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日常の大切さは終わった時に気づくもの  作者: KINOKO
第5章 ようこそ、国立神対策高等学校へ
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意地と意地

 ワルキューレの自爆の被害を阻止した瑞輝達の場面から、視点は移動する。


「ハァハァ……………… ヨウジュウノ、クセニ……………」


 スレイプニルは岩導の猛攻を避けてばかりだ。巨躯な見た目に反して、スレイプニルはかなり素早く動けるようで、岩導も中々仕留めきれない。


「おいおい、避けてばっかりか? 大口叩いてた駄馬はどこにいった?」


 とは言ったものの、その岩導も少しばかりか息が上がっている。

 それどころか、徐々に攻撃のスピードと威力が落ちているかのように見える。


「コノ、ゴミカ……………… ン?」


 何かを感じ取ったのか、スレイプニルは岩導に向けるはずだったその言葉を止める。


「なんだ? この感じは……………」


 何か変な胸騒ぎを感じる。例えるならば、大地震の予兆かのような、そんな胸騒ぎと不安感だ。


「ハァハァ……………瓔珞、お前も感じたか」


 少し、いやさっきより息遣いがかなり荒くなった岩導が、こちらを振り向く。


「あ、ああ。いや、よく分からないが嫌な感じだ」


「ふぅ……………これは、早々に決着をつけ」


「アハハハハハハ! ナルボド、ジツニ、オモシロイ!!」


 深呼吸をし、再び拳を構えた岩導だが、スレイプニルの高らかな笑い声に遮られる。


「アァ、ソウカ。イッタカ、ワルキューレ」


 ワルキューレ? 誰だ、それは。いや、スレイプニルが言っているということは、少なくとも俺様たちの敵であるのは確かだ。


「ワルキューレ…………… お前の口から出ると言うことは、この惨劇を引き起こした、もう一体の奴のことか?」


「アァ、ソウダ。ソシテ、ヤツハ、タッタイマ、シンダ」


 死んだ? どう言うことだ? スレイプニルでさえ、あの岩導が手を焼いている相手だ。

 スレイプニルと同格かは分からないが、ワルキューレというやつが、もう倒されたのか?


「ナルボド、ケンセイト、シュラカ…………… フム、アイツモ、ウンガナイ」


 剣聖と修羅? 誰のことだ? いや、いまはその2人が誰なのかは知らなくても良いが、仇を一つ倒してくれた奴らがいるらしい。


「神田さんと坂田さんか。あははっ! 確かにそれは運が悪いな。あの2人の強さは、相当なものだぞ」


 神田と坂田…………… 神田は対策局内のランキングで3位の女、そして坂田は確か千葉神対策局の局長だったか?

 あの神崎達がお世話になっているところにいる、大柄な男か。試験の時に不審者みたいな見た目をしてたから、嫌でも覚えている。


「アァ、ホントウニ、ウンガナイ。ダガ…………」


 ニカァっとスレイプニルは不的な笑みを浮かべる。なんだ? あいつは、何を思いついたんだ?


「ワルキューレ、ワガドウホウ。キサマノ、シハ、ムダニハシナイッ!!」


 その瞬間、激しい悪寒と共にスレイプニルの身体は、ゆっくりと光り輝いていく。


「ソシテ、オマエハ、イイカゲン、シネ。コノ、シニゾコナイ、ガ」


「しまっ」


 完全に油断していた。目にも止まらない速さで、俺様との間合いにスレイプニルは入る。


「瓔珞っ! グハァッ!!」


「っ! 先生っ!!」


 振り下ろされる、天をも割るスレイプニルの大きな角。

 そして、その大角から俺様を庇うために、岩導は俺様を突き飛ばす。

 だが、岩導はその一撃をモロにくらってしまい、瓦礫まで吹き飛ばされたしまう。


「ナニヲ、ホウケテイル? キサマモダ」


「ガハァッ!!」


 スレイプニルの大木のような前足から繰り出された蹴りが、俺様の体を直撃する。そして、俺は地面を転がり倒れる。


「う、がぁ…………」


 体中が痛い、痛すぎる、怖い、怖い、怖い! でも、あいつらは、こんなちっぽけな痛みなんか比にならない苦痛と恐怖を味わったはずだ。


「ホウ、タツカ」


 でも、それでも、怖くても! 俺様は立ち上がらなくてはならない。こんなとこで死ねるのか? 嫌、それだけは絶対に嫌だ!!


「はぁはぁ………」


「ソノ、グチョクナマデニ、タチアガル、コトニハ、ケイイ、ヲ、シメソウ」


 立ち上がっても、俺様はスレイプニルを睨めつけることしかできない。あぁ、なんて無力なんだ、情けない、何もできないなんて…………


「チョウドイイ、コノホウガクニ、アマタノ、イノチノ、ケハイヲ、カンジル」


「何をする気だ?」


「メイドノ、ミヤゲ、ヲ、ツクロウ。オロカナ、セイブツノ、シヲ、モッテ」


 スレイプニルがそう言うと、その大角がより一層激しく光り輝きだす。


「ワガイノチ、ソシテ、オーディンサマカラ、イタダイタ、ゼンマリョク、スベテヲ、ニエニ、ササゲヨウ。サァ、サバキノイッセン、ヲ」


 次の瞬間、スレイプニルはその自慢の大角を振るう。その大角は直接的には俺様には届かない距離だった。

 だが、大角が地面に触れた瞬間、地面から光の柱、いや衝撃波といったほうが良いのだろうか、まるで点まで届きそうな一撃が繰り出される。光の衝撃波は、すさまじい速度で地面をえぐりながら、俺様の方向に直進してくる。


「は?」


 あまりにも圧倒的なまでの力、いや一方的な暴力、それを見たとき殆どの人間は、ただ立ち尽くすことしかできない。


「おいおい! 少し意識飛んでたぞ!? あっぶねぇなぁ!!」

 

 そう、()()()()()は。もちろん、歴戦の猛者や戦闘狂、ただの馬鹿などは例外だ。そいつらは、そんなときでも反射的に動くことができる。


「先生!!」


 その生徒思いの馬鹿は、たった一人で世界を消し飛ばさんとする一撃を両手で受け止める。もちろん、一瞬で手のひらは焼けただれ、ゆっくりと押し返されていく。


「来るな!」


 動けない身体、いやそんな事を俺様よりもボロボロな岩導の前で言うのはダメだが、俺様が助けに行こうとすると岩導は叫んで制止する。


「心配するな。お前も、そしてこれ以上の犠牲はオレが絶対に出させない」


 ニカッと笑う岩導、だがその笑顔とは裏腹に覚悟や誇りが含まれた眼を俺様に向ける。


「ケシトベェェェェェェ!!」


「グ、ガァッ…………………!」


 スレイプニルのその一撃は、更に勢いを増す。それに伴い、岩導は苦悶の表情を浮かべ、その両腕から筋繊維が千切れる音と血が吹き出す。


「っ……………!? そろそろ時間切れか」


「先生! 身体がっ!!」


 先ほどまで、全てを守りきれそうなほどな巨大な体躯は、うっすらと光り輝き出し、徐々に身体は元の大きさに戻っていく。


「アハハハハハ!! オリジンモード、ツイニ、ゲンカイカ! テンハ、ワタシニ、ミカタ、シタッ!!」


 そう、原点回帰(オリジンモード)にはスレイプニルの言う通り、時間制限というものがある。

 具体的な時間は俺様にもよく分からないが、かなり前に()()()が原点回帰した時は、10数分だったな。


「………………よし」


「先生?」


 俺様には背中しか岩導は見えない。だが、そのポツリと呟いた、たったその一言は、何かを捨てるその覚悟、そして決別が含まれている気がした。


「悪いな、駄馬。だが、褒めてやるよ」


 そう言う岩導の身体、そして声は少しばかり震えていた。


「ア? シニゾコナイ、ニ、ナレハテタ、オニ、ノ、クセニ、ナンダ?」


「ゴホッ!! オレを、ここまで追い込んだやつは初めてって事だよっ!」


 激しく吐血し、それと同時に岩導の原点回帰は効力を失い、いつもの岩導に戻る。


「ッ!? キサマ、ソウカ、ソコマデヤルカッ!!」


 いつもの岩導に戻った瞬間、その右腕がもう一度光り輝き出す。

 そして、その右腕のみ、再び全てを守り切りそうな鬼の腕に変化する。


「原点回帰の残り火を右腕に集約したのか!? それで、強引に右腕のみ再び原点回帰の力を呼び起こしたというわけか!」


 無茶苦茶だ、あぁ本当に無茶苦茶だ。だが…………


「おお〜 正解だ、瓔珞。オレが言いたいこと全部言ってくれたな。後でハナマルでも付けといてやるよ」


 軽口を言うその顔は、冷や汗が溢れ出し顔色も悪い。そりゃそうだ、岩導は無理をしているし、もう限界だ。


「ダガ! ショセンハ、ゲンジョウイジ! イズレ、キサマ、モロトモ、フキトバスッ!!」


 悔しいが、スレイプニルの言う通りだ。いくら、再び原点回帰の力を使おうと、これではジリ貧だ。


「そうだな、だがこれならどうだ?」


 右手に左手を添える感じで岩導は、スレイプニルの一撃を防ぐ、いやギリギリ耐えている状態だ。

 そんな状態で、再びニカっと笑う。その顔から見るに、何か策があるのか?


「贄喰 ()()()()()腎臓一個持ってけ」


 そう言うと、岩導の右手は輝きだし、うっすらと紫色のオーラを纏う。先ほどよりは、スレイプニルの一撃を耐えているようだ。


「ハ?」


「なっ!?」


 岩導のその一言は、俺様とスレイプニルを呆気にとってしまう。


「先生!? アンタ、自分が何言ってるのか分かってんのか!?」


「あー? うっせぇなぁ 二つあるんだから、一つぐらい良いだろ」


 俺様がギャーギャー騒いでいるのを、岩導はめんどくさそうに相手をする。


「いや、でも…………………!」


 言葉が詰まる。なんで、なんで! そんな簡単に失っていいものではないはずだ!


「んー、足りないか。なら、これならどうだ?」


「キサマ、ナニヲ…………………!」


「贄喰 命一つ持ってけ」


 その一言を言った瞬間、今までで一番岩導の右手は光輝き、スレイプニルの一撃を受け止めるまでに進化する。

 だが、スレイプニルの一撃を跳ね返すほどではない。このままだと。また押し返されてしまうだろう。


「ナッ…………!」


「おい! あんた何言ってんだ! 命を一つ捨て」


「お前! 先生に向かって、あんたとか言うな! ったく、そんな奴に育てた覚えはないぞ!」


 俺様の言葉を岩導は強制的に遮る。本当に不器用な奴だ、俺様に心配かけまいと、わざと言葉を遮った。


「ハァハァ………… おいおい、これだけ喰わせたのに、まだ足りねぇのか?」


「アワテサセヤガッテ! ワタシノ、シバリノ、ホウガ、ウエダ!!」


 命を捨てるという大きな縛りは、スレイプニルと岩導どちらも同じだ。だが、スレイプニルは全魔力も生贄にしている。

 確かに、岩導は腎臓一つを捨てるという大きなことをした。しかし、神王であるオーディーンから授けてもらった魔力という圧倒的なもの、それを捨てるというものが差を生んでいるのだ。


「スベテヲ! ゴミカスドモヲ! ケシズミ、ニィィィィィィィィィィ!!」


「ぐぁッ…………!」


 スレイプニルも限界が近い。そしてその駄馬は最後の気力を振り絞り絶叫し、俺様たち、いや、そのはるか後ろにいる人たちをも屠る一撃を放つ。


「キサマサエ、ココデ、シネバ! コノサキニ、イル、ゴミドモヲ、ホフレルノダッ!!」


「…………お前、なかなか凄い魔力探知だな? それも、オーディーンに貰ったのか?」


 だめだ、岩導はもう限界だ! 確実に、ゆっくりとその足が後ずさりしている。


「アァ、ソウダ!! オーディーンサマハ、ワタシニ、サマザマナ、チョウアイ、ヲ、メグンデ、クダサッタ」


 スレイプニルの方が確かに押してはいる。だが、こいつも限界だ。意地と意地のぶつかり合い、譲れない者同士がぶつかっているのだ。


「ダカラ、ココデ、キサマタチ、ヲ、ホフリ、オンヲ、カエスノダァァァァァァァァァァァァ!!」


「うがぁぁl それならなぁ! オレだって、てめぇをここでぶっ飛ばして、これ以上の被害を阻止しなくちゃならねぇんだよ!!」


 岩導は、気合のみで後ずさっていた足を止める。鼻血を吹き出し、腕も足もガクガクと震える。それでも、倒れることは決してない。


「岩導先生…………!」


 俺様は、何もできない。あぁ、あの時と全く同じだ、守られてばかりで、動けない、俺様は弱い。


「てめぇも、なかなか覚悟あんだなぁ! ()()()()()()!!」 


 「てめぇ」や「駄馬」などと、岩導はそれまでスレイプニルとは言ってこなかった。仇でもあるやつの名前なんて気にしなくてもいいから、決して変なことではない。

 だが全てを投げ打ってまで主のためを思うその行動、そこにはすさまじい覚悟がある。それを、そこだけは岩導は認めたのだろう、そしてその名を叫んだのだ。


「ッ!! キサマノ、フクツ、ノ、トウシ、ココデ、オワリダ! ガンドウッ!!」


 それに呼応するかのように、スレイプニルも岩導の名を叫ぶ。この世に生を受けてから、スレイプニルは初めて神以外の生命体を認めた、その生命体は名を叫んでも良い者だと。


「ゴファッ!! やっぱり、これしかねぇか……………」


 岩導は、今までで一番の量の血を口から噴き出す。そして、左手でその血をふき取りながら、ポツリと何かをつぶやく。


「せん…………せぇ?」


 その背中は、ずっと覚悟を決めている者の背中だった。それは、ぼろぼろの満身創痍になった今も同じだ。

 だが、その背中から、それを上回るぐらいの自己犠牲、そう何かを守るためなら自分の全てを捨てる者のオーラが滲み出ている。いやな予感しかしない、岩導は何をするつもりなんだ?


「持ってけ、贄喰!! オレの…………()()()()をっ!!」


「あ、あぁ…………!」


 俺様の嫌な予感は的中し、俺様は情けない声を漏らす。生殖能力、生き物が自分の子孫を残すために必要な機能。子を残し、そして愛を紡ぎ、次の世代に自分の思いを託す尊い力、それを岩導は捨てたのだ。人によっては、命よりも重いソレは、簡単には捨ててはいけない。


「ソコマデ、スルカ! ガンドウ!!」


「何やってんだよ! せんせぇ!! どうして! そこまでして…………………!」


 岩導は逃げない。自分の大切なものを幾つも犠牲にしても、その捨てるという恐ろしい行為から逃げることはない。

 その覚悟、そして心はまさに岩。彼女が、一度決めた事は決して揺らぐことはない。


「………………オレの目標、んー、そんな大層なものでもねぇな。夢ってやつがあってな」


 全身から生殖能力との引き換えに得た力が溢れ出す。まるでメラメラと燃ゆる炎、そしてその力は右手に凝縮されていく。


「夢!? あんた、自分が何やってんのか、何個捨てたと思ってんだ!!」


 急に何を言ったかと思ったら、夢だと? その夢が何なのかは知らないが、岩導は自分の大切なものを捨てすぎだ。


「それはな、この手で大切な奴らを守ることなんだ」


 生殖能力の喪失、それはやはり贄喰としても、相当な物なのだろう。

 実際、先ほどまではスレイプニルから押されていた岩導であったが、今はその光り輝く右手で軽々と受け止めて、俺様の方に笑顔で振り返っている。


「大、切な奴ら……………?」


 あぁ、こいつは優しすぎる。自分の全てを捨てても他人の為を思う、自分よりも他人が大事、それが根本に染み付いている。


「で、でも! 俺様たちがスレイプニルの攻撃を回避して、後続の奴らに連絡して逃げるにしろ、それか何人掛で対処してもらう事も可能だったはずだ!」


 そう、スレイプニルの攻撃を真っ向から受け止めずに、2人で上手いこと回避すれば良かったのだ。 その後に、即座に攻撃が向かう先にいる連中に連絡すれば、回避するなり受け止めるなりするはずだ。


「……………でも、避け切らずに、誰かがこれ以上死ぬ確率だってあるだろ?」


「……………………っ! それは……………」


 分かってる、そんな事は分かってる。俺様たちがたとえ避けたとしても、遥か後ろにいる奴らが避けられる保証はない。怪我人だって大勢いる、もしかしたら全員死ぬかもしれない。


「オレはさ、大切な奴ら…………… その中でも自分の生徒をこれ以上失いたくないし、ぶっちゃけ、生徒の前ではよぉ………………」


「岩導先生…………………?」


 気づいたら、俺は再びその名前を呟いていた。俺よりもボロボロで、何もかも失って、それでもなお立ち続ける女の名前を。


「カッコつけてぇんだよ。その涙でグチャグチャな顔しっかり拭いて、よーく見てろよ、瓔珞」


 手のひらで押さえつけていたスレイプニルの攻撃を、右拳を握り締めて拳で受け止める。


「お前の担任、さいっこうにカッコいいぞ?」


 より一層、右手のオーラが強まる。その気迫に、大気が揺れ、地面が鼓動する。


「スレイプニルッ! お前は、すげぇよ! 確かに許されない、殺さなくちゃいけねぇ相手だが、主人の為に身を投げ出す、その覚悟! オレほどじゃねぇが、カッコいいぜ」


「ガンドウッ! キサマハ、キケンダッ! ココ、デ、オワラセルッ!!」


 両者、最後の気合いを振り絞り、その押し合いについに決着が着こうとする。


「うおおおおおおおおおおおおおお!!」


「ハアアアアアアアアアアアアアア!!」


 全力を、そしてその先を。両者は持てる物、そして捨てられる物を全て使い果たす。そこには意地と気合いのみだ。


「全てを守り、そして穿てっ! オレの拳!!」


 岩導が、そう叫ぶと揺らめく炎のようだった右手のオーラは、巨大な光り輝く拳に変化する。



「贄喰 喰破穿(くうばせん)!!」


 その巨大な拳を宿したまま、岩導はスレイプニル目掛けて走り出す。


「うおおおおおおおっ!!」


「ガンドォォォォォッ!!」


 スレイプニルの命と誇りを捨て去って放たれた全てを蹂躙する一撃は、岩導の全てを守る一撃によって押され、そして消失していく。


「スレイプニル、お前は今まで戦ってきた奴の誰よりも覚悟決めてたぜ」


 そして、その守るべき拳は、遂に仇、いや許されることはないが認めた相手の元に届く。

 立場が違えば、生まれが違えば、思想が違えば、分かり合え、そして両者高め合えたのかもしれない。

 だが、それはタラレバな物語。その拳は、全てを守り、全てを穿つ。


「アァ、ミテ、クレマ、シタカ? オーディーンサマァ……………………」


 スレイプニルはその言葉を最後に、岩導の拳によって頭を吐き飛ばされる。

 そして、身体は度重なる酷使と制約によって、サラサラと砂で作った白が崩れるかのように、徐々に崩壊していく。


「………………そいつが見てたかは知らん。だが、オレは、その覚悟、最後まで見てたぞ」


 その拳の衝撃波は、曇天だった空を割り、その隙間から青空が覗く。

 だが、あまりに高威力の技を放ったからか、岩導の右手は耐えられなかったようだ。グシャグシャになった右腕は、肩からボトリと地に落ちる。

 そして、右腕を失った岩導は、俺の方をクルリと振り返る。


「瓔珞! どうだ? さいっこうに、カッコよかっただろ?」


 青空から漏れ出す一閃の光、それが岩導に降り注ぎ、天使の梯子が現れる。

 それに負けないぐらい明るい笑顔を浮かべている彼女は、きっと笑顔なんかできないぐらい苦しいはずだ。

 

「あぁ…………………! さいっこうにカッコいいよ。そして」


 俺様は、大粒の涙をボロボロと溢し、膝から崩れ落ちる。

 この涙は生き残ったという安堵なのか、それとも岩導に対しての哀れみの涙か、または自分への不甲斐なさなのかは今の俺様には分からない。


「ありがとう………………………!」


 その言葉だけは、俺様の本心だった。その言葉を聞いた岩導は、一切の苦痛な表情を漏らさずに、ニカッと太陽のように笑う。


 彼女は大切なものを、自らの大切なものを犠牲に守り切った。

 彼女の英雄譚は、後世にまで語り継がれ、そしてその勇姿が讃えられるのは、まだもう少し先の話だ。


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