掌に落ちる雷
「オーディーン!? 何故、北欧神王国の神王が……………」
神々廻が驚くの無理はない。神王、神王国と言われる神が住んでいる国のトップだ。
人間界には、神王が来た記録はなく、模擬演習で戦うことができる神王達は、妖獣界に攻め入った時の証言者の情報を元にして作られたものだ。
つまり、姿こそ表してはいないものの、俺らの上に神王がいるのだ。
「オーディーン様っ! 王子は本当に良いんすか!?」
トールは、毒で汚染された脇腹の肉を、バタフライナイフで抉り取り、苦悶の表情を浮かべる。
「ロキ、ワシに同じことを言わせるな。ソウルは充分に回収できたと聞いた。そうなのだろ?」
威圧感が凄まじい。模擬演習はやはり、所詮は仮初の物だと言うことを改めて思い知った。これが、北欧神王国、神王……………
「…………………分かったっす」
ロキは、一瞬だけ呆然としているトールを見るが、地面に落ちている紫の石を拾う。
「あの野郎! 逃げる気だ!!」
「分かってる。絶対に殺す」
オーディーンの威圧感で、蛇に睨まれたカエルのようになってたが、ロキが紫の石を手にしたのを見て、再び刀を構える。
「今回だけは逃げるっす。死にかけ王子の事は煮るなり焼くなりすると良いっす〜。転移結晶、起動」
「ミコが逃すとでも?」
俺よりも早く動き、刀を抜いた神々廻だが、それよりも早く、ロキは消えた。
「くそっ!!」
「神々廻…………………」
神々廻が鞘から引き抜いた刃は、ロキには当たらなかった。
大きく空振りした神々廻は、普段の冷徹なイメージからは、想像できないような大声をだし、地面に勢いよく刃を突き立てる。
「お、親父ぃ! 俺は、俺はぁ!!」
「なんだ、まだ生きていたのか。さっさと死んだ方が楽ではないのか?」
先ほどまでは、ボーッとしていたトールだったが、少し意識が回復したのか、上空に漂うスネークに向かって叫ぶ。大声で叫ぶトールに対して、オーディーンは冷たくあしらう。
「俺はぁ! アンタに追いつくために、アンタの息子として役に立つために! ここまで努力してきてんだぁ!! お願いだぁ!! 俺に、もう一度チャンスを!!」
あぁ、トールはオーディーンから見捨てられたのだ。トールとオーディーンが親子ということしか俺は知らないが、トールは、オーディーンのことを深く慕っているのだろう。
「息子? 一度の失敗ならワシも許す。だが、一度は死に、そして二度目に半殺しにされているような奴は、ワシの息子にはいない」
「そ、そ、そんなぁ………………」
トールは、小刻みに震えている。俺と神々廻からだと、トールの後ろ姿しか見えないので、表情は見えない。
だが、憧れであり、実の親から、そんなこと言われたら神であろうと…………………
「神崎くん」
「あぁ、分かっている。俺に任せてくれ」
いくら、実の親から見捨てられたとは言え、こいつは許してはいけない。
ミツレを連れ去ろうとし、そして傷つけ、数多くの人間を痛めつけ殺してきた。
「トール、もう終わりだ」
同情なんてしていない。思い返すだけでも怒りが沸々と湧いてくる。
だが、いや、それだからこそ俺は、コイツを痛めつけたりはしない。コイツと同じステージには立ちたくない。
「ヒッ………………!」
「動くな。一撃で残り二つの心臓を斬ってやる」
神には3つの心臓があり、それは命が3つある事を示している。人間と同じように、致命的な怪我を負えば死ぬ。
だが、命が残っている場合は死ぬ事はなく、全回復して再び立ち上がる。
しかし、そんな神にも一撃で殺す方法が二つある。
一つ目は、意識が朦朧としている中での殺害。これは、神も妖獣と同じように、意識を強く保っていないと、もう一つの命を使う事はできないからだ。
そして、二つ目は複数ある心臓を同時に破壊する事。これは、字の通りなのだが、心臓を複数破壊する事だ。心臓は、神が魔力を生産している臓器でもあるから、怪我した部分も再生する事なく、命を完全に奪うことが可能だ。
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ! おれはぁ! 親父にい!!」
刀を再び鞘から引き抜き、トールに向かおうとする。だが、その時にトールの背後に何かがあるのが見えた。
「お、おお!! なんだぁ、助けてくれるのかぁ? さ、早く俺を転移させてくれ!!」
トールの少し後ろ、5メートル離れた場所にリザードがいたのだ。だが、そのリザードは少し見た目が違った。
普通は、銀色をしているリザードだが、そのリザードは、真っ黒だった。何より、1番の違和感は、目に赤い布を巻きつけられているのだ。
「リザード!? くそっ! 待ちやがれ!!」
変なリザードだが、リザードである事には変わりはない。トールを逃すつもりだ!
そして、俺はトールに向かって走り出そうとしたが、神々廻から手を掴まれる。
「神々廻!? おい! 離せよ!! 早くしないと、トールにまで逃げれるぞ!」
神々廻の手を振り解こうとしたが、それよりも早く神々廻の口が開く。
「もう終わった、だから大丈夫」
「親父は、まだ俺を見捨てていなかった! ありがとう、親父ぃ!!」
トールは歓喜の涙を、両目から溢れ出し、黒いリザードの目の前に行く。
「なんだ、そのリザードは」
「え?」
オーディーンの言葉で一瞬にして、涙が渇き、青ざめるトール。
「だから、何度も言わせるな。そのような、リザードはワシは知らんぞ」
そして、次の瞬間、黒いリザードは右手でトールの頭を掴む。
「な!? 貴様ぁ!! リザードの分際で何を……… グアアアアアア!!」
ミシミシと音を立てながら、トールの頭を握り、そして頭を掴んだまま、トールの身体を宙に浮かす。
「何が起きてるんだ!? どうして、神の僕であるソウルハンターが、トールを襲っているんだ!?」
訳がわからない。神に作られ、神の命令に忠実に従い、人間や妖獣を襲っていたソウルハンターが、神を襲っている。
この目の前の光景に、俺は唖然としていた。
「随分と遅かったね。いつからいたの?」
ハァとため息つき、神々廻はトールの近くの瓦礫の上を見る。
「今来たばかりだ。それにしても、ボロボロだな神々廻。同じ七聖剣持ちとして恥ずかしい」
「漁夫の利をしようとしている人に、言われたくはない」
「あの人は確か………………」
急に現れ、瓦礫の上で佇ずみ、神々廻を睨みつけている男。紫の着物に、そして黒色の羽織を纏う男がそこにいた。
そして、その腰には俺や神々廻と同じように、刀を刺していた。緑色の鞘をし、明らかに異様な雰囲気のある日本刀だ。
深い緑色をし、肩まであるウルフカットの髪は、風に吹かれて揺られる。
「操神 利明!」
七聖剣定例会議で見たことがある。つまり、俺や神々廻と同じ七聖剣保持者だ。
「チッ………僕は年上なんだがだな」
明らかに不機嫌そうな顔をしながら、俺を睨みつける。急に現れたから反射的にとは言え、呼び捨てをしてしまった事が原因なようだ。
「うっ…………… すいません」
操神は、俺の事を虫ケラを見るかのような冷たい目で見る。この人、会議の時も思っていたが、苦手だ。
「まぁ、良い。さっさと終わらせる。神はまだ持っていないしな」
そう言うと、操神は瓦礫から下り、トールの方に向かう。
「くそっ!! 何も見えねぇ!! おい!! 離せよ!!」
正面から頭を掴まれているので、トールは何も見えない。そして、死にかけの身体では、リザードの手すらも払う事はできない。
「コイツがトールか。模擬演習で、ガキの姿は見た事はあるが、かなり見た目が変わったな」
「あぁ!? 誰だ! どこにいる!!」
ジタバタと暴れるトールの目の前に立ち、操神は哀れみの目を向ける。
「おい、俺達も操神さんのとこに行かなくて良いのか?」
あの人が何をしようとしてるのか分からない。それなら、手伝いに行った方が……………
「いや、大丈夫」
神々廻は、俺の方を見るとそう言う。まるで、操神を信頼しているかのようだ。
「貴様っ! このリザードも貴様のせいなのか!? 一体、な」
「黙れ。僕は、うるさいのは嫌いだ。傀儡 掌の人形」
トールの言葉を遮り、操神は右手をトールに向ける。すると、手の指の先から赤色の糸が勢いよく出て、それはトールの身体に巻きつく。
「なんだこれは!? み、見えねぇ!! 何をされてるんだぁ!?」
バタバタと、蜘蛛の巣にかかった虫のように暴れるトール。だが、その赤く輝く糸は、トール足先から頭にかけて、全体を包み込む。
そして、一瞬のうちに、足先から首まで赤色の糸で覆われる。
「お、親父ぃ! 助けてくれぇ!! 俺はぁ、親父の跡を継いで、次期神」
トールは、最後の言葉も言える事なく、全身を赤色の糸で覆われ地面に落ちる。そして、その糸は再び操神の手の指に戻っていく。
全ての糸が、操神の手に戻るが、トールの姿はそこになかった。まるで、糸になったかなのようだ。
「す、すげぇ……………」
俺は思わず口にしていた。確かに、あまり好きになれそうな人ではないが、その実力は本物だ。俺が苦戦していたトールを、いくら死にかけとは言え、数分で消した。
「あれが、ミコ達と同じ七聖剣保持者の傀儡師 操神 利明」
神々廻は、口を開く。その目は、操神を見たままだ。
「瀕死の生物や、壊れかけの機械を手中に収める強力な契約魔力、傀儡。契約魔力の強さだけで言ったら、対策局中でもトップクラス」
トールを主張に収めた操神は、首をゴキゴキと鳴らしながら、俺と神々廻の方に来る。
「あまり、契約魔力の事は言わないでもらいたい」
そして、深い緑の髪をいじりながら、再び目を細めながら舌打ちをするのだった。
お久しぶりです! 第3希望の企業の内定がもらえて、少しホッとしている作者です。
あのー、凄いどうでも良い事なんですけど、この作品が完結済の設定になっていたことに今気づきました・・・・
直せたので良かったのですが、バグか何ですかね?