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暗雲

病院ヴょういんが、来ました……」

 やってきたゴーレムの足は人間のものとは異なり、つま先部分が四角い。

 そのつま先前面部分に、淡い光が浮き上がった。光の中で外壁がガラス扉に変化してゆく。左右に開く自動ドアの形になった。

「あそこが搬入口だね」

 梓は連絡用のスマートフォンを片付け、箒を手にして響の隣に立った。 

「準備しよう」

「二人で、運ヴんですか」

 負傷者は五人で全員男。うち三人が重傷。軽傷の者も意識を失っていたり泥酔していたりして、自分の足で歩ける者は一人もいない状態だ。

 箒の担架を使おうとしても、響はそれに必要なドライブ系統の魔法がうまく扱えない。まだ店の中にいる栗子は応急処置と治療で魔力を消耗しきっていた。魔法なしで男たちを運ぶ重労働になりそうだった。

「すぐに中から人がくるよ。通路とアーケードを作るんだ」

「そうなんですね。よかった」

 梓はいったんストアの中に戻り、店舗の床を軽く箒で掃いた。それからまた外に出て、ストア入口の扉から病院ゴーレムのドアまでの道筋を目で辿り、確認し終えると、箒の穂先をストア入口の床に向けた。

「ゆっくり実体化させるから、その間にアーケードを。雨と風が防げて暗くなければ、材質は何でもいいよ」

「はい」

「クリエイト、単独式」

 唱えつつ、箒を筆のように動かして仮想の道筋をなぞった。クリーム色の光が穂先から出て、イメージ通りの曲線で駐車場の路面を薄く覆いはじめた。

 響が後に続く。

「クリエイト、単独式」

 アクリル製の透明な屋根と壁が作られていく。

 屋根と壁が出来上がるのと並行して、通路も実体化していった。コンビニ店舗内と同じ材質の床になった。透明のアーケードが雨を弾き、通路の床が濡れることはない。通路の幅は約三・五メートル。屋根の高さも同様だ。

 病院ゴーレムにある戸口に、一人の救急隊員が現れた。彼はトラックが突っ込んだ状態のコンビニエンスストアを少し眺めた後、完成した通路と空を何度か見比べて、ゴーレム内に戻った。

 数秒経ち、彼は六人の男女を連れて再び現れた。彼らは五台の患者運搬車ストレッチャーを分担して押しつつ、急ぎ足で通路を渡ってきた。

「ここだね。連絡をくれたのは君たち?」

「はい」

「負傷者は」

「奥です」

 搬送作業が始まった。

 三人の救急隊員が手際よくストレッチャーに負傷者をのせてゆく。そのうちの一台は、隊員と女性看護師によってすぐに運び出された。二台目も女性看護師二人に運び出されようとしていた。

 そのとき、雨の中道路を突っ走る一台の自転車が見えた。自転車は速度を落とすことなく、水たまりでしぶきを立てつつ、コンビニの駐車場に一気に侵入してきた。そして救急隊員たちの前まで来て急ブレーキをかけ、とまった。運転していた二十代前半の男がバランスを崩してよろめく。

 隊員と看護師たちが不審げに男を見る。

 身長は百六十七、八センチ。白のワイシャツと黒髪はずぶ濡れ。はあはあと喘ぐ顔は、あごも鼻も細く、髭剃り跡は見えないほど薄く、眉毛は柔らかく、強面こわもてとは正反対に位置するような作りだった。

 男は自分が怪しまれていることに頓着せず、息せき切って、作業中の隊員に話しかけた。

「事故に、巻き込まれた人の、中に、女の子が、いませんでしたか」

 細身の体に似つかわしくない、バリトンの声だ。

「あ」

 響が声をあげた。聞き覚えのある声だった。

 隊員の一人が男にたずねる。

「あなたは?」

「高校の、教師です。うちの生徒がいるそうなんです」

「学校の先生ですか。負傷者に高校生はいないようですが」

 梓が男に声をかける。

「私たちなら三人とも無事ですよ、十六夜いざよい先生」

「君は一年……そうか、もう二年生になったんだね」

「一文字です」

「うん、覚えてるよ。そっちは息吹さん、向こうにいるのは山崎さんか。無事でよかった」

 十六夜に安堵の色が浮かんだ。

「いいですか」

「あ、どうぞ」

 隊員はストレッチャーを運んで行った。

 梓が十六夜にたずねる。

「先生はどうしてここに」

「君たちが来るのが遅れてるから、ブレインで探ったんだよ。そうしたら近くで事故はあるし、電話しても出ないから気になって」

「あー! 『声だけイケメン』の十六夜センセじゃん。そっちから迎えに来てくれたんだ」

 栗子が十六夜の声と姿に気づいてやってきた。

「いやそれ、心配して駆けつけた目上の人間に真っ先に言う言葉じゃないから」

「別にいーじゃん。声カッコいいんだし。褒めてるっしょ」

「褒められてる気がしないよ」

 話している間に、残った三台も救急隊員たちが押していこうとする。

 二台が発った。

「先生と生徒さんたちでしたね。通路と応急処置があったので助かりました。ご協力感謝します」

 最後に残った隊員は、教師である十六夜に対して礼を言った。

「いえいえ、僕は何も」

「うん、していない。あたしに言って」

「ははは、しっかりした生徒さんですね。ご協力感謝します」

「はは……」

 十六夜は力なく笑った。

「君たちは、どこか怪我していないかな」

 隊員が梓たちに向かって言った。

「私は大丈夫です」

「わたしも、だいじょう――」

「ぶじゃないでしょ、あんたは」

「え?」

「ふらついてたじゃない」

「精密検査を受けたほうがいい」

 梓が響に言った。

「どういうことかな」

 隊員が説明を求めた。十六夜も不安げな表情で梓を見つめる。

「よけて転倒した際に、頭を打った恐れがあります。マントの安全装置は作動していましたが、念のために」

「なるほど。それなら君も乗って」

「あ、はい。わかりました」

 響が答えた。

 隊員が十六夜に問いかける。

「先生はどうされますか」

「僕は……」

 十六夜は戸惑いを見せつつ、響と事故現場を見比べた。病院に付き添っていくことに彼の心は傾いていたが、重大な事故現場に生徒二人を残すことにも不安がある。

 栗子が察して、助け舟を出した。

「あたしが響についてくわ。あたしも頭打ってるかもしれないし。センセはここに残って梓の面倒見といて」

「え、君も」

「そう。そいつが思いきり突き飛ばすもんだから」

 栗子は梓を見てニヤニヤと笑った。

「トラックをかわすためじゃないか」

「ドライブ強すぎんのよ。あれじゃどっちがトラックだかわかんないっての。そんじゃ、警察にクソめんどくさい説明すんのよろしく。いくぞ響」

 栗子は自分の箒を片手に、もう一方の手で響の手を引いて、ストレッチャーを押す隊員の後ろに続いて歩いていった。

「大丈夫かな」

 無事に病院ゴーレムの中に入るのを見届けて、十六夜が言った。

「息吹さんのことは気になりますね」

 梓は答えると、十六夜に背を向けて歩き出した。

「山崎さんのことは?」

「あの様子なら、問題ないと思います。ここより病院のソファの方が居心地いいだけですから」

 ちょうど二人を突き飛ばした場所に立った。

「二人とも同じように押したはずだけど……。帽子の分がなかったからかな」

 梓は小首をかしげ、別の角度から検討するために、再び移動した。十六夜のいる自動ドア前には戻らず、その反対側に向かった。

「事故が多いね」

 十六夜が梓に話しかけた。

「そうみたいですね」

 店舗に突入したトラックを見れば、かなり型が旧い。自動ブレーキはおろか、後退時のアナウンスもない代物だ。このような車両がいまだに現役ならば、事故は減りようもない。

 雨足は弱まり、道路の彼方からは警察車両のものと思われるサイレン音が近づいてくる。ゴーレムはまだ飛び立たず、駐車場と道路をまたいで立ち、警察車両の到着を待つ。

「最近の交通災害を分析したレポートがあってね。それによると」

 十六夜は空を見上げた。

 雨足はさらに弱まり、雨雲はどこかへ流れていこうとしつつある。

「予報が外れて雨が降った日に、死亡事故が多いんだ」

「それは特におかしいとは思いません。ドライバーや歩行者が道を急いだり、急な雨で視界が悪くなったりすれば、事故が起きやすくなるのは当然では」

「魔法使いが死んでいるんだ」

「え?」

「魔法を使えるグループの方が死者の割合が高いらしい。空中衝突や墜落事故の人数を差し引いて比較しても、そうなるんだって」

 空が青さを取り戻すのとは逆に、十六夜の表情には影が差した。

「それでもおかしいと思わないかな」

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