歪んだ道、その行く末に
「ケンセイ…………… トウキニ、ソノジョウホウハ、インプット、サレテイル」
ワルキューレの失った翼は、ゆっくりとだが元の形に戻っている。オーディーンの魔力が入っているからか、再生力も中々だな。
「ソシテ、シュラノサカタ、キサマノ、データモ、アル」
「あら、有名人ね、修羅の坂田くん?」
「いや、お前が言うか? 剣聖さん」
ニヤニヤとしながら、瑞輝は俺を見る。こいつ、自分の知名度と強さをあまり理解してないから、素でこういうこと言うんだよなぁ…………
だから、強さに固執している連中からいつも模擬戦を挑まれてる。
まぁ、容赦なくボコボコにしてるらしいが。
「ケンセイ、トクイタイシツノ、イビツナニンゲン。ミズカラノ、ウンメイヲ、ヒテイシ、イキナガラエタ、オロカモノ」
「……………は?」
その一言で、瑞輝の雰囲気が一変した。刀を握る手が強くなり、目に血管が浮き上がる。
「シュラノサカタ、ヒンソウナ、ソウル、ソレニトモナウ、カスムシミタイナ、マリョクリョウ」
「おいおい、事実だけど酷いこと言うな」
似たようなことツクヨミにも言われたが、結構心に来るんだよな。こればっかりは、事実だからな。
「ソシテ、ナカマヲ、ソノテデ、アヤメ、タイショウノ、クライヲ、サズカッタ、フツリアイナ、モノ」
「……………あ?」
ソウルの質が悪い、そして魔力量が少ない、こんなこと小学生からバカにされても俺は怒りはしない。
だが、それはダメだ。仲間を馬鹿にされることと同じくらい、俺は許さない。
「ワルキューレだったかしら? アナタ、ほんっとうに余計な事言ったわね」
瑞輝は、鞘から刀を引き抜き、そっと構える。彼女の見た目は、刃の色と同じで、まるで凪。だが、その心は荒れ狂う大海だ。
「あぁ、これが俗に言う地雷を踏まれたってやつか? 久しぶり……………いや最近はこんな事ばっかりだな」
俺は、指の骨を鳴らしながら、両手を黒骨の手乃葩で覆う。
まるで雲ひとつない青空みたいな表情だが、正直な話、俺の心は大嵐とでも言っておこうか。
「ニンゲンハ、カンジョウデ、ショウドウテキニ、コウドウスルト、キイテハイタガ………… ココマデトハ」
神から作られたからかは知らないが、こいつは本当に人の神経を逆撫でするやつだ。
「あら、修くん、凄い顔してるわよ?」
とんでもない顔をしている瑞輝に俺はそう言われる。まぁ、人のこと言えないがな。
「そういう瑞輝こそ、誰も嫁にもらってくれない顔してるぜ?」
「誰が婚期逃し女よ!」
あー、しまった。つい言ってしまった。こういう話を、瑞稀に振ってはいけないんだった。
「いや、そこまでは言ってないぞ!?」
その顔でこっちを見ないでくれ。俺よりも強い奴………… はぁ、認めたくはないが、そんな奴の鬼気迫る表情には慣れない。
「ヤハリ、フザケヤツラダ。コッチカラ、イクゾ!」
迫り来るワルキューレの天から振り下ろされる拳。
俺らは、言い争いをしている最中、その拳を横目でチラリと見る。
「「だまれ」」
拳が俺たちに当たる瞬間、俺は右拳を、瑞稀はワルキューレの右肩目掛けて、魔力を含んだ飛ぶ斬撃を放つ。
「ガアアアアア!? ト、トウキノ、ミギウデガッ!?」
俺の拳で右手の拳が破壊され、そして追い討ちかのように瑞輝のただの魔力を含んだ斬撃は、ワルキューレの右腕を肩から斬り落とす。
「その機械音声っていうのかしらね、甲高い声のせいで私の説教が修くんに聞こえないじゃない!」
「あぁ、そうだ! 俺は事実を言ってるのに、瑞稀に聞こえないだろ!」
「な!? 誰がマッチングアプリ惨敗女よ!」
「だから、言ってねぇって!!」
こうなってしまった瑞輝はもうダメだ。コイツは単純にハイスペック過ぎるから、男が近寄りがたいだけだと思うんだがな。
いや、それよりも剣以外、不器用過ぎるのが原因なのか?
「うぅ………… 同い年の瑠紫は修くんがいるから、会うたびにドヤ顔してくるし………… はっ! こうなったら、修くんを…………」
勝手に落ち込んだかと思えば、次は何かを思いついたかのような顔ををする。
本当に、一度こうなってしまった瑞輝の表情は、空模様の模様にコロコロ変わる。
「俺と瑠紫は、もうそういう関係じゃない。それに、俺はNTRは嫌いだ」
「はいはい、分かってるよーだ。修くんに手を出したら、瑠紫怖いし」
ベーっと瑞輝は俺に向かって舌をだす。瑞輝の年齢で、それをするのはキツイ。
「うわ、キツ」
俺は思わず声が漏れてしまう。そして、その口を手で覆う。
「な、な、な、な!? あー、もう怒った!」
プルプルと両肩を振るわせ、地団駄を踏む。あー、マジでめんどくさい。
「おいおい落ち着けって。10代の………… そうだな、氷華とかがするなら分かるが、瑞輝お前の年齢」
「ストーップ! それはダメだから。それ以降言うのは絶対にダメだから!!」
涙目になり、顔を真っ赤にしながら瑞輝は、俺の口に人差し指を当てる。
「イイカゲンニ、シロォォォォ!」
かなりボロボロだが、ワルキューレはまだ諦めない。
そして、口がガバァっと口裂け女のように裂け、その鋭利な歯で背後から瑞輝を噛み砕こうとする。
「ちょっと!? 修くん、聞いてるの!?」
「っ!? 瑞輝! 後ろだっ!! 漫才をしてる場合じゃない!」
流石にヤバい。だが、肝心の瑞輝はと言うと、
「はぁ!? 漫才? 修くん、あなた」
この通り、完全に背後に迫るワルキューレに気づいていない。
「シネッ! カミクダイテヤル!!」
「瑞輝っ!!」
瑞輝が刀を引き抜くよりも、ワルキューレに噛み砕かれるのが先だ。
そして、それは俺も同じで、この距離だと瑞輝を守るどころか、俺まで巻き込まれる。
「ん?」
「シネェェェェ!!」
ワルキューレの凶悪な歯と、その距離、実に数センチ。確実に身体ごと噛み砕かれ、絶命する距離だ。
「うるっさいのよ!!」
くるりと、ワルキューレに振り向いた瑞輝は、魔力を纏わせた右拳で、その顔面を殴る。
「ガアアアアアア!?」
ワルキューレの顔面は大きく凹む。俺の剣技ですら傷をつけられなかった、ワルキューレの強固な顔を、ただの拳で形を歪ませたのだ。
「相変わらず、無茶苦茶な奴だ………………」
「誰がデブBBAよ!」
「だから、言ってねぇって!!」
一瞬だけ、苦しそうな表情をした瑞輝だが、すぐに先ほどまでの表情に戻る。
「ナ、ゼダ!? タダノ、ニンゲンゴトキノ、コブシダ! アリエナイアリエナイアリエナイィィィィ!!」
吹き飛ばされたワルキューレは、瓦礫の中から勢いよく起き上がり、絶叫する。機械と生命の間のような奴だが、どうやら感情はあるみたいだ。
まぁ、そのプライドは瑞輝によって、ズタボロに壊されてるが。
「死にゆくアナタに教えてあげるわ」
ふぅっとため息を吐き、ワルキューレを一瞥する。
「特異体質、アナタも知っているでしょう?」
フラフラとワルキューレは体勢を整える。もう、ヤツは限界だ。
「私の特異体質………… んー、まぁ私は少し特殊なんだけど…………」
俺は瑞輝の生い立ちを知っているから分かるが、瑞稀は神々廻のように発現した特異体質ではない。
「ま、詳しい事はアナタには言わなくても良いかしら。私はね、常時契約起動してないと死ぬの」
「ハ?」
ワルキューレは、なんとも言えない声を出す。そう、瑞輝は常時契約起動していないと命を落とす。
飯を食う時も寝る時も、常にずっと魔力を消費して瑞輝は生きている。
「ダガ、ソレト、ソノバケモノジミタ、ダゲキヤ、ザンゲキトハ、カンケイナイハズダ」
そう、ワルキューレの言っていることは正しい。瑞輝の超高威力の打撃や斬撃とは、そのデメリットとは正直あまり関係ない。
「最後まで話を聞いてもらえるかしら? 私、嫌いなのよね、会話のキャッチボールができないやつ」
グッと拳を握り締め、瑞稀は再び口を開く。その握りしめた拳が意味することは、瑞稀本人しか分からない。
「常時契約起動していないと死ぬ代わりに、私に魔力切れはない」
「ナン、ダト……………?」
ワルキューレが驚くのも無理はない。どれだけ魔力量が多いやつでも、いずれ魔力は切れる。
例えるならば、紙パックに入っているジュースをコップに注いでいくと、いずれは無くなるのと同じだ。
だが、それが瑞輝にはない。無尽蔵の魔力、というよりも正確にいえば魔力が切れた瞬間に、即座に自動的に魔力が全回復するのだが。
まぁ、その回復するまでのラグは一瞬だから、その隙をつく事など不可能だ。ましてや、相手が瑞輝だと無理だろう。
「ソンナ、ニンゲン、イヤ、カミヤ、ヨウジュウニモ、キイタコトハナイ!」
北欧神王国の連中には、瑞輝の特異体質が何かは伝わってなかったらしい。
瑞輝の特異体質、本人が傷つくから言うことはできないが、正直異常だ。
魔力を消費して戦い、魔力が切れないように立ち回るという常識を、瑞稀は否定している、いや否定してしまった。
「いるじゃない、ここに。アナタの目の前に」
だが、そんな突如現れたチートみたいなやつは実際にいる。凄まじい誓約と人生を背負って、彼女は生きている。
「正直、この特異体質大変なのよ? 常時契約起動してるから、初めのうちはうっかり物を壊してたわ」
常時契約起動という力の制御が難しい特異体質、それを支配下に置くのは至難の技だ。
物を触る時も、そして人と触れ合う時も最新の注意を払わないと壊してしまう。
「ッ! ソウカ、サキホドノ、バカゲタイチゲキ、ソウイウコトカッ!!」
ワルキューレは気付いたようだ。さっきの高威力の斬撃や打撃の正体を。
「気付いたようね。そう、あの斬撃や打撃は、私の全魔力を乗せた一撃、つまり、それらは必殺となりうるほどの攻撃よ」
もう少し簡単に言うと、悠真の牛刀荼毘に近い。牛刀荼毘は、全魔力を一の力に注いで放つ技と聞いている。そういう面では、瑞輝の斬撃などに限りなく近いだろう。
そして、魔力を全部消費する悠真の牛刀荼毘を見ればわかるが、しばらくの間は満足に体を動かせなくなる。
「あんまり、一度に全魔力消費はしたくないのよね。あれ、すっごい気持ち悪くなるもの」
しかし、瑞輝は身体を動かせなくなることはない。即座に、魔力が全回復するので極論ではあるが、何度も必殺級の一撃を放つことが可能なのだ。
また、瑞輝は魔力量も上澄の方なので、魔力を全消費して放つ一撃の威力は計り知れない。
「ムチャクチャナ、ヤツダ。ダガ……………」
瑞輝によって、かなり吹き飛ばされたワルキューレの身体が輝き出す。
「ミトメヨウ、キサマハ、カミノキョウイダ。ソシテ、ココデシネ」
俺の背中を凄まじい悪寒が駆け巡る。まずい、これは非常にまずい!
「っ!」
俺よりも先に、瑞輝がその異変に気づき、ワルキューレに向かって駆け出す。
俺は、瑞輝が持ってきてたアタッシュケースを拾い上げて瑞輝の後を追う。いや、このアタッシュケースバカ重いな!?
「キサマヲ、サンコウニ、シヨウ、ケンセイ」
ワルキューレの身体は、どんどん輝きを増す。その度に、ワルキューレから放つ魔力は上昇していく。
「トウキノ、マリョク、ソシテイノチ、ソノスベテヲ、ササゲ、ヤツラニ、サバキヲッ!!」
あそこまで負傷したワルキューレなら、俺でも一撃で殺せる。
だが、今のアイツは自爆しようとしている。例えるならば、今にも破裂しそうな水風船だ。俺が、どう攻撃しようと、その水風船が破裂した時の水を防ぐことはできない。
「修くんっ! 私がなんとかするから、修くんはその後の、衝撃波の事をお願い!!」
瑞輝の言葉で、コイツが何をしようとしてるのか分かった。
確かに、瑞輝ならワルキューレの自爆の被害を抑えることができる!
「分かった! これだろ?」
それにしても、やっぱり重いな!? 何が入っているかは予想できるが、流石に重すぎるだろ…………
「ええ! あとは任せるわっ!」
そう言うと、瑞輝は思いっきり跳躍する。そして、ワルキューレよりも遥か上まで上昇する。
「修くん!」
「おう!」
瑞輝の合図と共に、俺は瑞稀が持ってきてたアタッシュケースを空に向かって放り投げる。
「ナニヲスルカ、フメイダガ、トウキノ、ニクタイヲ、ハカイシヨウト、キサマラ、イヤ、アタリヒュウヘンハ、フタタビ、ワレラガイカリニ、ツツマレル!!」
ワルキューレの身体は更に光の強さを増している。
「ふぅ…………………」
瑞輝は、集中しているのかワルキューレの言葉を無視する。
そして、瑞輝は刀を鞘から引き抜き、その青き刀身が露わになる。
「あなた、本当に運がないわね。私が相手で本当に」
空中で放り投げられたアタッシュケースは、それに呼応するかのように開く。そして、その中から金属で出来た剣や銃などの武器、更には大きな金属製の釘など、ありとあらゆる金属製の物が放り出さられる。
「汞…………………」
瑞輝が、そうポツリと言うと、アタッシュケースに入っていた金属は液体のように姿を変え、その青き日本刀に吸収される。
「ナニヲスルキダッ!!」
「死ぬなら、あなただけにしてちょうだい。私達をこれ以上巻き込まないで」
そして、アタッシュケースの中の金属だけではなく、辺りにある瓦礫の中にある金属製の物は液体のように姿を変え、同じように日本刀に吸収される。
「あらかじめ、触っておいて良かった」
瑞輝は、剣先を輝きを増しているワルキューレに狙いを定める。
「死という名の狂詩曲を奏でましょう。闇夜に誘う聖骸布っ!!」
液体と変化した金属が全て、瑞輝の刀に集約され、それとほぼ同時に瑞稀は思いっきり刀を投げる。
そして、瑞輝は華麗に地面に着地する。着地すると、瑞輝はワルキューレに背を向けてこちらに、ゆっくりと歩き出す。
「ムダダ! キサマガ、イクラ、バケモノダト、イエ、ムダダ!!」
「無駄? それはこっちのセリフね」
瑞輝がワルキューレに向かって投げた刀は、その刃がゆらめき始める。
そして、刃は大きな銀色の布へと変化する。所々、青色の亀裂のような模様が入っているその聖骸布は、ワルキューレの上にドームのように覆い被さる。
「ナンダ、コレハ!?」
「少し技の効果を変えたから不安だけど、やらないよりはマシかしら」
瑞輝の契約魔力、その名は汞。一度触れた金属製のものを自由自在に水のように操る事ができる能力だ。
ぶっちゃけ、瑞輝はこの力を使わない、いや使わなくても大抵の奴は倒せるから、長い付き合いの俺でもあまり見たことがない。
「やっぱり、あなた動けないみたいね。自爆の制約かどうかは知らないけど、都合が良いわ」
瑞輝は、くるりとワルキューレの方を振り向き足を止める。
そして、闇夜に誘う聖骸布。これは金属を布のようにして、本来は自身を守る技なのだが、瑞輝は少し仕様を変更したらしい。
本来、そんな直ぐに技の内容を変更するなんて、到底できない。
「本当は、私がその中にいて外側からの攻撃を防ぐ技なのだけど、今回は内側からの攻撃を防ぐように変更してみたわ」
簡単に言いやがる。外側からの攻撃を防ぐ技を内側からの攻撃を防ぐ技に変更だと?
それは、もう即座に別の技を生み出しているようなものだ。
いや、既存の技を土壇場で変更しているのだから、新たに生み出すよりも遥かに難しい。
「ケンセイィィィィ!!」
「あなたを構成している数多の妖獣の命、それを救えなかったのは申し訳ないわ」
その銀色の聖骸布の中でワルキューレは絶叫する。その輝きはさらに増し、もう自爆はすぐそこだ。
「でも、あなたは妖獣なんかではない。妖獣の命を贄にして生まれた愚かな神」
「クソガァァァァァァァァァ! コノ、ゴミカスドモガァァァァァァァァァァ!!」
「だから、勝手に一人で寂しく死んで」
再び、こちらに顔を向けて歩き出した瑞輝の顔は、何処か寂しそうだった。
だが、これはワルキューレを憐んでいる訳ではない。何か、そうそれはまるで、記憶の奥底にある何かをスコップで掬い上げたかのようだった。
「修くんっ! 上手くいきそうだから、やっぱり保険は無しで大丈夫っ!!」
俺の方に顔を向けた瑞輝は、少し安心したかのようにニコッと笑う。
「なにが保険だよ」
俺はフッと鼻で笑う。分かってた、瑞輝はきっと成功させる。
「アアアアアアアアアッ! オーディーンサマァァァァァァァ!!」
その絶叫を最後に、辺り一面を眩い閃光が襲う。だが、これ以上の被害はゼロだった。
そう、瑞輝はワルキューレの自爆を完全に防いだのだ。衝撃波の余波なんて、急遽仕様を変更したあの聖骸布は許さなかった。
「やっぱり、お前は凄いやつだ」
そう言われた瑞輝は、少し照れたのか頰を少し赤らめ、指先で髪の毛をいじる。
これが神田瑞輝。人間界、いやこの世に生ける全ての生命体の中で最も剣の道を極め、そして最も大きな制約を背負って生きる女の名前だ。