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【第二幕 二場】 間奏_回想

本日、二度目。同時更新の二話目です。

「にしてもなあ、俺はまだ疑ってんだけどよ」

「ああ。彼女が生前の記憶を持っているという話ですか?」

「えっと、しかも違う世界の、だよねっ? 確かに不思議というか」

「ま、普通は疑うけどさぁ、でも別の例があるから――ねぇ、我らが王子様?」

「うむ」


 鷹揚に頷いてみせる。


 前世。

 異世界からの転生。

 あまりに荒唐無稽な現象にして証言だ。他人が言ったならば信じなかったろう。

 しかし実例がある。

 ほかならぬ私に、その記憶があるのだから。

 かの令嬢と同じ異世界からとは思えないが。


 記憶――。

 つまりは情報だ。人格の移植ではない。

 私は、私だ。

 この世界に生を受けた一個の人間だ。

 むしろ前世で生き恥を晒していた記憶など、できるかぎり抹消したい。

 家業を放って遊び呆けていた。

 体を病み、周囲からはろくでなしだの穀潰しだのと当て擦られていた。

 それでも懸命に看病してくれた弟に、何も恩返しができないまま終えた生など……。


 ……いくら割り切ろうとしても、しかし影響を遮断できるわけがない。

 生前に暮らしていた国では、氏素性や年齢性差による差別という因習が撤廃されつつあった。

 残念ながら、その半ばで己は死を迎えたのだが。


 身分。序列。血統。権威。

 王族。王子。王太子。生まれたときから定められた王位継承者。

 銀の匙をくわえて生まれ、青い血が流れている。

 羨むものは多いだろう。


 継ぐ覚悟はあった。今度こそ投げ出すまいと。

 だが、己よりも能力があり、しかも意欲のあるものが、いた。

 たかが素性ごときで望む道を閉ざされようとしていた今生の弟が。

 素性ごとき――もしもこの世界の、この王国の常識にしか触れてこなかったならば到底、そうは思えなかったろう。


 しかし私には前世の知識があった。だから捨てる決意をしたのだ。

 道化を演じる程度、何ほどのことか。

 欲しがっている相手に譲って何が悪い?

 無責任? 恥知らず? そんな言葉、生まれる前から聞き飽きている。


「あーいや、そっちじゃねえよ。この世界が丸ごと御伽噺やら言うやつだ」

「なるほど。そちらは確かにいまだに信じがたいですね」

「えっと、『おとめげぇむ』だっけ? 私が『ひろいん』ってのなんだよね」


 小首を傾げる少女に、軽薄が顔を顰める。


「まぁ、確かに昔からそれっぽい言動はあったけどさぁ、調べたのがあいつじゃなきゃ信じらんないね」

「うむ――あれだけは敵に回したくはない」


 思わず遠い目になった。

 この世界が一介の創作物である、などという突拍子もない戯言だ。

 王国が、学園が、そして私たちですら創作された存在である、という妄言。

 それこそが公爵令嬢が前世で接した御伽噺から導き出した“真実”らしい。

 ごく近しい侍女にのみ詳細を漏らしていたのだとか。

 確かに、そうとしか思えないほどの合致は見せていたようだが――。


 それを令嬢本人には秘密裡に、かつ綿密に調査したのが、弟――第二王子である。

 いかなる手段を弄したのか、あまり考えたくはない。


 その上で茶番劇の脚本を提示してきたのが、実は彼だった。

 記憶が真実であれ、あるいは妄想であれ、成り立つならば問題ないとの談だ。

 なにせ令嬢の生家は権勢を誇る公爵家。

 しかも先代夫人は降嫁した王族の姫ときている。

 彼女との縁組は、後ろ盾のない庶子の弟王子にとって、またとない地盤固めだった。

 そういう意味では間違いなく、喉から手が出るほど“ずっと昔から恋い慕っていた”だろう。


「しかし、あれが望んでいたからこそ喜んで譲りはしたが……重荷を背負わせてしまったようで、どうにも気が引けるな」

「殿下、じゃなかった、閣下は変わってますよね。王様になりたくないなんて」


 苦笑する平民の少女に、しかし私も苦笑を返す。


「なに、私は己を知っているのでな。それに、これで四方が円満に収まるのだぞ? 是非もないではないか」


 父たる国王は、政略で帝国から嫁いできた正妃たる母を疎んじていた。

 病で母がはかなくなると、異腹の第二王子と、その生母である公妾に堂々と目をかけるようになった。

 私が学園で醜聞を起こすなり、あっさりと廃嫡を下命したあたりからも、その心が窺える。

 もとから継がせたかったのだろう。

 愛する妻とのあいだにもうけた、愛する息子に。


 ……前世の記憶がなかったならば、もしかしたら苦しんでいたかもしれない。

 私の母と、私自身をまったく顧みない父王に。

 公爵令嬢の記憶にある御伽噺のなかで、私の立ち位置にいた王子は、きっとそうだったのだろう。

 面と向かって褒められたことなど一度もない。

 そもそも公務以外で顔を合わすことすらなかったのだから。


 そして父親の期待に応えようとする弟が、いかに努力してきたか。

 知っている。見てきたから。

 羨ましくはあったが、疎ましくはなかった。

 妾腹である彼が周囲の心無い貴族や、時には侍女にまで中傷され、貶められている場面に幾度も遭遇したから。


 だから、乗った。

 突拍子もない三文芝居に。


 利害が一致したのだ。

 私は王太子を降りたい。

 彼は王太子になりたい、と。


「しかし――私の我が侭にお前たちを付き合わせたことは、申し訳なく思う」

「なーに言ってやがる! ここまで来てよお」

「ええ。今更でしょうに」

「はいっ! 私も同感ですっ」

「だよねぇ? こうなったら、とことん付き合っちゃうしー」


 ため息をついた。

 罪悪感すら覚えさせてくれないか。

 そろってお人好しが過ぎる、という声は飲み込む。


「……私は果報者だよ」


 代わりに漏らすと、皆が笑ってくれた。

主人公がどこの異世界から転生してきたのかは不明です。

少なくとも現代日本じゃないのは確か。

ていうか書いてから気づいたんですけど、この兄王子……ある意味、逆ハー。


次は弟王子の視点でお送りしますん。

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