希望を抱く、蒼き薔薇
「ナゼ、ケッカイノナカニ、ハイッテコレタ? No.2ガ、ケッカイヲ、ハッタハズダ。オマエハ、ソトニ、イタハズダ」
スレイプニルの言うことは間違っていない。ここは、大分県の端の方だ。
それに対して、岩導がいたのは確か、熊本県。かなりの距離がある。
「おいおい、そんなに沢山の目があるのに、何も見えてないんだな。空を見てみろよ」
岩導が、呆れた顔をしながら、空を指差す。すると、そこには衝撃的な光景が広がっていた。
「ナ、ナゼダ!? ナゼ、ケッカイガ、キエテイル!?」
スレイプニルは、明らかに動揺している。俺様も空を見てみたが、普段通りの空模様だ。
スレイプニルの対処で、空なんて見てる暇が無かったから、バリアが貼られていたことにも気づかなかったが。
「そりゃあ、単純な話だ。バリアを破った者がいる。しかも、オレの可愛い生徒だ。まったく、無茶をしやがる」
生徒と言うことは、俺様のクラスメイトだ。スレイプニルと、ほぼ同格であろう、もう一体のNo.が貼ったバリア。
そんなものを、破れる奴がいるのか? 俺様のクラスの実力者だと、やはり神々廻だ。あの無口なアイツが、破ったのか?
「ソンナコトハ、アリエナイ! ワガアルジ、シンオウ、オーディーンサマト、ホボドウカクノ、マリョクリョウホジシャノ、コウゲキデナイト、ヤブレナイ!!」
「神王と同格の魔力量保持者!? そんな人間や妖獣なんていな」
俺様は、思わず声を荒げてしまう。そんな条件でしか破れない結界を張ったのか、北欧神王国の神王は。
いや、だが現に破れているのだから、そんな奴がいる………………
「あ、」
「お、瓔珞は気づいたか?」
あぁ、1人忘れていた。魔力量は恐らく人間、いや妖獣を含めてもナンバーワン。
だが、その魔力操作はポンコツで、模擬演習の時も、まるで標準が合わない固定砲台のような攻撃をしたいたアイツを。
「星宮 氷華! あの暴走砲台女か!!」
「アハハ! 星宮も酷い言われようだな! まぁ、まだ魔力操作が下手だから、無理もないか」
時は、オーディーンが惨劇を起こしたその直後まで巻き戻る。そして、場所は福岡県と大分県の県境、例のバリアの近くに移動する。
「はぁはぁ…… 急がないと、急がないと!!」
「氷華、息が荒い。大丈夫?」
「う、うん! 私は大丈夫!!」
息を荒げ、大分県へと向かう氷華、それに引き換え、涼しげな顔をして流風は走る。
私たちのエリアでは、坂田さんが統括してくれたおかげか、死者は一人もいなかった。でも、大分県の映像が、私たちの視線の片隅に表れてから、場はかなり混乱した。
あの中には、大分の人たちと親しい人もいた。目を閉じても永遠と流れるその映像は、その人たちの心をも壊した。
「それにしても、坂田の姿はもう見えないな……」
「うん…… 坂田さんの、あんな顔初めて見たよ」
大分、その場には私たちの四人の先輩もいた。映像には映っていなかった、正確にはほとんどの人たちは、判別するのが厳しい状態になっていた。先輩たちは、強い。
でも、あんな威力の攻撃を食らったら…… 映像が展開された瞬間、坂田さんは冷静な顔をして、撤退の指揮を出した。心が壊されてない人が心を壊された人たちを補助するような班を作り、撤退させた。
そして、私たちは同じ千葉神対策局の一員として、坂田さんとともに大分に向かったのだ。坂田さんが、大分に向かうときの顔は、とても焦っていた。そして、坂田さんは大分にものすごい勢いで走っていき、気づいたら私たちが見えないとこまで行ってしまった。
「ん? なんだこれ?」
流風の足が止まった。それに伴い、私も足を止める。流風は、手のひらを眺めており、そこには一匹のハエがいた。
「ハエ……?」
手のひらには、五センチほどのかなり大きなハエがいた。ただのハエだったら、流風は手のひらにつく前に叩き潰していただろう。
そのハエは、何かを繰り返し話していた。そして、でかいだけでも特徴的なのに、そのハエの額には姫とでかでかと書かれた鉢巻をつけている。
「細かい説明は省く。大分に張られているバリアは、ただの強力な攻撃では破壊できない。破壊するには、北欧神王国の神王オーディーンと、ほぼ同程度の魔力保有者の強力な攻撃でないと破れない。繰り返す、大分のバリアは、北欧神王国の神王オーディーンと、ほぼ同程度の魔力保有者の強力な攻撃でないと破れない」
そう言い残すと、ハエは流風の手のひらから飛び立ち、どこか遠くに消えた。
「流風ちゃん! いまのって」
「あぁ、聞こえた。その話が本当ならば……」
再び走りながら、流風は私の方はちらりと一瞬見たが、目をそらす。
あぁ、流風ちゃんが言おうとしていることは、私にはわかる。でも、とても悔しいけど私は……
「とりあえず、急ごう!!」
流風ちゃんが、困っている顔は見たくない。だから、私はあえて大きな声を出して、話を遮る。
どれぐらい、走っただろうか。息を切らしながら、額に汗を浮かべながら、私たちは走る。道中、神民やソウルハンターが一体もいなかったのは、すでに坂田さんが倒したのだろうか。
「あ、見え…… ひっ!!」
「むごいな……」
私たちは、県境の近くまで来た。例のバリアが見え、その中はまさに地獄だった。全身を業火で焼かれ、何度もバリアに拳を打ち付けている。映像で見るよりも、生で見るその光景はすさまじい。
そして、そのバリアを打ち破ろうとする二人の人影が見えた。一人は、道着を着ており、そのバリアに何度も殴っている。もう一人は、スーツ姿で、日本刀で何度も切り付けている。
「片方は坂田で、もう一人は誰? 見たことないな……」
「うん、初めて見た」
坂田さんの隣にいる人は、だれだろう。OLみたいな格好で日本刀を振り回していたけれど、私でもわかるぐらいの実力者に見える。
「だが、この状況を打破できるのは……」
流風ちゃんは、再び苦悶の表情を浮かべながら、歯ぎしりをする。うん、覚悟はできた。私しかできない。
「……流風ちゃん、私を思いっきり空に吹き飛ばして」
「だ、だめだ!! それに、氷華は魔力操作が」
私が、しようとしていることが分かったのか、流風ちゃんは、私の手をつかむ。流風ちゃんは、やさしい、人間嫌いだったあのころとは大違い。
「わかってる。クラスのみんなからは、暴走固定砲台って言われてるしね」
私は、人間界にいる確認されているすべての人間の中で、最もソウル値が高いらしい。ソウル値が高いということは、契約した時の魔力量も高いということである。
契約起動後の私の魔力は、神王と同等かそれ以上で、少なくとも人間界で最も魔力量が高いらしい。でも、莫大な魔力を扱うのは、一朝一夕でできるものではなく、例えるのならば、暴れ狂う猛獣を制圧するようなものだ。
「それでも、私しかできないのなら、その可能性が少しでもあるのならば、私はやるよ」
「氷華…… わかった、でも無理だけはしないで。流風は、氷華のことが一番大切だから」
私の覚悟が伝わったのか、流風ちゃんは手を放す。そして、私の胸に右手をそっと置く。
「いい、氷華? 今から、流風は氷華を思いっきり空に吹き飛ばす。かなりの勢いで、上空まで行くから、意識をしっかり保つこと。分かった?」
すると、私の体の周りに白い風が纏われる。そして、ふわふわと体が宙に浮いていく。
「うん、わかった。ありがとう、流風ちゃん!」
「よし、行って来い! 氷華、お前なら絶対に破れる!!」
そう言うと、流風ちゃんは人差し指をクイッと上に向ける。すると、私は一気に上空まで吹き飛ばされる。
「す、すごい勢いで上昇していく……」
皮膚が引き裂けそう。私の皮膚は、悲鳴を上げながら上空まで一気に駆け上がる。そして、あっという間に私は、大分を覆うバリアの上に着地する。バリアは、ドーム状になっており、足場は傾斜なので安定はしていない。
「よし、早くしよう。助けられる命が、きっとまだある!」
ただ、高威力の魔力の攻撃をしたとしても、私はまだ魔力操作が下手くそだから、バリアにあたらない可能性もある。
「なら、まだ試作段階だけど、あれしかないよね……!」
私は、右手に握っていた杖を背中にしまう。そして、全身に魔力を巡らせていく。
「………私の内に眠る、冷厳よ」
そう、これは私が出せる最高の技。契約をした人間や妖獣は、一つだけ詠唱をしなければならないという究極の技を生み出すことができる。詠唱が条件という厳しい縛りのその奥義の名は、極技。
契約をしたのなんて、つい最近の私が使うなんて、おこがましいかもしれないけれど、私の全力を出すにはこれしかない。
「私の、全ての魔力を持って、希望となって現れん」
すべての魔力を、全身から手のひらに集める。その影響で、周りの気温は一気に低下していく。今現在、私の周りの気温は、マイナス20度ぐらいだ。
「眼前の厄災を沈め、冷酷なる氷の力を持って、未来を照らしたまえ」
現在、マイナス50度。人間が耐えられる最低気温は、マイナス25度と言われているから、もうすでに限界を超えている。いくら、契約起動しているからだだとはいえ、もう体は限界を迎えている。
「あ、ああっ!! ………私の希望、皆の希望、この一撃にすべてを。さぁ、解き放たれよ!!」
途中、あまりの寒さで詠唱を中断させてしまいそうになったが、危なかった。私の髪の毛や、唇は凍っていき、体の節々も凍っていく。寒さとは、度が過ぎると脅威であり、全身に痛みも伴う。
私のすべての魔力を両手に集める。そして、そっと手のひらを両手で隠すようにして、さらに圧縮させる。
「蒼氷 極技、極冠の蒼薔薇!!」
詠唱が終わり、私は両手をそっと開く。そこにあるのは、青い氷でできた一凛の薔薇。その蒼薔薇を確認する地、私は最後の力を振り絞り、バリアを思いっきり蹴り空に跳躍する。
そして、その希望の青いバラはバリアに触れた瞬間、、まばゆい光を放ちながら悪しき壁を破壊していく。
すさまじい威力、そしてこう魔力の一撃はあたりの気温までも変化させ、地上にいる者たちは私を見る。
「なんだ、この魔力は!? いや、あれは氷華!?」
「あれが、噂の星宮さん? 神王なんて、越えてるんじゃないの!?」
地上でバリアを破壊していた坂田さんたちが見えた。そして、バリアが敗れたのを確認すると、私は安堵してしまう。あ、これは受け身できそうにないなぁ………
「あぁ…… よか……った」
体全体がひどい凍傷、さらに口から吐く息は真っ白。そして、私の攻撃の影響で、周りの気温は凍えるように寒く、地上もおそらく真冬の気温まで下がっているだろう。
「氷華!!」
流風ちゃんが、私の元まで駆け寄る。そして、大きく跳躍して、空中で私を抱きかかえる。
「あははは…… 結局…… また、助け……られたなぁ……」
意識が朦朧としている。それに、ひどい凍傷のせいで体も言うことが聞かず、満足に口を開くことができない。
「ばか!! 無理をするなと言ったはず!!」
地面に落ちていく私を空中で抱きかかえ、体勢を崩さず着地する。そして、瓦礫を背に負担のかからない体制にしてくれる。私を大切に思っているその少女は、涙目を浮かべていた。
「ごめ……ん……ねぇ……」
あぁ、また流風ちゃんを困らせてしまった。いつも助けられてばっかりだなぁ……
「……いや、説教は後だ」
ため息をつき、目頭に浮かべた涙をふく。そして、体温が冷え切った私の体を流風ちゃんは抱きしめて、頭をなでる。
「氷華、よくやった。お前のおかげで救える命がきっとある」
「そう……よかったぁ……」
私の不完全な力で、もし少しでも救える命があるのなら、ここまでやった価値が十分にある。その一筋の希望を信じたい。
「ありがとう、あなたのおかげで先に進める」
「救護ヘリも要請済みだ。あとは、俺と瑞輝に任せろ」
氷華と流風の前に、二つの人影が立つ。そして、男は道着を脱ぎ上裸になり、女はスーツを脱いでワイシャツになる。そして、男は道着を、女はスーツを氷華に被せる。
「お願い……します」
私は、その二人と目が合い、声を振り絞る。託された二人は、無言でうなずきバリアがあった方向へと再びかけていく。
それを見届けた後、私は安堵してしまい、流風ちゃんの胸の中でゆっくりと目を閉じる。
お久しぶりです!
アカウント変えてから、皆さんとあまり話すことができなくて萎えてる作者です。
私の予想だと、あと5話くらいで今回の章は終わりそうな雰囲気です。
まぁ、でも書きたいことを書いたら、何だかんだで長くなりそうですね笑