険しくなった。
「博士、その話題はまずい」
『響くん、このガールにベストマッチの名字はこうだ』
大城戸ボイスのカラスは満腹ながらも軽快な動きで机の上に立ち、両目を天井に向けた。丸い目玉の中央に瞳がとぼけた感じで収まる。響は同じ目つきのマスコットキャラを、どこかで見たような気がした。
『モ♪』
カラスがステップを踏む。
『リ♪』
軽やかに踏む。
『ナ♪』
それは陽気なメロディだった。しかし呼び起こしたものは殺意だった。
『グアアアァッ!?』
カラスは首を絞められた。生誕時に目がくりくりして可愛いと褒められて名付けられ、小学校でも中学校でも昭和の某事件にこじつけて名前をからかわれた少女の片手によって。幼い頃の名付け親との楽しい思い出、名前への思い入れ、執拗なからかいのトラウマ。それらが握力を増大させた。
「あたしをキツネ目の女呼ばわりする奴は誰であろうと……。クリエイト、【サージカルナイフ】」
もう一方の手で小型の刃物が作られる。魔法の刃は切れ味抜群、消毒不要。処分時に誰かが怪我をする恐れもない。一般には使い捨て医療用魔法メスと呼ぶ。
「あ、あの、ぜんぜんキツネ目じゃないです」
「不動明王の眼だね……。ザッキー、ここで鳥を絞めるのはやめるんだ。カラスの調理法は知らないし、部屋も汚れるよ。胃の内容物が多すぎる」
『グェグェグェグェグェ、フォローの仕方がおかしくないかね、レッド君ッ!?』
「ちっ」
栗子は手を離しメスを消した。
『フウ。シャレの通じん奴だな』
「虎の尾を踏むからですよ。ある高名な文豪は、こう言っています」
『なんと』
「『幼年時代の思い出から得た神聖な貴重なものなしには、人間は生きてゆくこともできない』」
この言葉に響は神妙にうなずき、栗子はお前も前に踏みかけただろ、と小声で言った。
『む。小さいときに名前がらみで何かあったわけか』
「あーうっさい。あたしのことは別にいいでしょ。ほら、さっさと続き説明しろ鳥頭」
『私を鶏に例えるな! ……何の説明だったかね?』
鶏は三歩歩けば忘れるという。モ、リ、ナで三歩。大城戸ガラスは四歩目で首を絞められた拍子に忘れてしまっていた。
「なんでしゃべってんのかって聞いてんの」
『お、それだったな。グ、いや栗子くん、私は魔法で作られた仮想人格なのだよ。このヤタガラスの胃石を利用したのさ。魔法鳥類の胃石は魔力変換補助の機能があってな、こいつのはさらに特別だ。君たちの装身具に使われてる宝石よりはるかに強力だぞ』
「カラスがしゃべってるんじゃないの?」
『ちょっと体を借りとるだけだな。いつも世話してやってるのに私の物をたびたびかっぱらいやがるから、この際こっちはボディをかっぱらってやろうと思ってな』
「なんでそんなことしてんのよ」
『フッ。話せば長くなる……』
「じゃいいわ」
『待て待て待て。そうあっさり引き下がられてもリアクションに困るだろ! ほら、響くんと梓くんも聞きたそうにしてるじゃないか』
「あーハイハイ。そんなに話したいなら聞いてあげるわ。つーか、そもそもあんた誰よ」
『私は魔獣の飼育員にして大学の研究者、その名も大城戸半平。みんなからは魔獣博士と呼ばれておるよ』
「中学校のときの、わたしの師匠です」
響が補足した。
「あんたの師匠? こいつが?」
「はい。そのときは、カラスじゃなかったんですけど」
「本人は別にいるそうだよ。博士、記憶と性格は同じでいいんですよね」
『その通り!』
「ふーん……」
栗子は少し考えて、次のように尋ねた。
「カッコよかったの?」
「おもしろいひとでした」
響は淡々と答えた。
『過去形で言わないでくれたまえ。いまの私がつまらん奴みたいだろ』
栗子はガッカリした。相談してきた一年女子が聞いた声は、このカラスのものに違いない。しかし響の反応は恋する乙女のものとは思えない。カラスの性格や話しぶりを見ても、元となった人間と響との恋愛関係はなさそうだった。
『どうした栗子くん、超低空飛行のテンションじゃないか。これからとっておきの秘密を話すというのに。実はな、私は《機関》の者に追われているのさ。監視対象にされてしまったのだ』
「はーん。日本野鳥の会?」
栗子は投げやり気味に言った。
『そんなラブアンドピースな連中なものか! 銃で武装した組織だ』
「猟友会だっけ?」
『もっと大規模な組織だ! 全国くまなくネットワークを張り巡らし、日々暗躍する恐るべき機関だ。敵対する者は拉致監禁さ。機関の力には国内最大のマフィアも一目置いている。さしあたり、その機関のことは《P》とでも呼ぼうか』
「博士、そのPはポリスの――」
『ピイイイイイイイイッッッーーーー!!! 言ってはならんぞ梓くん、放送禁止用語だ! 《P》機関のエージェント《D》がどこで聞いているかわからないからな」
「『Detective』のDですか」
『そうだ! んん、君はセンスがいいぞ。カタカナ二文字で呼ばないところが実にグッド!』
「梓、ディテクティブって探偵だった?」
「『Police Detective』で捜査係の刑事だよ」
「警察じゃん」
『身もふたもない言い方はやめたまえ。フンイキ台無しだろ』
「黙れ犯罪者。響、何でこんなのかくまってんの。何やったのか知んないけどさ、自首させないの?」
「それが……」
響は言いよどんだ。
一方、大城戸ガラスの嘴が閉ざされることはなかった。
『私は捕まるわけにはいかん。二つの悪辣な陰謀をこの手で阻止しようとしているのだ』
「あんたが陰謀企んでる側でしょ。警察に追われてるんだから」
『ふん、《P》など政治家や官僚の犬にすぎんさ。大義のためなら、そんな犬っころに逆らうことが悪事だとは思わんよ』
「うわ、うさんくさ。大義だって」
栗子は苦笑いして、同意を求めるように梓と響を見た。しかし梓は平静、響にいたっては暗い目つきで俯き、深刻そのものといった態度だ。当てが外れて、栗子も一時黙ってしまった。
『我々の大義を嘲笑うのは感心しないな。横暴なお上には逆らっても偉大な先達は敬う! これが常識大常識!』
「はあ? 先達って先輩のこと? 何であんたがあたしの先輩なのよ。あ、梓、あたしが犯罪者予備軍だとか言うなよ」
「言ってる場合じゃないね。博士、『我々』ということは、息吹さん以外に仲間がいるんですか?」
『フッ。そうさな……』
大城戸ガラスは嘴の付け根を無理やり歪ませて、意味深に笑った。
『おらんよ。まあ、私にとって本当の仲間と言えるのは息吹くんだけだな』
「何言ってんのよ。響も先輩じゃないじゃん。もうめちゃくちゃ」
『うむ、まあ直接の先輩じゃないから、わかりづらかったかもしれんな。こう言えばわかるだろう。私は防災大の博士課程に在籍している、と。息吹くんは学士課程だった。まあいわゆる大学生だな』
「いつ響が大学生に――」
「お姉さんだよ」
「え? あ、そっちか」
『そうさ。息吹くん……ネタバラシする以上、この言い方はもうやめだ。響くんの姉、紗都希くんが同志だ』
紗都希の名を出したとき、カラスの口調からも目つきからも不真面目さが消えた。不吉を告げる凶鳥、あるいは神の使い。鳥はそれらにふさわしい風格をにじませた。
凶兆か、神託か。
真剣に耳を傾ける三人に、彼は次のように告げた。
『彼女の方が言いだして、私がそれに乗ったのだ。陰謀に使われている魔法具を奪おう、と』




