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野生の魔法鳥獣を勝手に飼うことは禁止されておるのじゃよ

 緑に囲まれているのが動物園。

 水に囲まれているのが水族園。

 そして壁に囲まれているのが、魔獣園である。

 園の外周にそびえる白壁は、高さが十五メートルを超え、厚さも十メートルを超える。一辺の長さは短いものですら二キロメートルに及び、監視所の機能を備えたやぐらが設置されている。山間部の谷間をふさぐその威容は、近づく者に城壁都市を思わせた。

 緒志逗おしず市の中心部からバスに乗り、車中でアルバムを眺め、話をして時間をつぶすこと約一時間。

 梓と響はその魔獣園の入口までやってきた。二人は入場券と年間パスポートをそれぞれ呈示して入場した。

 中に入るなり、梓がパンフレットを広げた。これは入場券売場で箒の使用許可証と一緒に受け取ったものだ。

「管理事務所の位置は……」

「ここです」

 響が示した場所は、別の門のそば。二人がいる正門の反対側に当たる。数キロ先だ。

 梓が最短の道順を確認し、その間に響が杖と手提げ袋を魔法で背中にくくりつけ、箒の二人乗りの準備をした。広い園内を周遊するシャトルバスでは、余計な時間がかかる。

「ドライブ、複合式」

 シャトルバスと同じ速度で低空飛行を始める。この速度を超えると、箒の柄に貼られた使用許可証からアラームが鳴る仕組みだ。回数が多いか速度超過がひどい場合には、管理事務所と警察への通知も行われる。

 車道を箒で飛ぶ客は他にいない。クリエイト魔法製のレンタサイクルを利用する者もまばらにいるだけで、客の多くは動く歩道を利用する。

 動く歩道の動力源は、魔獣の糞尿。バイオマス発電と魔力変換の両方を行う施設は管理事務所と同じ方角にあり、管理事務所をめざす二人にとって、空に長々と突き出た煙突は良い目印になった。

「ゆっくり見たかったね」

 道路の左に花園が広がる。

 花々の咲き競うさまは華麗であるとともに、流麗でもある。麗しい花の群れは、文字通りに流れていた。万華鏡のように花の位置が入れ替わり、新しい模様を次々と生み出しては消してゆく。歩道と花園の間には二人の飼育員がいて、彼らが餌と魔法を巧みに使い、生ける剣山――『マホウハナハリモグラ』の群れを誘導していた。

 魔法の箒は芳香を振り切り、魔獣園の奥へ進む。歓声と拍手の音がどんどん後方に遠ざかる。その後、『ホタルクジャクの川辺』と『滑空ウサギの森』を通り抜けた。

 響はだいぶ遅れて返事をした。

「来たこと、ないんですね」

「うん」

「すみません。せっかくのお休みの日に、また手伝ってくれて」

「もう君だけの問題じゃない」

日曜日にちようヴぃのこと、ですか」

「そう」

 息吹家から魔獣園までのバス移動中にも話していたことだった。

 ブレイン担当の教師・十六夜によれば、日曜日と同じ天候条件下の交通事故死亡者は、魔法使いが多いという。

「誰かがわざと事故を引き起こして、私たちのうちの誰かを狙ったのか、あるいは……」

「あの人、姉の同期の人を」

 響の姉・紗都希さつきも魔法使いであり、彼女の母校・香甲第二高校は有数の魔法学校である。当然、その同期生も魔法使いということになる。

「そうかもしれない。でも……」

 梓は考え込んだ。トラックがコンビニに向かって急発進したとき、より近い場所にいた自分でも反応することができた。突入前のスリップ音と突入時のガラス破砕音は大きく、店内でも聞こえただろう。陳列棚の陰になっていたとはいえ、経歴から見て、その男もかわすなり衝撃を防ぐなりできたのではないか。紗都希の同期生・瀧殿たきどのが重傷を負ったことは、不自然に思えた。

 巨獣を見る区域に入った。

 道路から、一体の巨獣の後姿が見えた。

 灰色の毛が生えた丸い頭部とフワフワの両耳は、愛嬌豊か。体長一メートルに満たない通常種は、のんびりおっとりとしたイメージで人々に愛される。

 しかしここにいるのは、通常のゾウはおろか、非魔法動物最大のシロナガスクジラに匹敵する大きさの魔法変異種だ。草食動物とはいえ危険であることは間違いなく、展示には多重の安全措置が講じられている。その一つが檻に相当する透明の大型シェルターで、内部の魔獣がすべて気絶するか死亡するまで解除されることはない。飼育員の出入りと餌や排出物の搬送も、大型シェルターの外側にある小型シェルターを段階的に開閉して行う。

 広い巨獣エリアを通ること数分。

 ようやく管理事務所が見えるところまでたどり着いた。

 事務所前の道路は、来た道を除いて四方向に分かれていた。

 一つは救護センターへの道。

 救護センターはログハウス風の建物だ。明るい薄茶色の木壁に、緑色にペイントされた屋根。『第二救護センター』と『緊急避難所』の看板を掲げる。建物は大きく、センターの屋根の頂上は、四階建ての管理事務所の屋上と同じ高さにあった。

 二つ目の分かれ道は金網フェンスで閉鎖中。『肉食獣・有毒獣管理区域』の標識がすぐ近くに立つ。

 三つ目の分かれ道は、発電と魔力変換を行う施設へ向かう。

 そして最後が、魔獣園管理事務所への道だ。

 二人は迷わずこの道を進んだ。

 事務所は四階建ての灰色。メインルートから外れていることもあり、外観で客を楽しませようという意図はまるきりない建物だった。特徴があるとすれば、壁の厚さ。一階の窓は三重窓になっている。

 梓と響は箒をおりて、中に入ろうとした。

 しかし、正面玄関の自動ドアが開かない。

 二人のどちらが前に立っても、二人同時に立っても、ドアは動かない。手を触れても反応がなかった。

「故障かな」

「あっちに、ドアがあります」

 別の出入り口に移動した。ところが、こちらのドアも開かない。押し引きしても、強化ガラス製の戸はごく小さく振動するだけだった。

 響はインターフォンのボタンを何度も押したが、返事は来ない。

 梓がパンフレットを広げる。

 閉園は午後五時。まだ三十分はある。閉園後も従業員の仕事はあるので、事務所を施錠するには早すぎる。

 響はドアガラスにぺたりと張り付いて、中を覗き込んだ。

「誰か、いないんでしょうか。電話に出てくれたのに」

 響が事務所に電話したのは、一時間半前のことだ。師匠の出勤を確かめるためだった。応対した女性職員は慣れた様子で、彼なら二時間後には事務所にいるんじゃない、と答えた。

「明かりは?」

「廊下は、ついてます。あかるいです」

「魔法で呼ぼう。ブレイン、【精神感応テレパス】」

 カアンと、甲高い音が鳴った。

 放たれた魔法波は、ドアの内側に現れたブルーの半透明壁に撥ね返された。

「ファイアウォールだ」

「前に来たときと、ちがいます。どうしたら」

「大事な会議中なのかな。いや、それなら会議室だけを閉ざせばいい」

 梓は自問自答しつつ、窓のある方に回った。

 帽子を脱いで、窓からそっと中の様子を窺う。

 外観と同じく、中のレイアウトも没個性的だった。向かい合わせの事務用デスクが部屋の中央に並ぶ。書類の束、平積みのファイル、パソコンのモニタ、空のオウム用ケージ。何の変哲もない品々が置かれた机。これらの席についている者はいなかった。

 ただ、ある席だけは例外だった。

 向かいの席との間に垣根を作るように、動物と魔獣のぬいぐるみが並べられていた。その一部は門のように開いていて、一人のロングヘアの女性職員が椅子に座り、机に突っ伏しているのが見えた。

「いねむり、してますね」

 響も窓から覗き見て、そう言った。

「ちがう……。君は見ない方がいい」

「どうして、ですか」

 響は不思議そうに梓を見たが、それは一瞬だけ。ぬいぐるみに魅かれ、同じデスクに視線を戻した。

 突っ伏する女の上半身の横に二つ、開かれたスケッチブックを下敷きにして、可愛らしいぬいぐるみが置いてある。まるっこいデザインの哺乳類・キリンと、同じくまるっこくデフォルメされた魔獣・麒麟きりん。キリンは黄色と茶色、麒麟は青と白と緑の三色がベースで、赤い河のような図が描かれたスケッチブックの上に、ヒヅメと毛皮を濡らして立っている。

「ななな、何か、おかしいですよね。絵の具も、筆も、ないです……」

「血だね……」

「でんわ、でんわ。さっきの救護センターへ」

 響は手提げ袋の中のスマートフォンを探りつつ、梓に呼びかける。

「あの、パンフレットを。番号ヴァんごうが」

「電話はやめるんだ」

 梓は響の手を掴んで遮った。

 視線は室内の女に再び向かった。

 響が注視しなかった部分、女の右腕。その先にある指輪の嵌った右手は硬直し、スマートフォンを握って離さない。

 注視すれば、彼女が通話できなかったことは明白だった。

 女の腕は、鋭く切断されていた。

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