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願うのは笑顔  作者:
第1章 第3節【正しさ】
79/143

収束


 

 アルヴァルドは何度も見てきた。戦場で。何度も目にし、何度もその光景を作り出していた。

 

 敵兵を殺す度に敵兵は怒りと悲しみと絶望を浮かべた。仲間が死ぬ度きっと、アルヴァルド本人も浮かべていた。

 

 死を迎える近しい存在に悲しみを抱く。

 

 悲しみと、憎悪と、絶望と、血とが()()ぜになったその戦場で。

 

 アルヴァルドはただ理解していた。

 

 美しいと、慕われた男。醜いと蔑まれた男。両者は人数の差はあっても人に愛されていた。だが死ぬ時は変わらず一人で逝く。

 

 遠い地で待つ、大切な人が、その死に絶望する。戦争とはそういうモノだった。戦場に居なくても傷を負うことになるのを。失って初めて人は気付くのだろうか。

 

 「っ」

 

 アルヴァルドは殺す気で剣を振った。陛下は捕らえろとは言ったが死なすなとは言われていないなら仕方ないと、何処か他人事の様に諦めた。

 

 それでもルトゥールは生きていた。確かに剣はルトゥールの命を終わらそうとしていた、けれど、彼は生き残っていた。

 

 

 「剣、が」

 

 アルヴァルドは持ち慣れたその剣の重さが変わった事にすぐに気付いた。違和感に飛び退き、ルトゥールから距離をとって剣を見れば…まるで一気に錆びたかのように、剣の刃が崩れ落ちていた。

 

 

 しゅうしゅうという溶けていくと生じる異音。水が腐ったような異臭。

 

 

 「…何をした」

 「教えるわけねぇだろうが!」

 「ならば! 吐かせるまで!」

 

 溶けかけた剣を捨てアルヴァルドは拳を構える。武器が無かったとしても逃げる訳にはいかない。なによりも。

 

 なによりもルトゥールという情報がない男から少しでも情報を得る必要があった。

 

 剣は溶けた。ならば人体は? 金属だけを溶かすことができるのか。それともなんでも溶かすことが出来るものなのか。

 

 「馬鹿だなぁ!本当に貴族ってやつはよぉ!?」

 「俺もそう思ってた所だっ」

 

 貴族でなければ。ただの平民や兵であったなら逃げることも許されただろう。だが、アルヴァルドは貴族であった。貴族らしさは全くと言っていい程無いが、確かにその地位が与えられている事実がある。

 

 退けないアルヴァルド。体勢を整えるために、逃げようとするルトゥールとレペテ。

 

 対照的(たいしょうてき)な彼らは揃いも揃って頑固であった。

 

 騎士という姿すらも捨てて見せたアルヴァルド。それでもその目は感情を乗せず、熱を乗せず、淡々としている。

 

 「魔法は使わねぇのか? てめぇら貴族の十八番(おはこ)だろ」

 「生憎、魔力に嫌われているんでね、その点体に叩き込んだ武術は裏切らない」

 

 綺麗に整えられたスーツのボタンをいくつか外し、上着を脱ぎ捨てネクタイを外したアルヴァルドは彼の祖母が知れば悲鳴を上げて懇々(こんこん)と説教をしかねない程に貴族に相応しくない服装で拳や足を容赦なくルトゥールへと叩き込む。

 

 正確に急所を打ってくるそれらをルトゥールは(さば)きながら舌打ちをする。

 

 レペテはそんなルトゥールを初めて見た。いつも人を小馬鹿にし、罵り、決して負けるところを見せたことの無いルトゥールが今まさに押されている。

 

 

 剣を持たぬ騎士に。

 

 「剣を使ってどれくらいになる?」

 

 まだ余裕のあるアルヴァルドにルトゥールは無視を決め込む。元々答える義理もなかったが、答えてやる気にはとてもなれなかった。

 

 ルトゥールの頭の中は。如何に逃げるか、ではなく。既に如何にレペテを逃がすかに切り替わっていた。

 

 だからこそ、レペテの服に足を引っかけ蹴っ飛ばすように良く磨かれた床を滑らせた。反応が遅れたアルヴァルドだったが、すぐに頭を働かせ、レペテを離したことによって生じたルトゥールの隙を見落とすことは無かった。

 

 ルトゥールの腹にアルヴァルドの拳が入る。くの字に曲げ、逆流した胃液を吐き出し噎せる彼をアルヴァルドは冷たく見下ろす。

 

 レペテはと言うと、出口である扉のすぐ側までたどり着くことは出来た。だが、このままではエテルネルだけでなくルトゥールも捕まってしまう。

 

 そうなればエテルネルとルトゥールが誓ったものは守れなくなる。その誓をレペテは行ってはないが、自分を育てた二人に恩を感じないわけが無かった。

 

 「“闇の眷属”」

 

 だからこそ、彼女は選択し、口を開いた。ルトゥールがすぐに反応しレペテを凝視する。

 

 それに釣られアルヴァルドもレペテに視線を向ける。

 

 「“彼は生まれでた時から死と共にあり”」

 

 その詠唱の意味をアルヴァルドは理解できなかった。そもそも聞いたこともない詠唱で、闇属性のものだ。魔法に通じていないアルヴァルドが分かるはずもなく…ルトゥールの様子と強くなる死の匂いに彼女が良くないことをしようとしていると察した。

 

 

 すぐに捕らえるではなく殺すの方に頭を切りかえ、アルヴァルドはレペテの方へ駆けだした。

 

 「“彼の名を呼ぶな 呼べば死が共にやってくるから”」

 

 レペテが苦悶に満ちた顔で淡々と詠唱を続ける。ルトゥールもよろけながら立ち上がりレペテとアルヴァルドの間に入ろうと地を蹴った。

 

 「“それでも彼を呼ぶなら──”」

 「やめろっクソガキ!!」

 

 アルヴァルドがなにかをする前に間に入ったルトゥールがレペテの頬を叩く。身体の小さなレペテは当然のように体がその衝撃に耐えられず体ごと叩かれた方へよろける。

 

 

 「お前、今何しようとしたか分かってんのか!」

 

 アルヴァルドは自分と戦っていた時以上の怒りについ足を止めた。

 

 叩かれた頬を押さえながらレペテはルトゥールに涙をためた目を向ける。

 

 今にもこぼれそうだったその涙はルトゥールに向けられたことでついに零れてしまう。一度零れた涙は次々とこぼれだし、レペテがどれだけ拭おうと止まることはない。

 

 「っだってぇ!」

 腹を押さえたままのルトゥールの胸をトントンと拳で叩く。

 「だってじゃねぇ!!」

 

 「……どういうことなんだ?」

 気を削がれたアルヴァルドはいつも通りの感情の乗ってる目を瞬かせる。確かにレペテから死の匂いがした。それも強い。早く殺さねば多くが死ぬと確信めいたそれが、今は跡形もなく消えている。

 

 

 訳が分からないと呟く彼の襟に付けられた飾りボタンから陛下の声が聞こえ、絶対に殺すなの一言を残し通信が切られるのに、アルヴァルドはらしくもなく溜息をこぼすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

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