二皇瓔珞の正体
「う……………… 」
痛覚はなかったはずだが頭が痛い。そして、先程までの記憶が脳裏に鮮明に甦る。
「そうだ! あの人は誰だ!?」
カプセルの中で横たわってた俺は、勢いよく起き上がる。そして、その勢いを維持したままカプセルの外、つまりは現実世界に戻る。
「この馬鹿野郎が!」
「いったぁ!?」
カプセルを出た瞬間、怒号と共に俺の頭上に鈍い痛みが走る。
「はじめてのホームルームで、やる気満々に満ち溢れてたのに教室入ったら、誰もいなかったオレの気持ちがお前に分かるか!? あぁ!?」
俺にゲンコツしてきたやつの正体が分かった。仮想現実内で、俺と瓔珞がぶつかるのを止めた例の女だ。
仮想現実とは服装だけが違い、全身真っ黒のレザーの服を着ている彼女は、ため息をついてポケットを弄る。
そして、ポケットから棒付きキャンディを取り出して、それを口に咥える。
「いたたた…………… え、待てよ? 教室に入った? つまり………………」
地面に尻餅をつき、ポカンとしている俺気づいたのか、瓔珞のカプセル前で陣取っていた女は、俺の方を向く。
「あぁ、そうだ。お前らの担任を任される事になっ」
刃のようにするどい切れ長な目で見た女は、何かを言おうとしたが、瓔珞のカプセルが開く音で遮られる。
「くそ、まだ頭がクラクラする……………… うおっ!? 貴様、よくも邪魔」
頭を押さえながら出てきた瓔珞は、目の前にいた女の姿に驚く。
そして、瓔珞は邪魔をされた事に怒ったのか、女に掴み掛かろうとする。
「先生に向かって貴様だと!? この馬鹿野郎が!」
「なあっ!? いってええええええ!!」
だが、それよりも速く瓔珞の頭めがけてゲンコツが放たれる。ゴツッという鈍い音に、俺は思わず目を閉じる。
「まったく世話のかかる奴らだ。他の奴らは教室に戻らせてある。さ、行くぞ」
「なっ!? ちょ、ちょっと!?」
「おい! 離せっ! 俺様は四頂家だぞ!」
俺と瓔珞は、女に襟元をがっしりと掴まれ、半分引きずられる形で教室に向かう。
俺たちは再び教室の前についた。女は、扉を勢いよく開ける。
「おら、入れ。馬鹿野郎共」
「うわっ!?」
「くっ!?」
そして俺と瓔珞は、教室に放り込まれる。既に席に座っているクラスメイトの視線が痛い。
「神崎は窓側の後ろから2番目、二皇は真ん中の列の一番前だ」
クラスメイトの笑いを堪える表情を見ないように、俺は示された窓際の後ろから2番目の席に向かう。
「ん? あれ? 神々廻!?」
「げっ…………………」
俺の後ろの席、そう窓際の一番後ろの席に見たことある姿があった。目まで隠れた前髪、腰まであるその長髪と特徴的な紫髪は嫌でも忘れられない。
「はぁ……………… 知り合いと思われるのも、恥ずかしいからミコに話しかけないで」
目は隠れて見えないので、表情はよく分からないが、明らかに良い印象は持たれていない。
「な!? 酷くないか!?」
俺と神々廻のやり取りで、クラスに笑いが訪れる。はぁ、もうクールキャラで行くと言う、細やかな夢は消え失せたな。
「ふざけるな! 貴様、よくもさっきは俺様にゲンコツをしてくれたな!」
笑い声に包まれていた教室は、一人の男の怒号で静寂に戻る。
「貴様だと〜? 一応、これでもオレは先生だぞ? その口の聞き方は許せんなぁ?」
女と瓔珞は、バチバチに睨み合ってる。まぁ、この場合は100パーセント瓔珞が悪いんだけどな。
だが、そんな事が瓔珞には通じるわけがなかった。
「四頂家である俺様に対してゲンコツをするなど、許される行為ではないだろ!」
あー、そういえば、さっき俺と同じでゲンコツをくらってたな。仮に、瓔珞が四頂家の一つである二皇家であるならば、それは許される行為ではない。
「少しやり過ぎたかもしれないが、アレはあくまで教育だ。それに、この神高の中では四頂家とかは関係無いぞ?」
クラスが静寂から解き放たれ、再びざわめきが起きる。どういうことだ? 神高では四頂家とか関係無いだと?
「どういうことだ? 俺様は、世界の頂点の四頂家だぞ?」
「今朝のニュース見てないのか? 四頂家の全体の代表である一神様が声明を出していたじゃないか」
今朝のニュースで一神が何かを言ってたのか? 今朝はバタバタしていたから見れなかったな。
「神高の敷地内では、四頂家と全ての種族の身分は同等になるって言ってたぞ。あくまでも、神高の敷地内という縛りはあるものの、オレから見たらお前は、ただの生徒だ」
そんな事があったのか。一神が何をもって、そんな声明を出したのかは分からないが、それは瓔珞にとってはマイナスでしかないな。
「そ、そんな……………… 俺様は、俺様は……………………」
瓔珞は、歯を噛み締めながら苦悶の表情を浮かべる。同じ四頂家でも、三門龍介と瓔珞は何かが違う。その違和感はよくは分からないがな。
「それに、お前は四頂家は四頂家でも」
そして、女は少しだけ暗い顔をして話していたが、瓔珞によって遮られる。
「分かってる、分かってるよ! 俺様は所詮は分家の人間だ!」
ザワザワとクラスが騒がしくなる。分家? どういうとこだ? 瓔珞は四頂家だよな?
「お、おい神々廻。分家ってどういう事だ?」
後ろの席で、興味無さそうに携帯型ゲームであるスポッチをしていた神々廻に話しかける。
「………………二皇家は四頂家の中で唯一、分家という仕組みをとって親族を増やしているの」
ハァとため息をついて神々廻はスポッチをしていた手を止める。
「四頂家ってのは、四頂家の血が通っている人同士、例えば三門家と二皇家の子孫同士が結婚し、子供を産むってのが当たり前なの」
「つまり、外部の血が入らないようにしてるのか?」
その話が本当ならば、杏が迫害を受けていたのも納得できるな。杏の母親は屋敷の侍女だったというから、当然だが四頂家の血は入っていない。
「うん、そういうこと。でも、二皇家は違う」
その時、神々廻の声音が少し変わった。まるで、あまり話したくないみたいだ。
「二皇家の当主は、日本各地で集めた優秀な遺伝子を持つ女との間に子を持っているの。それが、いわゆる分家ってやつね」
「ん? やる意味があるのか? 四頂家の性格上、外部の血は入れたくなさそうだ」
血統主義みたいな感じの四頂家なのだから、外部の血が混ざる事を快く思ってないはずだ。
それなのに、二皇家はどうしてそんな事をしているんだ?
「優秀な跡取りを造るためって言われている。もちろん、四頂家の純血も絶やさないようにしているよ。でも、跡取りの保険として、二皇家当主は外部との間に子供をたくさん作っている」
「なん、だと…………………」
知らなかった、そんな事が起きていたなんて。全国から集められた女たちは望まない子を産んでいるというのか? それも、あくまでも保険として………………
「分家の数は正確には分かっていないけど、十数家はあるらしい。それに、今までの歴史上、分家の人間が二皇家の当主になった事は無いと言われている。何のために、子供たちが生まれているのか分からない…………………」
そう言った、神々廻の声は震えていた。俺の知らないところで、そんな胸糞悪い事が起きていたとはな。
「分家なのは分かってる。それでも、俺様は! 俺様は………………!」
俺は、一神を除いたら四頂家は大嫌いだ。だが、それでも俺は瓔珞の事を心の底から憎む事はできない。
アイツは酷い事を言ったのは事実だが、アイツもまた四頂家の被害者だったんだ。
「瓔珞、お前はここではオレの生徒だ。それに、お前には目的があると見た。こんな事で騒ぎを起こして退学にはなりたく無いだろう? さ、席に座るんだ」
今までは瓔珞の事を、二皇と呼んでいた女だったが、ここで初めて瓔珞と言った。
一瞬、瓔珞は反応したが無言で席に座る。
「よーし、やっと静かになったな。まずは、オレの自己紹介をサッサと終わらせようか」
そう言うと、女は黒板に音を立てながら名前を書く。書き慣れてなさそうな仕草をしているので、教師として教壇に立つのは始めてなのだろうか。
「オレの名前は、岩導 蒼子。このクラスの担任を受け持つ事になった。よろしくな」
岩導と名乗った俺たちの担任は、首をゴキゴキと鳴らす。なんか、女っぽくない先生だな……………
「じゃ、お前たちの自己紹介をする前に一つ言う事がある」
先生の自己紹介の後は、俺たちの自己紹介ってのが普通の流れなはずだ。だが、どうやら違うらしい。
「まぁ、それは神についてだ」
神という単語で、再びクラスが騒がしくなった。まぁ、無理もないよな。だって、ここは国立神対策高等学校なんだから。
「少し前のオシリスによる九州への神の襲撃、あれは50年ぶりの神からの攻撃だと世間は報じている」
あー、そういえばそんな事言ってたな。50年前の神の怒りと呼ばれるもので人類は環境を大事にしたってのが通説だよな。
そして、オシリスやソウルハンター達による九州地方への攻撃が2回目だと言われているな。
「ま、アレは嘘だ。神による襲撃は、小規模なものを含めてもオシリスが来る前以前よりも、発生している」
あっさりと超絶重要な事を言った担任の言葉に、クラス全体が過去一番で騒がしくなる。
「どう言う事だ……………? つまり、神による襲撃はオシリス以前から起きていたとでも言うのか!?」
衝撃の事実、騒がしくなるクラスの中で静かだったのは、俺の後ろに座って、スポッチをしている少女だけだった。
地味に投稿頻度が上がっている作者です! 実は、企業の方からお話をいただいて、コミカライズ化するかもしれないんですよ!!
もう、モチベが上がりまくりですよね! この話が実現したら、モンハンなんてやってる場合じゃありません笑