黒く広がるもの
───グランシアノ第一王子は肩から背中にかけて斬られている。切り口は広くは無いが細長い傷から黒い染みがじわじわと広がっていく。
ゲームの中ではここはカットされていて、どうやって第一王子を助けたかは描写されていない。あえて濁したのか、終わってもそこは語られなかった。ただ、サーレが王子を助け、その褒美として第二王子レヴェルとの婚約の話が上がる。
ジークと手を繋いだままグランシアノに歩み寄る。王妃は陛下から私のことを聞いていたのかその手を離し、泣きそうなキャロリアンナの肩を抱いてその場から離させる。
キャロリアンナがジークを睨む。闇魔法でグランシアノがこうなった事は魔法を研究している彼女にはわかり切っていた。
「サーレ」
ジークが優しく手を引く。大丈夫だと、安心させるように私に向かって目を細める。
「ジーク、そこで見ていて」
「分かった」
ジークの手を離して私は目の前に横たわるグランシアノを見る。まずは傷に優しく触れながらぐっとお腹に力を入れた。
「“癒しの花よ、水はたっぷりあげるから、傷を穢を吸い上げて花を咲かせてね───カペヒリム”」
リトに使ったカペヒリムを再び口にする。朝から何度も魔法を使ってるからさすがに嫌な汗が背中に流れるけど我慢するしかない。
魔法が発動した感覚はあった。このカペヒリム自体は作中に何度か出ていたものだから可能性はあったんだけど、多分弾かれた。
弾かれるってことは違うってこと? でもサーレに水属性はない。治療魔法は光属性のカペヒリムとルトス、水属性のトワイライトとニヴァン。カペヒリムとトワイライトは上級魔法。ルトスとニヴァンは中級魔法。
「魔剣じゃないはず」
魔剣は押収されていない。ならあれは魔法だったはずだ。カペヒリムなら魔法による傷にも干渉できる。
なのに、なぜ?
グランシアノを救えたのは他の誰でもないサーレ。幼いサーレが使える。でも他の人には使えないもの。
「…他と私が決定的に違うこと」
それを上げるならきっと誰でも瞳になると思う。神緑の巫女姫の証であるその瞳。
思わず隣にいるジークを見る。赤い目が心配の色を乗せている。それが酷く愛おしい。
ゲームの中の彼を殺すのはいつだって主人公だった。
決まって最後は─。
「あ、そっか」
決まって最後は精霊が主人公に力を貸した。サーレは精霊の言葉を聞くことが出来たんだ。
どうして忘れていたんだろう。さっきも精霊達は私に語り掛けていた。ジークを見つけた日でさえも語りかけていたのに。
一言でよかったんだ。この呪いのような傷を治すすべは、幼いサーレでもおこなえるものだった。本来ならサーレは魔法を使えないはずだった。
彼女は願ったんだろう。目の前で苦しむ存在を前にして。確かに聖女のような性格だったから。
目をそっと伏せる。精霊の姿は見えない。見ることは出来ない。でもよく耳を澄ませると小さな言葉が私に語りかけている。
《どうしたの?》
《心配》
《この子を治したいの?》
《貴女が望むなら》
《貴女は全て許されているから》
《大丈夫よ》
温かさを感じて目を開けると私の手の周りを緑の混じった光がぼんやりと照らしていて。光っている手をそのままグランシアノの傷へと当てた。
「治って…っ」
弾かれる感覚はなかった。ゆっくりと触れた所から雫が落ちたように波紋が広がり、ゆっくりと黒い染みが空気中に上がっていく。
煙のようにあがる黒い染みが消えるとグランシアノの顔は安らいでいた。




