黒く美しい花《ルトゥールside》
─────初めてあの方に会ったのはまだ十かそこらの歳だった。
母親に売られるように捨てられ、クソ野郎共にあちこち実験だと弄られまくって、同じようにクソ野郎どもに捕まるあの人にあった。
真っ黒の長い髪に真っ黒の瞳のあの方────リリーと名乗る誰よりも美しいという言葉が似合う人だった。
リリーは死体だらけの部屋の中、唯一生き残った俺達に手を伸ばし抱き締めると、静かに泣き出した。
「ごめんなさい、本当に…ごめんなさいね」
リリーは自分のせいだと泣いた。自分がいなければ、あの男に見つからなければ、こんな死にかけることもなかったのだと。
俺はそんなこと関係ないと知っていた。たまたま売られた先があのクソ野郎どものとこだっただけで、どこに買われたとしてもろくな目には遭わないだろうとは理解していた。
エテルネルは別の実験をされていた。どうやら、体にあの呪いが合わなかったらしい。俺とは双子だってのに、なんで合わねぇのかとクソ野郎共は興味深そうだった。
俺達が丈夫なことを知った奴等は笑った。笑って、俺に魔法を使う様強制した。呪いが全身に伸びるその様子を観察し記録すると抜かして。
リリーは俺の代わりにその実験を受けると言った。
だから俺を解放しろと。
当然拒否ってやった。何を馬鹿言ってんだと。
『ルトゥールっ、このままじゃ…』
『必要ねぇよ、あんたが肩代わりする意味がどこにあるんだ?元々死体みたいに醜い体してんだから気にしねぇ』
『ルトゥール…貴方は醜くなんかないっ、ねぇ、お願いよ。私がかわりに』
『早く部屋に戻らねぇとまた酷い目にあうだろ』
リリーには俺達と違って鎖で繋がられることは無かった。いくつかの縛りがあるだけで、リリーの家族だという人間にも会えていたし、リリーの一族に仕えるという者も同じ場所に囚われていた。
だが、リリーほど縛られている人間を俺は知らねぇ。
俺の二つ上でしかない、俺も餓鬼だがリリーも餓鬼だった。
餓鬼でしかなかった。
エテルネルは俺にいつも引っ付いていたし、最初は警戒していたがそのうち慣れたのか文字を教えて貰っていた。
『ルトゥールも文字覚えましょう?』
『要らねぇよ、覚えた所で使うとこなんかねぇだろ』
『あるわ、いずれできるわ』
『なにを…』
『本当よ?私ね、ほんの少しだけ未来が分かるから』
予言するリリーはそう言って自分の名前を地面に棒でかいた。
お綺麗な人間ってのは字まで綺麗だってのを知った。
リリーは明るく笑う子供らしすぎる子供だった。自分の生まれを誇ることも無く虐げられることを気にせず、自分の未来だって知ってただろうに笑っていた。
年々歳を重ねれば重ねるほどリリーは綺麗になっていった。クソみたいなやつしかいない、死体だらけのあの場所でリリーは綺麗に笑っていた。
逃げればよかったのにとエテルネルは泣いた。泣けない俺の代わりだと困ったように泣いて、ボロボロになったリリーが俺に会いに来たのを泣いていた。
『ルトゥール』
『…何があったんだよ…なぁ』
『あのね、私』
リリーは美しいという言葉が似合う人だった。花の名前を持っているのに、夜空の様にしっとりと静かな美しすぎる人だった。
『私、男の子を産むわ』
『おい、まさか』
『可愛くて、可愛くて仕方ない子を産むの』
綺麗に笑うリリーが、そう言って初めて俺の前で泣いた。細い手足には痣が数え切れない程見えた、行われた不愉快な内容が容易に想像できちまった。
…数ヶ月経てばリリーの腹は膨れていった。俺達が十七の頃だった。
『堕ろせよ』
『無理よ、薬が許されていないし』
『そんなもん俺が奪って…』
『ルトゥール、言ったでしょう?私は男の子を産むの。とても可愛くて、可愛くて仕方ない子を』
膨れた腹を愛おしそうに撫でれるリリーが恐ろしかった。ガキを妊娠して、ボロボロで帰ってきて、俺に泣きついといて何言ってんだと。
だがリリーはそれでも他に考えが浮かばないと笑っていた。
『ルトゥール、この子は奪わせない…貴方にもあいつにも』
『…』
『この子は強い子よ。誰よりも強い子、誰よりも愛しい子で』
リリーはいつも笑う。まるで花の散り際を連想するような美しい笑みで。
『誰よりも寂しい子なのよ』
『……』
『あ、ねぇルトゥール!今この子蹴ったわ!』
『…良いんだな』
『ルトゥールって心配性よねぇ』
『後、ルトゥールは凄い過保護だと思わない?リリー』
『エテルネルっ、お前いつから!』
『ルトゥールっていつも気配にすぐ気付くけどリリーが居る時気付くの遅れるの知ってた?』
リリーとエテルネルと俺。
三人で笑い合える時間をリリーは好きだと言った。腹の子を失いたくないのだと言うくせに無茶ばっかしやがるのを怒るともっと幸せそうに笑いやがって。
見えない鎖だらけで雁字搦めな癖に、誰よりも幸せだと笑っていた。




