生死の狭間
「こっちはいいぞ!」
「今度はそっちからかけろ!」
『ええい、水は必要ないと言ってるだろ!』
モンスター達との戦いが終わった後の夜。
建物の外では、大城戸と消防隊員たちのやり取りが騒がしい。
ゴーレムは変形解除され、緒志逗魔獣園の救護センターは元の建物に戻っていた。ただし外観は火事直後といった有様。建物の半分、チャコール・ゴーレムであった部分はライトアップされてなお、空の暗さに溶け込むように黒ずんでいた。
梓は救護センターの一階、診療所にいた。未変形であった部分だ。
「様子はどう?」
「大丈夫よ」
ベッドの上には響が横たわる。
響の手当てをしたのは、保健室のときと同じく栗子だった。医師と看護師の不足を補うために、医療魔法科の学生が応援に駆り出されることは多い。
梓と栗子はベッドの脇に並んで立ち、響の顔を見下ろす。
「この子、よく倒れんのね。また心因性ショックだし。何があったの」
「うん、あえていえば、戦いの刺激が強すぎた……かな」
私が惨殺したモンスターの死体を見て気絶した、とは言い出せなかった。
「戦いの……はは~ん、ひょっとして」
栗子は皮肉っぽく笑った。消防隊員や救急隊員たちの噂話を小耳に挟んで、モンスターの末路はすでに知っていたからだ。
「響、害獣駆除とかは向いてないんじゃない?」
「かもしれないね」
防災大附属校の生徒にとって、モンスターとの戦闘は本分とはいえない。基本的には課外活動の扱いだ。駆除業者やその方面の行政機関を進路先に選ぶ生徒は、少なかった。
「今日、どうすんの。あたしは用が済んだから、もう寮に帰るけど」
「まだ残った方がいいと思う」
「治療しなきゃなんない人はもういねーの」
「魔獣が暴れて大騒ぎだったのに?」
「暴れすぎたからでしょ。あとは警察の仕事よ。業務上過失致死になんのかな」
苦々しさの気持ちが栗子の顔に出る。
直後、診療所のドアがノックされ、スーツ姿の男女二人組が入ってきた。男は二十代半ば、女は二十代後半といった年頃だ。
「ほらもうきた。なんか最近多いよな」
二人はそれぞれ警察手帳を呈示して、自分たちは県警の刑事だと説明した。
男の刑事が梓たち三人を見比べて言った。
「一文字梓さんはどなたですか。こちらにいると、救急の方から聞きました」
「私です」
「我々は魔獣が暴れるに至った経緯を調べています。あなたがあの色々と変な……独特な魔法装置を使って魔獣を、その、駆除されたそうですね。記録が残っています」
「そうです」
「詳しくお話を伺いたいのですが」
「いいですよ」
「救護センターにいたのは、午後五時ごろ」
「そうです」
「お一人でいたんですか」
「この子と一緒です」
梓は目線で響を示した。
「こちらの方のお名前は」
「息吹さんです。息吹、響」
「息吹さん」
刑事二人が互いに目配せした。
男の刑事は栗子をチラッと見てから、また梓に話しかけた。
「場所を変えたいのですが」
「わかりました」
梓は刑事たちと廊下に移動した。
「今日は何時ごろこの園に来ましたか」
「四時二〇分ぐらい……です」
「少し遅い時刻ですね。閉園まであまり時間がない」
「人に会いに来たんです」
「どなたに」
「飼育員の大城戸さんです。あの外でわめいて……いた人です」
大城戸の声はもうしなくなっていた。
「大城戸さん」
刑事は少し思案した。
「あれ、よくできていますよね。魔法のホログラムなんでしょう? まるで生きているみたいに動く。科学技術のホログラムもすごいけど、魔法のものは自分で考えて物を動かしたりもできるとか。もうほとんどコピーロボット完成じゃないですか」
「スペシャルな魔法で作ったと言っていました」
「大城戸さんご本人には会いましたか」
「いいえ。どこにいるんですか」
刑事は梓の問いに答えなかった。
「あなたは大城戸さんとはどのような間柄でしょうか」
「大城戸さん本人に会ったことは一度もありません。あの人に会いに来たのは息吹さんで、私は彼女のつきそいです」
「どこで会うつもりでしたか」
「管理事務所です」
「あなたも事務所に行ったんですね」
「はい」
「中に入りましたか」
「入れませんでした。ですが、窓から中を見ました」
「中をみたんですね?」
刑事が勢い込んで言った。
「何を見ましたか」
「女の人が机に倒れていました。何者かに襲われたような傷がありました。あの人はどうなったんですか」
「それは……ちょっと言いにくいことでして」
「亡くなったんですね」
「いえ。そうとも言えないというか……」
刑事の歯切れはひどく悪い。
「重傷で集中治療室に? あのあと建物の下敷きになったとしたら、相当ひどいはずですから」
「いえ、それも違うんです」
「もう見てもらいましょうよ」
女の刑事が言った。口調には男の態度への苛立ちが混ざっていた。
「一文字さん、魔法学校の学生さんなんでしょう? 何か気づいたことを言ってもらえるかもしれない」
「しかし」
「見せたってショックを受けたりしないわよ。あんなグチャゲロの動物死体をこしらえるぐらいなんだから。……あ、ごめんなさい」
「いえ……」
梓は箒を栗子に預け、マントと帽子を身に着け、刑事と連れ立って部屋を出た。
魔獣園内を警察車両に乗って移動する。目的地は資料展示館だという。
「レストランは荒れてるし、今のところ他にいい場所がないのよ。ケモノ用の倉庫に入れるわけにもいかないしね」
移動中、女刑事はざっくばらんに話す。彼女は後部座席左側、梓はその右側に並んで座る。男の刑事は助手席に座り、運転は別の警察官が担当した。
車は夜の園内をゆっくりと進む。
「お友達の息吹さんとは、仲がいいの?」
「悪くはないです」
「中学校からのお友達?」
「違いますよ。高校の入学式の日に初めて会いました。私は息吹さんのチューターみたいなものです」
「入学式の日ね……」
そのとき助手席の男刑事がわき腹を掻くようなそぶりをしたが、梓の位置からはよく見えなかった。
「チューターって、新入生や留学生の指導員でしょ。新人の世話って大変よねえ。死体に弱くて」
女刑事はケラケラと笑い、男の刑事の苦笑いが車内のミラーに映った。彼は頭や頬を指で落ち着きなく引っ掻いた。
資料展示館前に到着した。
展示館は二階建てで、屋根の頂点部に三つ首の猛犬・魔獣ケルベロスの大きな像がある。ケルベロスの三つの頭部はそれぞれ書物、巻物、虫眼鏡を咥えていて、建物の目的と性質を端的に示していた。
「このお犬様、うちにも一匹欲しいわ」
「犯人死にません?」
梓は話す刑事二人の後に続いて館内に入った。
エントランスと廊下以外は照明が切られていて、薄暗い。一階の展示フロアでは、緑色の非常口表示と赤色の非常警報器の光だけが暗闇に浮かぶ。そこを尻目に廊下を進み、エレベーターで地下一階に下りた。
三人は展示準備室の前まで進む。
展示準備室は学校の体育館並みの広さを持ち、一階の展示フロアの真下に位置する。展示物を運ぶためのリフトもあり、本来ならば、ここで展示の簡単なシミュレーションも行う。
「悪い冗談よね」
「ですよね。でもレストランや餌の倉庫よりはマシですよ」
部屋のプレートを見て刑事二人が言いあう。
ドアを開けた。
「これは……?」
並ぶのは十数台のベッド。その上には同じ数だけの人間が仰向けに横たわり、胸元まで毛布が掛けられている。人形と呼ぶには造形がリアルすぎ、傷病者と呼ぶには血色も生気もなさすぎる。
「遺体安置所……」
「違うわよ。よく見て。わかってるでしょうけど、触るのはダメ」
梓はあるベッドに目をつけ、そのそばに寄った。そこに寝かされている人物に見覚えがあったからだ。管理事務所の窓から見えた女性職員と同じ髪型をしていた。体格もよく似ている。
「私が事務所で見たのは、たぶんこの人ですが」
そこで言葉を区切って、自分の顔をギリギリまで近づける。
鼻と口の周囲に空気の流れはない。胸部が上下することもなく、心臓の鼓動音もしない。皮膚は白く、しかもその白さが顔面のみならず首や耳、耳の後ろ、鎖骨の近くに至るまで万遍なく共通で、化粧でないことは明白だった。体熱はまるで感じさせず、逆に梓の皮膚を粟立たせるような冷気を発していた。
「仮死状態よ」
女刑事は梓の疑問に先回りして言った。
「魔力を感じる」
「魔法鑑識の結果もそう。機械だけのコールドスリープなんて、まだ人間に使える段階じゃない」
彼女は一組の白手袋を自身の服から取り出し、それを嵌めながら近づく。
「この人たちが目を覚まして喋ってくれれば楽なんだけど」
毛布をめくった。
「戻せないのよね」
コールドスリープ状態にあるという人間には、右ひじから先の部分がない。凍った服はところどころ破れ、その隙間から傷跡が見える。
「ここにいる人たちはほとんどが致命傷を負ってるの。だから戻した瞬間に危篤に陥る。この状態での治療法もよくわかってない。残留魔法ホルモンも少なくて、サイコメトリーも通じない」
「サイコメトリーが」
「氷神さん」
男の刑事がたしなめる。
「このコは協力してくれそうだし、これぐらい話しても平気よ。班長には私から言っとく。それで一文字さん、あなたが見たときのことだけど」
「私が見たときには凍っていなかった……」
梓は立ち上がって呟き、歩き出した。
二人は呟きを聞き逃さず、男は手帳にメモを取り、氷神と呼ばれた女刑事は梓を追った。
「たしか、血だまりがあったはず」
「どこに?」
氷神が尋ねた。
「事務机の上に」
男がメモを取る。氷神が質問を続ける。
「どの魔獣がやったのかは見た? どのケモノが職員に大ケガを負わせたか」
「見ません」
「職員が凍らされるところは」
「見ません」
「あなたが見た魔獣は? 見物したときのは除いて、暴れたのを答えて」
「巨大コアラとコカトライス」
「それだけ?」
「そうです」
「他に怪しいものは見なかった?」
「見ました。人造モンスターと不審人物です」
梓は瀧殿が倒壊前の事務所から出てきたことを話した。氏名を教え、別の場所で姿を撮影してあることも告げた。
「瀧殿。波賀クン、知ってる?」
「いいえ」
男の刑事・波賀はかぶりを振る。
梓が話を続ける。
「彼は大城戸さんのことを知っているようでした」
「大城戸さんを。……重要な証言ね。ありがとう、一文字さん。あなたに聞いてよかった。もう夜も遅いから、お友達と一緒に家まで送っていくわ」
波賀が展示準備室のドアを開け、退室を促した。
来た道を引き返すさなか、氷神が言う。
「動物相手のコールドスリープはね、魔獣園でも動物園でも普通に使われてるらしいの。水族館でもそう」
梓は黙って氷神を見つめた。
三人とも、歩行はやめない。
「冬眠の強化版みたいなものね。輸送中のストレスに弱い動物や生餌を凍らせる。大食漢の動物を休業中に凍らせたりもするし、絶滅危惧種の個体保存にも使われてるって」
梓は二つのことを思い出した。
炎に包まれる中で瞬間的に氷を張り巡らせた響。
響も使った結晶化魔法をゴーレムに仕込んでいた大城戸。
展示館前に駐車してあった車に乗る直前、氷神がささやいた。
「大城戸さんの居場所がわかったら教えて欲しいの。飼育員のうち、彼だけどこにいるのか分からない」
「私にもわかりません」
「お友達のところに彼から連絡が来るかもしれない」
「どうしてそう思うんですか。私は『息吹さんが彼に会いに来た』としか言ってない。刑事さんたちは、息吹さんには何も尋ねていない。私と大城戸さん、私と息吹さんの関係は訊いたけれど、息吹さんと大城戸さんの関係については訊かなかった」
「他の人から聞いただけよ」
氷神は軽く笑い、それ以上詳しい説明をしなかった。
車は行きよりもずっと速度を上げて進み、暗さが増した園内を駆け抜けていった。




