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教育してやるよ  作者: 秋畑秋穂
プロローグ
2/4

哀れ山田

◇◇◇学園にて◇◇◇


『最終下校時間になりました。生徒のみなさん、直ちに下校して下さい』

 初夏の夕暮れ時、そんな放送が流れ、部活動を終えた生徒達がぞろぞろと下校を始める中、 裏門の外に設けられた喫煙所で一服している人物がいた。


「きゃはは、マッキーまたタバコ吸ってる~」

「ほんとだ~、マッキー肺癌で死んじゃうよ~?」

巻葉(まきば)先生だ。二人とも、もう下校時間過ぎてるんだ、さっさと帰れ」

「マッキー怒った~」

「怒った~逃げろ~」

 きゃははっと笑いながら二人の女性徒は裏門から走り去っていく。


 何を憂いてか「はぁ~」と大きな溜息をつきながら煙を吐くこの男は、立華(たちばな)学園高等部で化学の教鞭を執っている教師、巻葉八雲(まきばやくも)。教員五年目の27歳でスモーカー。生徒たちからはマッキーの愛称で呼ばれている人気教師だ。

 人気の理由は二つ。一つ目は、他の教師と違い、ガミガミと説教をしてこないこと。二つ目は、その容姿である。ちょっとだけイケメンなのだ。

 長い黒髪を後ろで束ねており、目つきは少しキツメだが怖いと言う程でもない。日本人にしては堀が深く、鼻が高い。身長も178cmと高め、体格も俗に言うとこをの細マッチョである。

 恋に恋する、うら若き乙女たちから人気が出るのは致し方ないことである。

 

「ふぅー、さてと。さっさと仕事を片付けて帰るか」

 一服を終えた八雲は学園内に向けて歩きだす。


「それにしても、時間、ヤバいな。また生徒会長殿に怒られる」

 殆どの教員と生徒が既に帰宅しているため、校内はしんっとしていた。そんな中、パタパタとスリッパの小気味よい音を響かせ廊下を歩く八雲は、喫煙していたのために約束の時間が過ぎていることを自覚しながら、目的地である生徒会室に辿り着いた。


「生徒会長殿は怒ると怖いからなぁ」

 そう言いながら、生徒会室の扉に手を掛けようとしたとき。


『立華先輩!すす、好きです!僕と付き合ってください!!』


 扉の向こう側から聞こえてきたのは、まさに愛の告白。そして。


『山田君、ごめんなさい』


 お断りの言葉・・・


(あちゃー、山田どんまい!次だ次!次、頑張れ!)などと、扉の向こうで玉砕した男子生徒に対して、八雲はエールを送る。

 心の中でエールを送った後、この後どうしたものかと八雲は考える。


(この微妙なタイミング・・・どうやって生徒会室に入るべきか。何が正解だ?いきなり開けるか?それともノックをしてから・・・)と、思考をしていたのがそもそもの間違えだと、八雲はすぐに気が付く。


 バンッ___と勢い良く開いた扉。

「えっ!?」

 ぎょっとした表情の男子生徒と八雲の視線が重なる。

「(なにやってんだ俺・・・さっさとこの場から離れればよかったものを・・・)」

 と、八雲が数秒前の自分を恨んでいると、男子生徒が口を開いた。


「マッキー・・・」

「ま・き・ば先生、だ!」

 つい、反射で男子生徒の頭頂部に八雲は鉄拳を降らせ、ごつんっと男子生徒の頭にクリンヒット。

「いっっっってぇーーーーーーー」

「(もう、このまま勢いに任せて、この場を乗り切ろう)反省したか、山田太郎」

「っふ、フルネームで呼ぶなよ!!」

 痛みからなのか、フルネームを言われたからなのか、はたまた別の理由か、山田は顔を真っ赤にしながら八雲に抗議した。


「あ?教師の俺があだ名で、生徒のお前がフルネーム。何がいけないんだ?」

「っ・・・」

 言葉に詰まった山田に対して、八雲は追い打ちをかける。


「ん?泣くほど俺の拳骨(げんこつ)が痛かったのか?そうかそうか。それは悪かったな。すまん」

「っっっ!!!な、泣いてねぇーよ!!!」

 先ほどよりも、さらに顔を真っ赤にさせた山田は必死に叫ぶ。

 

 殴られる前から泣いてたくせに、と言い掛けて八雲は、その言葉をぐっと飲み込んだ。


「んっん、そうか?まぁいいか。それよりも、もう下校時間過ぎてるぞ。さっさと帰れ」

 シッシ、と言いながら山田に向かった手を振る八雲。


「言われなくても帰るよ!」

 ぷりぷりという効果音がぴったりな雰囲気を出しながら、山田は八雲の前を去って行った。


「気を付けて帰れよ~」

去り行く山田に声をかけるも、山田は振り返らずに階段を下りて行った。

「(無視かよ。まぁいいか、本来の目的を果たそう。どうせ大した要件ではないだろうし。手早く済ませて、家に帰ろう。家に帰ってビールを飲む!うん!)」

 

 帰宅後の幸福な時間に思いを馳せながら、八雲は生徒会室に向き直り、入室した。 


「・・・。」

「・・・。」

 一難去ってまた一難。と言うべきであろうか。


「立華。お前も真っ赤だな」

「・・・。」

 あー、余計なことを言ってしまったなと思いながらも、先ほどの山田よりも真っ赤な顔をした女生徒を見ながら八雲は思う。

「(にしても、コイツ本当にモテるなぁ。まぁこの見た目じゃ、男子は放って置かないか)」 

 

 八雲の前に顔を真っ赤にして佇む女生徒。立華穂波(たちばなほなみ)はモテる。

 なぜか?

 単純なことである。

 頭脳明晰、スポーツ万能、そしてその美貌。まさに才色兼備である。

 一部の生徒からは「彼女こそが真の大和撫子である!」と言われるその容姿は、長く(つや)やかな黒髪に、均整の取れた顔。大きな栗色の瞳は、少し垂れぎみでとても愛嬌がある。身長は165cmと女性にしては高く、手足は長い。10人中7人がの男子が「丁度いい!!」と興奮気味に言うであろう、控えめではあるが、出るところは出ているというプロポーション。

 

 男子が放って置くはずがない。ましてや、山田太郎は生徒会会計で、ほぼ毎日、穂波と顔を合わせているのだ。惚れるのも道理である。

 

「(哀れ山田。数学以外全て平均値のお前には、手の届かぬ高嶺の花よ・・・)」


「夕日のせいです・・・」

 八雲が一考している間に平常心を取り戻した穂波はそう呟いた。


「あー、そう」

「はい・・・」

 確かに夕日のせいかもしれないと、八雲は思った。夕日に照らされた穂波の頬は綺麗な茜色に染まっている、ような気がする。

 

「(いや、絶対恥ずかしくてだろっ!)」


「こほん」

 八雲の心のツッコミなど知る由もない穂波は可愛らしい咳払いする。


「それで、巻葉先生。こんな時間にどうしたんですか?」

「・・・は?」

「へ?」

「ここに来るように言ったのは、立華だろ」

「・・・っそ、そうでした、そうでした。そうでしたね。私が巻葉先生を呼んだんでした。でも、もう下校時間すぎてますよ?」

 焦りながらも、自分が八雲を呼び出していたことを思い出した穂波は、冷静になり現状を把握。そして遠回しに八雲が約束の時間に遅刻していることを指摘した。

「仕方がないだろ、他にやる事があったんだから」と、言い訳になっていない言い訳をしながら八雲は焦った。

「(やばいな・・・いつものパターンだ)」

「どうせ、いつもみたくタバコを吸ってただけですよね?」

「・・・。(そら来た)」

 微笑む穂波の顔をなぜか怖いと思ってしまった八雲は言葉に詰まる。

 沈黙。沈黙は肯定だ。


 「これで何回目ですか!?」

 「くっ」

 キッと、普段の秋穂からは考えられない程の鋭い眼光を向けられた八雲は二の句が出ない。

 

 授業後、他の生徒会役員から伝えられた約束の時間はとうに過ぎている。遅れた理由は穂波の言う通り、タバコを吸っていたから。しかも、今回が初めてでは無い。

 

 八雲は教師としてもそうだが、人としても最低だ。最低の極み、屑である。

 

 最低ではあるが、タバコを吸いたくなったのだから仕方があるまいと思うあたり、八雲は屑の中のクズと言えよう。

 しかし、そんなダメ教師もとい、クズ教師の気持ちは未成年である穂波には分かるはずもないし、生徒としても人としても優等生の穂波からすれば、なぜ喫煙などという自傷行為を自ら進んで行うのかが分からない。

 普段から、素でおっとりとした表情をしている穂波が、自傷行為を優先して、約束の時間に生徒会室に来なかったダメ教師を睨み付けてしまうのも致し方ないのだ。


「はぁ~、もういいです。巻葉先生への用事は大した事ではありませんし、最終下校時間も過ぎています。今日の所は、もう帰ります。」

「あぁ、そうだな、それがいい」

 先ほどまでの表情とは打って変わって、呆れた、と言わんばかりに、右手を額へと押しやる穂波に対して、八雲は苦笑いをしながら生返事をすることしか出来なかった。


 (あぁ~タバコ吸いたい)

 もう何度目か分からない教師としての尊厳消失を感じながらも、八雲は心の中でそう呟いた。全く反省していないのだ。もうこれ以上無い程のクズっぷりである。

 

 穂波は思う。

 なぜ、こんな教師が居るのか。

 なぜ、こんな教師が男女問わず人気なのか。

 なぜ、こんな教師が生徒会顧問なのか、と。


 「はぁ、タバコさえ無ければ、ご立派なんですけど・・・」

 その呟きは八雲にも聞こえていたようで、照れたように、ははは、と笑っている八雲を見て、穂波はもう一度深い溜息をつく。

 もう何も言うまい。明日にしよう。そう思った穂波は、机の上に置いてある鞄を手にし、八雲が背にしている扉へと歩きだした。その時_____________

 


 それは唐突だった。なんの前触れもなく。突如として。


 「なっ!?」

 「え?え?」

 生徒会室に居る二人は混乱した。


 _________床が____光り始めたのだ。


 青く光り輝く粒子が、生徒会室を包み込む。

 

 いや・・・生徒会室に居る二人には知る由も無いが、光は生徒会室を包み込んだわけではなかった。

 学園全体を、青く光り輝く粒子が包み込んでいたのだ。


 青い光は、輝きを増す。目も開けられない程に。


 数秒の後、光は消えた_______学園と共に。


 

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