希望の先に
「うおおおおおおおお! やった! やったぞ!!」
たった一人で、格上の相手を打ち負かした少年の喜びの雄叫びが、会場を木霊する。
「俺は、俺はぁ! やったぞぉ!!」
俺は天高く声を叫び、全身で喜びを表す。見てますか? 杏先輩、仇は打ちましたよ!
「すげぇ! 魔力の差は歴然だったぞ!? あの神崎ってやつ、やるじゃないか!」
「えぇ、第一回戦からこんなに良い試合を見してもらったら、私たちも頑張らないと。」
「……………………少しはやるみたい。光理ほどではないけど、今回だけは褒めてあげる。」
その雄叫びと同等か、それ以上の歓声の声が更に会場全体に響き渡り、俺の視界は黄色でいっぱいになる。
「勝ちました! 神崎さんが勝ちましたよ!!」
ミツレは少し涙を浮かべて席を立ち、ピョンピョンと小刻みに跳ねる。
「ふっ、ったく心配させるなよ……………!」
「本当に良かったよぉ! 悠真くん、頑張ったねぇ!」
両目からボロボロと涙を滝のように流す氷華と、それとは対照的に冷ややかだが安堵した表情を流風は浮かべる。
会場が一気に喜びのムードに包まれていたが、それは数名を除いての話だった。
「ん? 坂田さん、どうしたんですか? そんな眉間にシワを寄せて。神崎さんが、勝ったのですから喜んでくださいよ。」
そう、坂田と今回の試験を運営しているであろう須防や、その周りにいる職員の人たちは怪訝な顔色をしている。
「あ、あぁ……………すまない、少しな……………」
坂田は、何かを言いたそうにしていたが、確信を持てないのか眉間にシワを寄せる。
「ん? それにしても何か変だ。」
それまで、ほっとしていて安らかな表情を浮かべていた流風が、顔色を急に変えて視線を須防達、試験監督の方に目を向ける。
「どうしたのですか、流風? 何かおかしな点でも?」
ミツレが、不思議そうに流風の方を見る。そして、流風は目を大きく剥いて、口をゆっくりと開く。
「単純な疑問なのだけど、決着がついたら、運営や試験監督から勝者、何とか〜!って言うのが普通じゃないのか?」
「ん? 何が言いたいのですか流風………………はっ! もしかして!」
ミツレも、何かに気づいたのか顔色を真っ青に染め上がらせる。
「もしかして、神崎悠真は三門龍介に勝利していないのではないのか!? だって、試験監督のあのオッサン達は、一言も勝ったとは言っていない!」
流風の一言で会場は再び静まり返り、その視線は須防達、この試験の運営の方に向けられる。
もちろん、俺も流風の叫び声と、急に静まり返ったので須防の方に視線を向ける。
「審議! 審議中だ! 受験生は、席を離れないように!」
須防はマイクを握りしめて席を立ち上がると、震える声でそう叫ぶ。
隣にいる3名の職員らしき人たちは、パソコンを広げて何かを調べている。
「どう言うことだ!? 俺は、見たぞ! 神崎が三門龍介を斬った瞬間を!」
「わ、私だって見たわよ! 神崎悠真は、絶対に三門龍介を斬っていた!」
「どう言うこと……………? それに、なんか嫌な感じがする。」
再び、会場がざわめく。不安や恐怖、底知れない何かに怯えている。
確かに、そうだ。流風の言う通り、まだ俺は勝ったとは須防に一言も言われていない!
「どういうことですか!? だって、神崎さんは勝ったはずじゃ…………………!」
ミツレは、一気に血の引けた顔になる。
「流風だって分からない。でも、もしかしたらまだ終わっていない………………」
流風は頭を抱え込んで、最悪を想像しているかのようだ。
「いや、でもあそこに首が斬られた三門龍介って人の身体が………………あれ? いない?」
その不穏な一言で、会場の視線は須防達から、三門龍介の残骸に向けられる。
誰しもが興味を失い、誰しもが視線を向けられることのなかったその場所から、あるべきものが消えていた。
「え、嘘……………だろ?」
言葉が出ない。底をついた魔力や傷ついた体からよる疲れが原因ではない。
何か、そう、その何かに俺は恐怖しているのだ。何故かは分からないが、怖くて怖くてたまらない。
砂煙が完全に消え失せり、円の中でただ一人呆然と俺は立ち尽くす。負けて、この精神のみが入れる事を許されている円の外に追い出され、未だに起き上がる素振りのない男を見ながら。
「千手 刹那」
会場のざわめく声で埋もれて、誰もが気づかなかった反吐が出るような声音、それを切り裂くようにある男の声が俺の耳に届く。
「悠真! 伏せろっ!!」
「っ!? はい!!」
聞き慣れた男らしい声、そう坂田の声だ。俺は、その声が聞こえた瞬間に、身体を反射的に伏せる。
その瞬間、三門龍介の身体があったはずの場所から、凄まじい速度で横幅が3メートルはある手刀の形をした腕が飛んでくる。
坂田のおかげでなんとか間一髪避けられたが、俺の背後の地面は大きく抉れる。
「おいおい、普通当たるだろうがよぉ………………」
先ほどまでざわついていた会場は、その声を聞いた瞬間、静まり返る。
「は………………? 嘘だろ?」
再び覆われた砂煙が、ゆっくりと消えていき、その中から声の主が顕現する。
「坂田が余計な事を言わなければ当たってたのに。まぁ、僕ちんもパパに助けてもらったから、おあいこ様ってやつかぁ?」
ゴキゴキと首の骨を鳴らしながら、声の主はゆっくりと確実に、姿を表す。
「なぁ、神崎悠真ぁ?」
そこにいたのは、身体が一切汚れていない、戦う前の三門龍介だった。
新居が、やっと落ち着いたので投稿できました。いや、一人暮らし最高です!!
あと少し、あと少しでこの章は終わるので最後まで付き合ってください!