スケベ爺
◇◇◇荒野にて◇◇◇
エルグランド王国王都南西に広がる大森林を抜けた先にある荒野。
そこに、この世界では、誰も見たことのない建造物か建っていた。
その建造物は見上げるほど大きく、真っ白な壁には見事としか言いようのない澄んだガラスが惜しげもなく張られており、一番高い所には時計の様なモノがはめ込まれいる。
建造物の周りには、綺麗な赤茶色の煉瓦で作られている花壇。そこに植えられた色取り取りの草花。
敷地の周囲には、宮廷庭師もビックリするほど綺麗に剪定されている植木と、見たことのない、緑色の細い棒で組まれた柵が設けられている。
どれもこれも、この世界ではありえない技巧でもって作られていた。
建造物の門の前、そこに立つ黒いローブを着た青年と、赤いローブを着た女性は、白く巨大な建造物を見上げながら唖然としていた。
「アル。これは失敗でしょうか?」
赤いローブを着た女性、ラティナは建造物を見上げながら、隣の青年に問いかける。
「どうでしょうか。建造物ということは、中に人が居るかもしれません。取り敢えず中に入ってみましょう」
ラティナの問いかけに、黒いローブを着た青年。アルベルトが答える。
「そうね、そうしましょう。敷地がかなり広いみたいですから、まずは建物の周りを一周してみる、ということでいいでしょうか?」
「わかりました。その後の行動は一周し終わってから考えるということで。では、行きましょう」
国のため、国民のため、自分にはやらなければならないことがあるのだ。その思いを胸に、アルベルトとラティナは『私立立華学園』と書かれた門を潜った。
◇◇◇荒野の学園にて◇◇◇
「なん・・・だこれ・・・」
光が収まり、目を開けた八雲は驚いていた。
それも、そのはず。先ほどまで確かに生徒会室に居たはずなのだ。なのに今立っている場所はグラウンド。しかも、敷地を区切るフェンスの先にある景色は、見慣れた街並みではなく、荒野だった。
大小様々な石や岩が転がっている赤茶けた荒野が、八雲から見える敷地外の範囲全てを埋め尽くしている。
八雲が驚いたのはそれだけではない。八雲の目の前には、先ほどまで生徒会室に一緒に居た立華穂波の他にも、五人の見慣れた顔ぶれがそこにあったのだ。
訳が分からないこの状況に、驚愕の表情を浮かべた七人は、ただ茫然と立ち尽くしていた。
「あ、誰か近づいてきます」
穂波がそう呟いたことにより、あまりの出来事に周囲をキョロキョロと見渡していた七人の視線は、一か所に集中した。
視線の先には、日本では一部特殊な地域やイベント会場でしか見ることのできない服を着た二人組。
まだ距離があるのでハッキリとはしないが、黒いローブが男で、赤いローブが女だろうと八雲は推測した。
そんな、いかにもな服装をした二人が、グラウンドに立ち尽くす八雲達にゆっくりと歩み寄ってくる。
「怪しいな」
そう呟きながら、手にしていた紺色の細長い布袋から竹刀を取り出しつつ、八雲達の前に出ていく大柄な男。
その立ち位置は、まるで怪しい二人組から、背中の六人を守るかのようだった。
いや、守るために前に出たのだろう。こいつは昔からそういう奴だ、と八雲は思う。
八雲達の前に壁のように立った男の名前は、立華剣士。
刈り上げられた黒髪に、初夏の日差しに焼かれた肌は黒く、見るものを委縮させる鋭い目つき。身長は188cmで、ピッチピチの白シャツとハーフパンツでは隠しきれていない盛りに盛った筋肉。鍛え抜かれたその身体は筋骨隆々と表現して差し支えないだろう。
そんな偉丈夫は、立華学園高等部で保健体育の教鞭を執り、剣道部の顧問も務める八雲の同僚で、八雲にとっては高校生時代からの頼れる後輩でもあり、生徒たちからは「筋肉ダルマ」の愛称で呼ばれている人気教師だ。
そして______
「お兄ちゃん、気を付けて」
異常ならざるこの状況。近づいてくる怪しい二人組。万が一に備えて身構える剣士。
心配になった穂波は、強張った表情で兄に声を掛けた。______そう、この二人。剣士と穂波は兄妹なのだ。
誰がどう見ても似ていないのだが、兄妹なのだ。
「あぁ、兄ちゃんに任せとけ。だからもう少し下がってろ」
い、イケメンだ。と剣士の発言に対して、この場に居る全員が思ったのは言うまでもあるまい。
まさに漢。竹刀を構えるその後ろ姿は、八雲達にサムライをイメージさせるのであった。
そうこうしている内に、怪しい二人組が剣士の目の前までやって来た。
竹刀ではあるが、それを持つ剣士の圧倒的な気配に、女性の方はかなり緊張した様子であったが、青年の方は、八雲達七人の様子を観察するように視線を回す。
一通り観察し終えたのか、青年は一歩踏み出し、剣士の間合いに自ら入る。
「こんにちは、私の名前はアルベルト=ティンバーレイク。そして此方は、エルグランド王国第三王女ラティナ=エル・グランド様です」
「こんにちは、ご紹介に預かりました、ラティナ=ロード=エル・グランドと申します」
怪しい二人組、もとい、アルベルトとラティナは、八雲達に優雅な一礼し、顔を上げた後に微笑む。
アルベルト=ティンバーレイク
そう名乗った青年は、中肉中背で、短く切りそろえられた薄い金髪に、茶色い瞳。その表情からは、とても物腰の柔らかい人好きの良い好青年であることが分かる。
が、しかし。黒いローブに右手に持った、先端に大きな赤い宝石が装飾された白い杖。
その出で立ちは、ザ・魔法使いであった。
「(コス・・・プレ・・・?)」
穂波がそう思ったのも仕方がない。どこからどう見ても、漫画などに登場する魔法使いなのだ。
しかし、男性陣はアルベルトに気を掛ける余裕はなかった。その恰好にかなりのインパクトがあるアルベルトを置いて、他になにが気になるというのか。理由は野郎どもの視線の先。
なぜか、男共の視線は、一点に集中していたのだ。
「((((で、デカい))))」
これが、アルベルトを気に掛けることの出来なかった理由だ。野郎どもの視線の先にあるモノはあまりにも大きかった。これには、質実剛健を地で行く剣士も驚愕していた。
なにがデカいのか。
『胸』が、だ。
ラティナ=エル・グランドと名乗った女性は、肌は透き通るように澄んだ白、一点の曇りもない美しいプラチナブロンドに、線の細い輪郭とエメラルドグリーンの円らな瞳。年の頃は十代後半といったところか。八雲達に向けられた微笑みには、まだどこか幼さのが残るものの、とても愛らしいモノだった。これだけで彼女は美少女と言えよう。
しかし、それだけでは終わらない。
留め具が付いていない赤いローブは、前屈みになった際、左右に大きく開く。そのまま上体を起こした為、ローブは引っかかってしまっている。たわわに実った純白の果実に。
大きな純白の果実に、野郎どもの視線が集中してしまうのは致し方ないことである。
剣士は、視線を逸らし、竹刀を構え直す。
八雲は、あからさまに視線を逸らし、明後日の方向を見る。
「「「「「「「「「・・・。」」」」」」」」」
それぞれ思う所があるのだろう。皆、黙り込む。
アルベルトは八雲達からの返事を待ち。
ラティナは男性陣の視線に気が付き、慌てて服装を正した後、赤面し俯いてしまう。
ラティナのそれを見た女性陣は、男性陣にジト目を送る。
女性陣からの視線を受けた野郎どもは、目を泳がせる。
唯一、剣士だけは、女性陣に背を向けて立っていた為、視線攻撃を受けなかった。
どうしたものか、と考えるも、場の空気に耐えかねた八雲は、スーツの胸ポケットに入っていたタバコを取り出し火を点ける。
「すっー、ふぅー」
「ちょっ!先生!」
「よい、穂波。こんな状況じゃ。タバコの一本も吸いたくなるわい。それと剣士、その物騒な物を収めよ」
学園の敷地内でありながら、豪快にタバコを吸い始めたクズ教師に対して、当然の対応をしようとした穂波を制止させ、剣士を引かせる言葉は、低く重い。しかし、聞く者をどこか安心させる柔らかな老人の声だった。
老人は悠然と歩き出し、剣士を通り過ぎ、アルベルトの前_____も通り過ぎて、ラティナの前で立ち止まった。
「愚息のご無礼、ご容赦下さい」
老人は剣士にチラリと視線を向けた後、謝罪の言葉を口にしお辞儀をする。
愚息と呼ばれた剣士は、むっと顔を顰めるも、何も言わない。
「い、いえ。謝罪の必要はありません。この状況では致し方のないことだと思います。むしろご立派かと」
「ほっほっほ、お褒めに預かり光栄ですな、ラティナ=エル・グランド王女殿下。私は立華樹と申します。そこの木偶の坊と、先ほど声を上げた黒髪の少女、二人の父親で御座います。ついでに言いますと、ここ立華学園の学園長を務めております。さて、どうやら殿下は私どもにお話がある御様子。立ち話もなんですので、ささ、どうぞこちらに」
そうラティナに畳み掛けた老人、立華樹は、ラティナの手をそっと取り、校舎に向かって歩き出す。
立華樹。彼は、この立華学園の学園長だ。そして、剣士と穂波を含めた八人兄弟の父。
顔の堀が深く、皺が多い。綺麗な白髪をオールバックにして、整えられた髭は洒落た形をしたいる。初老といった風貌の樹だが、その雰囲気はまだまだ元気一杯のプレイボーイである。
「ほれ、おぬしらも早く来ぬか」
数歩進んだ所で、茫然と立ち尽くす面々に樹は声を掛ける
ラティナは樹の隣でオロオロとしながら、アルベルトに視線を送る。
それを見たアルベルトはやっと状況を理解したのか、慌てて樹に着いて行く。
「スケベ爺」
そう呟きながら、吸殻をポケット灰皿入れた八雲も歩き出し、それに剣士が着いて行く。
残された面々も、互いの顔を見合わせた後、慌てて校舎に向かって歩き出した。
ポイ捨てダメ!絶対!!