見慣れた、けれど、見覚えのない《リトside》
ユミルは僕のお母様が僕につけたメイドだった。年齢が一番メイドの中で低くて、長いスカートのメイド服を着て。普段から地味な服を選ぶ柔らかな笑顔が評判の気立ての良い人。
「坊ちゃん」
いつも僕が部屋に篭ったり泣いたりすると僕のことを坊ちゃんと呼んで「秘密ですよ」と飴をくれた。
ユミルはいつも甘い匂いをしていた。お菓子作りを良くしてたからか。
柔らかな風属性と水属性を溶かして透きとおらせた色はいつも穏やかで。
「ユミル、?」
なのに、今日は違った。
いつもの色、その色の中にユミルには絶対なかった色が混じった。
「坊ちゃん?」
ユミルが手に持ったポットを傾けるのをやめて僕に向き直り心配そうな顔をする。
ガタリと椅子が音を立てて動く、僕は思わず立ち上がってその色を見ていた。
綺麗な色、だったはずだ。
今日の朝だって変わらず。
────今まで見たことのない色が小さくユミルの魔力に混じっていた。
「ユミルだよね?」
声が震えていたと思う。だって、闇よりも暗く、冷たい黒色の魔力なんてユミルには無かった。
そんな色他の人にもなかった。
はずなんだ。
「───アぁ、面倒ダ」
いろんな声を混ぜて喋らせたような声だった。
ユミルの表情は消え、虚ろな目には何も映らない。
ユミルの手に持っていたポットがゴトンと音を立てて落ちると、床に紅茶が広がった。
その上ユミルが机にぶつかったのか机の上のカップが横に倒れて。
ぴちゃん、ぴちゃんと紅茶が机の上から垂れて床に溢れた紅茶と混ざる。
「誰だ…君」
手が震えた。声が震えた。なんでと叫びたくなるのを押さえ込み、ユミルなはずの誰かを見る。
そのヒトはユミルじゃない、でもユミルだ。僕にはわかる。彼女はユミルで、でもユミルじゃない。
「ユミルに何をしたっ」
「ほんトォに、魔眼ハ小賢しク邪魔ダ」
ユミルの顔で気持ち悪い笑みを浮かべ、窓辺に向かうとカーテンの中から剣を手にしてまたケタケタ笑う。
「憐れ、憐れ憐れ憐れ! 実ニ愚かデ憐レな子よナ」
スラリと剣を抜き笑い続けながらそれをくるくると回す。まるで、舞うかのように、僕を馬鹿にして笑う。
「っもう一度聞く!ユミルに何をした!!」
僕の魔力が揺らぐ、ユミルじゃない何かのは静かで、ユミルの魔力は苦しむように蠢いて。
「知りたイ? 知りタいのヵ、憐れデ愚かナ子 」
「ふざけるなっ、さっさと答えろ」
ユミルの顔で気持ち悪く笑うのをやめて、まるでユミルみたいな柔らかな笑みを今度は浮かべて聞きなれた声が
「ふふ、おしえません」
笑いながら答える。
「っ、」
「あハ? どゥ? どゥだった?キブンは」
思わず口を閉じるしかなかった僕をケタケタと笑って剣をチラつかせ下品で不気味な顔をする。僕は目の前の存在になぜ僕に力がないんだと疑問を吐き出そうとして飲み込む。
─────逃げたからだ。
この力から、お母様から、お父様から。すべてから逃げたから、僕の事を大切にしてくれた人を守れない。
その事実を誰よりも僕は自覚していた。




