指人形
「な、な、何故だ!? 俺はあの時、お前の体を斬ったはずだ!!」
身体の震えが止まらない。何故だ? 俺は、この恨めしい男に恐怖しているとでも言うのか!?
「斬った、か……………あぁ、確かにお前は、僕ちんの体を真っ二つに斬ったよ。」
首の骨をゴキゴキと鳴らしながら、ゆっくりと三門龍介は歩み寄る。
「っ!? ゴホッ!! クソが………………」
俺は、吐血して背中から地面に倒れる。全魔力を使って放つ大技の牛刀荼毘を使ったのだから、無理もない。
先ほどまで立てていたのは、三門龍介に勝ったという喜びでアドレナリンが出ていたからだろう。三門龍介が、再び俺の前に姿を表したのだから、アドレナリンは一気に収まる。
「どうやら、さっきの技で限界のようだな。」
体がピクリとも動かない俺を、三門龍介は見下す。その眼光は、まるで道端で死んでいる虫を見ているかのようだ。
「ハァハァ……………何で、お前は無事なんだ? あの時、俺は確実にお前を斬ったぞ? 手応えだって十分だった!」
三門龍介の体を断ち切った感触は、まだ手に残っている。あれは、分身などではなく確実に三門龍介だった。
「さっきから黙っていれば、お前って誰に向かって言ってるんだ? おいっ!」
三門龍介が、俺の腹を踵で思いっきり踏みつける。内臓が圧迫されて、胃に入ってた物が逆流しそうになる。
「ゴボァッ!! う、うぅ……………」
「ブッヒャッヒャッヒャ! 蛙が車に踏み潰された時みたいな声出すなよ! おらっ! おら!」
何度も、何度も三門龍介は俺の腹を踏みつける。その度に、俺はひっくり返ったカブトムシみたいに足をバタつかせる。
「おらっ! おらっ! おいおい! 顔が真っ青になってるじゃねーか! ブッヒャッヒャッヒャ!!」
三門龍介は、悪魔のような笑みを浮かべる。いや、悪魔のようなではない、コイツは悪魔だ。
「ゴホっ! ゴボァっ!! や、やめろ…………!」
胃液が逆流しそうになるのを耐え、涙目になりながらも俺は三門龍介を睨みつける。
「あぁ? なんだぁ? その目は? まだ、仕置きが欲しいようだなぁ!?」
しまった、コイツには睨むなどの侮辱行為が一番効くのだった。
だが、ここで退いたらダメだろ…………………!
「あぁ、仕置きをする前にお前の質問に答えてやるよ。僕ちんは、高貴で鮮明だからな。」
足を大きく振りかぶり、再び俺の腹を踏みつけようとしていたのだが、ピタリと足を止める。
「これを見ろ。」
そう言うと、三門龍介は俺に右手を見せつける。無駄な贅肉の付いたクリームパンのような右手だ。
「ん!? 無い……………」
あるはずの物が無いのだ。負傷したわけでもない! だって三門龍介は牛刀荼毘以外の攻撃は当たってないのだから。
「そうだ、まさか貴様のようなドブネズミ以下の下民に、この技を使うとは思わなかった。僕ちんの、麗しき左手の小指が犠牲になるとは…………」
そう、三門龍介の左手小指が無くなっているのだ。決して、刃物で切られたような断面でなく、血が一滴も出ていないで、まるで左手小指が、最初から無かったかのようになっている。
「ハァハァ…………その指が何か関係しているのか?」
何故、コイツの左手小指が無くなったのかは分からない。
だが、コイツが俺の牛刀荼毘をくらって、無事なのと何か関係していることだけは間違いない。
「あぁ、関係しまくりだ。てか、これで関係していなかったら、僕ちんがわざわざ左手をお前に見せた意味が無いだろう。これだから、頭の回らない下民は嫌いなんだ。」
コツコツと足音を立てながら、地面に倒れている俺の周りを三門龍介は歩き回る。
「千手 指人形。この技を、お前が牛刀荼毘だったか? その滑稽な技を放つ寸前に使ったのだ。」
俺の頭の前で、足を止めると三門龍介は口を開く。そして、俺の頭を上から覗き込むような体勢になる。
「指人形……………?」
「あぁ、指人形だ。この技を使わせた事だけは褒めてやる。僕ちんの、奥の手中の奥の手だからな。」
そして、三門龍介は失った左手小指をさする。その表情から見て、左手小指が無くなっても痛みは問わないらしい。
左手小指は見た目通り、最初から存在が消えているかのようだ。
「特別に、その技の効果も教えてやる。」
そう言うと、三門龍介はしゃがみ込んで、俺の顔を頭上の方から覗き込む。
「千手 指人形は、発動する前に両手の指どれかを一つ生贄する技だ。」
三門龍介は、右手の人差し指で俺の額をトントンと叩く。
俺は、体がピクリとも動かないので何もできず、されるがままだ。
「で、肝心な効果だが、簡単に言うと自身の身代わりを作ることができる。」
「身代わりだと!? じゃあ、俺が斬ったお前は偽物だったのか?」
偽物にしては、肉を断ち切ったような感覚だったぞ!? アレが、偽物だとは到底思えない。
「偽物という表現は少し違う。あれは、僕ちんそのものだ。」
三門龍介は、額を爪を立ててグリグリと指を押し付ける。
「指一本を生贄にする事で、僕ちんはもう一つの体を再構築したのだ。そして、新しく出来た体に魂を移したんだ。つまり、お前が斬ったのは僕ちんではあるが、魂の無いただの肉だ。」
「そ、そんな……………! じゃあ、俺の渾身の攻撃は……………」
あぁ、身体の震えが止まらない! コイツが怖いのか? いや、恐怖よりも自分の不甲斐なさと力不足が憎い!
身体を震わせ、目の焦点が合わさっていない俺を見た三門龍介は、口角を上げてニタァって不敵な笑みを浮かべる。
「ブッヒャッヒャッヒャ! そうだ、そうだとも! 貴様の攻撃は無駄だったのだ! 全魔力を犠牲にして放った技も、これまでのお前が培ってきた研鑽の日々も全て無駄だったのだ!」
「クソがあああああああ!!」
悔しい、悔しくて堪らない! 俺は、コイツを倒すために技を磨いてきたのでは無い!
俺の人生の道端にある、石ころに躓いてはいけないのだ!
「あぁ、才能が無いやつを馬鹿にするのは面白い! ブッヒャッヒャッヒャ!! 悔しいよなぁ? 苦しいよなぁ? 貴様のここまでの日々の努力は無駄だったのだ! 才能のないやつは、地を這うのがお似合いだ!!」
何でだよ、何でだよ! こんなゴミの掃き溜めみたいな奴が、生まれながらに俺に無いものを持っているんだよ……………!
「無駄なんかじゃない……………… 神崎さんが努力してきた日々は、無駄なんかじゃないっ!!
静まり返った会場に、涙混じりの甲高い声が響き渡る。
そして、その声を放った銀髪の少女に、皆の視線は向く