世界で1番美味しい握り飯
時は幾分か巻き戻り、そして場面は自らを犠牲に、強大なる敵を倒した英雄の場面へと移り変わる。そして、視点は涙で顔をグチャグチャのした男に移り変わる。
「っ……...........! 少し無茶をしてしまったな…………」
「先生!」
さすがに無茶をしすぎた岩導は、膝から崩れ落ちる。そして、倒れる岩導を俺様は支える。右腕は消し飛び、その断面から骨が覗いている。
「今は止血しかできない、くそ! どうすれば………」
俺様は、制服の上着を手で切り裂き、岩導の右肩をきつく縛り上げる。あくまで止血しかできていない。このままでは岩導が………
「………そんな顔をするな。上を見ろ」
泣きそうな俺様の顔を見て、岩導は微笑む。本当は、悶絶するほどきついはずだ。なのに、それでも俺様に不安を与えないように強がっている。
そして、俺様たちの真上には爆音を轟かせながら白いヘリコプターが現れる。そして程なくして、俺様たちの目の前に着陸する。
「お待たせしました! さ、こちらへ!!」
ヘリコプターの中から現れた白衣の小太りの男は、岩導のもとに駆け寄り、俺様とともに支える。そして、岩導をヘリコプターに乗せる。
「瓔珞、お前も早く乗れ」
息を荒げながら、岩導はつぶやく。俺様は、岩導に比べたら、いや比べるまでもない怪我しかしていない。こんな俺様が乗っていいのか?
「おっさん、ヘリを離陸させろ」
「し、しかし君も怪我をしているではないか」
「座席は、あと一つしかない。病院までの道中に、俺様よりもヘリを必要としている奴らがいるはずだ」
距離はかなりあるが、局員や神高の学生がいる拠点がある。そこまで、自分の足で歩けばいいだけだ。それに………
「あいつらを、置いてはいけない。俺様は、もう少し、いや最後のヘリで構わない」
変わり果てた姿になってしまった、英雄たち。俺様は、あいつらと最後まで一緒にいたい。守ってくれた、命の恩人たちに話したいことがたくさんある。
「ヘリを離陸させてやってくれ。瓔珞、残兵がいるかもしれないから気をつけろよ」
「あぁ、またあとで」
その言葉を最後に、岩導は瞼をゆっくりと閉じる。それと同時にヘリコプターのドアは閉まり、空へと飛び去る。
「………雨か」
ヘリコプターが飛びさり、気づいたら再び辺りは曇天に包まれていた。そして、雨まで降りだす。ポツリ、ポツリ、そして少しずつザーザーと、雨脚は強くなる。
「なぁ、なんで俺様を助けてくれたんだ?」
少しおぼつかない足取りで、俺様は四人の隣に座る。彼彼女らからは返事はなかった。
「分家の人間、恨まれるようなことをしている人間の血が半分入っている俺様なんかをさ」
王になる、それは今でも俺様の夢であり、使命でもある。でも、世界を統べる四頂家、は悪行の限りを尽くしていることは、だれでも知っている。
いや、一神家は例外か? あの人、一神は人間として素晴らしい。
「どうして、この世の生物全てから恨まれても仕方ない俺様を助けた!? お前らの実力なら、自分の命ぐらいは守れたんじゃないのか? 俺様を見捨てれば……!」
助けられた、弱き者の叫び声は英雄たちの耳には届かない。そう、もう届かないのだ、永劫に。
「う、あああああああああああ!! くそっ! くそおおおお!! 俺様は弱い!! 守られてばっかりだ!」
弱者の叫び、守る者ではなく、守られてきた者の絶叫。変わらない、人は簡単には変われない。恵まれた才能や力があろうとも、それを生かすのは、そいつ次第。
「ずっと、ずっと前からそうだった! 俺様は、どうしていつも………!!」
半狂乱になっていたが、俺様のポケットから何かが、ポロリと地面に落ちる。それが目に入った時、俺様は考えるよりも先に拾っていた。
「これは………」
右手には、ラップで包まれた不格好なおにぎりがあった。一ノ瀬が作ってくれた、少し大きめなおにぎり。
「………一ノ瀬がくれたやつだ」
貰った時は、きれいにラップに包まれていたが、半分破れている。そして、地面を転がったことにより、砂まみれだ。
「いただきます」
普通の人間なら、砂まみれのおにぎりなんて口にはしないだろう。だが、彼は違った。一言つぶやくと、ラップをはがし、大口でかぶりつく。
「うん……うん………!」
ボリボリと砂を噛み砕く音、雨に濡れたブヨブヨの米の触感。それは、もう食べ物とは言えない代物だった。
俺様は、涙で顔をグチャグチャにしながら、おにぎりを食べ進める。そして、最後の一口を飲み込み、虚空を見つめる。
「………ったく、一ノ瀬の野郎。しょっぺぇよ、塩入れすぎだ………」
あとからわかったことだが、一ノ瀬の握ったおにぎりは、少し見た目が不格好だが、味はおいしくて有名だったらしい。
「でも、暖かい味だ。ごちそうさまでした」
なら、どうして彼は、しょっぱいといったのか。その原因を深く探るのは、少し無粋だ。答えは彼と雨空のみが知っている。
俺様が、おにぎりを食べ終わったとほぼ同時に、空から黒く揺らめく球体が地に落ちる。まるで、黒き太陽、大きさで言えばバランスボールよりも少し大きいぐらいだ。
そして、その黒い球体は水たまりに落ちた泥団子のように瓦解する。その中から、黒いスーツに身を包んだ、耳まで隠れたショートヘア、それとは相反する真っ白なマフラーを身に着けた人物が出てくる。
「坊ちゃん! ご無………っ!!」
そいつは、俺様を見つけると足早に駆けつける。しかし、辺りの惨状と、俺様の隣にいる四人の英雄の姿が目に入ると、言葉が詰まる。
「なぁ、ソラ………」
俺様の目の前に立ち尽くす、俺様よりも頭一つ分ぐらい大きい身長、俺様はソラの胸に顔をこつんと当てる。
ソラには、この情けない顔を見られたくはないな………
「なっ!? 坊ちゃん……?」
「俺様、また守られてしまったよ………!」
少し動揺したソラであったが、俺様が、その言葉を漏らして何かを悟ったのだろう。左手で俺様を抱きしめ、右手で頭をなでる。
「坊ちゃん………」
「俺様でも、守る側になれるかなぁ? 次は、みんなを守りたいんだ……!」
あぁ、だめだ。ソラの前だと弱い部分が出てしまう。これが、俺様の素。普段は強がっているけれど、根っこは弱い、あの時から何も変わらないガキのままだ。
「私が今よりも鍛えます。そして、今よりも強くなりましょう」
「あぁ、俺様は民を守る最強の王になる! 次は、次こそは…………………!」
覚悟を決めた2人。その2人の熱と相反するかのように、冷たい雨は降り続ける。
まるで、2人の熱を冷まさせようとするかのように。