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利便性のある施設

「ドライブ! 単独式!」

 梓のその声と同時に、トラックの後輪がパーキングブロックに乗り上げた。

 突如として跳ね上がり迫ってきたトラックに目を奪われ、響と栗子は動けない。

 梓が二人を突き飛ばす。

 二人の体は水平に数メートル飛んだ。

 梓自身も反動を利用して二人の反対側に跳んだ。

 その直後、トラックは響の作った箱をはじき飛ばし、三人の間を通過した。ガラスを突き破り、雑誌棚を押し飛ばし、数多あまたの日用雑貨と食品を具材に陳列棚で多層サンドイッチを作り上げ、ストアを占拠した。

 ガラスの破砕音と陳列棚の金属音は消えたが、店内放送の音楽は車の突入以前と何ら変わりなく、雨音をバックにリズムを刻む。

 飲料の入った缶がガラガラと壁際の棚から崩れ落ち、店内の床を転がった。

 あるコーヒーの缶は、袋ごと粉々に挽かれた煎餅の上で止まった。

 ある炭酸飲料の缶は、つぶれた菓子パンをクッションにして止まった。

 そして小サイズの緑黄色野菜ジュースの缶のひとつは、散乱した他の商品の隙間を通って転がり、血だまりの中で止まった。

 タイヤは止まっていない。

 なおもゆっくりと、回転を続けようとする。

 ペットボトル飲料の詰まった冷蔵庫が火花を散らし、戸をひしゃげさせて、棚と、棚を押す車を食い止める。

「早く起きるんだ!」

 梓は崩れた体勢をすぐに立て直し、仰向けで横たわる栗子に駆け寄った。手を引っ張り、起き上がらせようとする。

「ちょっと何よ、いまのトラック!」

 栗子がゆっくり上体を起こした。その後頭部から首回り、さらには背中一面を、柔らかく黄色い光が包み込んでいた。

「踏み間違えてる」

「アクセルとブレーキ?」

「運転手を起こすんだ!」

 ストアの割れたガラス窓を挟んで、二人のところからトラックの運転席が窺えた。運転手がハンドルにもたれて突っ伏している。

「響は!? 響はどうしたの」

「そこにいる。彼女は大丈夫」

 響はすぐ近くで横向きに倒れていたが、ゆっくりと起き上がった。栗子と同様に、黄色い光が響を後ろから大きく包み込む。マントに組み込まれた安全装置だ。

 梓が箒を手に取り、トラックに向かって駆け出した。

 響の無事を見届けた栗子も自分の箒を手にし、その後に続いた。

 二人はトラック右側、運転席側のドアの前に来た。

「開かない」

「あたしが飛ぶ」

 箒に乗って少し浮き、中の様子を見る。

 座っているのは中年の男。頭髪は短く刈られ、帽子はかぶっていない。どこかの運送会社のものらしいブルーの制服に身を包む。顔は見えないが、手と首筋が紅潮している。

 運転手の足下から何かが出てきて、助手席側に転がった。

 ビールの空き缶だった。

「ざけんな……飲酒で居眠りかよ」

 栗子が毒づく。

「梓、いっぺんには無理!」

「ギアをニュートラルに!」

「それ、よくわかんないっ」

「ペダルはいくつ?」

「ふた……あ、三つ!」

「三つ。そのまま見ていて!」

 梓が箒の穂先をペダル位置に向けた。

「ドライブ、単独式!」

 ペダルにゆっくりと力が加わる。遠隔操作の魔法だ。

「動いてるのはどれ!」

「一番左!」

 運転席から見た一番左は、クラッチペダル。クラッチはエンジンからの回転動力をトランスミッションに伝えたり切ったりする装置のことで、このクラッチのペダルが踏まれている間は、エンジンの動力はギアに伝わらず、タイヤにも伝わらない。

「よし!」

 間違えていないと判るや、梓は一気にペダルを押し込んだ。

 ガタンと大きく車が揺れ、後進が止まった。

 その入れ代わりに、アクセルの空ぶかしの音が店舗を満たした。

「キーを回すんだ!」

「わかった!」

「あのっ、わたしはっ」

 額を左手で押さえつつ、響がふらふらと二人の元に近づいてきて呼びかけた。

「排ガスを始末して! できるっ?」

「はいっ」

 響は二人の左側の位置に立ち、車の後部に向かって杖の先端を突き出し、構えた。梓は箒の穂をドア越しにクラッチペダルに向け続け、栗子は片手をドアガラス越しに車のキーに向け、遠隔操作の準備に入る。

 短く緩い弧を描いて並ぶ三人のもとから、扇状に光が放たれる。

「ドライブ、単独式!」

「アルケミー、【ポリュータント・クリスタライズ】!」

 エンジン音が小さくなり、ぷつんと途切れた。

 薄紫の淡い光の中で、雹のようにパラパラと床に何かが落ちた。

「とまった」

「うっしゃ」

 片腕でガッツポーズを決めた栗子に、梓が注意した。

「まだだよ」

 梓は身を屈めて、車輪の間からトラック左後輪方向の床を覗き見た。そこにあるのは、浅い血の池。

「車の下敷きになってる人はなし。倒れているのは一人……二人……」

「こっちにも、います。店員さんが」

 響は米粒ほどの黒い多角体の結晶をいくつも踏み潰してよろよろと歩き、レジカウンターに片手をついて身を支えた。

 その響の後を追って栗子が箒を降りて近づくと、カウンターの中に男の店員が見えた。店員は床に尻をつき、壁にもたれかかる形で、「う、う、う」と小さくうめく。

「こっちは後か」

「そうだね」

 梓が横から覗き込んで同意した。そしてスマートフォンを取り出した。

「救急への連絡は私がする。息吹さん、私は怪我人の容体を伝える必要があるから、外での誘導を頼めるかな」



 五分後。

 応急処置に当たっていた栗子が額に汗をにじませ、梓に話しかけた。

「もうすぐ魔法ホルモンが切れる。まだ来ないの?」

「連絡はしたよ」

 左右それぞれの手にスマートフォンを一台ずつ持って、梓は答えた。

 一方では店に突っ込んだトラックと店内の様子を撮影し、もう一方では負傷者の様子を撮影し、位置情報とあわせて警察・消防・救急へ継続的にデータを転送する。

「五人もいんのよ!」

「こっちに向かってる。一分以内に着く」

「一分。響っ、来たっ?」

 店の外で救急隊員を待つ響に呼びかけた。

「きませんっ」

 そのとき、強い雨音の中から救急サイレンの音がかすかに聞こえた。少しずつ大きくなってくる。

「来てんじゃんっ」

「えっ。でも、救急車、どこにもっ……」

「救急車は来ない!」

「ええっ?」

「誘導のライトは上に向けて!」

「うえ?」

「早く!」

「はいっ。救急ヘリなんですねっ。クリエイト、単独式!」

 頭上に杖を振り上げた。その先端から赤い光線が飛ぶ。

 響はゆっくりと杖を回しながら、空を見上げる。

 午前中だとは思えないほど、暗い。空は暗雲に覆われ、その雲は激しい雨を地上に叩きつけてくる。雨音だけがよく聞こえる。

「ヘリコプター……来ないですね」

 プロペラ音も、エンジン音もしない。サイレンの音も消えていた。

 ふと、雨がやんだ。

 空から光が射し込み、響とその周囲を円く照らした。

「あ……。来ました……」

「ちょっと聞こえないっ。もうそこに来てんのっ?」

「はいっ」

 店の中に向けて大きく返事をした響は、ふたたび駐車場の上空に目をやった。

 コンビニエンスストアの建物よりもはるかに大きな物体が、そこにあった。

 片方の先端からもう一方の先端までが軽く百メートルを超す、白い可変翼。その翼の根元に見えるのは、赤レンガの外壁と、それを覆う金属質の白い甲冑。地上から窺えるこの物体の足の裏・・・は、店に突っ込んだ2トントラックを片足で丸々踏み潰せるほどの広さと重量感を備える。この足からさらに上方へ数十メートル、一般の建物の高さで言えば七階に相当する部分、また人体の部位で言えば左肩に当たる部分に、サーチライトの光源があった。

 当初一本だけだったサーチライトは両肩からの四本に増えてそれぞれが動き出し、駐車場と二車線道路を照らし出した。

 照らす対象と範囲をそのままにして、光源が徐々に地上に近づいてくる。

 風圧が雨水を撒き散らす。

 そして、ゴーレムが――校舎ゴーレムの倍以上の大きさを持つゴーレムが――翼を折りたたみながら着地した。片足を駐車場に、もう一方の足を道路に置いて。 

 駐車場にそびえ立つ脚の側面に、プレートがつけられていた。

 次の文字が並ぶ。

『国立総合防災大医学部附属病院・第一救急医療棟』――。

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