もうひとつの事件
「おととい日曜ときのう月曜に病院にいた人、全員にお聞きしています。形式的なものですから」
と、やってきた刑事は、きわめて形式的な建前を述べた。
校長姫宮の立ち合いの下、響と栗子が校長室で捜査三課の刑事二人から質問を受けた。内容は防災大附属病院の中央魔法医療棟に来た時刻と帰った時刻はいつか、その間に病院で不審な人物を見たかどうか、というもの。時刻は当日のスマートフォンの記録を見て、栗子がほぼ正確に答えた。不審な人物については、二人とも見なかったと答えた。
「どうもありがとうございます」
若い男の刑事が頭を下げ、聞き込みはあっさり終わったかに見えた。
しかし全員で校長室を出てすぐに、定年間近と思える白髪頭の刑事が、姫宮に世間話をするような口調で問いかけた。
「こちらの学校は、全寮制でしたな」
「そうだ」
姫宮ははるか年上の刑事相手でもお構いなく、傲然と言う。
その間に、響と栗子が姫宮らと別れた。
姫宮と刑事二人は、ゆっくりと校舎の玄関に向かって歩く。
「全寮制の学校というのは、スポーツの強豪校が多いと聞きますな。生徒さんはみなさん、クラブ活動を?」
「全員ではない」
「ほう、そうですか。さきほどのお二人、山崎さんと息吹さんでしたか。あの子たちは」
「どこにも入っておらんな。医療魔法科の者は授業と研修で時間がない。息吹はまだ決めかねているようだ」
「食事は毎日、寮で取っておられるんでしょうなあ」
「朝食と夕食は寮で取ることになっている」
「昨日と一昨日も、ですな」
姫宮がジロリと刑事を睨んだ。
「いやいや、わたしにも一人暮らしをしている娘がおりまして。親元を離れていると、いつも心配でならんのですよ。その点、寮は安心できると思いまして。娘の会社には独身寮というものがありません」
「詳しいことは寮監に聞くがいい。二日前のことならば覚えているであろう」
「何か誤解なさっているようですな」
「遠慮するな。書類の体裁を整えねばならん苦労はわかっているぞ」
「ははははは。何やら誤解が解けていないようですが、それはそれでありがたいことですな。ご厚意に甘えましょう」
「寮まで案内させよう」
姫宮はテレパスで事務員を呼び、刑事二人は事務員に案内されて校舎から去っていった。
校長室からやや離れて廊下で待っていた梓は、姫宮がテレパスで寮に連絡を取る間に、栗子と響に事情を尋ねることにした。
「何があったの。校長が変なこと言っていたけれど」
「あ、一文字さん」
「ああ、あんたもいたの。これよ、これ」
栗子が差し出したスマートフォンの画面には、『病院で薬品とハードディスクなど紛失 盗難の疑い』とニュースの見出しが表示されていた。
画面をスクロールさせて記事に目を通すと、盗まれた品物はいずれも日曜まで院内にあったことが確認されており、月曜の朝に各担当職員が出勤したとき紛失に気が付いた、ということだった。
「そういうことだったんだね」
納得して、梓は栗子にスマートフォンを返した。
「コンビニ事故のはまた別で警官がくるっつってるし……ウザさ倍増じゃん」
「さっきの二人組は刑事だね。彼らもまた来るよ。たぶん、君は共犯者として疑われている。『附属病院内部に詳しい者』だから」
「えっ? いつのまに。日曜日、ずっと一緒にいましたよね」
響が栗子を見て驚く。
「やっとらんわ! そもそも、あたしには夜もアリバイがある」
梓の方を見て言う。
「あんたとあたし、同じ部屋で遅くまで起きてたっしょ。朝もあんたが六時に起きて、『HALは化け物』とかなんとか言って、あたしを起こしたじゃん」
「『春はあけぼの』。枕草子の冒頭だよ」
「古文だっけ。必修じゃないからもう忘れた」
「それより、アリバイのことだけどね」
「何よ。問題あんの? あんたが寝てる間に病院まで行って盗んで帰ってくるのは、相当飛ばさないと無理。空間転移魔法もあたしは使えない。だからギリ成立してる」
「時間的にはね。でも校長が言うには、私が窃盗事件の主犯だと。だから一緒にいたと言っても、アリバイの証言にならないんだ」
「ちょっ、ざけんなっ! あんた何したのよっ。それじゃウザさ三倍増じゃん!」
「何もしてないけど、『李下に冠を正さず』だよ。日頃の言動がたたったんだ」
「お前の言動のせいだろ! 朝礼脱走とか、通貨偽造犯とか!」
「通貨じゃないよ。純金の偽造」
「んなこと言ってる場合か。その口浄めてやる。クリエイト、単独式」
「ふぉっ?」
栗子は右手で梓の頬を左右から強くつかんで顔を上向かせ、口をこじ開けた。そこに左手から出した白い粉をあふれるほど流し込む。
「ま、まやくでしょうか。病院から、盗ったんですね」
「塩だっつの」
「ふぉ、ふぉんなふぉとわざがある」
「何か、言ってます。くちふうじ、できてないです」
「あんたも塩一〇〇、水ゼロでうがいしたいの? ほら梓、シェイクよシェイク」
「『ふぉたぼひぬおふぃおのすひたにょとおんにゃぬおくひのすひとぅあのはとひふぁへひがふははひ(牡丹餅の塩の過ぎたのと女の口の過ぎたのは取り返しがつかない)』」
梓の口を塩まみれにして、栗子の血圧はようやく下がった。