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生きていることは素晴らしい

『くろこげ』。

 モニタがかぶったすすを払いのけたとき、梓が見た文字はそれだった。

 ゴーレムの状況を端的に示す一語であるとともに、大城戸の容姿を表す一語でもある。立体映像であるにもかかわらず、大城戸の服は焼け焦げ、髪はチリチリ。顔と手に軽い火傷の痕までできている。エフェクトの無駄な細かさに、梓は呆れるしかなかった。

『よく燃えたろ?』

「燃やしてどうするんですか」

 コックピット内は、天井も壁も床も真っ黒。梓の箒とその周囲は水浸しだ。

『わけもなく炎をぶっ放したりはせんよ。響くん、奴がたまげている内に反撃の準備だ!』

「燃えー」

 響は手提げ袋を抱え目を閉じ、必死で杖にしがみつく。響とその周囲は氷漬けだった。

「聞こえてないですよ」

『むん。響くんがこれでは仕方あるまい。君が熱線を撃ちたまえ』

「撃てるんですか?」

 動きを封じていた石は爆発で全て吹き飛んだ。しかし、ゴーレムが戦える状態にあるとは梓には思えない。それでも機体状況の確認も兼ねて、試射することにした。

 コカトライスは真っ黒になったゴーレムを観察しつつ、ウロウロと地面を歩く。自爆を繰り返す奇妙な相手に、どうしたものかと迷っている様子だった。

 ゴーレムが左手をかざして狙いをつける。

「クリエイト、単独式!」

 ビームは出なかった。

 それなのに、火が付いた。

 トサカが燃える。コカトライスは首をぶんぶん振り回して、消火しようともがいた。

『魔法の不可視光線、【ファントム・レイ】。ウッディ・ゴーレムが進化して得た新機能だ!』

「進化なんですか?」

『そうともさ! ウッディ・ゴーレムは今やチャコール・ゴーレムと相成ったのだ! さあ梓くん、どんどんりたまえ。BBQパーティーの始まりさ!』

「悪の手先みたいな台詞はどうかと」

 梓は辟易へきえきしながらも、言われたとおりに撃つ。

 見えない熱線の連射が巨怪鳥の羽に火をつけ、尾を燃やし、足を焦がした。コカトライスは地面を転がり、もがき苦しむ。

『BBQは炭火焼きに限るな。むん? ブレスの構えか』

 身を焼かれながらも、巨怪鳥は反撃しようとする。

「回避します」

『必要なかろう。もう石化ブレスは効かんよ』

 ゴーレムの回避動作より早く、瘴気が吐き出された。

 噴出の速度、量ともに、これまでの倍に近い。ゴーレムに対する憎悪と恐怖は、敵に残る力の全てを絞り出させていた。

 ゴーレムの全身を瘴気が覆い包む。

 次の瞬間、その瘴気はふと消えた。

 散ったのではなかった。ゴーレムの中に、一気に入りこんだのだ。

「貫通された!?」

『されんよ。チャコール・ゴーレムの力、とくと御覧じろ!』

 ゴーレムの体が輝く。

 その輝きの中、毛穴のように無数の孔がゴーレムの外皮に現れた。そこから石灰色の液体が玉のような汗になって噴く。

 しかし、ゴーレムの汗は流れ落ちなかった。多角体の結晶に固まり、地面にパラパラと落ちていった。結晶は乳白色の半透明で、ゴーレムの動きを封じた際の石とも、石像鬼ガーゴイルを構成する石とも質が異なっていた。

「この魔法は」

結晶化魔法クリスタライズ。活性炭との相性はばつぐんだ! チャコール・ゴーレムは発火用の木炭パワーだけではないのだよ。仕事上、魔獣の糞や体臭には対策せんといかんからな。この程度の仕込みは造作もない』

 大城戸は腕組みし、自慢げにフッと笑った。

 コカトライスは石錐に攻撃手段を切り替えようとしたが、梓は素早くゴーレムを操作して、その妨害を図った。ゴーレムの左手で結晶化魔法が作動中の外皮を一部ちぎりとり、投げつける。外皮の断片は敵の嘴に当たって砕け散り、付近の瘴気を全て奪い去った。しかもコカトライスは砕けた破片と作られた結晶をいくらか飲み込んでしまい、激しくむせた。

『うむ、ナイス作戦! さあ、とどめといこうじゃないか。そこの緑のボタンを押したまえ!』

 梓がボタンを押すと、ゴーレムの失われた右腕部分に極太のつる草が生え、伸び始めた。

『リーフ・シールドの応用技、【ヴァイン・アーム】さ。これで動きを封じれば飛んで逃げられん! ドライブで自在に操作できるぞ!』

「わかりました」

 梓は素直に従う。大城戸の能力に対する不信感はすっかりなくなっていた。ゴーレムの性能についても不満はない。

 つる草はどんどん伸びる。しかし、コカトライスには巻き付かない。

 地面にある大きな石の塊に巻き付いた。魔法のトリモチでからめとったガーゴイルだ。

『そいつは違うぞ』

「わかっています。アームの追加は」

『何度も押せば出るが……』

 二本目、三本目の極太つる草が現れたが、それぞれ別のガーゴイルに巻き付いた。

『んん、慎重すぎやしないかね。そいつらはとっくに動けんが』

「説明は受けました」

『うむ。樹脂をトリモチにしたと』

「他にもあります」

 話す間に四本目が出た。これは大城戸の目論もくろみ通りコカトライスに向かって伸びた。飛んだ直後にその足を捕まえ、地面に落とした。翼や嘴にも次々と巻き付き、動きを封じた。

『はて。他にとな。自爆のかい』

「その前です」

『その前?』

 大城戸が首をかしげる。

「ここでの熱線は火災のリスクがありますから。イギリス由来のことわざにも、こうあります」

『なんと』

「『一つの石で二羽の鳥を殺す』」

 三本のヴァイン・アームが三羽のガーゴイルを高々と持ち上げ、互いにぶつからないように振り回す。

 回転の速度は、アームがちぎれないギリギリのところまで上昇した。

 用意周到な自爆の前に、大城戸が説明したこと。

 それはコカトライスの弱点。

『でかい岩で殴られると――』

「ドライブ、複合式!」

 凶器が振り下ろされる。

 十分に加速のついた巨大な石塊。それが巨怪鳥を襲った。

 一撃目は石像の鷹。背中同士が激しく衝突する。石像は二つに割れ、打たれた側は血反吐をはく。

 二撃目は石像の鷲。鷲の嘴は吸血鬼を葬る白木の杭のごとく相手の胸部に突き刺さり、衝撃の反動で折れた拍子に、胸部を引き裂いた。

 最後の一撃は石頭。ゴーレムも喰らったコンドルの頭突きだ。しかしコカトライスにはこれを防ぐための力もなければ、腕もない。つる草の縛りは飛翔を封じ、歩行も封じ、逃亡のすべを消し去った。

 自らが生み出した物体に頭部を粉砕され、魔獣コカトライスは絶命した。



『んん! これは決まったな』

 大城戸はそう言うと、おもむろに両足を広げ、腰を落とした。

『勝ォォッッッッッッッッッッッ利ィィッッッッッッッッッッ!!』

 絶叫する大城戸がとった勝利のポーズは、横綱の土俵入り。戦いの終結を示すには不適当なものだったが、梓は文句をつけなかった。ある意味ではふさわしいとさえ思った。

 奇行の東横綱が大城戸ならば、西横綱は瀧殿たきどのだ。

 瀧殿はタガの外れた二体の魔獣を呼び寄せるように現れ、いつの間にか姿を消していた。コンビニの事故と同様、この男の来たところには破壊の爪痕が残る。陰性の挙動不審といえた。

「博士、警察への通報は」

『私はしとらんよ。仮想召喚セット後と呼び出し前の間に起きたことはわからん。君が呼んだときにはすぐそこにバケモノがいたから、対処しただけだ』

「わかりました」

 梓はスマートフォンを取り出した。そして通話しようとしたとき、響がうめいた。響はゆっくりと左右に首を振って、コックピットの中を見た。

「もえ? 燃えてない?」

「そうだよ。もう燃えた後」

「あの怖い鳥は」

「倒したよ」

『うむ。完全勝利だ』

「やっつけたんですか。ゴーレム、くろこげなのに」

『それも作戦のうちさ! レッド梓くんの操縦も中々のものだったな』

「すごいです」

 響は師と上級生に尊敬の眼差しを送った。

『君の活躍も忘れてはおらんよ。これはわれわれ三人の勝利だ。見たまえ! 素晴らしい戦果じゃないか!』

「あっ! 見せたら駄目――」

 梓の制止は間に合わなかった。

 響は戦果を見てしまった。顔からサーッと血の気が引く。

「内臓が」

 モンスターの裂けた胸部から、血まみれの消化器官がズルっと飛び出した。

「脳みそが」

 頭蓋骨の破片が、脳漿の沼の表面を漂う。

「散らヴぁって」

 グロテスクな地獄絵図。

 響の意識が遠くなった。

『あ』

 大城戸がア然とする中、梓はスマホで通話を開始した。

「もしもし、警察ですか。こちら緒志逗魔獣園の救護センター。もうヘリが近くにきてる? はい、私はゴーレムのパイロットです」

『起きたまえッ、起きたまえ響くん! ぬかったァ。クゥルな博士として絶大な敬意を払われるハズがっ』

「ええ、ええそうです。センター内に医師はいませんでした。こっちには救急隊と魔法技師を派遣してください。一人が失神で、もう一人が錯乱気味……錯乱している方は立体映像です。え? 元からの性格だと直せない?」

『COOOOOOOOOL!! COOOOOOOOOL!! クソッ、一人でやってもむなしいだろ! COOOOOOOOOL!!』

 夕暮れの中、どこからかやってきたカラスの群れがゴーレムの肩や頭に止まり、鳴き声を上げた。その声は、どこかしら人の営みをバカにしているようでもあった。

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