闇に喰われる
「うわあああああ!? い、痛いいいい!! 血が、血が、血があああああ!!」
目の前で、足をもがれたバッタのように、のたうち回る一匹の醜い豚。
そして、ざわめきが止まらない会場。だが、俺にも何も分からない!
だって、俺は何もしていない! 右手が勝手に動いたんだ!
「悠真……………」
坂田が、目を丸くして俺を見る。その目は、もちろん心配してくれている目だが、その奥底では恐ろしいものを見てしまった目をしていた。
「ふははははははは! 見ろ、小僧! 貴様の憎き四項家の人間の片腕を吹き飛ばしてあげたぞ! 我に、感謝しろ!」
まただ、耳元いや脳内で、しわがれた声が響く。
「てめえ! 何をしやがった! 俺は、何もしていないぞ!!」
「何って…………… 我は、貴様の望みを叶えようとしてあげているのだぞ? そこは、感謝の言葉をするべきだろう」
コイツ…………! ふざけた事を言ってやがる! 確かに、俺は三門龍介が殺したいほど憎い。
だが、それはあくまで自分の手で奴に報復するための口実だ。
しかし、コイツは違う! コイツは、自分が暴れたいためだけに、俺の右手を乗っ取り、勝手に三門龍介の右腕を奪いやがった! それが、俺は許せないんだ。
「ふむ、貴様の憎しみの奥底にあるのは、あくまで自分の手で、あの豚を殺したいのか。だが、結果良ければ全て良しだっ!!」
その瞬間、再び右手に凄い力が入る。いや、勝手に右手が動いてやがる!
「う、うわああああああ!?」
「神崎さん!? どうしたんですか! しっかりしてください!!」
ミツレの目は、坂田と同じように心配している目だ。
だが、やはり坂田と同じで、その目の奥底では恐ろしいものを見てしまった目をしている。
「くそっ………………! 止まれ、止まりやがれ!!」
「ふはははははは! 久しぶりの外の世界だ! 興が乗るわ!!」
だめだ、完全にコイツのペースだ! 側から見れば、独り言を喋り、右腕が暴走しているのだから、恐ろしいものを見る目をしてしまうのは、無理もない。
「ひ、ひいいいい! く、く、来るなぁ!!」
右腕が肩から無くなり、その断面を抑える三門龍介の間合いまで、もう少しだ。
三門龍介は、後退りをしており、もう完全に試合を諦めている。
「次は、どこを壊してやろうか!」
右腕が、三門龍介目掛けて、大きく振りかぶられる。もちろん、俺の意思では無い。
「おのれええええ! 千手 指人形!!」
振りかぶられた瞬間、三門龍介の左手から薬指が射出される。
だが、大きく振りかぶられ、三門龍介の頭上目掛けて拳が撃墜する。
「ゴホッ! 凄い砂煙だ…………!」
右手で殴ったはずだが、感触が無い。どうやら、感覚までもコイツに乗っ取られたらしい。
「ぬぅ、これが指人形………… 小細工な手だ」
砂煙が収まり、視界が安定する。そこには、大きく陥没した地面の中央に、もう人間の形をしていない肉片が現れた。
「っ…………! マジかよ…………」
その肉片は、三門龍介の身代わりとなり徐々に光に包まれて消えていく。
「なんて威力だ! あれは、悠真なのか…………?」
「分かりません! 右腕が変になってからおかしいです!」
ミツレと坂田も驚きの顔を浮かべる。もちろん、会場全体の、ざわめきがピークに達する。
「なんなんだよ、アレは! 神崎悠真は立つのも限界だったのに、おかしいぞ!」
「たった拳一振りで、あそこまでの威力を出せるなんて…………」
ざわめきが止まらない。だが、無理もないな。
俺だって、観客席に座っていたら驚きの声を漏らし、恐ろしいものを見る目で観てしまう。
「砂煙が、収まり視界が安定したな。ふむ、ヤツの指人形とやらは、指一本を犠牲にするのか。面白い術だ」
尻餅をつき、ガタガタと震える三門龍介。三門龍介の残りの指の本数は、中指、人差し指、そして親指の三本のみだ。
「さぁ、まだまだ我は止まれんぞ! ふはははは!!」
再び、右腕に身体全体が引っ張られる。そして、よく見ると、今の一撃で右腕の服が吹っ飛んでいる事が分かった。
神の攻撃も軽減する契約具だぞ!? なんて、パワーだよ…………
「と、と、止まりやがれ!! テメェの、好きにさせてたまるかよ!」
右腕を、体全体で押さえ込む。左手で、右腕を押さえ込むが、右腕は暴れる。
「おのれ、小僧! 貴様にも利点はあるのだぞ!」
「うるせぇ! 俺自身の手で、アイツをぶん殴るだよ!」
「貴様ぁぁ! 我に任せれば良いのだ!」
「なんだと……………? くそ野郎が!」
「お、おい! 神崎悠真!!」
しわがれた声のクソ野郎と言い合っていると、醜い声が俺の耳に入る。
その声を聞いた瞬間、しわがれた声の主も黙る。
「き、き、貴様が負けてくれるのならば、僕ちんの屋敷の女をやろう! ど、ど、どうだ? 良い考えだろう?」
「は……………?」
その瞬間、俺の心の奥底に眠るドス黒い何かが、ゆっくりと込み上げてきた。
ドクン、ドクンと心臓の音が鼓動する。
やっぱり、分割して投稿した方が読みやすいと思い、半分にして投稿しました!
うーん、この流れでいったらあと3話で終わりそうです。
なんか、終わる終わる詐欺してるみたいで申し訳ないですね笑