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アツき森に舞おう

 石像の鳥たちの攻撃は、重かった。

 ウッディ・ゴーレムは倒れこそしなかったが、体のあちこちがミシミシと悲鳴を上げて、その音が操縦室である頭部にまで伝わった。

 機体の揺れはおさまらない。大小の衝撃の余波が、コックピットの座席を守る卵形シールドに継続的な負担を強いる。

 中にいる梓は、険しい表情でステータス表示の文字を睨んだ。

「ダメージは……左脚、左腕、右肩に大きな裂傷」

『動くかね?』

 大城戸が気楽な調子で尋ねた。

 梓は操縦桿の箒に魔力を送り込み、ゴーレムの腕を動かした。操縦桿に戻ってくる感覚で機体状況を探る。過剰なステルス機能のせいで、窓と俯瞰用のモニタは使い物にならない。

「重い……。速度が全く出ない……」

『ま、当然といえば当然だろう。おい、そんな目で見ないでくれよ』

「ナビゲーション、オ――」

『待て待て、話せばわかる。いや、見ればわかる。だからオフにしないでくれよ。響くん、【グリーンリーフ・シールド】解除だ』

「はいっ」

 響が杖を通して魔力を送る。

 すると、窓の外の葉が黄色く変色し、次々と落葉していった。

 そして見えたものは――。

「うわっ」

「わっ」

 鋭い鷹の目があった。ゴーレムの目の大きさにも匹敵する巨大なものだ。石造りで色こそ単調だが、彫りは深く力強い。瞳の部分は白目部分とは材質が異なり、ギラつくような光沢がある。

 眼前の石像鬼ガーゴイルは突如として現れたゴーレムの顔を見据え、目の中を覗き込み、鼓膜を破りかねないほどの音量でクギィエエエエエーーーーッと鳴いた。

『驚かんでもいい。こいつは動けんからな。腕を下ろしたまえ』

「腕を?」

「もう、いいんですか」

 梓と響はそれぞれ操縦桿の箒と杖から手を離して、自分の膝の上に置いた。

 途端にグギェー、グギェー、グギェーと鳴き声が増えて、機体の揺れが激しくなった。

『ンンンン、ンンンンンッ! そうではない、ゴーレムの腕だ! モニタをよく見たまえッ』

 モニタは正常に機能するようになっていた。

 映るのは、黄色い汗のような液体を体の随所からにじませるウッディ・ゴーレムと、そのゴーレムの体にへばりついた三羽のガーゴイル。

 ガーゴイル達はゴーレムの裂傷がある左脚、左腕、右肩の各部分にくっつき、もがいていた。黄色の液体は裂傷部分からは特別多くあふれ出して三羽にまとわりつき、絡まる蔓草ごと弾力ある物質に固まって、動きに著しい制限をかけている。

「せっちゃくざい、です」

『このゴーレムはアルケミー対応型と言ったろ? 樹脂をトリモチに変化させたのさ』

「なるほど……。葉っぱは罠に気付かせないために」

『ご名答! ん。響くん、もうよかろう。落とすのだ』

「はいっ」

 魔法のトリモチが急速に乾燥して固さを増し、ゴーレムと石像の鳥たちが接している部分に亀裂が走った。

 三羽は中途半端な羽ばたきの姿勢のまま、ゴーレムから切り離されて地に落ちた。

『とどめは刺せるかな?』

「ゴーレムにダメージが残っています。直接攻撃をするには強度に問題がありそうです」

「わたしが、撃ちましょうか」

『いんや。まだ中ボスが残っているからな……。そうだそうだ、作り直されてはかえってまずいかもしれん。魔力は温存しておきたまえ』

「中ボス……?」

 梓が不審に思い、聞き返した。

『むん? 忘れるのが早すぎではないかな。ガーゴイルの材料を作り出した奴さ。あいつを倒さねば終わらないぞ』

 ガーゴイルが出現する前、事務所跡に現れた巨鳥。それは今、同じく事務所跡地に出現した巨大な石塊の上に乗り、頭を低く下げて、中にくちばしを突っ込んでいた。

「そういう意味では……。重要な敵だということはわかっています。詳しい情報があれば聞かせてください」

『奴は魔獣「コカトライス」』

 大城戸は一言だけ答えると、モニタの表示を切り替えさせた。

 コカトライスの基本情報が表示される。

 全長は一〇〇から一五〇センチメートル。

 翼開張は二五〇から三七〇センチメートル。

 食性は肉食中心の雑食。

 魔法的進化は砂嚢さのうの細胞において顕著、コカトライスの胃石は他の魔法鳥類と同様に魔力変換補助の機能を有する、とある。

「いち、じゅう、ひゃく。センチメートル」

 響が数値の桁と単位を確認した。実物の十分の一以下しかない。

『あっとるよ。通常の個体はそんなものさ。魔獣は魔法波の大量被曝やら魔法ホルモンの生物濃縮やらで生まれるのだが、大型種で生き残るものはそう多くない。魔法ホルモンの分泌量を維持しきれんからな。しかし奴は、他の魔獣を獲物にしたり共食いをしたりして、魔法器官を特別に発達させたのさ』

「ともぐい」

「他の行動パターンはわかりますか」

『狩りのときにクリエイトを使う』

「魔法を」

『蜘蛛が巣に引っかかった虫を糸でがんじがらめにするだろ? あれと同じだよ。こんな感じだな。コカトリン石化ブレス! コクァコクァ!』

 のどにムカデを詰まらせたニワトリのポーズ! と言われても違和感のないアクション。

「コカインでも吸ったんですか」

『吸うものか! 私はクスリでトバなくとも想像力の翼を十分に広げられるのだ! アイキャンフライ、コクァコ……ゴホッゴホッ。バケモノを真似るのはどうもいかんな』

「もっと根本的なところがいけないのでは?」

「あっ、こっちを見てますっ」

 コカトライスは足元の石塊をついばむのをやめ、ゴーレムを睨んでいる。その嘴は赤い液体で染められている。液体は石塊にできたヒビ割れから漏れ出ていた。

『むむ、あの形と大きさ。さてはCがやられてしまったか』

「Cというのはあの巨獣? となると、石化魔法は強力」

 ウッディ・ゴーレムとコカトライスは互いに相手を警戒して動かない。にらみ合いが続く。

「博士、コカトライスの弱点は」

『でかい岩で殴られると弱いぞ』

「それは誰でも痛いです。他には」

『でかい氷の塊にも弱い』

「岩と同じです。他には」

『電気ショックを与えればブレスを吐けなくなる』

「それだ。息吹さん、今度こそ腕から撃つんだ」

「ええと、どの電気の魔法を」

『なあに、基礎魔法【ガンフォース】に電気を帯びさせるだけでいいぞ。君の力ならば脳みそも内臓もクソミソにブッ飛ばして、奴は再起不能さ!』

「は、はいっ」

「弱点を突く意味がないよ……」

 梓はそう言いつつも、攻撃準備に入ることにした。

 響が操縦桿状態の杖に魔力を注ぎ込む。梓もそれに合わせて帚に魔力を注ぐ。

 ゴーレムは右拳をまっすぐに突き出し、右腕の下に左手の甲をあてがう、という姿勢になった。魔法による射撃体勢のひとつだ。

 構えた右腕にエネルギーがチャージされ、蒼色の光を発した。

 チャージはさらに続く。魔法の雷電は光をより強くして、ゴーレムの右腕をぐるりと取り囲む。

「これはいける」

 さらにチャージが続く。蒼い雷電とは別に、右腕の周囲に無数の火花が生じた。

「ん?」

 チャージは止まらない。右腕からは白い煙が立ちのぼった。

「息吹さん?」

 響の様子を見れば、著しい緊張の形相。両目は吊り上がり、血走り、瞳は微動だにしない。

「あとかたもなく、ふきとヴぁしますっ」

「いや、そこまでの威力はいらないけど」

「だって、内臓が、脳みそが、散らヴぁって……」

『グロいものな』

 ゴーレムの右腕に、蒼い光の亀裂が走った。

「丸ごと焼き鳥にするだけでいいから! 抑えて! 腕が」

「クリエイト、【ライトニング・フォース】!」

 ほとばしる閃光。

 光の中で木材がきしむ音が鳴り、裂ける音もして、最後には爆発音が轟いた。

 三人の目の眩みが消えたとき、見えたものは黒焦げになった無数の木片。小さいものは塵となって宙を舞い、大きなものは灰の塊になって地面に落ち、その際の衝撃でバラバラになった。

 落ちた灰が風に乗って飛んでいく。

『あとかたもなくなったな!』

「なくなりました……」

「元も子もないよ……」

 ウッディ・ゴーレムは右腕を失った。

「すみません。やりすぎ、でした」

 響は悄気しょげた調子で謝った。

『だがやっこさん、雷のスパークで驚いているぞ。ショックは与えられたな』

 コカトライスは目を見開き、口を半開きにして、ゴーレムを眺めている。

「いきなり自爆したから呆れているのでは……」

『用意周到に準備して自爆したら、もっと驚くぞ』

「準備するものが違います。次の攻撃をするには……」

『そうさな……いかん、奴のターンだ』

 半開きだった口は全開となり、上を向く。その喉の奥から出た灰色の瘴気が空中で凝固しはじめた。円錐に形作られていく。材質はガーゴイルと同質の石。底辺の直径は五メートルを超え、先端までの長さは十五メートルを上回る。

 コカトライスの視線がゴーレムに注がれ、その視線の鋭さと呼応するように、石錐せきすいの切っ先もゴーレムに向かった。

「師匠、まどをっ」

「ドライブ! 単独式!」

 コックピットが激しく揺れる。

 ゴーレムは飛んできた石錐を左腕のみで叩き落としたものの、反動で大きくのけぞった。

 第二弾が迫る。

 ウッディ・ゴーレムは体勢を立て直し、梓と響は真正面から飛来物を見据えた。

 石錐の照準はゴーレムの眉間。

 迎撃の照準は石錐の先端部。

 ゴーレムの右目、響の正面の窓が勢いよく開いた。

「クリエイト、【ガンフォース】!」

 放たれた魔法の光弾は瞬時に石錐を貫き、爆散する砂礫に変えてしまった。砂礫の一部がゴーレムの体を叩いて、軽い音を立てる。貫通した光弾はコカトライスに飛んで行き、その頭部の横をそれて、空の彼方に消えた。

『んんんんんッ! まだくるぞ!』

 コカトライスはより明確な敵意を瞳に宿らせ、ふたたび大口を開く。轟轟ごうごうと唸るような音と、キイイイイと絞り出すような奇声とが同時に生じて、得も言われぬ不協和音をつくった。

「こんどこそ、あてますっ。のののの、のうみそを、ヴヴヴヴっとヴぁしてっ」

『いかんぞ響くん!』

 響の正面の窓が閉まった。

「師匠?」

 響は目から力が抜け、戸惑いの表情を浮かべた。

「ガスを撒いてるんだ」

 梓が大城戸の代わりに答えた。

 吐き出される瘴気は凝固せず、とめどなくその量を増してゆく。瘴気は空気よりも重い密度となって、地表に広がった。

「このゴーレムは額から撃てますか」

『ビームは出せんが、種は飛ばせるぞ。マメ科でいくかね?』

くなら早く。足が……」

 箒に魔力を込めても、ゴーレムの足は動かない。

「かたまってきてますっ」

『んんん、いや、これは蒔いても芽は出んな。手も足も出せんが』

 地面は分厚い石の床で覆われようとしている。ゴーレムの下半身も、石膏の型取りのように塗り固められつつある。

「今か、後で嘴でつつくときか……。石化の浸透の度合いがわかれば」

『何を言っているのかね』

「ゴーレムから脱出するタイミングです」

『んんんんんんんッ! いかんいかんいかんいかん! まだ早い! 君はもう少し腰を落ち着けたらどうかね、レッド梓くん!』

「感嘆符つけすぎの大げさな身振りの人に言われたくないです。これ以上は新入生の息吹さんを危険にさらせません」

 ゴーレムは右腕がなく、三か所に大きな裂傷があり、動きを封じられた状態。危機的といえた。

「あ、窓が」

 コックピットの窓が曇る。みるみるうちに、石の壁で塞がれた。

「内側の石化は」

 梓はモニタに目をやりつつ、響に尋ねた。

 響は周囲の内壁に目を凝らし、材質が木であることを確認した。

大丈夫だいじょうヴ、みたいです」

「他の基幹部位も……ブレイン、単独式!」

 魔力を込めた左手で画面をぶっ叩く。ステータスの表示説明が『石』から詳細表示に切り替わった。

「大丈夫。機能も気密も保たれてる」

 梓は響の方を向いた。

「ゴーレムの残りの魔力を空気維持に充てて、近づいた相手の着地した場所が判り次第、息吹さんが相手の背後に出る方向に脱出口を作り、私の魔力で箒を飛ばす。これでいこう」

 響が頷きかけたところで、大城戸が叫んだ。

『待ちたまえ! このウッディ・ゴーレムには、とっておきの最終手段があるのだよ!』

「最終手段?」

 梓が聞き返した。

『とっておきのだ!』

「とっておき」

 響も繰り返す。

『説明はしておいた。私を信じたまえ!』

「説明……あのときに?」

 梓は三羽のガーゴイルと戦う前の状況を思い出した。

 梓の操縦中に響と大城戸はゴニョゴニョと会話していて、そのときに決めたらしいリーフ・シールドとトリモチの作戦は成功した。響と大城戸は以前からの師弟関係で、息もそれなりにあっているように見える。短時間で複数の機能を説明することもできただろう。別の作戦があってもおかしくはない。梓はそのように考えた。

「わかりました」

『うむ! 響くん、君も異存はあるまい』

「はい。姉が、紹介してくれた人です。信じてます」

『よしよし! まずそこのロックを外し』

「これ、ですね」

 響が指示に従い、装置を動かしにかかる。

『カバーをスライドさせ』

「うごいた」

『中にある赤丸のボタンを強く押す』

「えいっ」

 すると、スピーカーから騒がしい音声が出た。大城戸の声だ。

『W・G・F・S! W・G・F・S!』

『W・G・F・S! W・G・F・S!』

 立体映像の大城戸も踊りつつ一緒に叫んで、ステレオ音声になった。踊りはアルファベットを体で表現しようとするもので、Gの動きが特に強引かつあわただしい。笑顔で両腕を斜め上にバンザイするWのポーズは何かを暗示しているようで、梓は不安になった。

『ウッディ・ゴーレム・ファイナル・システム、スタァタァーーープ!!!』

 爆音。

 大城戸がプを言い終えた瞬間、三重感嘆符に合わせるように轟く三連続の爆発音。

 爆発はウッディ・ゴーレムの右足の甲、左足の甲、右足首外側で生じた。爆発の衝撃は下半身を覆う石の一部を吹き飛ばして、開いた箇所から炎が上がった。

「はずれましたっ」

 俯瞰モニタを見た響が歓声を上げた。

「やった……?」

 梓は別のモニタでステータスを確認する。簡易表示は『石』から『炎』になっていた。

「炎?」

 木を破壊するエネルギー。木造建築の天敵。

「炎、炎、炎」

 顔から汗が噴きだした。

「一文字さん? どうしたんで――」

 再び連続爆発が起きた。

 左足首外側、右ふくらはぎ部分、左ふくらはぎ部分、右ひざ、左ひざ。爆発箇所は、段々と上に向かう。コックピットに伝わる衝撃は、爆発の都度に増してゆく。表示は『炎』から『爆炎』に。

「わたしも、あつく」

 響の額からも汗が噴き出した。

 爆発は腿から腰へ。腰から胸と背中へ。そして首から頭部へ。

 激しい衝撃がコックピットの壁を襲う。茶色の壁はオレンジ色に変色し、パチパチと物騒な音を立てた。

「これは」

 熱い汗が床に落ちる。落ちた汗は冷めるどころか、より熱せられた。

『説明しただろう?』

 大城戸が『説明』したものは、用意周到に準備された――。

「自爆装置」

「じヴぁっ!?」

 窓の外は燃え盛る炎。

 部屋の中も炎一色になった。座席を守る卵型のシールドは高熱を防ぎきれず、外側の表面が溶けだした。

「も……燃えっ、燃ええぇぇぇぇ―――――っ!?」

「あ、ある高名な武人は、こう言っている」

 梓は瞑目して言った。

「なんてっ」

「ぜ、『是非に及ばず』」

 全身に一斉に起こる最後の、そして最大の爆発。魔王をも焼き滅ぼそうかという炎に、ゴーレムは包まれた。

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