旅は道連れ世は情け
つたない文章ですが宜しくお願いします。
僕は宿を発った。目指すは酒場。酒場に仕事の張り紙が有るかもしれない。例えば、僕でも出来るゴブリン退治のような簡単な仕事が。いや、手紙配達でも良い。生まれ育った村から口減らしのために街に飛び出てきた新米剣士。……の卵。それが僕だ。
だけど、昨晩から僕にぴったりとついてくる人影が一つある。ストーカー? いやいや、そんな生易しいものじゃない。彼女は僕に付かず離れず、しっかりと僕を監視してくれていた。
「君はどうして僕についてくるの?」
僕はついに耐え切れず、そのストーカー……もとい、その愛らしい容貌をしたエルフに聞いた。若草色のチュニックを下地に優美な細工を施され、彼女に合わせて作られたであろう真の銀の全身鎧。腰に佩いた青白い光を放つ魔法剣と合わせて神話に聞く妖精騎士そのものだった。金の髪、青い切れ長の瞳。人間離れした美貌。それが彼女の魅力を引き立てていた。彼女が光の神々と共に暗黒の軍勢と千年に亘って戦ったと聞かされて僕は驚くまい。そんな魅力的で立派な騎士様が、どうして僕なんかに興味を示すのだろうか。僕はとても不思議だった。
どう見ても駆け出しの僕に構うような人物じゃない。その武具や装身具は明らかに歴戦の勇者の持ち物。それにこれだけの武装をしているにもかかわらず、彼女からは物音一つしないのだ。全身魔法の武具装備。……疑うべくも無かった。
不思議がる僕の不安をものともせず、彼女は言う。それもいともあっさりと。
「アル。そなたが年老いるからじゃ」
……なんと答えたものだろう。返答に困る。年若い僕だから良いものの、これが妙齢のご婦人であったり年老いた老紳士であったりした場合、このエルフは只では済まないだろう。とはいえ、こんな英雄めいたエルフの事だ。そんな連中はあっさりと返り討ちにしてしまうだろう。
彼女こそ音に聞こえた英雄。そう言われても僕は信じる。信じるに足りるだけの貫禄が、立ち振る舞いが彼女にはあるのだ。
「ねぇ、君の名前はなんと言うのかな? 君は僕の名前を知っている。でも僕は君の名前も知らないんだ」
降参だった。これで彼女が答えてくれなければ、僕は気が変になる。
「シナーリュート。そうじゃな、自己紹介がまだじゃった。里の名は良いな? わしは少々他のエルフとは違うゆえ、そなたに里の名を告げることが出来ぬ。許せ」
シナーリュート。やっぱりだ。知っている人は知っているかもしれない。彼女がこれはと見込んだ戦士に剣を教え、魔道を教え、戦う術と生きる技を教えるエルフが居るとの伝説。そして神と戦っただの、魔神と戦っただの、ドラゴンと戦っただの。童話、それも何時までも寝付かない小さな子に「エルフのシナーリュートが攫いに来るよ」とまで言われる有名人だ。いや、まさに神話級の伝説の存在だった。
……伝説だったはず。
「なんじゃアル。その目は。わしの事を疑っておるのか?」
「いやいや全然」
何とかその場は取り繕った。機嫌を損ねて首チョンパ。それではあまりにも残念すぎる。だけど、自らそんな伝説級の名前を偽名に使うなんて、このエルフ、美人だけど相当な変人のようだ。
「アル。なにやら今、良からぬ事を考えておったであろう? 顔に書いておったぞ?」
「いや全く」
危ない危ない。何だよ今の殺気は。訓練場の教官なんて目じゃなかった。きっとドラゴンでも射殺されたに違いない。
「それで、ええと……」
「シナーリュートじゃ。シナーで良いぞ?」
そして魅せる笑顔。僕はそれに思わず引き込まれる。魅了の術だろうか。やけにフレンドリー。怖い怖い。
「ゴブリン退治がしたいんだ。……できれば仲間を誘って」
「そうか。嬉しい知らせを一つ聞かせてやろう」
何だか嫌な予感がする。それも特大級に嫌な予感だ。
「わしが手伝うてやる。癒しの術、盗賊の技もわし一人で充分じゃ」
「……それは頼もしい」
自称英雄様の形の良い眉が潜められる。
「なんじゃ、不服そうじゃな」
「いや、でも……シナーさんはもっと相応しい仕事があると思うし……僕なんかの相手をしなくても……」
僕、何を言っているのだろう。これ以上の仲間などありえないのに。この人と一緒に居れば、少なくとも死ぬ確率は格段に下がる。それは間違いないのに。
「シナーで良いと言ったであろ? 何度も言わせるな。そなたは年老いる。じゃが、そなたには成すべき使命がある」
「成すべき使命?」
僕は鸚鵡返しに聞いていた。
「そなたが成さねばならぬ事、それは今明かすべき時ではない。そう急く事なくとも運命がそなたを導くであろ」
「意味がわからないよ」
「意味は判るものではない。見出すものじゃ。わしはそなたに手を貸す。そなたは運命と戦う。……新たな伝説がそなたを待っておる」
無茶苦茶な話だった。ゴブリンすらまともに倒せない僕が、伝説になる? なんだよそれ。
「わかったら行くぞ? 酒場じゃろう。最初は誰でもゴブリン退治。千里の道も一歩から。全ての冒険の始まりはそこからじゃて」
わかったような、わからないような。だけどわかったことが一つある。僕にも旅の仲間が一人出来たのだ。
以前書いたテキストの外伝的何か。もしくはまた別の単発モノ。中断している連載は相変わらず中断中。