窮鼠猫を噛む
大柄な体躯を持つ神から繰り出される一撃を、非力な少年が受け止める。はたから見たら、圧倒的に不利なのは少年であるが、その眼は輝きを失っていない。
「完全回復したんだ! 第2ラウンドの始まりだ!!」
「ハッハァ! 第2ラウンドだぁ? 笑わせんなぁ!! もう一度ボコボコにしてやんよぉ!!」
息を整えろ。真っ向から勝負して勝てる相手じゃない。この六の力の発動条件を早く見つけるんだ!
「ペシャンコにしてやんよぉ!!」
「ッ……………!」
更に力が強まる。くそっ! このままだとまずい! 仕方ない……………
「チッ!」
俺は力を振り絞って、トールのミョルニルを少しだけ押し返す。
そして、その隙をついて地面を転がって回避する。トールは、急に俺が避けたので、ミョルニルを地面に思いっきり叩きつけてしまう。
「目眩しのつもりかぁ!?」
トールは辺りを覆った土埃を、ミョルニルを一振りして払う。
だが、俺はこの状況を待っていた!
「今だ! ハアアアア!!」
トールが土埃をミョルニルで振り払い、視界が開けた時に俺はしゃがんだまま、トールのふくらはぎを斬りつける。
「なっ!? 下だとぉ!?」
身長が2メートル以上はある大男のトールは、下からの攻撃に反応するのは少し遅くなってしまう。
しかも、土埃を払うためにミョルニルを払った後だ。油断をしているから、なお当てやすい。
「2っ! ハアアアア!!」
ふくらはぎから鮮血を吹き出し、トールは後ろに体勢を一瞬崩す。
そして、俺はトールの後ろに回って、背中を更に切り付ける。
「グオオオ!? やるじゃあねぇか!!」
体勢を崩し、地面に背中から倒れそうになったトールであったが、両足で力一杯踏み込み耐える。
そして、振り向きざまに俺にミョルニルを振り翳そうとするが、その時には俺はもういない。
「上だっ!!」
「なにぃ!?」
俺は、トールが後ろを振り向いた時には、地面を思いっきり蹴って跳躍する。
「クソがああ!!」
「3っ! ハアアアア!!」
トールは反射的に左手を俺に向けて構える。ガードをしたつもりなのだろうか、だがもう遅い。
トールの左腕、正確に言ったら手の甲から肘にかけてを切る。
「グッ………………! こいつ、速」
「ハアアアア! 4っ!!」
まだいける! 止まるな!! 確実に速くなっている!!
空中で前転をし、再びトールの背後を取る。そして、左脇腹を切り付ける。
「ゴボァ! なめるなぁ!!」
口から血を吹き出しがら、トールはクルリと振り返る。そして、ミョルニルを振りかざす。
「なにぃ!?」
先程までの俺だったら、この距離だとトールの攻撃を頭から受けていただろう。
だが、今は少し遅く見える。俺は、トールの攻撃をひらりと避ける。
「5っ! 6っ! 7ぁ!!」
「グッ……………! ガバァっ!!」
地面にミョルニルが突き刺さり、無防備になっているトールの胸を、3回切り付ける。
「す、凄いです。神崎さんが、あのトールを…………!」
ミツレの言うことも無理はないだろう。先ほどまでは、追い詰められていて成す術もなかった悠真が、あのトールを逆に追い詰めているからだ。
「でも、何か変ですね……………」
ミツレの違和感というのは、消費魔力についてだ。九つの力は、一つ一つの力に統一感がなく、その万能さが強みだ。
そして、一つの力を使った瞬間に少しだけ魔力を消費する、イメージとして自動販売機で指定の金額を入れてジュースを買うみたいな感じだ。
だが、あの双剣、六の力は少しおかしい。六の力を発動した時に魔力を消費するのは他の力と同じだが、あの双剣にずっと魔力を吸われている。
「ハアアアア! 8っ! 9っ! 10っ! 11ぃ!!」
「くそおおお! 何故だぁ!? コイツ、まだ速くなってやがる!!」
ミツレの心配をよそに、悠真はトールに攻撃を止めない。トールは、体勢を崩しながらも、何とか防いでいる。だが、速度が上がり続けている悠真の攻撃に対して防戦一方だ。
「まだ、まだぁ!! 12っ! 13っ! 14っ!」
少し立ちくらみがするが、まだいける! ここで止まるわけにはいかない!
「なめるなぁ! はぁっ!!」
トールは、一瞬体が光り、横に一瞬にして移動する。そして、ミョルニルを俺に向けて振りかざす。
「見えてたぜ! その攻撃っ!」
「なにぃ!?」
俺は、一瞬にして移動したトールの攻撃をかわす。あの瞬間移動のような攻撃が止まって見える!!
「15っ! 16っ! 18っ! 19っ!!」
トールの左肩、右足、そして胸を2回ずつ目にも止まらない速さで切り付ける。
「グボァっ!!」
19回目を切り付けた時に、両手に持っている双剣が輝きだす。
全身から血を吹き出し、トールは痛みに震えながら後ろを振り返る。
だが、その時にはもう遅かった。自分よりも格下だと思い、殺さずに弄んでた男が自分の命を刈り取る存在だと、この時に初めて気づいたのだ。
「20っ! 六の力! 窮鼠噛猫!!」
「ガバァッ! この俺が…………! 神王の息子である俺がぁ!!」
背後から凄まじい速さで忍び寄った鼠は、捕食者の右腕を切り飛ばす。
「ハァハァ………… この俺が、地に膝をつけるとはなぁ!」
息を切らしながら、トールは残っている左手で、出血している右肩、いや右肩があった場所を押さえる。
「やっぱり! 神崎さん! それ以上は」
何かに気づいたミツレ、しかしその声は悠真には届かなかった。
いや、ミツレの予想が確信に変わった時には既に遅かったと言った方が良いだろうか。
「い、いける! アイツを倒せ……………え?」
今まで味わったこともない立ちくらみと共に、俺はトールと同じように地に膝をつける。
えー、明日でやっとテスト最終日です・・・・ 昨日今日とテスト続きで死にそうです。