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追憶

『そこの廊下の角を左に。そう、そこから三番目の開け放しのドア』

『こっち? 一、二、三。あ、これか』

 国立総合防災大・魔法理学部応用ブレイン学科の共同研究室に、響と栗子が入ってきた。中では十六夜が立って待っていた。梓は同室内のテーブル席に座り、被災文書の復元に関する論文を読んでいる。

 十六夜はテレパスで自ら案内した二人を椅子に勧め、ドアを閉めた。

「二人ともよかったよ。精密検査しても、異常なかったんだって?」

「まーね」

 栗子は言った後、目をそらせた。魔法医による精密検査を受けたのは響だけだ。仮病で大学病院の医療資源を使うわけにはいかない。

 二人は帽子とマントを脱いで、椅子に腰かけた。

「そっちはどうだったのよ」

 栗子は梓に実況見分の立ち合いについてたずねた。梓が面を上げた。

「割と早くすんだよ」

「ふーん」

 時刻は午後六時を過ぎたところだった。窓から春の夕陽が差し込む。

「あとは運転手と怪我して運ばれた人たちに聞き込みして調べるみたいだね」

「そうなんだ。あ、それ後であたしと響のところにも来るってこと?」

「多分」

「うわ、めんどくさ。あんた代わりにやっといてくれたんじゃないの」

「応急手当てした君から直に聞きたいと言ってたよ」

「ちっ……」

「あの、わたしは何を聞かれるんでしょうか」

 響は不安げに視線を泳がせた。

「検査の結果と、私の言ったことの確認ぐらいじゃないかな。心配するほどのことじゃないよ」

「そうだと、いいんですけど」

 生徒たち三人が話す間に、十六夜はティーポットに紅茶を淹れ、保温の魔法をかけた。梓と響がカップを運ぶ手伝いをしようと動く気配を見せると彼はそれを制し、書き物机の引き出しを開けた。その中にあるカードの束から無造作に一枚を引き抜き、三人の座るテーブルの上まで持ってきた。カードに描かれた模様は、少年と幼い少女と六つのカップだ。

「クリエイト、単独式」

 カードの表面のうち、三分の二が光った。

 周囲に四つの杯が形作られる。

 それに紅茶を注ぎ、三人が頭を下げて礼をすると、彼から言い出した。

「あのさ、今日のことなんだけど、紗都希さつきさんの品をサイコメトリーするって話だったよね」

 響は意表を突かれたように、二秒ほど動きをとめた。

「わたし、まだ姉の名前いってないです。一文字さんから聞いたんですか」

 梓は響の隣で首を横に振った。

「すると、心が読めるんですね」

 響は感心したように言った。

 しかし十六夜はそれを打ち消すように力なく笑う。

「僕はブレイン専攻でも読心はできないんだ。技術的には問題ないんだけど、相手のドロドロした部分が見えたり、これ知られたくないだろうなあ、なんて秘密にうっかり触れたりすると、ひどく気疲れするからね」

 口調にはいくぶん自嘲が混ざる。

「君のお姉さんは、院生や教授たちの間ではちょっとした有名人だったんだ。まだ学部生なのに、高度な魔法の応用研究をしていたから。試験運用にも成功したらしい」

「へー、大学でもすごそうじゃん。響のお姉さん」

「どんな魔法ですか」

「知りたい、です」

「地震や台風の害を防いだり、病原体や有毒ガスを処分したりする魔法だよ。これまでのものより精密なところが特徴かな。花粉症の症状を抑えたり、痛覚や眠気、空腹感をなくしたりもできる。便秘にも効く」

「ヴぇんぴ……」

「何なのそれ?」

「よくわからない魔法ですね」

「説明すると長くなる。もうすぐ夜にもなるし、ここで大学レベルの内容の授業を受けたくないよね?」

「あたしパス。あんたたちもパスでいいっしょ」

「わたしは、知りたいです」

「でもさ、響の今日の目的、それじゃないじゃん。サイコメトリーでしょ。お姉さんのこと詳しく知りたいと思うのはいいけどさ」

「あ、はい。そうですね……。お願いします」

 響は指輪を外し、帽子とあわせて、姉の形見でもあるそれらの品を十六夜に差し出した。

「そのことだけど、いいのかな。君たちも事故に巻き込まれたばかりで、紗都希さんの事故場面を見ることになったら、ショックを受けるかもしれないけど……」

 びくっ一回と身を震わせ、うつむくことしばし。意を決して顔を上げ、響は力強く返事をした。

大丈夫だいじょうヴです。姉の事故のことが知りたくて、来たんです」

「わかった、やろう」

 十六夜は二つの品を受け取り、テーブルの上に置いた。杖も追加で響から渡された。

「ドライブ、複合式」

 遠隔操作の魔法を受けて電灯が消え、カーテンも閉じられた。カーテンは遮光等級が一級のもので、部屋は一気に暗くなった。

「始めは眩しいから気をつけて」

 右手を卓上の杖と帽子と指輪にかざし、魔力を込める。右中指の指輪に嵌められた月長石ムーンストーンが青く輝く。

「ブレイン、【残留思念探知サイコメトリー】」

 魔法が放たれた。

 その激しい光はいったん卓上の三品に全て集まり、そこに吸収されたかと思うと溢れ出し、勢いよく飛び出した。

「うっ!」

「わっ」

「ちょっ」

 刺すような、鋭い刃状の閃光が無数に室内を飛び交う。

 床に当たった光は跳ね返り、壁に当たった光も跳ね返った。天井と窓も同様だ。梓たち三人の髪や服、靴、箒、マント、さらには研究室内の備品や調度類などに当たった光も跳ね返った。光が当たった場所のうち壁とカーテンと天井には無数の小さな光点が残り、その光点はそれぞれが伸びてつながり、像を結び始めた。

 三人がそれぞれ目を覆い隠していた腕を下ろしたときには、強烈な反射は止んで、部屋はさながらプラネタリウムのようになっていた。

 描像が三つある。

 ゴーレムのコックピットから見た空、どこかの葬儀会場、青空の下の河川敷。それぞれが壁、カーテン、天井に映し出されており、いずれも静止画だ。

「これは僕も見たことがあるな。附属校の校舎みたいだ」

 彼はそう言うと、今度は弱めの光を手から放出して同じ手順で反射させ、コックピットの光景に当てた。

 像が音声とともに動く。

『これ、落ちてますよね』

『落ちてるよ』

『ついらく?』

『じゃないから、心配しないで。軌道計算はできてる』

 響と梓の声だ。

「これ、あんたたちじゃない?」

「そうだね。息吹さんの残留思念だと思う」

 梓が栗子に答える。

「お葬式のも、たぶん、わたしのだと思います」

「残る一つを見てみようか」

 十六夜が先を促した。

 栗子と梓は響に気づかれないように『あんた残留思念の立体映像でしょ、いつのまに墜落死して葬式出したの』『私は死んでいないよ』『あんたマントも帽子もつけてないじゃん?』とテレパスで内緒話をしていたが、コックピット内の映像が止まるや、内緒話をやめた。

 天井の像が動き始める。

 空、川、橋の遠景からズームアップし、それまでぼんやりと映っていた人影が鮮明になっていく。

 川のそば、芝生の上に、二人の少女がいた。

 一人は歳が六、七歳ほど。身の丈に合わない大きな黒いとんがり帽子をかぶっているせいで、顔は見えない。白いワンピースの上に纏う黒マントも、裾が地面にべったりとついていた。

 もう一人は中学校の制服に身を包む。一つ結びにした緩い三つ編みを肩から下げ、穏やかに微笑む。顔のつくりはどことなく響に似ていたが、響よりも大人びた印象がある。

「姉です」

「じゃあ小さい子が響?」

「はい。このときのこと、おぼえてます」

 二人はシャボン玉で遊んでいた。

 響の姉・紗都希が大きく円を描いて杖を回すと、そこから生まれたシャボン玉が幼い頃の響を包んで、中に乗せたままふわふわと浮き上がる。シャボン玉は響が中ではしゃぐ間に四メートル、五メートルと高度を上げた。高さに気づいてあわてたときには、割れてしまっていた。

 目をまるくして驚く小さい響。

 落ちて地面に激突か――と思われた瞬間、新たなシャボン玉が地面から湧いてクッションになった。トランポリンのように跳ね、その後はマントの機能でゆっくりと着地した。

「仲がいいね」

 梓が言った。

 映像内の紗都希の表情からは、慈しみと楽しさの両方が読み取れる。

 紗都希の眼差しを受ける幼い響は、今度は自らの手でより大きなシャボン玉を作り出そうとした。姉の真似をして、杖を大きく振り上げる。しかし、空中に白い大量の石鹸水が生まれはしたものの、巨大シャボン玉は完成する前に割れてしまい、姉妹は水浸しになってしまった。

 姉は苦笑いし、妹は照れ笑いして、横に並んで芝生に腰掛け、寝転んだ。

「『河川敷 青草にまろぶ 濡れがらす』」

「からす?」

 詠じた梓に響が聞き返した。

「濡れ烏は、綺麗な黒髪の形容だよ」

「姉の髪、黒くないですけど……」

「君の髪」

「姉の方が、きれいです」

「そうだね。それなら、杖のことにしようか」

 姉妹が使った杖の頭部には、翼を広げた三本足のカラスの彫像があった。陽光とそよ風を浴び、彫像に生じた石鹸水の膜が紫、青、緑の三色で彩られ、ゆらめく。

「あの杖、持ってきたのと違います」

「持ってきたのは、お姉さんが大学に入学した後のものだからね。帽子に残っていた分だと思う」

 そう言われた響が卓上の杖と帽子に目をやったとき、栗子と十六夜の姿が視界に入った。二人とも、天井を見上げたまま首の後ろ側を軽くさすっている。

「あ、すみません。もう、いいですから」

「あれ、あんた、もういいの?」

 栗子が聞く。

「事故のこと、わからないですし……」

 響は少しためらってから、答えた。

「あまり役に立てなかったみたいだ。ごめんね」

 十六夜が謝る。彼は像をすべて消し、電灯を点けた。

 響は明るさに慣れると、形見の品々を大事に抱え、彼に答えた。

「いえ、お願いして、よかったです」

 そして映像が消え去った天井を懐かしそうに、名残惜しそうに見つめた。

「すごく、よかったです」

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