拾った者と行方
「サーレ!勝手に走って行ったら危ないじゃないか! 何を考えて…」
遅れてきたお父様は唖然と困惑して私に抱きつかれているジークと、腕を振り上げたまま固まってしまっている男を見て顔を顰めた。
「…これは、どういう状況だ」
「だ、誰だよアンタら!」
このゲームの舞台となる国、ティーシュバルでは奴隷制度が廃止されている。それも今の王によって。
国王の名はハラール・ティーシュバル・ランバルド。体の弱かった幼少期のランバルド陛下は第一王子でありながら日陰者として育った。その時に世話を焼いていたのがマラルという上級奴隷だった。
マラルは元々は他国の子爵家の娘だったが、盗賊に襲われ、ここまで売られてきてしまったのだという。 娘が居なくなったことが堪えたかの家の当主は妻ともども自殺をしたという裏背景まである。
そういったマラルを憐れんだランバルド国王陛下は自分を鍛え、その弱りきった体を根性で強くし、今や国王の座に即くまでになった。彼が国王になった時に民衆の前で語った際の一言目は「奴隷の無い国にする」だった。
それ程までに国王陛下は奴隷制度を憎み、奴隷を扱い、奴隷を売る存在を憎々しいと思っている。
だが、彼も神ではない。時折奴隷が他国から入国し、影で売り捌かれているというのを全て止めることは、できなかった。
火を消そうにも水と手が足らない、そんな状態の国に売られてきたのがジークだった。 奴隷の無い国というキャッチフレーズを掲げているのにも関わらず、彼は他国から奴隷として売られてきてしまう。
それも見た目のせいで低級奴隷扱いだ。食事もろくに貰えず、口を開くことも許されず、暴力と暴言に耐える日々。
ジークはそういった幼少期から国を…。果ては人類を憎み、羨み、滅ぼさんとした。
それが魔王ジーク・フリートの誕生となった理由だ。
…本来ならジークはこの国に入国したばかりの頃、奴隷が何人も虐待され死んでいく貴族の元に売られ、それは酷い扱いを受けるハメになる。
でも、ジークは今…私の腕の中にいる。
この子供の手で抱きしめてしまうような細い彼の体は冷たかった。体温を上げれる程のエネルギーすらもないのだ。
察しのいいお父様はジークごと私を抱き上げて護衛に連れてきた騎士のうち一人にジークに手を上げようとした男を捕まえさせた。きっと裏の関係とかいつから私たちの領へやってきたのか明確にし陛下へ報告しなければならないからだろう。
心の中で笑っておく。ジークに手を出そうとするからお父様に後で苛められるんだよ。ざまーみろ。なんて毒を吐きつつもきょとんとして固まるジークを見る。
長い髪が赤い綺麗な目を隠している。だからお父様も赤い目だと気付かぬままに私とジークと共に馬車に乗り込んだ。
「サーレ、プレゼントはまた今度だ」
「私、この子がいい」
「…え?」
「誕生日プレゼントこのこがいい」
私の言葉にお父様だけでなく護衛の為に乗ってきた騎士のアルも目を見開き固まり私を凝視する。それはジークも同じだった。
驚きの視線を向けられる中、私はニッコリと笑う。
「この子の名前、ジークね」
「…っ」
「ジークは、私の婚約者になってね」
「サーレ?!」
唐突な私の告白とも言える発言に固まってしまっていたお父様とアルが動き出す。怒ろうと私を見てきた二人をじっと見上げる。
「…だめなの?」
「ぅ…あのなサーレ婚約者はそう簡単に決めるわけにはいかないんだよ」
「私、ジークがいいの」
「だから…」
「いじわるいうお父様、きらい!」
必殺娘による嫌い攻撃! お父様にダイレクトダメージ! …じゃなくて。再び硬直するお父様を放置してアルに目をやる。
「アル、屋敷にかえるよ!」
「…わかりました、お嬢様」
頷いたアルに満足しつつ静かなジークの頭を優しく撫でてやる。撫でると言っても抱きついたままだけども。目を見開き固まる彼に柔らかく微笑む。
「ジーク、家族になろ」
「…」
「あなたを一人に、しません」
「……っ」
「だから、あなたも、笑って幸せになってね」
その為にきっと私はここにいる。サーレとして、お父様の子として伯爵家の長女として。




