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【第三幕 一場】 花道_闊歩

本日、三度目。同時更新の一話目です。

 着々と旅支度が調いつつある。

 部屋の真んなかで私は往生していた。


「なんぞ手伝うことはないか?」

「邪魔でございます。そこをお退きくださいまし」


 ひどい。

 赤児からの付き合いである乳母は辛辣だった。

 部屋の隅に追いやられ、手持ち無沙汰に窓の外を眺める。

 風にひょうと舞っていったのは、いささか気の早い花びらだろうか。


 ことの発端を思い出す。

 婚約者である公爵令嬢が豹変したのは、学園の入学式からだった。


 式がおこなわれる講堂へと向かう途中で、私は平民の少女と出逢った。

 制服の飾り紐が風で飛ばされて難儀していたのだ。

 小柄な彼女では届かない高い枝にかかったそれを取ってやった。

 なんのことはない、誰でも手を貸すような出来事だろう。


 弟王子の調査で判明したが、どうやら令嬢に目撃されていたらしい。

 そのとき周囲に人はいなかったように思うので、隠れていたということだろうか。

 この一部始終が、彼女の記憶にある御伽噺の序章――『おぉぷにんぐ』に酷似していた、という話だ。

 そこで確信したのだろう。


 この世界が作り物であるということを。


 令嬢とは幼いころからの付き合いだ。

 恋情はないにせよ、婚約したもの同士として最低限の信認ははぐくんできたつもりだった。

 だが変わった。

 彼女の私を見る目つきが、歴然と。

 本人は自覚していなかったようだが。

 距離をとられた。

 もとから義務的だった会話がさらに少なくなり、素っ気なくなった。

 いや、蔑まれるようになった。


 わけが分からなかった。


 平民の少女との仲を不快に思っているらしい。

 そう気づいたころには、もう手遅れだったのだろう。


 確かに少女と話すのは楽しかった。

 だが、平民だ。

 まさか正妃になどと思うわけもないし、遊びの相手にすら考えていなかった。

 無論、ふたりきりになったこともない。

 挨拶程度ならばともかく、話し込むときには常に衆目のいる場所を選んだ。

 それも仇となった。

 公衆の面前で憚ることなく妄りに睦んでいる、そう取られたのだ。

 会話の内容を聞けば、まったくの見当違いだと分かったろうに。

 おそらく真実か否かは関係なかったのだろう。


 彼女にとって私は所詮――御伽噺のなかの登場人物だった。


 書割かきわりの前に立ち、台本で定められた科白せりふを吐く役者。

 自由意志を持つ人間ではなかったのだ。

 弟にそう知らされ、愕然とした。

 彼女の目には、この世界が丸ごと御伽噺をなぞらえた虚構として映っているのだろうか?


 それは、ひどく――淋しいことのように思う。


 私は弟の提案を呑んだ。

 どうせ虚構と思われているなら、虚構で返してもいいだろう?

 それでもどこかで、心の奥底では……彼女に期待していたのかもしれない。

 三文芝居を見破ってくれることを。

 ここがまぎれもない現実であることを。

 私が血の通った人間であると気づいてくれるのではないか、と。


 結局のところ彼女を騙した私にそれを思う権利などないのだろうが。


 外から扉を叩く音がした。

 私の騎士である脳筋が誰何すいかしたのちに頷いて、開く。


「失礼します――兄上」


 入室してきたのは弟だった。


「おお、どうした? このような有り様だから歓待なぞできんぞ?」

「いえ、それは結構です」


 床に散乱する荷物を避けながらも、弟がまっしぐらに寄ってきた。

 手前まで来ると、ぐっと見つめてくる。


「もう明日の朝には発つのですよね? 挨拶をしなければと」


 いつも思うが、仔犬っぽい。

 頭に手を乗せてやって、くしゃっと髪を梳いてやる。

 上背うわぜいは変わらないどころか超されてしまったのだが、幼少からの癖だ。


「うむ。息災であれよ」

「兄上……」


 へにゃりと眉が下がる。

 頭が切れるし、武芸も達者なくせに、ときどき弱気になるのが弟だ。

 幼いころ、よく誰もいない場所でひっそりとうずくまって泣いていた。

 厨房からくすねた数々のお菓子を与えていたら懐かれたのだ。

 父王はまったくあずかり知らないことだ。


 当たり前だが、私を政治的に推す派閥と、弟を推す派閥は反目し合っている。

 それを個人の関係にも当てはめられがちだ。

 なにせ彼の生母である公妾だけでなく、父ですら私が弟を害するものと信じていた。

 どうやら私が母である正妃から某か吹き込まれている、と邪推していたらしい。


 公爵令嬢もそうだった。

 彼女の前で弟とかいしていると、妙に庇うような態度に出られた。

 しかし弟の味方が増えるならと放置してしまったのだ。

 違和感を覚えていたのに。


 彼女は聡明であるし、機転も利く。

 なのに一度こうだと決めたものに関して訂正することがない。

 簡単にいえば思い込みが激しいのだ。

 公爵家の権威が、それを更正させず拍車をかけた。


 誤解をほぐしておくべきだった。

 もっと早くに腹を割って話せていたら。

 いっそ前世の記憶があると打ち明けていれば、また違った局面があったのだろうか――。


 今更だ。とやかく考えても詮無いことだ。

 とうに茶番は幕切れとなった。

 あえて言うならば――『悪役令嬢の逆襲 終幕 道化どもへの弔鐘ちょうしょう』だろうか?

 演者は粛々と退場するのみだ。


「だから……そう悲壮な顔をしてくれるな。後ろ髪を引かれるだろうに」


 前世から弟には弱いのだ。

 つい苦笑してしまう。

 あんな突拍子もない筋立てを考案し、問題なく通してしまうような手腕を持っているくせに。


 令嬢の知る御伽噺が二重構造になっていると分析したのは弟だ。

 まず基底となっている物語がある。

 その上に、別の不確実な物語が被さっている、と。


 精査と検証を重ねた結果、必中していたのは基底の物語の一部のみ。

 令嬢の言葉を借りれば、特殊な進行を意味するらしい『いべんと』。

 ならびに、場面を絵で描き表した『すちる』。

 これは恐ろしいほどに一致していた。


 たとえば、その『いべんと』なる特定の期日における事象。

 城下で、街角で。それこそ台本でも読んでいるかのように、しかし自然体で既定の文言を口にする人々。

 さらに『すちる』に描かれていた情景から読み取れる気象。

 晴雨、気温、風向きから雲量、はては虹の現出にいたるまで、ぴたりと合っていたらしい。


 神が定めた運命といって過言ではないほどに――。


 だが、あらじめ詳細を知っていれば変えられた。

 人事じんじに限られはした。

 しかし、その状況が起こりえないよう予防すれば回避できる程度のものだったのだ。


 そして被さった物語――『ざまぁ』。

 こちらで的中したものは、厳密にはひとつもなかった。


 なぜか彼女は、ふたつの物語を混同して語っていたようだが。

 そのために解析には骨が折れたらしい。

 気づくきっかけとなったのは、その『ざまぁ』における役割。

 異世界から転生した者の取り違えだった。

 令嬢は『ひろいん』とやらである平民の少女がそうだと信じ込んでいた。

 しかし実際に該当するのは、私だ。


 その誤謬と齟齬に付け入る隙を弟は見出した。

 令嬢の知識を逆手にとって、なぞるように演じたのだ――あの茶番劇を。

 ひと月も前から仕込みをして。

 落とし所として、私が望んでいた処遇をそっくり父王から引き出してくれた。


 気づけば、なぜだか泣きそうな顔をしていた弟の髪を、先ほどより強く撫ぜてやる。


「今生の別れでもあるまいに。お前は昔から変わらんな」

「また会ってくださいますか?」

「……余程、私は薄情者と思われているらしい」


 憮然とすると、じっと探るように見つめられる。

 信用までないとは……。


「うむ。今は王城にもお前の味方は数多い。そう案ずるな」

「それは……そうですが」

「むしろ早々に私がくみしては不都合もあろう。お前が王位について落ち着くまでは、領地に蟄居ちっきょしているさ」

「……兄上は私を厭っておいでなのですか……?」

「なぜそうなるっ!?」


 ため息が聞こえたので、見れば乳母と脳筋がそろって呆れ顔になっていた。

 弟に視線を戻せば、さらに泣きそうになっていた。

 解せぬ。

シット、ダウン、ステーイ! ハウス!!>弟王子

解せよ!>兄王子


↑執筆中の脳内実況がひどかった件。

次で終わりまーす。

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