闇との訣別。そして、その先へ
「お前………………… 何を言ってるんだ?」
急に、何をいってるんだコイツは。女? は? 今は、それどころじゃないだろう…………
「女だ! 僕ちんの保有するとびっきりの美女を貴様にあげよう!」
保有? コイツ、まるで人を物みたいに言ってやがる。
やはり、三門龍介は心の底から俺たちを見下している。
まるで、自分たちは格上の存在と思っているかのようだ。
「どうだ? 良いアイデアだろう? だ、だから降参してくれないか!?」
生まれたての子鹿のように、足をガクガクと三門龍介は震わす。
あぁ、コイツはもうダメだ。心の底から腐りきってやがる。
「な!? それで良いだろう? 女が欲しいだろう? な、な!?」
三門龍介の反吐が出る言葉を聞くたびに、心の底から何かがドクドクと湧き上がってくる。
「………………欲しくない」
この言葉は俺の本心だ。俺は、確かに女の子が好きだ。
でも、こんな感じで手に入るのは気に入らないし、何よりも女の子を物みたいに扱うやつの言葉など、鵜呑みにしたくもない。
「ま、ま、待て待て! お前の好みはどんなタイプだ? 可愛いタイプもいるし、綺麗なタイプもいるぞ! よりどりみどりだ!」
「要らない」
気づいたら、俺は自分の意思で右手を、三門龍介に振りかざしていた。
「ふはははははは! 良いぞ良いぞ! 憎しみの力が着々と高まってきておるわ! 我の封印が解けてきておるわ!」
しわがれた声の主が、興奮気味に言う。ふと右手を見ると、先ほどまでは肘辺りまで紫の甲冑が覆っていたのが、少しずつ侵食してきている。
肌と鎧の節目から、紫の糸のようなものが出ており、ジワジワと甲冑の部分の面積が増えてきている。
「おのれおのれおのれおのれおのれおのれ! 千手 指人形!!」
三門龍介めがけて、再び拳が放たれる。先程と同じように、やはり感触があまりない。
そして、またもや砂煙が辺りを覆い、視界が一気に悪くなる。
「やれやれ、また指人形とやらか」
コイツの言う通り、また三門龍介は指人形を使ってやり過ごした。
「まぁ、何度でも四項家のゴミを潰せる思えば、良い術だなぁ!」
頭の中で、しわがれた声が響く。だが、コイツの言う通りだ。
何度でも、何度でも! あの薄汚い豚を潰せるのはとても気持ちが良い!!
砂煙が収まり、再び三門龍介と目が合う。しわがれた声の主は、俺の意思を覗けるからなのか、先ほどのように勝手に動いたりはしなくなった。
「あ、あぁ……………」
尻餅をつき、目を泳がせている豚の残りの指は、人差し指と親指だけになっていた。
「良い表情だ…………… この表情を見るのは、何千年、いや何億年ぶりだ? 滾る、滾るなぁ!」
「ぐっ………………!」
右腕に、ズキンとした鈍い痛みが走る。見てみると、紫の甲冑の部分が肩にまで侵食していた。
「う、うわああああああ!? いつのまに!?」
気づかなかった! いつのまに、ここまで侵食していたんだ!?
「ん? 悠真の紫の甲冑らしき物の、面積が増えてないか?」
「言われてみれば、肘までだったのが肩辺りまで侵食してますね。それに、神崎さんの顔色も悪いです。」
「神崎悠真は大丈夫なのか? 右腕が変になってから、やはり様子が変だ」
「悠真くん……………」
「おいおい、アイツ変だぞ?」
「やっぱり普通じゃない! あんな腕おかしいもの!」
観客席に座っている四人や、ほかの受験生たちが心配してくれている。ミツレと流風の言う通り、体調が芳しくない。
今思えば、この腕になってから、何故かボロボロで立つのもままならなかった体が、急に使えるようになったのは妙だ。
それの代償なのか、意思が朦朧としており、頭痛も酷い。頭が、かち割れそうな痛みに常に襲われている。
「貴様の負の感情が増加すればするほど、我の封印は解かれる。それの副作用で、貴様は意識を少しずつ我に奪われるが、悪くは思うなよ?」
「ぬ、が、がぁ…………………」
ミシミシと音を立てながら、その紫の甲冑は俺の身体を侵していく。
少しずつ、その紫の甲冑らしきものの正体が明らかになったが、見た目はやはり武士が着けるような武具の甲冑みたいだ。
だが、鈍く輝くその紫の甲冑は、禍々しさが漂っており、この世にあってはいけないものと言っても良いぐらいだ。
「抗うな、小僧。さぁ、あそこで小鹿のように震えている汚物を処理するぞ」
「や、めろ………………! 俺の身体を勝手に操るなっ!!」
また右腕が勝手に動き出し、身体全体が三門龍介に向かい出したので、俺は右腕を囲うような体勢になる。
「小僧、何をするっ! 貴様もアイツが憎いと言ってたではないか!」
頭の中で、しわがれた声の主が叫ぶ。頭が割れそうだ…………
「憎いさ、俺はアイツが憎くて堪らないよ」
「そうだろう? そうだろう? ならば、我に身を委ねるのだ!!」
「だがなぁ………………!」
今言った言葉に嘘偽りは無い。三門龍介は憎い、憎くて憎くてたまらない。
「それでも、俺はお前に操られるなんてゴメンだ! これは俺達、千葉神対策局の問題だ! 部外者のお前は引っ込んでろ!!」
「悠真……………」
静まり返った会場で、坂田のみが言葉を漏らす。千葉神対策局を束ねる隊長として、そして杏と長く過ごしていた坂田のみが言葉を放った。
「部外者だと!? 我らと四頂家の間には深い因縁があるのだ! 何もわからない貴様が言うなっ!!」
「知らない、確かに俺は、お前の事なんて微塵も興味ないし、知りたいとも思わない。分かったら、黙ってろよ」
「小僧ぉ……………!」
「ぐっ………………!」
押さえ込んでいた右手に、少しずつ力が加わる。まるで、爆発物みたいだ!
「お、お、おい! 神崎悠真!」
醜い豚の声が耳に入る。何だよ、今こっちは押さえ込むのに必死で油断できないんだよ!
俺は、目線だけを三門龍介に向ける。すると、三門龍介は奥歯をガチガチ震わせながら口を開く。
「な、なんだかよく分からんが、女が要らないなら金はどうだ? 貴様が欲しいだけやろう! そしたら、降参してくれ!」
「は…………………?」
コイツ、まだそんな事を言ってたのかよ。良い加減学習しろよ。
「頼む! 僕ちんの事を思ってくれ! な? な? 四頂家の頼みだ!」
ヘラヘラと薄汚い笑みを浮かべながら、三門龍介は俺をチラリと見る。
それにしても、四項家の頼みか………… まだ、自分の身分で保身するとはな。
「いらない」
「な、な、な、な、何故だ!? 欲しいだけ金をあげると言ってるのだぞ!? 貴様ら下民に、この僕ちんが!」
余計な事を言ったと自覚したのか、三門龍介は片手で口を押さえる。
三門龍介の、貴様ら下民という言葉で、俺の心臓を大きく鼓動する。
「ぐ、がぁ!?」
ドクドクと心臓の音が身体全体に響く。その瞬間、押さえ込んでいた右手に、再び引っ張られる。
「ふはははははは!! やはり小僧、貴様! 憎しみが増大しておるわ! その度に、我は力が漲ってくるぞ!」
「く、くそっ! 止まれええええええ!!」
暴れ狂う右手を抑えようとするが、先程とは比べ物にならないぐらいのパワーになっている。
「さぁ、行くぞ小僧っ! ゴミ処理だっ!!」
右手に引っ張られ、俺は空中に大きく跳躍する。そして、三門龍介に拳を大きく振るう体勢になる。
「くそおおおおお! なんなんだよ! 千手 指人形!!」
「ふはははははははは! 死に晒せ!!」
地面に、肉塊を思いっきり俺の右手、いやヤツの右手が押しつぶす。
そして、再び辺りは砂煙が立ち込める。
「ゴホッゴホッ! 何も見えません!!」
どうやら、今の一撃で会場全体が、砂煙に覆われたようだ。
やはり、さっきよりも力が格段に増大している!
「悠真が跳躍したと思ったら、その瞬間凄まじい勢いで地面に向かって撃墜したが大丈夫なのか!?」
「あの紫の腕になってから、神崎悠真の身体能力は大幅に向上している」
「で、でも! まるで、何かに無理やり操られてるみたいだよ!」
ミツレ達四人が心配している。いや、今の一撃と、辺りが見えないという恐怖で会場全体が騒がしくなる。
「おい! 何も見えないぞ!」
「凄まじい一撃ね…………… まるで、人間じゃないみたい」
「なにこれ………………」
会場全体を覆う砂煙は中々治らない。くそ、何も見えない!
「騒がしいな、それに視界が良好ではないな」
コイツ、まさか三門龍介じゃなくて次は会場にいる人たちに目を向ける気じゃないだろうな?
それだけは、だめだ……………!
「ふっ、安心しろ小僧。我は四項家と神ぐらいしか興味は持たん。物事には優先順位というものがある」
コイツの言っている事を鵜呑みにすると、会場の人たちには手出ししないと言うことか?
確かに、ここは仮想空間だから現実にいるミツレ達には攻撃は当たらないと思う。
だが、コイツの力は未知数だから、安全とは言い切れない。
「騒々しいな……………だが、まずは、この砂煙からだな」
そう言うと、しわがれた声のは右手を大きく振り上げる。
「おい、何やってんだ……………?」
変な事をして、音を出したら三門龍介に場所がバレるぞ。
アイツは、戦意喪失はしているとは思うが、まだこの試験に合格する事だけは考えているはずだ。
この砂煙の中、三門龍介が攻撃を仕掛けないという絶対の保証はない。
「ゴミ処理の前に、まずは環境からだ!」
その瞬間、俺は右手を大きく地面に向かって振りかざす。
いや、何度も言うがもう完全に俺の意思は右手には通じていないので、しわがれた声の主が振りかざしたと言った方が正しい。
「ぬあっ!?」
凄まじい風圧で、俺は思わず目を閉じる。身体は吹き飛ばされそうなのに、右手だけは地面にピッタリと固定されているのが分かった。
「一体、何をして……………… はぁ!?」
風圧が収まり、俺はゆっくりと目を開く。そこに広がる光景に、俺と会場にいる全ての人が目を丸くする。
「砂煙が、一気に無くなった………………」
そう、たった腕の一振りで会場全体を覆っていた砂煙を吹き飛ばしたのだ。
「たった一撃で、会場の砂煙を吹き飛ばしたのか!?」
「なんて、パワーなんですか! 無茶苦茶です!!」
「やはり、あの右手のせいだ!」
「うん、悠真君は確かに強い人だけど、あそこまでの力はまだ身に付けていない!」
やはり、皆んな目を丸くして驚いている。だが、当事者である俺はもっと驚いている。
こんな強大な力、確かに素晴らしいかもしれないが、それよりも危険すぎる!!
「ふむ、視界が良好になったな。ん? ゴミが消えたぞ?」
「なっ!?」
しわがれた声の主の言う通り、俺の目の前にいたはずの三門龍介がいない。
砂煙が消え去り、視界が良好になる。だが、三門龍介は俺の目の前から姿を忽然と眩ませたのだ。
「このバカが! 貴様の、そのドス黒い魔力は、砂煙の中でも分かりやすいんだよ!」
背後から、声が聞こえて反射的に振り返る。背後には、三門龍介が刃渡り20センチほどの、大きさのナイフを持っていたのだ。
持ち手の部分が、黄金色にギラギラと装飾されたナイフが俺の顔めがけて突き刺そうとする。
「死ねぇ! この下民がぁ!!」
「っ……………! しまった!」
三門龍介との距離は1メートルもない。今から避けようにしても、三門龍介のナイフの刃が俺の顔に当たる方が速い!
「たわけが。我が、本気でゴミの気配に気付いていないとでも思っていたのか?」
三門龍介のナイフが、俺の顔を貫こうとした瞬間、しわがれた声の主の声が耳の中で響く。
「これで、終わりだああ!!」
そして、三門龍介のナイフが俺の顔に触れる瞬間に、俺は怖気付いてしまい、目を閉じてしまう。
「小僧、我の器であるのに、怖気付くとは何事だ。戦は、恐れ慄いた方が負けるのだ!」
呆れた声の、しわがれた声が聞こえる。俺は、三門龍介に顔面を貫かれたはずじゃ…………
「だから、目を開けろと言っておるのだ。貴様が、目を開けないと、我は何も見えないのだ」
「俺は、負けたはずじゃ………………」
俺は、言われた通りにゆっくりと目を開く。顔面を貫かれたと思っていたが、不思議と痛みは無い。
だが、それは目を開ければ全て分かることであった。
「な、な、なにぃ!?」
目を開けると、そこには上半身と下半身を両断されて、地面に伏している三門龍介がいた。
一体、何が起きたんだ!? 俺が、反射的に目を閉じた1秒にも満たない時間で、何が起きたというのだ!?
「今度は何が起きたんですか!? 神崎さんは、三門龍介に顔を貫かれる寸前でした! あの距離、あのナイフの速度では避けれる事はできないはずです!」
「ミツレちゃん、私も何も見えなかった。悠真君は、ナイフで貫かれるはずだった……………」
「流風も、あまりの速さで何が起きたのか分からない」
ミツレ、氷華、そして流風に神崎悠真の身に何が起きたのかは分からなかった。
だが、この3人が劣っているからと言うものではない。この会場にいる、殆どの人が何が起きたのか見えなかったのだ。
「おいおい、何が起きた!? 少し前の、三門龍介の大きな黄金の腕で潰されそうになった時の反撃は、俺にも見えたが、今のは全く分からなかったぞ!」
「私に聞かないでよ! 私にも、何が起きたのかは分からなかったわよ!」
「ただ速過ぎた、それだけなの」
「ど、どういう事!? ていうか、貴女誰よ!」
会場にいる100人以上の中で、会場で何が起きたのか分かったのは、神々廻などの歴戦を潜り抜けてきた強者たちのみである。
「ただ速過ぎた、それだけだ」
その中には、もちろん坂田も含まれていた。だが、その坂田でさえ、額に冷や汗を滲ませていた。
「速過ぎた? どういうことですか?」
そして、場面は会場の悠真に視点が移る。もちろん、目を閉じていた悠真には何が起きたのか一切分からない。
「何が起きたか分からないという顔だな。まぁ、簡単に言うと、手刀でゴミの体を真っ二つに斬ったというだけだ」
しわがれ声の主が、少し嘲笑いながら話す。コイツ、何も分からなかった俺を馬鹿にしてやがる。
「おっと、そう怒るな。貴様は、怖気付いて目を閉じていたのだから分かるはずがない」
しわがれた声の主は、怖気付いての部分を、まるで印象付ける方のように強く言う。
「悠真は、確かに目を閉じていた。だが、あの右手はまるで自我を持っているかのように動いたんだ」
坂田は、額の冷や汗を拭いながら言う。
「確かに、これで分かりましたが、あの右手の黒い甲冑らしきものは神崎さんの意思で動いてません」
ミツレも、首を傾げながら言う。疑惑だったことが、真実に着実に近づいているのだ。
「まるで、別の生き物みたいだな……………」
氷華も、不思議そうな目で見る。いや、その目は恐ろしいものを見てしまったかのような目だ。
「あのゴミのナイフの攻撃よりも、我の手刀の方が数段速かったと言うだけのことだ」
速かっただけで片付けて良いのか? ナイフの刃は、俺の顔をもうあと少しで貫こうとしていたんだ。
それを止めるほどの手刀の速さを繰り出すには、凄まじい反射神経が求められる。今の俺の実力では、到底出来ない技術だ。
「おっと、よく見てみろ小僧。どうやら、コイツも指人形とやらの贋作らしいぞ」
上半身と下半身が分かれてしまった三門龍介の体は、端の方からゆっくりと泥団子のように崩れていく。
「おぉ、あんなとこで震えておるではないか」
しわがれた声の主の言う通り、本物の三門龍介は線ギリギリのところで、歯をガチガチ言わせながら震えていた。
どうやら、指人形で自分の分身を作って攻撃を仕掛けてきたようだ。
「さぁて、どうやって遊んでやろうか」
そう言うと、しわがれた声の主は、三門龍介が俺を闇討ちしようとした時に使ったナイフを拾い上げる。
黄金色でギラギラと装飾されたナイフは、傲慢な三門龍介を象徴しているかのようだ。
「おい、俺の意思で歩かせろ…………………!」
右手にまるで引っ張られるかのように、俺はズルズルと足音を立てて移動する。俺の問いに対して、しわがれた声の主は返事はしなかった。
「ひ、ひいいいいいい……………!」
三門龍介の眼前に俺は立つ。いや、今の俺は本当に俺なのか?
俺の心までもが、このガラガラ声の野郎に乗っ取られたのだろうか。
「まずは、指から削ぎ落とし痛めつけてやろう。あの時の連中ではないが、腐りきった心を持っているのは同じようだ」
ナイフを持った右手が、宙に掲げられる。三門龍介は、魔力も完全に無くなり戦意喪失したのか、ガクガクと震えているだけだ。
「あぁ、楽しみだ。数億年ぶりに貴様らに復讐できるとはな」
ナイフを持った右手に、凄まじい力が込められる。普段の俺では考えられない力だ。これも、コイツの力なのか?
会場は、再びざわめく。三門龍介と言えど、戦意喪失している相手にナイフを振りかざそうとしているのだから、側から見たらイかれた奴だ。
「おいおい、あいつ本当にナイフで串刺しにするのか?」
「いや、でも三門龍介は神崎悠真に酷い事をしてきたし……………」
「いや、確かにそうかもしれんが………………」
会場のざわめきは止まらない。それはもちろん、千葉神対策局の四人も同じだった。
「悠真……………」
「神崎さん…………」
「悠真くん…………」
「神崎悠真………………」
「ふははははは! 小僧、貴様のこの時を待っていただろう? 何を辛気臭い顔をしてあるのだ?」
確かにコイツの言う通りだ。俺は、三門龍介をこの手で殺したかった。確かに、仮想現実だから、実際には死ぬ事はないが、死ぬと言う恐怖と苦痛を奴に味合わせることができるから十分だ。
「ほぅ、分かっているではないか小僧。さぁ、その目を、よく刮目するのだぞ?」
癪な話だが、コイツのおかげで三門龍介を追い詰めることができたのは真実だ。
「おぉ、急に我を褒め称えるとは嬉しい奴だな。貴様の言う通り、我の力のおかげなのだ」
あぁ、コイツが言っている事は正しい。ここまで来たのは、全てコイツのおかげだ。
「そうだ、その通りだ! さぁ、長話はそこらへんにして、そろそろいくぞ?」
だが、それは違う! コイツに全部任せるなんて間違っている!
「何を言っているのだ小僧!」
「………………ナイフを俺によこせ」
「は? ふざけておるのか?」
「良いから早く」
「ぬぅ、トドメは刺すなよ? ゆっくり痛めつけるのだ」
しわがれた声の主は、宙に掲げていた右手をゆっくりと下げる。
そして、俺は右手からナイフを取り出して左手で握る。
「これは俺が初めて戦いだ」
「貴様、何を言ってるんだ!?」
そして、俺はナイフを自分の右肩にそっと当てる。
「だから、お前は引っ込んでろ!」
そう言い放つと、俺は自らの右腕を肩から思いっきり断ち切った。
「ぬああああああああああ!!」
切断された箇所から、鮮血が溢れかえる。ドクドクと滝のように溢れる血は、地面に血の池を作る。
「きゃ、きゃあああああああ!!」
「おいおい、嘘だろ!? あいつ、なんで自分の腕を斬ったんだ!?」
「分からない、分からないよ! あの右手を振り下ろせばトドメをさせたのに!」
会場全体が、悲鳴とざわめきで包み込まれる。もちろん、その中にはミツレ達四人も含まれていた。
「悠真!? 何をしているんだ! 仮想現実と言えど
、痛覚はあるんだぞ!」
「神崎さん! 早く、止血をしてください! 血を出し過ぎたら気絶してしまいます!」
「悠真くん!? 何しているの!?」
「あの馬鹿………………!」
四人とも、心配そうな顔を浮かべる。だが、目の前で腕をいきなり切り落とされでもしたら、俺だってそんな顔をする。
「ふぅ! ぬああああああ………………!」
俺は、自分の左手の親指を思いっきり噛んで痛みを紛らわせる。痛い、痛すぎる!
出血の量も、このまま放っておいたら意識が遠のいてしまう量だ。
「小僧ぉ! 貴様、何をしておるのだ! 早く、右腕を拾い上げて患部に接続しろ! 我の力で、治してやる! さぁ、早く!」
しわがれた声の主の声が、頭の片隅で響く。ふと、斬り落とした右腕の方を見ると、紫の甲冑らしき物が蠢いている。
どうやら、奴の意識だけは俺の心の中にいるみたいだが、根本から根源を断ち切ったことによって、奴は俺の身体を勝手に動かす事はできないみたいだ。
「ハァハァ……………」
俺は自分の羽織を少し噛み切って、右腕の切断面を縛り付けて止血する。
「ぐぁっ……………!」
縛り付けた時に、鈍い痛みが腕全体を襲う。左手の親指を噛んでいないと、痛みで意識が飛びそうだ。
「動悸が激しいぞ、小僧。あまり無理をするな。さぁ、我の右腕を拾い上げるのだ」
「ハァハァ……………」
しわがれた声の主は、まるで誘惑するかのように優しい声で囁く。
「さぁ、拾い上げるのだ。早く!」
「………………れよ」
「あ? なんだ小僧? なんて言った?」
俺は、そっと噛み締めていた左手の親指を口から話す。思いっきり噛んでいたせいか、親指からは血が滲んでおり、口の中に血の味がジンワリと広がる。
「黙れって言ってんだ! これは、俺の戦いだ! 四項家に、お前も恨みがあるのか知らんけど黙ってろ!!」
ざわめいていた会場が、少年の何者かに対する怒号で静寂と化す。
会場にいる全ての人は、少年が何に怒っているのかは分からなかったが、それが右腕を切断した事と関係があると言う事は察したのであった。
「恨みだと!? 我の中にあるのは、恨みと一言で片すことなど出来んわ! 遥か昔、全てはあの時から我らと四項家は戦う宿命なのだ! あぁ、憎くて憎くて堪らない! 小僧! 今なら許してやるから、我の腕を拾うのだ!!」
「ギャーギャー、ウルセェよ。そこで、ずっと吠えてろよ」
やはり、コイツはもう俺の身体を勝手に操る事はできないみたいだ。
これは、俺の憶測だが、奴の意識全てが右腕に集中してしまったからだと思う。
「吠える………………? この我が!? 貴様、もう一度言ってみろ!!」
「吠えてろって言ってんだ。もう、お前と話すのも無駄みたいだ」
「小僧おおおおおお! おのれ、おのれおのれおのれおのれおのれおのれ!!」
そこから、奴は特に叫ぶ事はなくなった。だが、よく聞き取れないが、恨み文句をずっとブツブツと言っている。
「さて、話が長くなってしまった。待たせたな、三門龍介」
ガクガクと足腰を震わせながら、四つん這いで俺から距離を取っていたが、俺が呼び止めると、ビクッと両肩を震わせて、こちらを振り返る。
「最後に、お前と話したいことがある」
三門龍介の方に歩みを進める。そう、獲物を仕留める獅子のように、ゆっくりと確実に。
「く、く、来るなぁ! この化け物が!!」
「化け物……………?」
化け物だと? 俺が? あぁ、側から見たら独り言でブツブツと喋ったり、叫んだりしたりする奴に見えてたのか。
「さ、さ、さ、さっきまでのお前の魔力は異常だ! 何故だか知らないが、僕ちんの身体の底からお前は危険だと警戒している!」
さっきまでと言う事は、やはり奴の魔力は俺ではないのか。奴個人が持っている魔力だと言うことが分かったな。
人間は、妖獣と契約することによって魔力を使役する事が出来るから、奴は人間ではないのか…………?
「今のお前からは、それは探知できないが、さっきのお前は何なんだよ! 来るなぁ! 僕ちんに近づくな!!」
三門龍介の目は、化け物を見るような目をしている。
さっきまでの俺は、自分でもなんだったのかは俺にだって分からない。
「俺が、化け物………………?」
「そうだ! 僕ちんを、こんなになるまで痛めつけて許されると思うなよ! お前は悪魔だ! 化け物だ!!」
あぁ、三門龍介から見たら俺は化け物なのか? だが、本当の化け物は………………!
「ふざけるなっ! 今まで、お前が痛めつけてきた人たちを忘れたのか? 俺が見ただけでも、坂田さんにミツレ、杏先輩、そしてこの会場にいる全員だ!!」
「な………………! 貴様、誰に向かっ」
「うるさい! 黙れ! 俺から見たら、お前の方が化け物だ! 何が四項家の一角、三門家だ! 他の奴らはどうかは知らないが、少なくともお前と親父は、大馬鹿野郎の化け物だ!!」
四項家の一角、三門家の長男である三門龍介の言葉を遮り、俺は叫んだ。今まで溜めていた全ての不満をぶちまけてやった。
「悠真……………… お前………………!」
坂田は、拳を固めて目を丸くする。この世で、圧倒的な力を持っている四項家に、たった一人で立ち向かった少年に敬意を評したのだ。
「神崎さん、あなたって人は………………」
それは、三門龍介に酷い事をされたミツレも同じだった。涙を浮かべ、その少年を静かに見つめていた。
「ふっ、四項家相手に、ここまで言い放つとは。まったく、神崎悠真は凄いな」
「うん、神崎くんは、とても強いよ」
氷華と流風も、少年を讃える目をする。
彼女達は、四項家に直接何かをされたわけではないが、坂田やミツレの話を聞くうちに、四項家のえげつない行いに怒りを覚えていたからだ。
「おい、アイツ四項家相手に言いやがったぞ!」
「でも、あの言葉は、私たちが言いたくても言えなかった事かもね」
「やれやれ、同じ七聖剣持ちとしては目立ってほしくはなかったんだけどね。こればかりは、感服ってやつかな」
会場にいる全ての人が、少年の放った言葉に感動していた。
拍手などは誰も送らず、静寂のみが続いていたが、彼らが向けるその眼差しは、拍手喝采に通ずる物があった。
「神崎悠真ぁ………………! この試験の結果がどうだろうと、貴様の死刑は免れんぞ! 僕ちんを、馬鹿にした罪は計り知れない!」
三門龍介は、尻餅をついて身体をガクガクと震わせてはいるが、眼光だけはまだ鋭い。三門龍介の魔力や体力は底をついているのか、攻撃どころか立ち上がりもしない。
死刑か……………… だが、コイツの言っている事は本当だろう。
俺が四項家という存在を知ったのは、ここ最近の話だが、この世界でどれだけの力を持っているのかは理解している。奴らにとっては、人一人を死刑、いや私刑をする事なんて造作もない事だろう。
「あぁ、お前の言う通り、俺は死刑されるだろうな」
「物分かりが良いではないか! どうやって、なぶり殺してやるか考えるのが楽しくなってきたよ!」
三門龍介は、身体では怯えているが、その目は強がっており俺を睨みつけている。
今のコイツは試験など、どうでもよくて俺を殺す事だけを考えている。
「それについてなんだが、一つだけ頼みがあるんだ」
「あぁ? 四項家である僕ちんに頼みだと? 敬語も使わない貴様に、聞く耳を持つなど死んでも嫌だが、どうせあと数時間後には死ぬ男の頼みだからな。聞くだけ、聞いてやろう」
良かった、聞いてはくれるみたいだ。ここだ瓦解したら、全てが台無しだった。
「俺のたった一つの頼みは、三門龍介、お前に謝って欲しいんだ」
「は?」
三門龍介は、目を丸くして俺を見つめる。満月のように目を丸くして、顔をポカンとする。
「ブッヒャヒャヒャヒャ! 謝る? この僕ちんが? 誰に? いつどこで、謝らなくてはならない事をしたのだ?」
汚い笑い声を三門龍介は、会場全体に響かせる。今は、堪えろ。まず、俺の要求をこの豚に聞かせるんだ。
「まずは、坂田さんや、ミツレ、そしてこの会場にいるお前がドブネズミだと馬鹿にした人たちだ」
「あぁ?」
笑っていた三門龍介を無視して、俺は話を続ける。
「最後は、もちろん杏先輩だ。そして、お前が誠意を込めて謝ってくれれば、最初にも言ったが俺は試験を辞退してやる」
確かに、この試験に合格しないと神高には入学できない。
だが、俺にはそれよりも、やらなくてはならない事がある。三門龍介が今まで虐げてきた人たち全員に謝るのならば、試験なんてどうでもいい。
「たった一言謝ってくれればいい。そうしたら、俺はこの試験を辞退してお前は合格だ」
「………………ざけるな」
三門龍介の様子がおかしい。下を俯き、身体を小刻みに震えさせている。
「どうした? お前にも良い条件だろう? 頼むから謝ってくれ、俺の頼みはそれだけだ」
そう言った瞬間、三門龍介は俺の方を目を、はちきれんばかりに開いて睨みつける。
「ふざけるな! 謝る、謝るだけだと!? 何故、この高貴な僕ちんが貴様らゴミどもに謝らなくてはならないのだ! 僕ちんは、四項家! 世界を統べる一族の一員なのだ! 僕ちんのやること全てに間違いなどない!!」
再び、心臓の奥で何かがはち切れそうになる音がした。堪えるんだ、堪えるんだ俺………………!
「おい、それ以上言うな。たった一言だけと」
「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れぇい! 僕ちんは四項家! 貴様らとは格が違う!」
俺の言葉を遮り、目を血走らせながら三門龍介は叫ぶ。
その怒号は、浅ましく愚かで、自分が獲得したわけでもない権力に縋る醜い獣だった。
「それに、一番許せないのは何故、あの売女の娘に謝らなくてはならないのだ!? あのゴミの母親が、きっとパパを誘惑したんだ! アイツが、ここまで成長できたのを有り難く思って欲しいくらいだ!」
あぁ、コイツに少しでも期待した俺が馬鹿だった。獣相手に、人間の理が通じるはずなんてなかったんだ。
「そうだ、お前に良い事教えてやろう。アイツが十五歳の頃、僕ちんがアイツの処女膜を空き瓶でグチャグチャにしてやった時の顔を今になって思い出したよ! アレは傑作だった! 泣き喚きながら、手を虫のようにバタつかせる様は最高だった! 誰も助けなんてしてくれないのに、何度も助けを仰願するその姿は、今思い出しても大笑いできる!」
コイツはダメだ。この世界に存在してはいけない獣だ。
「もう、黙れよ」
「何を言っ」
そして、俺は左拳を思いっきり握り固めて、獣の顔面めがけて拳を放つ。
三門龍介は、鼻の骨が砕け散り、そのまま円の外に吹き飛ばされて気を失う。
「その痛み、まだまだ足りないからな……………!」
少年は、全ての力を使い果たして地に伏した。少年が放った拳には数多の想いが乗せられていた。怒り、憎しみ、悲しみ、数え切れないほどの想いがその拳に乗せられていたのだ。
彼が拳を放ち、悪しき獣を倒した瞬間に、今日で一番の拍手喝采が送られた。
しかし、気を失ってしまった少年の耳に、その拍手喝采が聞こえる事は無かったのだった。
投稿期間が空いてしまい、本当に申し訳ありません!
リアルの方で、期末テストや最終レポートなどが溜まりに溜まってたものでして・・・・
今回の話は文量が、いつもと比べるとかなり多めですが、話の流れ的に一気に読めたのではないのでしょうか?
次の話で、この章はラストです。この章が終わったら、番外編を書こうかと思っています。
そして、これは番外編とは関係のない話なのですが、誰か私の小説とコラボしてくれる人はいませんか? できれば、バトル物だと話が合わせやすいので助かります。
もし、コラボ良いよ!って人がいたら、Twitterでも気軽に連絡してください! 名前は一緒なので、検索すれば出ると思います!