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日常の大切さは終わった時に気づくもの  作者: KINOKO
第5章 ようこそ、国立神対策高等学校へ
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一遍

「ん、あぁ………… 朝か…………」


 目覚ましは八時半にセットしたはずだが、それよりも早く起きてしまった。枕もとの目覚まし時計が示す時間は八時。坂田が迎えに来るのが九時なので、かなり早く起きてしまった。


「やはり、前日に寝すぎてたからか、早く起きてしまったな。しかし、二度寝するには目が冴えている」


 少し天井を見ながら、俺は考える。少し早いが、辺りを探索しよう。少し、外の空気が吸いたい気分だ。


「うっし………… 行くか」


 俺は、昨日ミツレが持ってきてくれた制服に着替える。綺麗に洗濯をしてくれたようで、埃一つ付いていない。

 そして、カーテンの向こうで寝ている氷華を一瞥し、俺は病室を後にする。それにしても、相変わらずでかい病院だ………

 いま、俺がいるのが三階。外に行くには、エレベーターに乗り込み受付のある一階に向かわねば。眠気眼を擦りながら、俺はボタンを押す。


 この病院は、氷華たちと出会った場所でもある。そういえば、あの二人を酷い目に合わせた榊原組、警察が捜査をしているが、あれ以降音沙汰がないらしい。奴らの本部はもぬけの殻だったとのことだ。


「だが、その本部にはヤクザと、あの二人以外にさらわれた人や妖獣の死体が転がっていたって少し前にニュースで話題になってたっけな」


 今現在でも、だれが殺したのか、なぜヤクザや攫われた人たちは殺されたのか、それが何もわかっていないらしい。

 

「今現在の証言は、流風と氷華のみ。しばらくは解決できなさそうって警察も言ってたっけ」


 ヤクザの死体は、まるで身元がばれるのを防ぐかのように、細切れにされ焼かれていたらしい。それに引き換え、攫われた人たちは一撃で首をはねられていたようだ。

 謎が深まる難事件として、語り継がれるのではないかと一部界隈では盛り上がっている。

 人が死んでいるのだから盛り上がるのはどうかと思うが…………


 そして、俺はエレベーターを降りる。だが、そこは一階ではなかった。少し、雰囲気が違うぞ。


「ここは……………? ん? 20階?」


 エレベーターに表示されている数字は20階。さて、1階に戻らねば。それに、ここの雰囲気は少し…………


「おや、神崎氏。身体の調子は、もう大丈夫でござるか?」


 俺が乗ってきたエレベーターではなく、隣のもう一基のほうのエレベーターから、蠅魔が下りてきた。今の姿は語尾からわかるとは思うが、太っている方の姿だ。少し汗ばんでおり、片手にはペットボトルのコーラが握られている。


「蠅魔さん! あのときはありがとうございました」


「いやはや、黒歴史の(それがし)がひどい言葉を言ってしまったみたいで、すまぬでござる」


「蠅魔さんのおかげで俺たちは冷静になれました。あのまま、ボロボロの体で突っ込んでも、ほかのソウルハンターや神民に殺されていた」


 何とも言えない顔で俺を見る蠅魔。いや、蠅魔のおかげで、俺たちは冷静さを取り戻せた。あのとき、蠅魔がいなかったら、俺たちは自暴自棄になっていただろう。


「それはそうと、神崎氏はどうしてここへ?」


「じつは、階層を間違えてしまって…………… それよりも、ここは……………」


「…………ここは、この病院の最上階。最も重篤な患者が24時間、戦っている場所でござる」


 ここの空気、正直苦手だ。エレベーターを降りて、目の前に広がるのは一本道。そして、その道の両隣には、ガラス張りの部屋がある。

 

「重篤な患者………… っ!! 蠅魔さんが、ここにいるってことは」


「神崎氏の想像通りでござるよ。少し、僕に付き合ってもらってもよいでござるか?」


 あぁ、俺の嫌な予感は当たったみたいだ。浮かない顔の蠅魔、この表情は、傷だらけの()()()を見た時と同じだ。


「はい、わかりました」


 ガラス張りの病室、そして、一部屋ごとにベッドが一つ。様々な管に繋がれた寝たきりの人や妖獣、そして、その周りには付きっ切りで医者が様子を見ている。


「神々廻……………」


 苦しむ声、あわただしく動き回る医師や看護師、その喧騒を抜けた先に、彼女はいた。この階の最も奥、突き当りの病室に彼女はいた。


「今は落ち着いているでござる。昨日は一晩中、苦しそうにしていたでござるから…………」


 そう、今の神々廻は眉一つ動かさずに、目を閉じている。全身に管を刺されながら、そして周囲には医師が二人いる。

 しかし、ほかの患者と違って、神々廻の両手足は囚人がつけるような鎖で動けないように固定され、口には猿轡がかまされていた。


「一晩中? 神々廻、かなり深手を負ってましたもんね………」


 神々廻はロキから、かなりの深手を負っていたしな。だが、正直な話、神々廻の怪我は最上階に来るほどか?

 この階にいる人は、体の欠損は当たり前、中には体の半分以上を欠損している妖獣を先ほど見た。重度の火傷を負っている者もいるのを見ると、あの二体がもたらした災厄は大きすぎる。


「いや、姫の場合は、自身の」


「あああああああ!? が、があああああああ!!!」


「容体急変!! ドクター!!」


「わかっている! 毒の排出、そして()()()()()()()()()()()()


 蠅魔が何かを言おうとした瞬間、ガラスの向こうの神々廻が目を覚ます。そして、目を大きく開きながら、苦悶の表所を浮かべ叫ぶ。

 ドクターと言われた男性に医師は、何かの薬を、注射器の中に挿入する。オレンジ色の、毒々しい薬だ。


「神々廻っ!?」


「神崎氏、あのなかは無菌室。お医者さんしか、入ったらだめでござるよ」


 俺が病室の扉を開け用地数いた瞬間、俺の手首を握り歩みを強引に止める。その手は、蠅魔の手は震えていた。

 まるで、不甲斐ない自分を呪っているかのようだった。俺は、この震えをよく知っている。そう、憎いぐらいに。


「ああああああああぁ!! お、おぁぁぁぁぁ!?」


「神々廻さん、神々廻さん! わかりますか!? 意識を、しっかりと!! っ!! ドクター!!」


「わかってる!! よし、入れるぞ」


 目を血走らせながら、処女は暴れ狂う。しかし、鎖のせいで体を動かすことはできない。暴れ狂うその姿は、普段の神々廻からは想像ができない。

 

「は、あぁ……………」


 オレンジ色の液体が入った注射器の針を手首に突き刺す。オレンジの液体がすべて体に入ると、神々廻は再び眠りにつく。


「よし、落ち着いたな。毒の抽出を開始する」


「了解です」


 女性の医師は、額の汗をぬぐう。そして、神々廻の頭の上にある、管が集まってある装置、そのボタンを押す。

 すると、体中から突き出ている管に透明の液体が満たされる。その液体は、神々廻の体から出ており、気のせいか、神々廻の顔色が良くなっているように感じた。


「……………蠅魔さん、これって、怪我が原因ではないですよね?」


 どうみても、怪我が原因ではない。外傷ではなく、なにか根本的な原因があるはずだ。そうじゃないと、あの苦しみ方は異常だ。


「制毒……… 姫の契約魔力については、どこまで知っているでござる?」


 蠅魔は、こめかみをキュッと抑え、深いため息をつく。

 そして、神々廻の看護をしている看護師たちに深々とお礼をする。一礼が終わると、蠅魔はエレベーターの方向に歩みを進め、俺も後ろについていく。


「生物の毒を自在に操る契約魔力。本来であれば、人間界の生物の毒なんて神に効かないが、毒を強化し神にも効くようにする力って聞いてますけど…………」


 俺たち神高の生徒たちは、入学した後に自分の契約魔力を開示する。

 理由としては、戦いが始まったときに、お互いの契約魔力を把握していたほうが連携がとりやすいからだ。

 まぁ、あのしわがれた声の男のことは誰にも言ってないが……………


「その通りでござる。でも、姫は一つだけ大きな隠し事をしているでござるな」


「隠し事? それは一体…………」


 俺たちはエレベーターに乗り込み、そして一階のボタンを押す。そして、扉が閉ざされた同時に、蠅魔は口を開く。


「姫の契約魔力、制毒は()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()能力でござる」


「一種類だけしか使えない………」


 とは言われても、正直反応に困る。ぶっちゃけ、納得しかできない。模擬演習では、まず毒を使ってなかったし、俺の目の前でも一種類の毒しか使っていなかった。


「実際、俺の目の前ではブレットアント?しか使っていなかったですね」


 ()()()()()()()、パラポネラとも言われる強力な毒を持っている蟻だ。

 強力な痛みを伴う神経毒、そのあまりの痛さからブレットアント、つまり弾丸蟻とも畏怖されている。


「神崎氏の前で使っていないとなると、別の場所で使ったのかも知らないでござるな。お医者さんによると、姫が使ったもう一つの毒は、ピトフーイの毒でござる」


 ピトフーイ、世にも珍しい毒を持ってある鳥。ホモバトラコキシンという毒を保有しており、皮膚の炎症や痺れを引き起こす恐ろしい毒だ。


「で、2種類以上の毒、1日に複数の種類の毒を使ってしまうと、姫のキャパシティを越えてしまうのでござるよ」


「キャパシティ………? 限度があるんですか?」


「うむ、そうでござる。まぁ、姫は成長しようと一種類以上の毒を使う訓練をしているでござるが……………」


 それは、契約魔力そのものを変えるということか? 本来は、一日に一種類の毒しか使えない能力(ちから)なのに。

 まったく、本当に神々廻は…………


「すごい奴だ、本当に」


「神崎氏………?」


 きょとんとした顔を、蠅魔は浮かべる。まるで、それは想定した言葉が返ってこなかったみたいな。そう、商店街のくじ引きを一回引いただけで、一等を当てたみたいな、そんな表情だ。


「笑わないんでござるな」


「え?」


 その蠅魔の目は、満月のように丸かった。その瞳の奥には、まるで何かと再会したかのような、そんな場景を映していた。


「…………いや、何でもないでござるよ」


 そして、俺達は一階に着いた。長かったような、短かったような、不思議な感じだ。それにしても、俺は神々廻のことを何も知らないな。今回聞いた話は、いつか神々廻の口から聞ける日まで待っておこう。


「さ、一階に着いたでござるよ、()()()!」


 その一言を言った瞬間、俺と蠅魔の間で一つの変化が生じた。それは、知り合いから、友人になったのだと気づくのは、もう少し後の話だ。


「はい!」


 自動ドアの扉が開き、俺たちはエレベーターから降りる。そして、ある男と鉢合わせする。忘れていたあの男と。


「悠真!? お前、病室にいるんじゃ…… って、お前は」


()()、息災でござるか? この度の戦いでも、大活躍したらしいでござるな」


(ひとや)! 久しぶりだな!!」


 坂田は、蠅魔を見るとハイタッチをする。昔からの友達なのだろうか。旧友に会った表情を二人とも浮かべている。


「ていうか、何が大活躍だ、ばか野郎。俺の隣は剣聖さんがいたんだぞ? 正直、あいつ一人で、あの(ナンバーズ)ぐらい倒してたと思うぜ」


 はぁ、と深いため息を吐きながら、坂田は肩をすぼめる。剣聖、神田のことか。坂田にここまで言わせるということは、相当な実力者のようだな。


「なにも、そんなことを言っているのではないでござるよ。あの場に、修氏がいなかったら、もっとたくさんの人たちが死んでいた。完璧な指示を出していたことは、見ていたでござるよ」


「うるせーぞ、指示なら、お前の方が一枚上手だろう」


「素直に、自分の凄さを認めてほしいでござる。男のツンデレは、きっしょいでござる」


「誰が、きっしょいだ、この野郎」


 坂田は、蠅魔の肩を軽く殴る。蠅魔の年齢は分からないが、この二人は本当に仲の良い友人のようだ。


「それはそうと、修氏はどうしてここへ?」


「あぁ、悠真の迎えだ。本当は病室に直接向かいに行って、氷華の顔を見たかったのだがな」


 ちらりと、坂田は俺の方を見る。あ、そうか。俺が一階に来てしまったから、坂田は氷華と会えないんだ。


「坂田さん、俺も氷華に挨拶しておきたいです。なので、一緒に上に行きませんか?」


「おぉ、そうだな! 行くか」


 俺が、一階に来ていたから氷華に会えないとでも思っていたのか、坂田は少し笑う。俺だって、空気ぐらい読めるっつーの。


「それが、いいでござるよ。星宮氏にも、よろしく伝えておいてほしいでござる」


「獄、お前も来るか? 氷華と会ったことはないだろう?」


 俺と坂田はエレベーターに乗り、閉じるボタンを押そうとする。だが、坂田が、ふと開くボタンを押して、一階の世界と繋ぐ。


「氷を操る美しき乙女、その姿は忘れられないでござる。まるで魔法少女パリキュア、あの子は、もっと強くなるでござるな」


「なんだそりゃ、よく分らんが、お前が神々廻以外を褒めるのは珍しいな」


 少し、悩んだ仕草をするが、少し暗い表情を一瞬だけ蠅魔は浮かべる。そして、俺たちに背中を向ける。


「一度、お会いしたいでござるが、今日は辞めておくでござる」


「ふむ、そうか」


「また、姫と一緒に千葉神対策局に顔を出すでござるよ」


 それだけ言い残すと、蠅魔は病院の出口の方に歩みを進める。その背中は、少しだけ小さく見えた。


「なぁ、獄。お前が、ここにいるってことは、神々廻は」


「そうでござるよ。まったく、困った姫様でござる」


 坂田が何かを言おうとした瞬間、蠅魔はそれを遮るかのように、俺たちの方を振り返る。その顔は笑顔だった。

 でも、それは笑顔というには、悲しい表情だった。


「そうか、お前は無茶をする契約者を持ったな、大変だな」


 その坂田の問いに、蠅魔は特に返事することなく、こちら側に背中を向ける。手だけを、振りながら病院を後にするのだった。

 そして、その姿、その背中を見ながら俺と坂田は、エレベーターの世界に誘われる。






 病院の外は、心地よい天気だった。暑くもなく、寒くもない、天気だけは最高だ。だが、この男の空模様は荒んでいた。


「なにが、()()()()()()()()()()()()()()、でござるか」


 ふぅと、ため息を吐きながら、男は車を止めている駐車場に向かう。潮風が、駐車場に向かうのを阻止している。


「あんたも、同じでござるよ………」


 そして、ずっと片手に持っていたコーラの蓋を開ける。プシュッという、心地の良い音と、さわやかな匂いが鼻腔をくすぐる。あふれ出す炭酸を、口から迎え、音を鳴らしながら飲む。


「ぷはぁ……… ぬっる」


 ぼそりとつぶやいた、その言葉には誰も返事はしない。彼は、孤独なのだろうか。彼の心の重荷を、分かち合う人はいないのか、いや、もしかしたら…………


 

 





 




 

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