与えられた名は《ジークside》
心の底が冷えていく様な。得た熱を全て無くしてしまうような、サーレに触れる手だけが業火のように熱く感じた。この手を離さなきゃならない。この存在と、もう触れ合えない───それが、俺の全てを否定したような、そんな気がして。
だけど。
「私、この子がいい」
その言葉が。俺を…俺の存在を許してくれた。
訳が分からなかった。唐突に乗せられた馬車の中でとても楽しそうなサーレが俺をみて、俺を抱きしめて、笑うんだ。
「…え?」
「誕生日プレゼント…このこがいい」
誕生日プレゼント。サーレの誕生日が近いか、既に過ぎたのか、分からない。この街に来たのもそれを買うためだろう。 いいとこの娘であろうこの子のものを買うために来た場所。そこで彼女は煌びやかな服よりも、美味しい食べ物よりも、物珍しく可愛い生き物よりも、俺を選んだ…?
ほかの、誰でも無く。ほかの、何でも無く。化物と罵られ、蔑まれた、穢い俺を、彼女は望み、選んだ。
思わず唖然とする。これは夢なのだろうか。
「この子の名前、ジークね」
可愛らしい口から紡がれた俺に与えられた名前。それは遠い記憶の底で、誰かが呼んだ名と同じく。深い夢を見た時だけ、聞こえる俺を呼ぶ嬉しい様な悲しい様なそんな気にさせた名前。
「…っ」
ジーク。それが、名前だというのなら。
サーレという俺の女神がくれた名前だというのなら。
化物と言われても、ジークという名に恥じない生き方をしよう。仮令、この先サーレに会えなくても。どんな目にあっても諦めず、しがみついてでも、生きよう。
そう、胸に熱い何かが浮かんで。
「ジークは私の婚約者になってね」
「サーレ?!」
弾ける。
婚約者、それってつまりは俺と結婚してくれるということだ。彼女は、サーレは俺をその対象として許してくれている。
化物と罵らないだけでも、名前を与えてくれただけでも、救われた気持ちになったのに。
幸せな気持ちになれたのに。
だけど、金髪の表情は良くない。はっきりと困惑と拒絶が浮かんだ。
…そりゃそうだよな。俺みたいな化物サーレに近づけたくないよな。
「…だめなの?」
「ぅ…あのなサーレ婚約者はそう簡単に決めるわけにはいかないんだよ」
簡単には決められない。
じゃあ、俺はどうすればいいんだろう。
どうすれば、この手を離すことなく、サーレといれるんだろう。
「私、ジークがいいの」
ジークがいい…俺がいい。これは本当に夢じゃないのか? だって、だってサーレは俺がいいって。
俺のことを望んでくれている。
俺のことを求めてくれている。
その小さな手で俺を離すまいと抱きしめて、俺の目に怯えることもなく。
夢だというのなら…それは…それはなんて…優しい夢なんだろう。
涙が溢れそうになって目に力を込める。泣くな、泣くな、かっこ悪いことなんてするな。自分に暗示をかけていれば、緑の目が俺を映して、その、可愛い顔に笑を浮かべる。
「ジーク、家族になりましょう」
「…」
家族になれる、?
「あなたを一人に、しません」
「……っ」
俺を、置いていかない? 俺を一人にしない? 俺を愛してくれる?
「だから、あなたも、笑って幸せになってね」
幸せになると言うなら、もうそれは叶っている。この時、この瞬間、俺は幸せになった。君の目が俺を映す間は俺は幸せでいれる。いつかの老夫婦と同じような言葉のはずなのにどうしてこんなに喜べるんだろう。不思議とまた捨てられるかもしれないという考えは浮かばなかった。
俺は君を守る騎士になろう。
王子様なんてなれっこないことわかっているから、せめて君を守れる騎士になろう。強くなって、誰よりも強くなって。君のことを───守ると誓おう。




